【2-8】1998年の章〜タンポポの家の冬〜

タンポポの家の井川先生とは一度病院で話す機会があった。

「岸田くん、大変ね。無理しないで、自分の体にも気をつけてね」
「いえ、大変だなんて、そんな…」
「ううん、あなたがどれほど涼子のことを大切に想っていたか知ってるから。涼子はね、時々うちに来ては『愛されるってすごく素敵、幸せ』なんて言ってたから」
「そうですか。顔、出してたんですね」
「あの子はね、最後までうちのことを気遣っていたの」

実は、井川先生は、ここ一年くらいで体調を悪くしているようだった。
元々体が弱く、それを見兼ねて涼子も手伝いをかって出たようなものだった。

それで、この先自分一人ではままならないと考え、小さな子供達の里親を探していた。
随分と一人で頑張ったらしく、美春と千佳を除いては皆、里親が決まっていた。
美春と千佳が決まらなかった理由は、あの子達自身が拒絶した為と聞いている。
涼子がいなくなった後、自分たちが頑張って先生を支えていく、と子供ながらに考えていたらしい。
涼子の後ろ姿を見て育ってきてるんだ。
そういう思いを抱いても不思議ではないだろう。

しかし先生の想いは違っていた。
先生は、自分のせいで涼子を孤児院という世界に縛ってしまっていたと、激しく悔いていた。
涼子はそんなこと微塵も感じてないだろう。
しかし、外の華やかな世界を知らず、20歳という年齢まで院の内側で生活していたことは事実である。

そんな想いもあり、先生は、涼子が外にでるきっかけを作った俺に対して感謝の念を抱いているようだった。

だからこそ、美春と千佳にも内側に籠もってほしくなく、外の世界でより多くの人に愛されて欲しいと願っていた。
そして、自身の体調不良もある。

確かに、共感できる。
美春も千佳も、涼子と同様に孤独なんだ。
誰かが守ってあげないと、優しく包み込んであげないと、あの小さな子供達の身体は崩れてしまうだろう。

乾いた砂でできたお城が、大きな波にさらわれて一瞬で消えて無くなってしまうかのように。

「岸田くん、涼子はね、最初、美春と千佳は自分たちが引き取って育てる、て言ってたの」
「涼子が…そうか、そんなことを」
「でもね、二人ともまだ若い。ゆっくりと愛を育てて、いずれは、家族3人、4人で幸せな家庭を築いて欲しかったの」
「涼子…」
「あの子は本当に優しい子なの。天使みたいな…」
そう言うと、先生は少し涙ぐんだ。

「先生、俺にできることがあったら…」
「いえ、いいのよ。涼子を支えてあげて。今それができるのはあなただけだから」
「はい。分かりました」

俺はこの時もう決めていた。
涼子の想いを、優しさを引き継いで俺は生きていく。
頑張って生きていかなければいけないと痛感した。

涼子、あんな姿になっても、まだ他人を勇気づけるんだな。

大丈夫だ、涼子、何があろうと俺はいつも側にいる。
それは約束だ。
そしてもう一つ約束しよう。
おまえがもし目を覚ました時、何も憂うことのないように、おまえの居場所を作って待っててやるからな。

そして、冬、俺はタンポポの家を訪れた。

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