【2-9】1998年の章〜タンポポの家の終わり〜

「久しぶり、元気だったか」

正月を控えた12月の半ばだったか。
俺はタンポポの家を訪れた。

「拓哉にいちゃん…」
「なんで…なんで…」

美春と千佳。
ショックを受ける可能性があるので、転院してからは先生が病院には連れて行ってなかった。

「ごめんな、なかなか来てやれなくて」
「涼子ねえちゃんが寝たきりで…」
「大丈夫だ。涼子はちゃんと生きてるから。手だってあったかいんだぞ」

「岸田くん、ありがとう。ちょっといい?」
「美春、千佳、先生とお話してくるから、勉強でもしときな。また後で見てやるから」
「うん、絶対ね」
「ああ、約束だ」

そう言って俺は先生の後について、部屋に向かった。
先生は少し小さくなったように見えた。
背中を曲げ、歩きづらそうにも見える。

部屋で少し落ち着くと、先生より先に俺は切り出した。
「先生、美春と千佳は俺が引き取ります」

先生は一瞬呆気にとられたような表情をしていたが、すぐに表情を硬くした。
「岸田くん、それはダメ。岸田くんの気持ちは嬉しいし、そうなれば助かる。美春と千佳も岸田くんならついて行くかもしれない」
「けど、子供を育てるってすごく力が必要なの。子供の為にも多くのことを我慢して、何よりも優先して子供の成長を見届けなければならないの。あなたはまだ若い。まだ自分を犠牲にする必要はないわ」

「ええ、先生。分かってます。でも、涼子は一度そうしようとしていた。俺に相談してくれてたら、きっと同じ想いを抱いてここに来ていたと思います。今、涼子は病院ですが、俺は以前と変わらず涼子から力をもらうことができています。大丈夫です。俺、涼子と約束したんです。涼子の居場所を作って待ってるって。涼子が何も心配することのないように俺が変えてみせるって」
「ああ…、」
「先生はすごく立派です。本人を前にして言うことじゃないかもしれませんが、俺は先生を尊敬しています。先生、ゆっくり休んでください。あなたが守ってきた宝物は、俺が大事に育ててみせます」
「岸田くん…ありがとう、ありがとうございます」

後は、美春と千佳がどういう反応をするか、だけか。
正直、ここが一番不安だったか。

「岸田くん、ちょっと見せたいものが」
「あ、そうでしたね。なんでしょう?」

そう言うと、先生は机の引き出しの鍵を開け、2通の手紙を取り出した。

「これはね、涼子から、美春と千佳に宛てた手紙なの」

涼子は、タンポポの家が今のような状態になるであろうことを分かってたんだ。
美春と千佳が最後まで残ることも。
手紙は、18歳になった時に美春と千佳に届けてほしいと言付けてあったそうだ。
まさか自分が今のような状態になることを予想してた訳じゃないだろうが、なんとも、先見の明にしては衝撃な事実だった。

俺はそれを責任を持って預かった。
ただし、涼子から一言釘がさされてあった。

手紙には封がしていない。
なぜか。
18歳になった彼女達に、その手紙の内容がそぐわなければ渡さなくてもよいと。
いや、本当に、涼子は自分が今のような状態になることを知ってたんじゃないだろうか。
そう思わざるを得ない言付けだった。

「不思議でしょ、これを涼子から渡された時、なんとも不思議な気持ちになったの」


後、いくつか、涼子の残していったものを引き取った。

美春と千佳の反応が不安だったが、彼女達は喜んでたようだった。美春ははしゃぎ、千佳は泣いていた。

「岸田くん、よろしくお願いします。本当にありがとう」
そう言って先生は深々と頭を下げた。
勿体ないと思ったが、それは先生の最後の想いだと知って、しっかり受け止めた。
「はい。先生もお達者で。どうぞご自愛ください」



井川先生は、正月を待たずに亡くなった。
眠っている間に、だそうだ。

人生を身寄りのない子供達に捧げたその人は、とても疲れているはずなのに、とても安らかな顔だった。



タンポポの家は1998年の冬をもって閉鎖となった。

- 11 -
前の話目次次の話

コメント 0件

コメントを書く