涼子はひどく寂しがりやだった。
それでいて強がって明るくあろうとしている。
多分思うに、自分が寂しそうな顔をしていては小さな子供達に不安を与えてしまうのではないかと感じているのかもしれない。
タンポポの家を出る時の涼子は少し寂しそうだったが、二人で住む部屋を決める時ははしゃいでいた。
家具を揃えたり手続きをしたり、そんな、自分だったら煩わしいようなことも喜んでやっているようだった。
当時自分は23歳。涼子は20歳。
少しまだ若いかとも思ったが籍を入れようと考えていた。
涼子と家族になりたかった。
家族の暖かさ、安らぎ、そういったものとおおよそ無縁だった涼子と家族になり、生きていきたかった。
その頃、携帯電話というものがぼちぼち広がりつつあったか。
小さな説明書をみながらウンウンうなっている涼子を横目に仕事をしてたものだ。
「ねえ、本当に携帯電話なんて必要?面倒くさいよー」
「これからはそれ無しじゃ生活できなくなるぞ。しっかり今のうちに使い方マスターするべし」
「拓ちゃんが全部やってくれればいいやん」
「ああ、設定しとくから置いておきな。メールだけ使えるようにしとくから出かける時は持っていけよ」
「はーい」
それからはちょくちょくメールを送ってくるようになった。
『今日のごはんはお鍋さんだよん』
『お布団干しました。今日の布団はフカフカです』
『早く帰ってきてね、おかず無くなっちゃうよー』
そんなどうでもよいメールの一つ一つが宝物になっていった。
涼子は自分自身では意識してたかどうかは分からないが、あまり恵まれてなかっただろう。
こう言うと、まだタンポポの家にいる子供達のことも心配になったが、やはり本当の幸せを知って欲しかった。
小さな小さな幸せがちょっとずつ積み重なっていく過程を味わって欲しかった。
本当に自分でよかったのかと思わないこともなかったが、自分じゃなきゃ涼子を幸せにできないという不思議な自信に支えられて仕事も頑張った。
そして、ある日。
『報告!報告!私のお腹にちっちゃな命がー!』
嬉しかったな。すごく。
この時、全ての覚悟が決まった。
よし、結婚しよう。
涼子と子供を守ろう。
タンポポの家の子供達の笑顔を守ろう。
その日は仕事を早めに終わらせて家に帰ると、涼子は顔をぐちゃぐちゃにして、泣いているのか笑っているのか分からない表情で出迎えてくれた。
「拓ちゃん…子供、涼子の家族…できた」
「うん」
「拓ちゃんも家族、子供と3人で家族…うう」
今までの人生で溜めていた想いが出ていた。
辛かったんだな、寂しかったんだな、よかった、本当に、よかった。
「もうずっと一緒だ。結婚しよう」
「うえーん…ずるいよー…」
「うん」
「幸せになりたいよお…」
「ああ、今は幸せじゃない?」
「もっともっともっと幸せになりたい…みんなにも、分けてあげられるくらいに、幸せになる…子供と一緒に幸せになる…嫌だよ、もう一人は嫌だよお…」
「うん、ごめんな、今まで涼子に気づいてやれなくて。20年、長かったろ。やっと見つけてやれた。もう、離さないからな」
「ありがと…」
涼子はそう言うとそっと抱きついてきた。
小さな華奢な何も飾りっ気のない身体。
そういえば先生が言ってた、涼子は自分の食事でさえ小さな子供達に分け与えていたと。
幸せどころか、ささやかな贅沢さえ味わうことのなかった20年。
なんだか泣けてきた。
決して同情とか憐憫とかでなく、あんな小さな世界でそれが全てだと思って必死に生きてきた涼子を思うと。
「今何ヶ月だって?」
「うん、3か月」
「男の子かな、女の子かな」
「もう、まだ早いよ」
「涼子はどっちだったら嬉しい?」
そう尋ねると涼子は少し首を振ってこう答えた。
「ううん、どっちでも私の子だよ、欲を言えば5体満足、ううん、それだってどうでもいい。私の子供がお腹にいる。それだけで幸せ。もう、生まれてきてくれるだけで幸せ」
「そっか、そうだよな。大事に生きような」
そして俺と涼子とお腹の中の子供。3人の生活が始まった。
そんな中起こった俺の事故だった。
何故マンションから落ちたかは正直よく覚えてない。
布団を干そうとしてたところまでは記憶がある。
まあ、どうでもいい。
生きてたから。
涼子をまた一人にせずにすんだから。
これが涼子の話。
事故後、退院するところから話は始まる。
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