【2-4】1998年の章〜5月〜

「拓ちゃん退院おめでとー!」
「お兄ちゃんおめでとー!」
「涼子お姉ちゃん、すごく心配してたんよ!赤ちゃんいるのに!しっかりして!お兄ちゃん!」

そう言って退院祝いしてくれたのは、タンポポの家の美春と千佳だった。
俺が事故ったという知らせを聞いて随分動転してたらしく、涼子が逆になだめてたそうな。

「ありがと。すまんね。心配させたかい」
「心配なんかしてないよ!」

守ろうとしてた子供達に心配かけるとはね、さすがに申し訳なかった。

ああ、この子達本当にかわいいな。
みんな家族みたいなもんだな。

「もう大丈夫だからな。いつでも家に遊びにきてもいいぞ。そのかわり涼子に面倒かけるんじゃないぞ」
「うん!行くー、私がお姉ちゃんのお世話するから」
「美春ー、私病人じゃないから!」

「赤ちゃんいいなー」
そう言ったのは千佳だった。
美春に比べると少し大人しく、幾分冷静に物事を判断しているようだった。
「千佳も家族欲しいな」
「千佳、おまえたち、俺と涼子の家族みたいなもんだろ。なんかあったらいつでも頼ってこい」
「うん」

「あれれー?そんなこと言ってもいいのー?拓ちゃん意外とおっちょこちょいで抜けてるよー?」
「おいおい…」

まあ、そんな感じで日々重ねていった。
泣いたり笑ったり、時には怒られたり。
素晴らしい日々だった。
二人でいると、些細なことでも大きな喜びとなり大きな楽しみとなった。
そして涼子はいい母となるべく色々勉強もしてるみたいだった。
全てが宝物になった。


そして、それは5月も終わり、6月になろうかという日のことだった。


ようやく手に馴染んできた携帯に電話がかかってきた。
今と違って着信ですぐに誰かは分からなかったような気がする。

「岸田くん?岸田君の電話?」
「あ、はい。え?先生?」
「そう、ごめんね、今仕事?すぐ帰れる?」
「え?ちょっと待ってください、どうしたんですか?」

入院した時、突然感じたいいようもない不安がまた胸の中で広がった。
いや、違う違う。なんでもないはずだ。
一瞬のうちにそう思って、先生の言葉を待った。

「岸田くん、よく聞いて、落ち着いて。涼子が、涼子が事故に…」


正直、その日の事はよく思い出せない。
どうやって上司に話し、どうやって帰って、どうやって病院に行ったのだろうか。
車を運転した記憶もない。


自動車との接触事故。
胎児は絶望的。
涼子自身も全身を強く打ち、特に危険なのが、頭を強く打ったこと。
意識は全く戻っておらず、見通しも不明。


後から聞いた話だが、その事故には目撃者が幾人かおり、車は特に違反走行していたわけではなかった。


涼子は、一生懸命メールを打ってたそうだ。


打ちかけのメールが下書きに保存されていた。

『赤ちゃんの性別聞いちゃった!女の子!拓ちゃんの恋人できたー!名前考えようね!』


携帯なんか与えなきゃよかったのか。
外出を控えさせればよかったのか。

酷い頭痛が襲う。
この世界に描いていた絵が真っ黒に塗り潰されていくような、そんな、暗闇に包まれていく感じ。
絶望?いや、そんなものじゃない。
もう立ち直ることのできない、何か、足枷のようなものをはめられたようだった。

涼子の、子供の話をする、あの幸せそうな顔だけが、目に写し出されていく。

『私、もう一人じゃないんだよね』
『家族増えるのってこんなにも幸せなことなんだね』

そんな涼子の言葉が頭の中でこだましていた。


病院では、俺はひどく取り乱した。
美春と千佳も居たか。
逆に、取り乱さない人などいるのだろうか。
それでも俺はそこを離れることはできなかった。
涼子を一人にしちゃいけない。
涼子はすごく寂しがりやなんだ。
俺はずっと涼子と一緒にいるって誓ったし、約束した。
先生にも!美春と千佳にも!幸せにするって約束した!

なのに、なんだよこれ。
マンションから落ちて無傷で助かった俺はバカみたいだ。

幸せにするから戻ってこいよ!
すぐ結婚しよう!すぐ籍入れよう!

涼子と話したい!涼子の手を握りしめたい!抱きしめたい!あの笑顔を!見たい!

3日間、病院に居続けた。
途中、先生が心配して見にきてくれた。
俺は、中途半端な笑顔を作ることしかできなかった。
涼子みたいな、あんな笑顔はできないな…。
あんな、綺麗な、かわいい笑顔は見たことがない。
多分これからも。


涼子は一命をとりとめた。



しかし



意識が戻ることはなかった。

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