【2-6】1998年の章〜夏の2〜

俺は三崎先生の部屋で話を聞いていた。
三崎先生の話は決して急ぎすぎることなく、俺が理解し、飲み込めるまで十分待ちながら続けられた。

三崎先生からはいくつか説明を受けた。
まず、脳死状態と植物状態の違いについて。
涼子は自発的に呼吸ができる植物状態にあるということ。
身体的に反応があり、目で物を追うこともあるのだそうだ。
しかし、予後についての見通しは暗かった。

『植物状態からの回復というものは時間の経過と共に確立が低くなっていきます。回復の兆しがあるとすれば1カ月以内に何らかの兆候が見られます。回復の可能性で言うと、5年経過した時点では3%と言われています。しかし、重度の障害も予想されます』

『植物状態が持続する場合、大半の患者様は6カ月以内にお亡くなりになるケースが多いです。原因は様々ありますが、多臓器不全や突然死といったものが多いようです。多くは、余命が2〜5年と言わざるを得ません。それを越える可能性は25%と言われています。中には数十年生存されている方もいらっしゃいます』

『特別な事例として、数年間という長期にわたる昏睡状態を経て明瞭な意識を取り戻した事例もあります。完全とは言えませんが。それを覚醒と言います』

『今現在の医療技術をもってしても、解明できてないところも多く、治療方法も全ての状態に対して確立はされていないのです』

『岸田さん、私達も全力を尽くします。どうか岸田さんも、前向きで患者様に向き合ってあげてください』

大方そんな話だったと思う。


病室に話は戻る。

涼子の隣で本を読んでいる俺に看護師さんが声をかけてきた。

「手、握ってあげてください」
「え?」
「ほら、こうやって」

そう言うと、点滴の打たれている涼子の腕を布団から出し、俺の手に握らせた。

暖かかったっけ。

「さあ、次は話しかけてあげてください」
「あ…」
「私が居たんじゃ照れくさいですか」
そう笑って言った。
「何かあったらいつでも呼んでくださいね」
そう言うと手早く処置を済ませて病室を後にした。

何か言葉をかけたかったが、うまく出てこなかった。

涼子。生きているんだよな。
大丈夫、一緒にいるからな。

脈を感じた。
細い腕。
綺麗な白い腕をしていた。
切りすぎたと言ってた髪。
そっと撫でた。
顔。
なんて静かな顔をしているんだろうか。
細い眉に少し切れ長の目元。
すっきりと通った鼻筋に薄い唇。

おまえ、こんなに綺麗な顔をしてたんだな。

顔にそっと近づいてキスしてみた。

「ごめんよ」



涼子は自分からキスしてくることはなかったな。
いつも俺が突然キスして
「ごめんよ、なんかキスしたくなった」
と言うと
「なんで謝るのよ、もう」
そう言いながら少し照れたような顔をしてはにかんでいたっけな。

「涼子からキスされたことないなー」
そう、ふざけて言うと
「なんか恥ずかしい」
そんなことを言ってた。
可愛かったな。


涼子、少し休めよ。
おまえは一生懸命生きてきたから。
ちょっと長いお休みだ。
できるなら、奇跡が起きるならば、またまた起き上がって声を聞かせてくれ。
笑ってくれ。叱ってくれ。

「またキスしに来るよ」
手を握り締めながら、そんな、今の状況に似つかわしくない言葉をかけて病室を後にした。

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