幾星霜の物語


どこまでも


「賢者様は結婚の予定はないのかい?」
「どうしたんですか、突然」
 フィガロの自室にお邪魔して賢者の書を書いているとそう問われた。
 フィガロはいつも飄々としていてつかみどころがない。誰かが見ていないといつの間にかいなくなっていそうな危うさを秘めているようにも思える。
 何に対しても関心を示し、何に対しても無関心でいる。
 そんな彼が私の今後の人生に対して興味を示した。
 フィガロは無意味なことはしない、と思う。自分ひとりでいるとき以外はいつも目的を持って行動している。フィガロが一人でいる時を知っているわけではないから予想だけれど。
「昨日街を歩いていたら、女性たちが結婚の話をしているのが聞こえてね。賢者様は結婚をしているのか、相手がいるのかいないのか。俺は何も知らないと思ったからだよ」
「まぁ、ここに来てからそういう話は一度もしてませんからね。知っていたら、はたきますよ」
「ははっ、それは勘弁してほしいな。それで、賢者様はどうなんだい?」
「……最初の質問で未婚なのは見抜いてるでしょう? それ以上に何を求めているんですか?」
「相変わらず手厳しいね」
 フィガロは湯気の立ちのぼるコーヒーを口に含んだ。昼間からお酒を飲むのは教育的によろしくないし、ミチルとルチルに叱られる未来が見えているからコーヒーを渡した。
 前任の賢者様の『ようなシリーズ』のおかげで、コーヒー豆の種類がわかって助かった。
 フィガロは返答を急かしているようでいて、いつも私がしゃべるまで静かに待っていてくれる。
 本当に何を考えているのかわからない。
 知られて困るような内容でもないし、別に答えてもいいかな。
「……私には相手なんていません。好いている人もいません」
「へぇ。意外だね」
「どういうことですか?」
「賢者様は良い人だし、こんなにも容姿端麗なのに相手がいないだなんて世の男性は損をしているよ」
「……そういうところが軽薄さを高めているんですよ」
「冗談じゃないさ。俺はいつだって本気だよ」
 もう一度指摘するのは止めた。
 敵を作らないような柔らかい微笑みに、柔らかい雰囲気。これはフィガロだからこそ効果を示すものだと思う。
 私のことを容姿端麗だと言ったけれど、フィガロも容姿端麗だ。
 魔法使いはあるときから成長が停止する。死ぬまでの果てしない時間を、何もなければ同じ容姿で暮らし続ける。
 人間は魔法使いよりも短命だ。人間が経験する別れよりもはるかに多い別れを経験する。
 この質問だってフィガロの暇つぶしなのかもしれない。
 興味なんてないのかもしれない。
 

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