寒蝉「ハッハ、無駄やアホンダラァ」

英志が放った銃弾は空中で跳ね返り、英志よりやや上方に飛んでいく。跳ね返る方向によっては、そのまま英志は蜂の巣になっていたかもしれない。わざと外したのか、単に雑なのか…。ともあれ、考え無しに発砲するのは得策ではない。
軽く跳躍…そして床に着地する直前にトランポリンでも踏んだかのように空中に飛び上がる。更に空中で何かに弾かれたかのように英志に向けて軌道を変えて飛ぶ。
構える拳、ギラつく殺意が空を裂く。

英志「あっぶね!」
どうやら空中に浮いてるものを動かすことができるなりそんな能力を持っているようだ。
英志「格闘戦ね、了解」
AKMをその場から消し、右足を一歩踏み出した。
飛んでくる男の拳を左手で上手く受け流す。そして、そのまま男の勢いを利用して懐に入り込み、左足の力を抜いて捻りながら、背負い投げの姿勢をとる。

寒蝉「ぐおっ!」

背負い投げをもろに食らい床に叩きつけられる。肺から空気が絞られるような感覚…しかし、体の頑丈さに関しては折り紙付きである。受け身すら不完全だか頭を強打することだけは免れ、床に叩きつけられた勢いをそのまま使って踵を床に振り下ろす。
足が床につく直前、足がまた弾かれたように跳ね上がって体が縦に回転する。オーバーヘッドキックのような無茶な形で逆さまの状態から蹴りを英志の頭に振り下ろす

英志「おらぁっ!」
足が持ち上がった時点で蹴りが来るのはなんとなく予測出来た。右足を斜め前に踏み出して蹴りを回避しながら踏み込む。そのまま寒蝉の鳩尾目掛けて左足で蹴りを繰り出す。英志の靴は安全靴だ。まともに喰らえば相当痛いだろう。

寒蝉「フッ飛べやァ!」

糸目が歪み、笑いの表情を作る。
英志の蹴りは不可視の「何か」に阻まれるだろう。そしてその「何か」に足が触れた瞬間、蹴った威力の倍では済まない威力で足は弾かれる。致命傷には至らないだろうが人の1人を吹き飛ばすには充分な威力だ。

英志「ぐあっ!?」
とてつもない衝撃で吹き飛ばされ、壁へと向かっていく。
英志「……っ」
落ち着いて身を翻して上手く壁に足から当たる。そのまま1度床に降り立った。
英志「……なるほどね」
相手は飛翔体を飛ばしたり力の方向を変更するのではなく、恐らくとてつもない反発力を生み出す何かを配置している。
英志「となれば……」
英志はある物体を取り出してその上部のピンを抜き、安全レバーを弾き飛ばして寒蝉へ向けて放り投げた。見てくれは手榴弾に見える。

寒蝉「モノ投げんのは悪手とちゃうかァ?」

手榴弾らしきそれを空中で弾き返そうと能力を行使する。2人の間程まで来ればそれは飛んできたより加速して英志に跳ね返るだろう。
ここまででおおよそ自分の能力が推測される使い方をしてしまっているが、推測されないような使い方をするほどの頭はない。

跳ね返されようとする瞬間、英志の放り投げた「それ」は強烈な音とともに、太陽にも引けを取らない強烈な光を発した。そう、英志が放り投げたのはM18フラッシュバン。相手を見当識失調にする目的の閃光手榴弾である。

寒蝉「…っっっ!!!」

眩い光、目が焼けるように痛み、思考が真っ白になる。何が起きたのかも分からないまま顔を手で覆う。
クソッタレ…胸の中で悪態をつく。

英志「…………」
その隙は当然逃さない。
気配を消しながら背後に回り込み左腕を寒蝉の首の前、右腕を寒蝉の首の後ろへ通すようにして腕を組み、絞め落とす構えを取ろうとする。

寒蝉「クソ…っタレがァ…!絶対ドつき回したる…」

英志が迫る気配には気づけない。というより、どんな攻撃が来ても対処出来ないだろう。そこまではわかる。だから…自身の四方、そして真上に能力で膜を張る。何かが衝突すれば10倍の威力で跳ね返す不可視の膜、見えない敵の接近を許さない為の苦肉の策だ。

英志「ぐ……っ!?」
そこまで勢いよく接近していたわけではなかったため、軽く吹き飛ばされるだけで済んだ。1度地面を転がり、その勢いで足を地面につけ滑るように停止する。
英志「接近は無理、と……」
それなら、相手が動くのを待とう。
英志はC4爆薬を能力で取り出して小分けにし、空蝉を取り囲むようにいくつか静かに床にセットした。

寒蝉「くう…」

視力の回復を待つが、フラッシュグレネードをもろに食らったのでその場で回復するのはまず無理だ。音で相手の気配を探ると周りで何かしているのが分かる。このままではジリ貧なのは明白だった。
起死回生の策はない…ただ、無謀な賭けなら1つ思いついた。
パーティの開かれていたホール内にめちゃくちゃに膜を張り巡らす。足下の瓦礫を5つ程拾って、一瞬だけ真上の膜を解除し、狙いも何も無く投げる。
そして膜を閉じた。瓦礫は膜に当たる度に加速し、ホールの中を縦横無尽に跳ね回る。勿論、膜に当たらず床や壁に激突する瓦礫もあるだろうし、確実に相手に当てられる確証なんて微塵もない。ただの賭け、当たればラッキーのやけっぱちの攻勢だ。

空間内を縦横無尽に飛び回る瓦礫の一部が、英志の方へと向かって来た。
英志「……っ!」
咄嗟に体を捻って回避行動を取るが、まるで弾丸のようなそれは、英志の顔の横を掠めていき、頬に貼られていた絆創膏が剥がれた。絆創膏の下の傷跡があらわになる。
そしてその後運良く瓦礫が当たることはなく、壁に当たるなどして飛び回る瓦礫は無くなった。

寒蝉「オレはなァ…こんなトコで負ける訳にはいかんのやァ!!!」

空気を震わせて絶叫する。何か痛切な想いがあるような、悲痛な声。泣いていた、目が痛いからではない。ここで負けてしまうかもしれない恐怖に、不甲斐なさに…何かに対する罪悪感に、涙が零れた。

「オレはッ!生きてッ!帰るんやァっ!」

めちゃくちゃに張り巡らせた膜を増やし、代わりに自身を守っていた膜を全て解除する。手当り次第、手に当たるもの足に当たるものを投げつけ、蹴り飛ばす。それらは無秩序に空間を飛び回り、膜に跳ね返る度に殺人的な威力を何倍にもして飛び回った。
もはや彼自身すら、その脅威から身を守る術を持っていない。自殺…いや、自爆のような特攻だ

英志「…………っ!」
英志は床へヘッドダイビングするようにして伏せる。破片手榴弾の対処法と同じ。こうすれば、相当運が悪くない限りは瓦礫は当たらない。

寒蝉「っがァ!!」

破片の1つが右肩に直撃する。腕が取れてもおかしくない威力だったが、生来の頑丈さが幸いして辛うじて腕は胴体にくっ付いていた。しかし、もう僅かも動かせはしない。
その衝撃で集中が途切れ、張っていた膜が無くなる。跳ね回っていた瓦礫は床や壁、天井を砕いて漸く止まった。

「…っテぇ……」

しかし、それでも立ち上がる。目は見えず、利き腕も使えない。意識が飛びそうな痛み、それでも…

「ここで膝つく訳にはいかんのじゃァ!!!」

咆哮、手負いの獣が最期の力を振り絞る時の、決死の意志が覇気となって辺りに漂う

英志「……!」
壁に当たって砕ける瓦礫と、自分の投げた瓦礫に肩を貫かれる寒蝉を見て、もしかしたら……そう思って英志は咄嗟に太もものホルスターから拳銃を引き抜き、寒蝉の右膝に狙いを定めて引き金を引く。拳銃はあの激しい戦闘をくぐり抜けてもなお、破裂音と共にしっかりと弾丸を銃口から吐き出した。

寒蝉「…ァ゛あっ」

膝の関節が砕け散り、前のめりに倒れる。右腕が使えず満足に受け身もとれない。鼻っ柱を床に強かに打ち付けて鼻血が溢れる。
勝てない…そう悟ったのか、全身の毛が逆立つような覇気が失せる。

「お前さぁ…好きな女おるか?」

倒れて顔をあげることも出来ないまま、死闘を繰り広げた敵に唐突に話を振る

英志は立ち上がって拳銃を向けたまま距離を詰める。戦場では話しかけられても無視して引き金を引くが、戦意らしい戦意が消失したのを感じて、なんとなく話をする気になった。
英志「…………あぁ。いるよ」

寒蝉「オレにもな…おるんや…これがまたクソみたいな女でなぁ…金ばっかせびるし、他の野郎と寝よるし、オマケに大して美人でもないんや…」

自嘲するように、絞り出すように語る。こんな事を話してなんになるのか分からない。ただ、吐き出さずにはいられなかった。

「オレも根は真面目やってん…昔はな、でもあの女に惚れてからどうにもクズになってしもうた…」

悔やんでいるのか、諦めているのか、なんとも言えない。ただ、水が流れ落ちるように話続けた

英志「…………」
英志は拳銃を向けたまま、黙って話を聞いている。
────『男ってのはな、惚れたらとことんどうにも出来なくなっちまうんだよな。その女がいかにヤバいやつだとしても、だ』……そんなことを言っていた上司のオッサンがいたなぁ、と思考する

寒蝉「でもな…オレは後悔してへん。どんなクズ女でも、どんなクズ野郎になっても、惚れた女を裏切る事だけはせぇへん…やから」

最後に聞いた、彼女の言葉を思い出す。軽い口調で、軽薄な態度で、酒に酔いながら言った言葉。本来なら流してしまうべき、無責任な冗談…「アタシが好きなら誰か殺してみてよ」。そんなタチの悪い軽口を。

「道連れにしてでも、お前は殺す」

最後の力を振り絞って、まだ動く左手で英志の拳銃をもぎ取ろうとする。最も、もうそんなに力は残っていない。振り払って引き金を引くぐらいは容易だ。

英志「……!」
拳銃を掴もうとした左手を躱し、引き金を引き絞った。
その弾丸は確かに、寒蝉の頭へと向けて放たれた。

寒蝉「…」

何も言えないまま頭を撃ち抜かれ、左手は力なく地に落ちる。懸命に足掻いた、必死に戦った、その結果だから悔いはない…なんて、綺麗事のような考えは最後まで頭に浮かばなかった。ただ悔しく、恨めしく、未練の残る死に様だ。
ただ…もっとちゃんとした人を好きになっていれば、こんな事にはならなかったかもしれないとは思わなかった。好きな人を好きになる自分だけは、最期まで…そう、死んでも疑わなかった。


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