圷「…お、あの子たち暇そう。ねぇねぇ、僕も混ぜて〜!」
誰と遊ぼうか悩んでいた最中、走って屋敷の奥へ逃げようとしている双子姉妹を見つける。2人という点、逃げているという点を踏まえ、一番目に止まる標的だったのだろう。
大きな声で姉妹に上記を述べれば、野生動物の様にいい加減な走り方で姉妹の後を追いかけ

セーラ「やっ……!来ないで!!」
ローラ「いやぁ!……あっ!!」
セーラ「ローラ!!」
走って逃げる途中、ローラが躓いてしまう
慌ててセーラが駆け寄る

圷「よっと…ほら、僕と遊ぼうよ!身体中に切り傷を付けて血を出してさ?血ってね、赤くて生温かくて心地良いの…だから、ね?」
姉妹に追いつけば、えも言われぬ満面の笑みを浮かべて上記を述べる。誰がどう見ても異常な思考回路で、不気味極まりない危険思想を掲げている。
服の中から短刀ナイフを1本出しては、優しく微笑みながらローラに振り下ろそうとして

セーラ「……!」
今再び逃げたところで圷にはすぐ追いつかれるだろう。
なら、逃げる隙を作らなければならない。
セーラ「……なきゃ……」
恐怖で震える自分を奮い立たせるように言葉を紡ぐ
セーラ「守らなきゃ……。だって私は、ローラのお姉ちゃんだから!!」
そう叫ぶと能力で圷との間に壁を作り出す
セーラ「ローラ、立てる?」
ローラ「セ、セーラ……ありがと………」
2人は再び手を取り合って走り出した

チェリー「…待ちなさい!」

圷に向けて疾走する。壊れたテーブルやら何やらをパルクールのように飛び越え、カーテンにぶら下がると振り子のように勢いをつけて空中を飛ぶ。
走りながら拾ったナイフとフォーク、計8本をまた投げナイフのように鋭く投げつけた。

圷「おっ…と。なにこれ、壁?」
突如阻んだものに驚愕しつつ、首を傾げて壁に触る。かなり大きいし壊すのは時間が掛かりそうだ。はて、どうしたものか…。
そう考えていた最中、視野の外から向かい来るナイフやフォークに気付いて咄嗟に後方へ倒立回転跳びをする。
そしてそれらが投げられた方向へ目線を向けると、此方へ向かう女性が一人。
圷「君が代わりに遊んでくれるんだね」
三日月の様に口角を上げれば、チェリーの方に身体を向き直って相手の攻撃を待つ。

チェリー「遊び…?」

目の前にいる狂人に凍った視線を向ける。熱を持たない戦闘人形となった彼女はただ、如何に効率的に相手を無力化するかに神経を研ぎ澄ませる。

「これから行うのは遊びではなく、制圧です」

スっとしゃがむと床に敷かれたカーペットに手をかけ、手首のスナップを効かせてで波打たせる。カーペットを動かすのは容易ではないが、波打たせて足場を揺らがせる程度のことは慣れれば容易い。
しかしそれは飽くまで布石、カーペットに足を掬われようと、跳んでそれを回避しようと相手は何かしら動かざるを得ない。そこに今度は皿をフリスビーのように投げる。重量のある皿、勢いよく投げればそれだけで凶器だ

圷「せーあつ?何それ。」
相手の発した言葉を聞くや否や、首を傾げて上記を述べる。今の自分の頭では、その言葉を理解する程の容量は須らく残っていない訳で。
カーペットが揺らめいたのを察しては足を掬われる前にくるりと空中を回って、近くの階段の手すりに飛び乗る。着地したと同時に飛んできた皿に気付くが、狭い手すりから避ける術もなく腕や足に当たり切り傷を作る。
圷「あはッ、血だァ!!」
己から流れ出る血を見てはパァっと明るい表情をする。第三者から見れば、攻撃を受けて喜んでいるという酷く不気味な奇行で。
チェリー「愉しんでいる場合ですか?」

皿の破片が飛び散る。皿は凶器たりえるが、致命傷を与えるには心許ない。故に、これは攻撃というより布石としての役割の方が大きい。
飛び散った破片が、圷の視覚を制限する。特に、目より下に破片が多く舞っており、下の視界は悪い。そこを狙って、四足獣のような低い体勢で圷の真下まで迫り、床に着地手を付き逆立ちして手をバネにして跳び上るように真上に蹴りを放つ。皿の破片の1つを足裏と圷の喉の間に挟むように、鋭い破片が蹴りの威力で喉に突き刺さるようにして

圷「…ッ」
割れた皿の破片が飛び散り、視界を遮られた事で脳内がこんがらがる。“見えない見えない見えない見えない見えないなんでなんでなんでなんでなんで”という文字だけが頭を埋め尽くす。
その時、己の真下から何かが動く音を聞き取れば、トンッと何も考えず手すりの上から跳び上がり、念の為と長刀ナイフを真下へ投げて。そのまま自分は階段に着地し、状況を理解する為、段を上がってその場から離れる
圷「頭、良いんだね!すごいなぁ…すごいねぇ…」
そう述べてはふわりと微笑んで

チェリー「お褒めの言葉、ありがとうございます。なるべく楽にしてあげましょう」

投げられたナイフは皿の破片に遮られて見えない。しかし、皿に当たった音は聞こえた。間一髪でナイフを避けるが、完全には避けきれず耳朶に切れ込みが入る。
焼けるような痛み、しかしそれも独特の呼吸で即座に意識の外に追いやる。
先程まで圷の居た手すりに掴まり、くるりと体を回転させてその上に着地する。間髪を入れずに跳躍、圷に直進…ではなく、すぐ近くのランプに向けて一気に距離を詰める

圷「らくに?それはどういう意味なの?」
今の自分にはその言葉さえ理解出来ないほど理解力がない。否、そんな理解力があれば今現在こんな事をしている訳が無くて。
此方へ向かってくるかと思いきや、ランプの方向へと向かう相手に疑問を抱く。そして、服の中から短刀ナイフと長刀ナイフをそれぞれ1本ずつ出し、長刀ナイフを口に銜え、もう一つの短刀ナイフを右手に持って攻撃を待つ

チェリー「…」

ランプを手に取り、油を入れる部分の蓋を片手で手早く開けて中身を口に含む。
火を囲うガラス部分を叩き割って火を露出させると、口に含んだ油を勢いよく吹き出した。大道芸で火を吹くのと同じ要領、勢いよく炎が圷に迫る。

圷「!?」
己へと向かい来る炎に、身を守ろうとして両腕で顔付近を覆うように守る。案の定その炎は腕に直撃し、ジュワァと皮膚を焦がして酸っぱい肉の焼けた匂いを充満させる。
“痛くない、熱くない、苦しくない”そう自分に言い聞かせる。炎が消えたと思えば、酷い火傷を負った両腕を下ろし、口に銜えていた長刀ナイフを左手に持つ。そして一呼吸置けば、
圷「痛くない…痛くない。」
と、脂汗を掻きながら述べる。恐らく、アドレナリンで痛みを感じていないのだろうが、身体自体は拒絶反応を示し脂汗を大量に分泌しているようで。切り傷から流れ出た血も己の服を徐々に湿らせる。
その傷だらけの状態でもフラフラとチェリーへ歩んでいく。
“気持ちが悪い”
青年を形容するならば、その言葉が酷く合っていた。

チェリー「大人しくしていれば、苦しまずに済むのに」

ペッと唾と共に口の中に残った油を吐き捨て、割れて火の消えたランプの残骸を手に持つ。火こそ残っていないが、割れた破片は鋭く、先程まで火に近かった為金属部分は熱い。充分、武器として使える代物だ。
気味の悪い雰囲気。しかし、感情を廃棄した今の彼女は怯むことは無い。冷めきった心臓が凍る血を全身に送り、戦うだけの傀儡の体を躍らせる。
素早く振るわれるランプの残骸、その切っ先が圷の顔に迫る。

割れたランプの尖りが己の顔に迫る。中枢はその攻撃を完全に避ける様に身体へ命令しているのに、身体がどうにも言う事を聞いてくれない。“何故だろう”そんなの明々白々だ。とっくに身体損傷のキャパシティを超えているのだから、言う事なんて聞く訳がない。歩ける事自体異常だろう。
辛うじて顔を数ミリ動かして避ける様にする。しかし無念にも、ランプの先端は頬から首までを綺麗になぞり
圷「自分って、一体なんでしょうね。ずっと分からないままです」

切り裂いた。

チェリー「…わかりませんよ、そんなもの」

首から鮮血を吹く相手の最期の台詞に、どうせ聞こえていないと分かっていながら声をかけてしまう。死んだ敵はただの死骸であり物質としか扱ってこなかったのに、それに話しかけるなんて初めてだ。
自分のその行為が本来なら有り得ないものだと気付いた時、冷たい心に熱が灯る。そうだ、私も…自分が分からないんだ。心に大きな、とても大きな空洞を抱えているんだ。そう思った途端胸が苦しくなる…これは悲しさ?それとも寂しさ?
敵に…名も分からない、突然襲いかかってきただけの悪党に心を動かされてしまった。心を抉られたようなこの感覚は、決して心地のいいものでは無い。でも、きっとこの痛切な痛みは、たった今自分が忘れかけた大切なものを引き戻してくれたのだろう。
名も知らぬ亡骸に手を合わせる。命令通りに動くだけの人形だった自分が死者を弔う日が来るとは露ほども思っていなかったが、今なら解る、死を悼む気持ちというのが。

「でも、分からないままではいけないのだと思います」

斃れた傍に膝をつき、相手の動かない小指に自分の小指を絡める。これで正しいのか分からないが、大切な約束をする時のおまじないだとどこかできいたことがある気がする。
きっと、私は自分を見つけますから…
声に出さずにそんなことを誓う。


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