蝶の息の根を止めてよ
※死ネタ、倫理的に良くない
ねえ、どうせなら。
私の作った毒で、体を蝕まれて死んでよ。
「名前、あなたの家の藤の花は、本当に綺麗ですね。」
「先代のころから、丹精込めて育てておりますからね。
裏手の藤は特に香りも強いし、鬼にはとても効きますよ」
鬼殺隊、蟲柱の胡蝶しのぶ様が藤の家である我が家を訪れたのは、これで二度目だ。
一度目は、姉である胡蝶カナエ様と。
前回から半年ほど日が空いた今回は、おひとりで来られた。きっとそういうことなのであろうと思う。
鬼殺隊の方は、命の灯がいっとう儚い。
一人一人が、あの恐ろしい鬼と真摯に向き合って戦っているから。そういう人たちを少しでも助けられれば、と思う。
けれど鬼殺隊ではないから、直接的に助けることは私にはできないのだけれど。
裏手に連れてきたのち、胡蝶様はなにも言わずに藤の花の下に歩み寄った。
咲き誇る藤の花を手にする胡蝶様は、髪の色とも相まって藤の花の精のようだ。
綺麗な人だと、思う。
けれど、以前見た時とはまた違う美しさであるように思うのだ。
今はどちらかというと、以前一緒にいらした姉のほうの胡蝶様のような…そんな、不安定な儚さが、在る。
「この藤の花は、私の屋敷でも育つでしょうか。」
「え、あ…きっと、難しいと思います。胡蝶様のお屋敷がどういった場所にあるかは分かりませんが、この屋敷は藤を育てるにあたって最適な日当たりと、昔からの接ぎ木だったりもあるので…すぐにはなかなか難しいかと。」
「やはり、難しいのですね…でしたら、この藤の花、私が買い取ることは可能ですか?」
「それは問題ないですよ。むしろ、隊士様のお役にたてるのであれば、うれしい限りです。」
藤の花は、鬼が嫌う。
だから私たち藤の家には藤がたくさん咲いているけれど、その中でも我が家の藤は立派なものだと自負している。
祖母は藤の花が好きな人だったから。
より力を入れて育てている。それが隊士様のお力になれるのであれば、それに越したことはない。
祖母や母から受け継ぎ、私が育てている藤の花が、隊士様の、胡蝶様のお役に立つのであれば。そんなにうれしいことはない。
「…本当に、綺麗。
これを、毒として使うことに、少し罪悪感を覚えますね。」
「けれど、鬼を殺すことに使うのでしょう。そうであるなら、誇りでございます。」
「私はね、名前。この美しい藤の花の毒で、体を満たしたいのです。」
目の前で、胡蝶様は何を言っているのか。
さっきの私が見違ったことを、現実であるかのようなことを彼女は言う。
眉を下げて、こちらを見る胡蝶様は悲しいのか、切ないのか、悔しいのか…なんだか複雑な顔をしていた。
「ふふ、こんなこと、急に言われても困りますよね。」
「いや、困るというか、あの…」
「どうしてでしょうね。きっと私も、覚悟は決めていたつもりでしたが…何も知らない誰かに聞いてほしかったのかもしれません。」
困ったように笑う彼女は、このまま藤の花に溶けて消えてしまいそうで。おもわずはし、と手をつかんだ。
真っ白い手は、甲は雪のように白いのに、内はところどころ固く赤くなっている。
けれど、手首は私よりも細い。
隊士様というだけで少し遠い存在に思っていたけれど、この人は私と同じくらいの御年の女性なのだ。
ところで藤には、そのまま食めば人にも毒性になりうる部分がある。
昔、弟が藤の花を口に入れてしまったとき。つぼみも口に入れてしまったようで、めまいを起こしていた。
少量であれば軽症で済むが、体を満たしなどすれば命にかかわるのではなかろうか。
彼女はこの小さな体で、強くあろうとし、あらんことかさらに体を毒で満たそうとしているのだ。
「……名前?」
ぞくりとした。
花に溶け込んでしまいそうな可憐な儚さを持っているのに、それと反し毒を食むその強さ。
体が打ち震えた。
この人ほど、美しい人はいないと思った。
この人が食む毒をこの先、提供し続けるのは私であるのだ。
この美しい人は、私の育てた毒を食んで、そうして、鬼を殺す。
「胡蝶様、本当に、藤を食んで体を藤で満たすおつもりですか。」
「…はい。この、効の強そうな藤から、鬼の嫌う成分をさらに抽出して、それを含むつもりです。
そうすれば、私が例え上弦に喰われても、あわよくばそいつを殺せる。できなくとも、必ずどなたかが弱体化したそれの首を落としてくれる。」
震えた体がぴしりと止まる。
私が育てた毒を食んだこの人は、鬼に喰われるというのか。
この、胡蝶しのぶという存在が、いつかの鬼に喰われる日のために体を毒で満たすというのか。
張り付けたような笑顔の裏に、この人はどれだけの覚悟をにじませているのか。
「…わかりました。この名前めが、胡蝶様のお体を満たす藤を、おつくり致します。」
この人のお役に立ちたいと思った。
いつかのきてしまうその日まで、継いでほしいと願った祖母や母のためでなく…しのぶ様のために藤を育てると決めた。
彼女の体を構成する一部を、お作りさせていただくのだから。
きっと貼り付けていないであろうその笑顔は、悲しそうな、けれど安堵したような、そんな笑顔だった。
「カァー!カァーッ!死亡!胡蝶シノブ、死亡!上弦ノ弐ト格闘ノ末死亡―ッ!」
ねえ、しのぶ様。
あなたが死んだのは、やはり、あなたがずっと、口にしていた大嫌いな鬼のせいでしたね。
私ね、あなたが死んでしまう前に謝ろうと思っていたことがあるんです。
私はね。上弦だか、胡蝶の姉様の仇だかの、そんなものにあなたを殺させたくはなかったんです。
美しく儚く、気高いあなたを、私の育てた毒で殺したかった。
いつか、あなたと出会ってからの私のこの醜い思いが詰まった藤で体を満たされ、中毒を起こして死んでほしかった。
あの、あなたが不意に藤を食む目的を教えてくれたあの日から、仄暗く渦巻いた私のこの気持ちを知って、そうしてその美しい憎悪を私に向けてほしかった、のに。
「…私の手には、届きませんでしたね」
近くをひらひらと舞うのに、私の手には止まってくれない蝶と同じ。
鬼と戦って死んだのだ。あの時の話を思い返せば、きっと体も残っていないだろう。
ぷちりと、近くにあった藤の花をちぎって、そっと食んだ。
ねえ、しのぶ様。
あなたの体を構成した一部のこの藤に、私も埋もれて死んでしまおうか。
ーーーーーーー
藤の知識はにわかです。