90度気遣い



雨、やだな。

つぶやいた言葉も雨に溶けたような気がする。


雨が降ろうが槍が降ろうが、いや槍が降るならさすがに出てこないかもしれないけれど、人間様のいやーな気分なんてお構いなしに鬼は出てくるし待ってもくれない。
雨が好きな人間はきっと少ないと思う。
こっちの憂鬱な気持ちなんてほんと、関係なしに。鬼の糞野郎め。
まあ、雨であろうとなかろうと、鬼なんて糞野郎なんだけれど。

「…もう終わったのか。」

「冨岡様。この程度、柱のお手を煩わせるには至りません。」

「そうか。」

しとしとと穏やかな雨が降るなか、つい先ほど鬼の頸を落とした。
雨が降ると視界も悪くなる。出てきた鬼がさほど強くないものでよかった、とついおもってしまったのも仕方ないと思う。
そんなことを想っているのが、蛇柱様あたりに知られたら、ひどく嫌味を言われそうだけれども。

「冨岡様も、任務からの御帰りですか。」
「ああ。」
「この雨の中、お互い災難でしたね。」
「どんな時であろうと、鬼の頸を斬るのが俺たちの仕事だ。」
「あー、そう、ですねー。申し訳ありません、泣き言なんか言ってしまってー…」

柱は一般隊士の自分からすると、いくら階級が二つくらいしか変わらなかろうと、言葉を選ばずに言えばほんと化け物ぞろいだと思う。
私みたいな一般隊士は、数日続いてぬかるんでる足元だってほんとやだし、降りしきる雨で刀を持つ手が滑りそうになるのも嫌だ。
柱になる人は言うことが違う。私には無理だ。早く家に帰ってお風呂入りたい。

「だが、俺も雨は、好きではない。」

この目の前の柱との会話も早く終わらせて、とにかく帰ってはやく湯につかりたかった。今日は帰ったら絶対に薬湯につかると決めている。
けれど、先ほどの会話で、しかも自分でぶった切ったはずの言葉を、この方はまた掘り返す。
いつか胡蝶様が言っていた。冨岡様と会話を成立させるのはなかなか難しいと。
身をもって実感する日が来るとは思っていなかった。

「冨岡様は、水の呼吸の使い手ですので雨はお嫌いでないかと思っておりました。」

「俺の呼吸は水であって、雨ではない。」

少し嫌味も混ぜたのに、それにも気づく様子がなく、また頓珍漢な答えが返ってくる。
この間ももちろん雨はやまない。柱相手といえど、少し苛つく。
私は別に、話を今したいわけじゃないのだ。けれど仮にも自分より立場が上である方を無視するわけにもいかないので、受け答えているだけなのに。

「存じております。なんだか誤解をさせてしまったようで、失礼いたしました。
冨岡様もお体が冷えていらっしゃるでしょう。早くお帰りになられて、湯につかられては?」

では、と続けて屋敷の方向へ向きなおす。冨岡様相手に会話をしたほうではないか?冨岡様がこの会話を続けるようには思えなかったし、そのまま走りだそうとした、その時だった。

「んぶっ!!」

突如、視界を覆った真っ黒い何か。
雨でただでさえ重い頭に何かがかぶさったことはわかる。鬼か、鬼なのか。油断をしていたら鬼でも出てきたのか。
けれど近くにいた冨岡様からの殺気も出ないし、ただただ、頭が重い。

「それを、着ていくといい。」

先ほどより近くで聞こえた冨岡様の声。
ちょっとまだよくわかってはいないけれど、これは、あれか。つまりきっと、冨岡様の羽織だろう。

「あの、いや、冨岡様のこれも濡れてるし、意味がないのですが」
「重ねたら、少しは暖かくなるかと」
「ならないです。重いです。」
「…そうか。」

急にかぶせられたのだから驚いたのだ。そして、きっと冨岡様の気遣いなのであろうけれど、大分ズレていらっしゃる。
けれどまあ、全く人に興味がないのであろうと思っていた冨岡様からこんなにも暖かな(体感的には寒いんだけれど)気遣いを受けたのだからこれはとても稀な体験だと思う。


「でも、ありがとうございます。」
「…風邪を、」

引くのは、よくないと思う。そう続けた冨岡様は、スッとその場を立ち去った。
私にかけてくれた羽織もそのままに。
ううん。これをどうしろというのか。そして、風邪をひくのはよくないといったか、だから私は早く帰りたがっていたのだけれど。

けれどまあ、案外冨岡様のことを勘違いしていたのかもしれない、とは思う。
きっと、心根は優しい人なのだろう。
その気遣いが、少しずれているだけで。

身体は雨で冷えに冷えているけれど、それを知った心は少し暖かい。



あなたの言う通り会話をするのはなかなか難しい人だけれど。意外と、優しい人みたいですね。そう、胡蝶様に、今度お伝えしよう。

tallone