「あ。ねえ、一つ確認したいんだけど。」 「なんだ?」 「年齢。年下だろうけど、20はちゃんと超えてる?」 「ああ、今おれ20だ」 「ああ、そ。良かった。」 今のわたしには何よりも重要な案件だ。 いくらなんでも、どれだけ判断力が鈍っていようとも、未成年を家に置くのは良くない。まだつかまりたくはない。 もうそこまで確認できたらオッケーだし、なんなら何の問題にもならないような気さえしてくる。 彼が空けたお皿を流しにもってキッチンに戻ると、後ろから声をかけられた。 「なあ!あんたのことは何て呼んだらいいですか!」 「ねえ、変な敬語やめていいよ。あー…ねぇ、ビール飲める?」 「飲める!海賊は酒が好きだからな!」 言われてハッとする。ああそうか、…なまえ。名前を聞いていなかったんだ。 当たり前のことを聞けていなかったことに自分でも驚く。社会人の常識はまず名前、というか自己紹介からって言われているのに。 座りなおした彼に、冷蔵庫から取り出したビールをプルを開けて手渡す。 明日は休みだし、ご飯食べてゆっくり寝たいと思っていたけれど、彼の話を聞いてみるのも面白いかもしれない。 カシュ、と小気味よい音を立てて自分の分もプルを引く。ビールの缶同士を合わせて、乾杯、だなんて言ってみた。 「わたし、みょうじ なまえっていうの。なまえって呼んで。」 「おれはポートガス・D・エースっていうんだ。生きてた頃は名のある海賊でよ、白ひげ海賊団っていうとこにいたんだ。」 「・・・海賊?」 「ここには海賊きたことねえのか?」 「ああ、うん、まあ。遠い海の話かな。」 地獄にも海があるのか?彼は続ける。まだ続けるのか地獄ネタ。 そうは思っても、もう訂正するのも野暮である。眉をひそめた自分を見て彼は話すのを一度やめたけれど、それでと話の続きを促した。 とりあえず一通り、彼の話をまとめると、こうだ。 彼は海賊で、ティーチっていう人を追いかけてその海賊団を出たけれど海軍という組織につかまってしまった。 船長さん…親父さんや仲間、そして弟くんが助けに来てくれたけれど、海軍の偉い人、赤犬という人が親父さんの誇りをけなすことを言ったから、それが許せなかった。どうしても、どうしても許せなくてそれで立ち止まってしまった。その後、見せつけるかのように弟を狙った奴から、弟を庇って内臓を焼かれたと、・・・そう、言っていた。 「・・・で、最期になにかをおれはルフィに言ったんだ。だけどそれがな、なんか思い出せないんだよ」 到底、信じることはできない話だと思った。 今、この世界にそんな戦争だなんて聞いたことがないし、しかもそんなことになっていればニュースで取り上げられているはずだ。それでなくても、SNSかなんかで拡散されているはず。今の世、情報は恐ろしいほどの速度で広がっている。 マリンフォード。偉大なる航路。新世界。海軍。海賊。 彼の話からは夢みたいな、まるで現実でないような、そんな言葉ばかり出てくる。 「それが本当なら、あなた死んでるね。でも、幽霊にしては触れるんだよなあ。」 目の前に置かれた腕をふにふにとつつく。感触はふにふになんてかわいいもんじゃないしっかりと鍛え抜かれた筋肉で、そんな小さなことすらも彼の話が真実だと言われているかのような気がした。 到底信じられない話、だけれど彼の顔が、目がそうじゃないと言っている。 ここで彼を信じるのは、はたして酔狂だろうか。 「おれは、…生きてるのか?」 「そうだね、私にはそう見える。あなたには触れるし、幽霊が酒を飲むなんてあまり聞いたことないし。」 「そう、だな。」 彼を信じるのであれば私の中でパラレルワールドというものも信じなければならないと思う。 死にかけた人が生きていて、そして、私が知りえる常識と全く違うことを常識かのように語る。夢であればとんだ笑い話だ。 そんな夢のように感じても、だ。喉に通るビールの苦みも、炭酸のかすかな痛みも夢じゃないんだと訴えてくる。 「ねえ、・・・別の世界に飛んできちゃった、だなんて考えたら、しっくりくるんじゃない?」 放った言葉は絵空事だ。 自分の心はまだ整理ができていないはずなのに、口からはどんどんと言葉が出てくる。別の世界?そんなもの、疑ったこともない。 さっきから自分の中で“だけど、けれど”ばかりだ。 もう日付も変わっている。本当に運性が悪いのは今日なんじゃないのかなんて思ってしまうんだ、自分の中のキャパなんてとっくに超えてしまっているから。 ・・・けれど、こんな話。本当だとしたら。追い出した後、彼のこんな話、誰が信じてくれる? 「そんな夢みてえな話、」 けど、グランドラインなら、ぼそぼそと彼が続ける。 そうね、私もそう思う。けれど彼が起きて初めて出会ってしまった人間が自分なのだから仕方がない。これも運、これも縁。もう腹を括るしかない。 「日本にはね、神隠しっていう不思議な言い伝えもある。私まだ25年しか生きていないから、もしかすると、それみたいな私の理解を超えたことも起こるのかもしれない。そしてそれは、今なのかもしれない。」 「かみ、かくし」 「地獄だなんて思わないでそう思ったほうがあなたも楽しくない?ねえ、エースくん。」 少しぬるくなったビールをぐい、と喉に押し込む。彼は先ほどまでの自分みたいに、整理がつかないような困惑した顔をしていた。 呑み込めてない彼に追い打ちをかける。もう真実なんてどうだっていいような気さえもした。 ただ、漠然と思った。彼には、そんな困惑した顔や寂しそうに笑う顔よりも、ご飯を食べてうめぇって笑ったあの顔が一番似合うと。 「世界はきっと違うけれど、まだ生きれるのなら生きてみてもいいんじゃない?」 どんな勧誘文句だ。 まるで何かのヒーローのようなセリフは、自分の口からまたなぜかすらすらと出てきた。 案の定、この世界でヒーローという存在を知った彼からは、後にあの時のなまえはヒーローよりかっこよかったといわれる羽目になる。