静かな親分

兄弟であるヴェネチアーノより、スペインといる方が楽だと思うのは、もう単純に付き合いの長さ故なのだとロマーノは思っている。それに加え、スペインの人柄もあるのかもしれない。スペインは陽気な男で、細かいことを後に引きずらないので、ロマーノがした数々の失敗だって、最終的には仕方ないと許していた。本来なら嫌われたって仕方がないようなことをしてしまったと、何百年と経った今になってロマーノはよく思うのだが、スペインは恨み言をロマーノに吐いたことなどなかった。
またスペインの気質は、同じラテン系であるロマーノとはよく合った。音楽がかかるとつい踊ってしまうのも、スペインと長くいたからかもしれない。シエスタだって体に染みついているし、話したくないと反発していたわりに、ロマーノはスペイン語を難なく話すことが出来る。スペイン料理を作るのだってお手の物だ。
だからといって、個々人の性格まで似ることはなかった。スペインはどちらかというと、弟であるヴェネチアーノと似ている部分が多い。しかしロマーノはその逆で、不器用なので何をやっても失敗するし、ネガティブのきらいがあって、陽気な二人によく八つ当たりをしてしまい、後悔することなど多々あった。
スペインはそんなロマーノの性格を理解出来ないようだったが、結局ロマーノの性格を受け入れて「そんなに落ち込みなや」とよく励ましていた。元気になるおまじないをロマーノはもう何度受けたかわからない。スペインは自身の元気を分け与えるように、いつもそのおまじないをロマーノに唱えていた。
思い返してみても、スペインはロマーノのことを大層かわいがっている。しかも付き合いが長くなればなるほど、そのスペインの愛情は深くなっている気がした。元から世話好きのスペインと、手がかかるロマーノだったので、相性自体は良かった。ロマーノが少し大人になったことで、二人の間に昔より穏やかな時間が増えたとも感じていた。
「久しぶりやなあ、ロマーノ。元気やった?電話もたまにしとるけど、やっぱり直接顔見れる方がええなあ。今日も男前やで!まあお前はいっつもかっこええけどな。あっ、そういえば新しいコーヒー豆買ってんけど、お前が来るときに一緒に飲もうと思って、大事に置いとってん。ほら、コーヒーも開けるとすぐ悪くなるやん?せやから今日開けような!お前もコーヒー好きやし、お前の口に合うとええなあ。そういえば挽き方によっても味って変わるんかなあ。やっぱりそういうのはお店で挽いてもらった方がええんやろか。あ、そういえば前にもな……」
久しぶりに会うと、スペインはマシンガンのようにロマーノに話し続ける。内容は多岐に渡るが、大体はくだないことで新しい花の苗を植えたことや、近所の夫婦が子を授かったこと、前に見たサッカーの試合の内容など、とりとめがない。田舎に帰った時に祖父母の話を聞き続ける孫の気持ちはこんな感じなのだろうとかと思いながら、ロマーノはひたすらスペインの話に相槌を打った。口を挟む暇もない。
昔はそうでもなかったな、とロマーノは過去を振り返って思う。スペインは公務で忙しそうにしており、屋敷を空けている時間も長かった。今とは逆で、一緒にいられるときはロマーノの方が屋敷であったことを、スペインに語りかけていたぐらいだった。きっとスペインは昔からお喋りだったのだろうが、小さなロマーノと話せることは限られていたのだろう。支配国でなくなったというのも、大きな要因かもしれない。
二人の関係や性格は、変わっていないようで、ゆるやかに変化し続けている。けれどそれに嫌悪感はない。スペインの饒舌さを鬱陶しいとロマーノが感じることはあったが、その口を閉ざしてやりたいと思ったことはない。いつも嬉しそうに、会えなかった時間、いかにロマーノのことを考えていたかを語られるのが、ロマーノは好きだった。



「スペイン兄ちゃん、今日は静かだね。何かあったのかな」
いつかの会議の時、静かなスペインを見て、ヴェネチアーノがロマーノにそう耳打ちした。会議の資料をぼんやりと眺めているスペインは、確かにヴェネチアーノの指摘通り、いつもより発言も少なく、休憩時間になっても席でじっとしていることが多かった。
「いやあ……なんもねえよ、あれは」
「ほんとに?」
疑うようなヴェネチアーノになんと答えるか迷い、結局ロマーノは口を閉ざしてスペインから目を逸らした。結局会議の間、スペインは自発的に口を開かなかった。
会議が終わってロマーノは一直線でスペインの席まで向かう。約束などしていなかったが、共に揃って参加している会議では、一緒に過ごすことが二人の常識となっている。
「ほら。さっさと出るぞ」
座ったままだったスペインの腕を引くと、スペインはノロノロと立ち上がった。椅子にかけていたコートを広げてやると、素直に身に着けていく。最後に赤いマフラーを首に巻いてやり、ロマーノはスペインの手を引いた。まだ議場に残っている面々の間を通り抜け、廊下を進んで、二人はあっさり会議場を後にした。
「寒いと思ったら……雪じゃねえか」
外に出てみると、雪がちらついているのが見え、ロマーノは思わず足を止めてスペインに顔を向けた。鼻先までマフラーで覆い、目元しか見えない状態だが、スペインは眉を下げて嫌そうに目を細めた。
スペインは寒いのが苦手だった。寒さが厳しい日は元気が出なくなるのか、やけに口数が減ったり、ぼんやりとしていることが多い。腹が減っている時や眠い時も同様だ。ロマーノはそんなスペインの姿を見慣れていたが、意外とそういったスペインの姿を知らない国は多く、今日も口数が少ないスペインに戸惑っている国はいくらかいた。
「積もらねえといいけどな。さっさと帰るか」
応えるスペインの声を聞く前に、ロマーノは掴んだスペインの手を引いて、ホテルへ足を向ける。手袋もつけていないと、たまに吹く冷たい風に熱を奪われるので、ロマーノはスペインの手を掴んだまま、自身のポケットに手を突っ込んだ。
「外で食うのもめんどくせえよな……ホテルでデリバリーでもするか。ベルギーって何がうまかったっけ」
普段はスペインの方がよく喋るが、スペインの口数が少なくなると、代わりのようにロマーノがよく話した。スペインは相槌すら打たないが、きちんと話を聞いてくれているという自覚はあって、ロマーノは問いかけることなく、ひとり言のように話し続ける。ロマーノの話声は、ベルギーの街並みにあっさり溶けて消えていく。
「ベルギーに聞いてみっかな……あ、そういえば前に、ポテトはうちの名物やのにって文句言ってたんだよ。笑うよな」
白い息を吐き出して笑いながらロマーノが肩をぶつけると、同じようにスペインもロマーノに軽く肩をぶつけ返した。笑っているのかもしれない、そう思いつつ、ロマーノはホテルまでの道を見続けた。
スペインに元気がない時ぐらい、代わりにロマーノがスペインに元気を与えてやれる存在になりたかった。話せないなら、代わりにロマーノがたくさん言葉を形にすればいい。普段口にしないからといって、ロマーノがスペインのことを考えていない訳ではないのだから。
そう思うと物足りない気持ちになって、ロマーノはポケットの中で掴んでいたスペインの手を一度離し、今度は指を交差して手を繋いだ。するとスペインが繋ぐ手にぎゅうっと力を込めたので、ロマーノは今度こそスペインの方へ振り返った。
「……顔赤いなあ、お前」
寒さのせいか、喜んでいるからかわからないが、頬真っ赤にしているスペインは、嬉しそうに目尻を下げていた。そんな表情が愛おしくて、ロマーノは思わず笑ってしまう。
寒い日は口数が減るということを知っている国は、恐らく何人かはいる。けれど口数が少なくなる代わりに、いつもより甘えてくるようになるのだということを知っている国は、きっとロマーノ以外にいないはずだ。会議の時、そんなスペインを悟られたくなくて、ロマーノはヴェネチアーノにスペインが静かな理由を教えなかった。
これから先も、ロマーノだけがそれ知っていられればいい。ポケットの中のぬくもりを握り返しながら、ロマーノはそんなことを願っていた。