手袋を外さない親分

意識して見ていたわけではなかったので、フランスが気付いたのは本当に偶然だった。
「スペイン。お前、潔癖だったっけ?」
長く深い記憶を掘り返しても、スペインがそうであった記憶はない。なので仮に潔癖症になったのならば、それは随分最近のことになるのだろう。
フランスはそんなことを思いながら、特に深い意味もなく、黒い手袋をつけたままのスペインに尋ねた。表面が濡れたグラスに、今にも口をつけようとしていたスペインは、少し驚いたように目を見開いてその手を止めた。
「……お前って、やっぱりよお見てるなあ」
感心したような息をついて、スペインは結局酒を口にすることなく、グラスをテーブルに戻した。そして現在話の渦中にあった黒い革の手袋を、さっとひと撫でする。
スペインにしては、随分と上質なものを身に着けていた。だからこそフランスの目に留まったというのもある。スペインは気に入ったものであれば、値段や質はさほど頓着しない男なので、上質なその手袋はいささか普段のスペインの服装からは浮いていた。
「ロマーノに貰ったの?」
「なんでそんなことまでわかんねん」
「まあ、予想はつくだろ。レザーだし、お前がそんなに肌身離さず身に着けてるなら、そりゃあ」
イタリアの革製品は有名で、見るからにスペインの手にフィットした手袋は、オーダーメイドのものだ。そんなものをわざわざスペインが自分の為に用意するとは考え辛く、そうなると行きつくのは、スペインがひどくかわいがっている子分のロマーノぐらいしか思いつかない。ましてや外で酒を飲んでいる時まで手袋を外さないほどの愛着を見せているのだから、送り主など推して知るべしだ。
「なるほど。否定出来んわ」
図星だったのか、スペインは肩を竦め、何かを誤魔化すようにさっき置いたグラスを持ち上げて、酒を口にした。指摘されても手袋を外さない辺り、スペインのロマーノに対する執着は、隠す気がないようだ。
「外せば?せっかく良いものなのに、汚れるだろ」
「汚さんように気ぃつけるわ」
「そうじゃなくて……」
頑なに外そうとしないスペインに、フランスは胡乱な目を向ける。妙にスペインの態度が引っかかっていた。
仮にスペインがロマーノから貰った手袋を自慢したいだけなら、出会ったその時から手袋を見せつけて「ええやろ?」と惚気た上に、手袋へ頬ずりでもしていたことだろう。しかしスペインはただ手袋をつけ続けていただけで、貰ったものであることはフランスが指摘しなければ口にしなかった。まるでその事実を隠したがっているかのように。
そんなスペインの態度は、少なくとも長く付き合いのあるフランスから見れば、妙なものだった。普段のスペインは鷹揚で単純明快、裏表のない男である。しかし実際のところ、外には見せない物を腹に抱えているのではと感じさせることは、多々あった。今だってそうである。
「見られたくないものでもあるのか?」
その手袋の中に。
からかいを含めたフランスの言葉に、スペインはエメラルドの輝きを放つ目を細めた。そこに獲物を見つけた肉食獣のような剣呑さを含めたのは一瞬のことで、スペインはすぐにいつものように笑い、口元に愉悦を浮かべる。
「見えすぎるのも考えもんやなあ」
「俺は別に困っちゃいないけど」
「お前はそうやろうな」
呆れたように笑うスペインは、結局フランスの問いには答えていない。それなりに長く世を渡ってきただけあり、相手の懐にどこまで踏み込むか、どこで引くかを見極める力はそれなりにある方だと、フランスは自負している。
スペインという男は、大きく手を広げて来る者を拒まず、誰にでも全てを曝け出している。ようにうまく見せかけているだけで、実際はほとんど何も見せてくれてはいないのだ。しかもスペインはそれをほとんど、無自覚でやっている。
別にスペインが特別という訳ではない。国をやっている以上、誰しも本音と建て前は使い分けるが、スペインは一見、使い分けていないように見えてしまうから、それを目の当たりにした時のギャップが激しいだけなのだが。
「教えてくれないんだ?」
「知る必要ないやろ、別に」
全くその通りなので、フランスはため息をついて追及することを諦めた。スペインが自ら口にしないことは、それこそロマーノでも人質に取って脅さないと、話そうとはしない。そこまでして知りたいことではないし、いざとなればロマーノの方を揺すってみれば、簡単に口を割りそうだ。長く国をやってるとは思えないほど、単純で純粋なスペインの子分を思い浮かべる。
「なんだかムカつくから、今度ロマーノの尻揉んでくるわ」
「あかんに決まっとるやろ」
フランスのささやかな冗談だというのに、スペインは即座にフランスの額を指ではじいた。革手袋越しのスペインの指が、遠慮なくフランスの額を強打する。大袈裟に痛いと騒ぎながら手持ちのミラーを持ち出して、美しい額が赤くなっていないか、フランスは何度も確認する羽目になった。



国体の仕事や立ち位置は国によって違う。だが全体を見れば、どの国も外交官のような仕事をしていることが多い。フランスも例外ではなく、仕事は多岐に渡るが、フランスはファッション関連の仕事も多く従事していた。大規模なファッションショーなどは仕事で呼ばれることがあるのだが、小規模なものはフランスが個人的に足を運ぶことが多い。仕事も兼ねているが、これは完全にフランスの趣味だった。
たまたま業界関係者に声を掛けられ、パリに新規参入してきたブランドのファッションショーにフランスは足を運んだ。ファッション業界ではそれなりに名が知れているフランスは、知り合いに見つからないように後ろへ下がり、ショーのスタッフに混じって立ったままショーを眺めていた。
賑やかな音楽に耳が麻痺し始めた頃、フランスはふと、右隣に立つ存在に目をやった。見ようと思った訳ではなく、ランウェイを注視しすぎたせいで疲れた目を、休ませようと思っただけだったのだが、視線の先にいた人物に思わずフランスは目を瞠る。
「……ロマーノ?」
人が大勢いる場所だというのに、あまりに驚いたフランスは、思わず国の名前で呼んでしまった。ショーの音楽がうるさいので、当然周りの人間に悟られてはいないが。
「げっ、髭……!?」
呼ばれた名前に驚いた様子で振り返ったロマーノは、フランスを目に留めると、露骨に顔を歪めた。何年経っても変わらないその反応に苦笑しつつ、フランスは今にも逃げ出しそうなロマーノの腕を掴んだ。
「まあ、待て待て。何も取って食おうだなんて……」
逃げる必要はないのだと安心させようとしたフランスはふと、ロマーノの手に光るものに目を留めた。掴まれた腕を振り払おうとじたばた暴れているロマーノの腕を固定し、じいっとフランスがロマーノの左手を注視する。
暗い会場内ではあったが、ショーの明かりに反射する光の原因は、ロマーノの左手薬指にはまっている指輪だった。実にシンプルなデザインの指輪であり、はめている指の位置も相まって、まるで結婚指輪のように見えた。
ロマーノはフランスがじいっと指輪を見ていることにしばらくして気が付き、掴まれていない方の手まで使って、フランスの手を振り払った。抵抗もせず素直に手を離したフランスは、顔を歪めながら左手を隠すロマーノを見る。ただの指輪だったように思えたが、ロマーノの反応を見るに、人に見られてはいけないものだったのかもしれない。
「別に取ったりしないよ」
「……うるせえな」
舌打ちをして顔を伏せるロマーノに、どうしたものかとフランスは少し考え込む。ロマーノのような跳ねっ返りを相手にするのは、どちらかというとフランスの得意なところだったが、刺激しないように宥めるのはスペインの方が得意だった。
フランスは腕時計を一度見て、またロマーノに視線を戻した。気まずそうにしているロマーノの手を掴み、出口へと引っ張っていく。
「ちょっ、おい……!」
「もうショーも終わるんだし、外に出よう。いいだろ?」
問いかける形をとっていたが、フランスは後ろで声を上げるロマーノを無視し、引っ張り続ける。少し抵抗を見せていたロマーノは、次第にそれを止め、フランスに引っ張られるがまま会場から連れ出された。
外まで出てくると、ロマーノはまたしてもフランスの手を振り払った。忌々しそうに睨みつけてくるロマーノの視線を無視し、フランスは改めてロマーノの左手を見る。明るい場所に出てきちんと指輪を確認してみると、特にこれといった装飾のない、シンプルなゴールドの指輪だった。
フランスと同じで、オシャレが好きなイタリアっ子のロマーノなら、指輪をつけていたって不思議ではない。装飾品はファッションの一部である。しかしフランスがついその指輪に気を取られてしまうのは、指輪をはめている位置もそうだが、何よりロマーノがその指輪を隠したがっているところにあった。
ロマーノはフランスの手が離れると、コートのポケットに手を突っ込んで、少し慌てた様子で手袋を取り出した。品のある深い緑色のレザー生地の手袋が、ぴったりとロマーノの手に馴染んだ姿を見て、フランスは既視感を覚えた。
「それ……」
つい声に出してしまったフランスの方へ、ロマーノが今にも逃げたそうな表情をぶら下げて、振り返る。眉間に深い皺を刻んだまま、ロマーノは低い声で「なんだよ」とぶっきらぼうに答えた。
「いやあ……まさかお揃いの手袋をつけてるとは思わなかったからさ」
「は?」
「スペインも同じのつけてたんだよ。色違いのやつ」
言われている意味にやっと気付いたのか、ぶわっとロマーノの頬が赤く染まった。羞恥と怒りが交じり合ったような表情を浮かべながら、何か言い返そうと口を開いては、逡巡してすぐに口を閉ざす。それを何度か繰り返しているロマーノが面白くて、フランスは隠すことも忘れて笑ってしまった。
「お前らが仲良しで、お兄さんも安心だよ」
「うっ……うるせー!」
「お前がな」
街中だということも忘れて、ロマーノは子供のような怒声を上げた。近くにいた通行人たちが驚いたようにフランスたちへ振り返ったが、ロマーノはそれどころではないのか、周りに見向きもしない。
「お前に関係ねーだろクソ髭!」
「そんなつれないこと言うなよ、ロマーノ」
ぐっと距離を縮め、周りに聞こえないように耳元で囁いて、フランスはそっとロマーノの尻を揉んだ。今まで数々の国の尻を揉んできたが、ロマーノにいたっては元親分のガードが固くて、触れた試しがない。胸を揉んだことはあるが。
「……ひっ!」
一度揉んで、まろい感覚をフランスが味わっていると、ロマーノが短い悲鳴を上げて背中を震わせた。途端に体に力が入り、きゅっと引き締まった尻は柔らかさが損なわれる。仕方なく、フランスは割れ目を指先ですっと撫でて、ロマーノの尻から手を離した。
「なっ、な、な、なにしやがんだこのやろー……!」
体も声も震わせながら、ロマーノは飛びのくようにフランスから距離を取った。けれどフランスはロマーノの尻の感触を忘れないように、指を動かして揉む動作を繰り返している。
「う〜ん……男の尻とは思えないほど柔らかいねえ。ロマーノ、運動したら?」
「余計なお世話だコンチクショー!」
涙目になって喚くロマーノも堪能出来、フランスは満足そうに笑った。こんな場面をスペインに見られれば、間違いなくフランスは血を見ることになるだろう。しかしフランスは今すぐにでもスペインまで飛んで、ロマーノに会ったことを伝えたい気分だった。
「次俺に触ったら警察呼ぶからな!変態野郎!」
毛を逆立てる猫のように、肩を怒らせて威嚇してくるロマーノに、フランスはただ笑みを浮かべるばかりだった。本当はこのロマーノをカフェにでも連れて行って、フランスのスイーツでも食べさせてやりたい気持ちもあったが、とてもではないがロマーノがその誘いに乗るとは思えなかった。
「はいはい。もう帰るんだろ?気をつけてな」
「お前が一番危険なんだよ!ケ・バッレ!」
文句を言って地面を軽く蹴り、ロマーノはそのまま早足にフランスの前から逃げていった。すぐ人込みに紛れて姿が見えなくなった後ろ姿を探すように、フランスはしばらくロマーノが逃げていった方向をぼんやりと眺めていた。
スペインがつけていた革の手袋と、ロマーノがつけていた革の手袋を思い出す。そうしてロマーノの左手にはまっていた指輪について、フランスはその場に立ち止まったまま、考えた。
「……隠さなくったっていいのになあ」
そうこぼして、フランスは改めてショーが行われている会場の入り口にある看板を見た。ブランド名の下に、小さく「Italy」と書かれていることに気付き、やっとフランスはロマーノがいた理由に思い至った。
よく仕事をサボっているイメージのあるロマーノだったが、仕事外では意外とよく働いているようだ。それを邪魔してしまったことを申し訳なく思いながらも、急いで逃げていくくるんのくせ毛を思い出して、フランスはただひとり笑みを深めるのだった。



手土産のワインをぶら下げて、スペインの家の戸を叩いたのは、昼前のことだった。前もって遊びに行くと連絡していただけに、家にいないことは流石にないと思ったが、いくら戸を叩いても中から反応はなく、玄関のドアには鍵がかかっていた。
約束を取り付けていても、スペインなら確かに忘れている可能性もある。しかしもうひとつ可能性が残されているとすれば、家の裏にある畑だった。
フランスは遠慮なく家の裏に回り、太陽に照らされている畑を眺めた。フランスから見るとそれなりの広さがあるように思うが、全盛期だった頃のスペインはもっと広大な敷地を持っており、その敷地のほとんどを耕していたのだから、その頃を思うと随分小さくなったものだ。今でも一人暮らしにしてはそれなりの広さの家に住んでいるが、持ち家の広さなどは皆、個性が出ているとフランスは勝手に思っていた。
「おーい。スペイーン」
畑に向かってフランスが呼びかけると、こちらに背を向けてしゃがみこんでいた背中が、のんびりとした様子で振り返った。
「あれ?フランスやんか。もう来たんか」
頬を流れる汗を服で拭いながら、スペインはフランスの方へ歩み寄ってきた。洒落た革靴を履いたフランスが、畑に入ってくることは期待していなかったのだろう。
フランスはスペインが近付いてきて、鍔が広い麦わら帽子を取ったのを見てから、腕を組んでわざとらしくふんぞり返った。
「せっかく来てやった相手に対して、随分じゃないの」
「いやいや。夕方ぐらいに来るんやと思っとってん」
「まあね。最初はそう思ってたけど……お前と色々、話したいこともあったからさ」
「ん?なに?」
休憩用に置いている組み立て式のイスに帽子を置き、スペインは首を傾げた。そんなスペインに笑みを深めて、フランスはワインが入った紙袋をスペインに差し出した。
「そんなことより、これ。一緒に飲もうぜ」
「わあ。流石フランス、気が利くわあ」
お得意のリップサービスを口にしながら、スペインは袋を受け取ろうとした。しかし泥で汚れた軍手を着けていることに気付き、慌てて手を引っ込める。汚してしまったらいけないと、軍手を外そうとしたスペインの手が、ぴたりと動きを止めた。
「ああ……汚れてしまうから、中で貰ってもええ?」
申し訳なさそうに笑いながら首を傾げるスペインに、フランスは満足げな笑みを浮かべた。ここしばらく疑問に思っていたことに、答えを得たからだ。
「軍手を外せばいいだろ」
「いやあ……手も汚れとるかもしらんし」
「そんな訳ないだろ」
汚れてしまうのなら、何のために軍手をしているのか。からかうようにフランスが言うと、そこでやっとスペインは、フランスが軍手を脱がせたがっていることに気が付いたようだった。驚いたように丸くなった目が、真意を探る様にじいっとフランスを見つめている。
「この前さ、偶然ロマーノに会ったんだよ」
「なんもせんかったやろうな」
「失礼な。何をするって言うんだよ」
実際は尻を揉ませてもらったわけだが、今ここでその話をしてしまうと、フランスがわざわざ早い時間の飛行機に乗ってここまで来た意味がなくなってしまう。肩を竦めてフランスが答えると、スペインは信用していない視線をフランスに向けた。それを軽快に無視して、フランスは軍手を頑なに外そうとしないスペインの手を見つめた。
「その時さ、お前と同じ手袋をロマーノもつけてたんだよ。色違いのやつ」
「せやろな。ロマーノとお揃いやもん」
「うまい隠れ蓑だよなあ」
「え?」
驚いたようにフランスへ振り返るスペインに、白々しいなんて思いつつ、フランス笑みを深めた。
「お揃いの物だから、ずっと手袋をつけてても周りは怪しまないよな。お前らが付き合ってることは知ってるんだし。相変わらずラブラブだなあって思うだけだ。ロマーノからプレゼントされたって体を保てば、ファッションに無頓着なお前がずっと手袋をつけ続けてても、周りは違和感なんて抱かない。お前がロマーノのことを溺愛してるのは、みんな知ってることだしな」
動揺も驚きも浮かべていないスペインは、平静そのものでフランスの言動を眺めていた。話をきちんと聞いているのかすら怪しく思うが、スペインという男が侮れないやつなのだと思わされるのは、大体こういう時だった。フランスとスペインは友人として肩を並べはするけれど、スペインの線引きはきっちりとしている。触れられたくない内側に踏み込んだ時の、拒絶の速度は凄まじい。
だからといって、フランスはそんなスペインに怯むことはない。そんなフランスだからこそ、友として語らえているのだ。
フランスは一歩スペインに近付き、顔を近付けた。逃げる素振りすら見せないスペインを近い距離で見つめ、胸元に指を突き付ける。
「あの手袋を用意したのはロマーノ……だけど、用意させたのはお前だろ。スペイン」
にやりと笑みを浮かべながら突きつけたフランスに、スペインはしばらく黙り込んでいた。しかしすぐにふっと笑みを浮かべ、張り詰めていた緊張の糸を途切れさせる。
「なんや、探偵の真似事か?お前はほんま、イギリスのことが好きやなあ」
「ちょっと!不愉快な勘違いはやめてくれる!?あいつの影響とか絶対ないから!」
不名誉極まりない思い違いに、フランスは全力で首を横に振って否定する。確かに途中から謎を解き明かすようで楽しくなってしまったのは事実だが、決してイギリスの影響などではない。ましてや好きなどと、考えただけでフランスの肌が粟立った。
「そういうことじゃなくて、お前が謎を解いてみろって言わんばかりにチラ見せしてくるから、お兄さんちょっと気になっちゃったんだよ」
「えー……絶対そんなん言うてないし見せてないわ……」
疲れたようにため息をつきながら、スペインは遠慮なく帽子を踏みつぶし、イスに座った。
「お前がここまで言うてくるってことは、もう確信ありなんやろ?」
「まあ、そうだね」
「気付くの早すぎやわ〜……」
拗ねた子供のように唇を尖らせるスペインを見て、フランスは思わず笑ってしまった。さっきまでの無表情との落差の激しさには、何年たっても驚かされる。
「らしくないことするからだろ。隠そうとするなんてさ」
バツが悪そうに、スペインはフランスから目を逸らした。こういう態度を取るということは、何かしら後ろめたい思いはあるのだろう。しかしフランスからすると、どうしてそこまでひた隠しにしようとしているのか。それがわからなかった。
「お前ら、お揃いの指輪をつけてるんだろ?」
こんなにめでたいことなのに。

本当に、ただの気まぐれだった。
偶然バルで知り合った見ず知らずの他人と、酔っぱらった勢いでスクラッチを買ったのだ。当たる訳ないと思いながら買ったスクラッチを削ると、大当たりとはいかなくとも、それなりに嬉しい金額の当たりが出て、大いにその場は盛り上がった。その日の飲み食い分を全て奢ってやっても、お釣りがくるぐらいの額だったのだ。
翌日冷静になって、結構な金額が当たったものだと自身に感心しながら換金に向かったが、結局はあぶく銭だ。大事に貯金などせず、さっさと使い切ってしまおうと思ったスペインの目に、ジュエリーブランドの看板が見えた。
スペインとロマーノはそれなりに長く、恋人という時間を過ごしている。その中で互いにプレゼントを贈りあったことは何度もあるが、そういえばジュエリーを贈ったことはなかったのではないか。そのことを思い出したスペインは、いい使い道を思いついたと、導かれるようにジュエリーショップの中へと足を踏み入れたのだった。
最初はロマーノに何か贈ろうとショーケースを眺めていたが、ふと二つ並んだシンプルなデザインの指輪に目を留めた。ブライダル用の指輪で、大小で対になっているその指輪と、何もついていない自身の右手を交互に見る。換金した金額と、指輪の前に並んだ数字の額はほぼ変わらなかった。
(結婚する訳とちゃうけど、お揃いの指輪ってええなあ。公の場ではつけられへんけど、普段やったら別に問題ないやろうし……何より照れて大騒ぎするロマーノが見れそうやんなあ。絶対かわええ……)
トマトのように顔を真っ赤にして、ぽこぽこと怒るかわいい恋人を思い出し、スペインはにんまりとひとりでに笑った。そう思うと、この指輪を買うためにスクラッチが当たったような気さえしてきて、スペインはお揃いの指輪を買うことを決めたのだった。
名前通りに早速あぶくとなった金の代わりに、スペインは大層丁寧に包装された指輪を、後日ロマーノに手渡した。どんな反応をするのだろうかとわくわくするスペインとは対照的に、何を企んでいるんだと胡乱な目を向けながら、ロマーノも当然知っている有名なジュエリーショップの包装を解いていく。包みが全てはがされ、重厚感のあるケースを開けて、ロマーノは息を呑んで動きを止めた。
「……指輪」
「せやでー。俺とお揃い」
呆然としているロマーノの左手を取り、薬指にゴールドの指輪をはめていく。ロマーノの指のサイズなど当然知らなかったが、引っかかることもなくぴったり指に納まったものを見て、スペインは流石俺やなあとにっこり笑った。普段からべたべたとスキンシップを図っているお陰だと、どこか誇らしく思う。
「どう?」
「どう、って……」
ロマーノのことなので、てっきり恥ずかしいことしやがってと喚くかと思っていたが、ロマーノは戸惑った様子で言葉を探しているようだった。そこでようやく、スペインはロマーノの様子がおかしいことに気が付いた。
どうしたのだろうと心配するスペインを置いて、ロマーノは指にはまった指輪を、珍しく優しい手つきで撫でている。
「……ありがと、な」
「へっ」
頬を染め、今にも泣きだしそうな表情ではあったが、それでもとても嬉しそうに笑いながら目を細めて、ロマーノはそう言った。全く予想していなかったその反応に、今度はスペインが動揺する。
照れ屋なロマーノが、こんなにも嬉しそうに笑うのは、本当に珍しいことだった。長い付き合いのあるスペインですら、数度しか見たことがない。そんなロマーノの表情を久しぶりに見たものだから、そのあとロマーノがスペインの右手に指輪をはめてくれている間も、スペインはずっとロマーノの顔だけをじいっと見つめていた。
大袈裟に飛び跳ねて喜ぶようなことはしなかったが、ロマーノは指輪をひどく喜んでいるようだった。そのあと、スペインの家で過ごしている間、ロマーノはずっと自身の左手にはまった指輪を気にしていた。指で表面を撫でてみたり、少し手を遠ざけて眺めてみたり、照明に当てて反射するゴールドの光を楽しんだり。そこにあることを何度も確かめて、安心しているかのようにも見えた。まるでそれが、大事な宝物であるかのように。
そんなロマーノの姿を見て、スペインはひどく後悔した。
こんなに喜んでくれるなら、もっと早く指輪を買ってやればよかった。渡し方だって、もっとロマーノが心から喜んでくれるような、そんなサプライズをしてやってもよかったのだ。なによりその指輪を買った金は、酔った勢いで買ったスクラッチの金で、指輪だってその勢いで用意しただけの物だった。ただ偶然金が出来たから、気まぐれで買っただけ。ただ、それだけのもの。
金に貴賤などありはしないが、それでもスペインは喜ぶロマーノの姿を見て、自身が働いて得た金で指輪を買ってやりたかったと思った。きっとロマーノが喜ぶだろうと綿密に計画して、コツコツ貯めた金で買ってやれたなら、渡した後の気分は、きっと今の物とは違っていたはずだった。
国であるスペインとロマーノが指輪をつけたところで、法的な証明など出来ない。それはただのアクセサリーに成り下がる。けれどロマーノはそんな指輪を、どんな経緯で買ったかも知らない指輪を、心の底から喜んでいる。ついずっと眺めてしまって、普段の照れ隠しなど忘れてしまうほどに。
そんないじらしいロマーノが、スペインはただただ愛おしかった。
「……ロマーノ。お願いがあるねん」
だからスペインは、そんなロマーノにひとつ願った。
次のスペインの誕生日には、手袋が欲しいと。
「しばらくは、俺たち二人だけの秘密にしよ。いつかはバレるやろうけど、ちょっとの間だけ……」
そんなスペインのお願いに、ロマーノは疑問を口にすることもなく、神妙な面持ちで頷くだけだった。理由を聞かれなかったことにほっとしつつ、スペインはロマーノを抱きしめた。まるで腕の中に隠してしまうように。
二人の指輪も、それを喜ぶロマーノのことも。
誰にも見られないように、そっと内側へ。

「指輪なんか別に、バレたってええねん」
指輪を買った経緯を話し切ったスペインは、深いため息をついて顔を手で覆った。話の途中で軍手を地面に投げ捨てたスペインの右手には、見覚えのあるゴールドの指輪がはまっている。
「お前が隠したかったのは指輪じゃなくて、ロマーノの方ね。ハイハイご馳走さん」
スペインの手袋の下に何かが隠されてる。そう勘づいて探りを入れていたフランスは、辿り着いた答えがあまりにスペインらしくて、色々とどうでもよくなってしまった。スペインらしくないことをしているからと気になったが、結局スペインはスペインでしかなかったのだ。
「だって、ほんまにロマーノかわいかってん。でも指輪が常に見えとったら、外でもあんな顔してまうんかなあって思ったら、なんか……」
「男の嫉妬は醜いぞ、スペイン」
「う〜〜〜ん……」
フランスが悪魔のように囁くと、スペインは頭を抱えて唸りだした。こんなスペインの姿を見るのは珍しいので、それだけでフランスは楽しんでいた。しかししばらく唸ったあと、スペインは顔を上げて頬を掻いた。
「嫉妬っちゅーか……みんなに見せるのがもったいないくなったっていうか……」
頬を赤くして照れた様子を見せるスペインに、フランスはおやっとまばたきをする。スペインはどちらかというと楽しいことや嬉しいことは、みんなで分け合いたいと思う性質だ。恋人をみんなで分け合うなんて頭がおかしいことは流石に言わないが、ロマーノがいかにかわいいかを語りだすと、止まらなくなるところがあった。
そんなスペインが、恋人のかわいいところを独り占めしたいと思ったと言うのだ。
「恋は人を変えるねえ。スペイン」
「……もう、言わんとって。ほんまに恥ずかしいねんから」
言葉通り、赤くなった顔を背けるスペインを見て、フランスは笑みを深めた。長く付き合いのあるフランスでも、こんなスペインを見たのは初めてかもしれない。今まで親分と称して、恋人になっても甘やかしていたロマーノに対し、子供のような独占欲を持ってしまったことが本当に恥ずかしいのだろう。しかし恥ずかしがる必要がどこにあるというのか。
「お前は遅すぎたぐらいだとお兄さんは思うけどね」
「へ?遅すぎた……?」
何もわかっていなさそうなスペインに、フランスはため息をつく。独占欲に気が付いたところで、スペインの病的な鈍感がどうにかなるわけでもない。
スペインが持つその独占欲は、何もスペインだけのものではない。彼がかわいいと慈しんでいる恋人のロマーノなんて、ずっと前からその感情を持ち合わせていたことだろう。フランスはそういったロマーノの感情を、しばしば目にすることがあった。
指輪を二人だけの秘密にしようとスペインが持ちかけた時、ロマーノはすぐに頷いたのだという。スペインから貰った指輪、その瞬間の感情、その思い出を、しばらく二人だけで共有したい。そんな思いが、少なからずロマーノにもあったのだ。
けれどスペインは、当然そんなロマーノの気持ちに気付きもしない。ロマーノのけなげな想いはいつだって空ぶっているが、どうしてか二人はうまくいくのだから、不思議だった。
「詳しく聞きたいなら、早く飲もうぜ。お前の話、胸焼けしちゃって仕方ないよ」
「ほんなら聞かんといてや……」
疲れたように言いながら、スペインは立ち上がって、裏口のドアの方へ向かった。フランスはその後ろに続きながら、太陽の光に反射して光るゴールドの指輪を見る。
いくら胸焼けしようとも、フランスはやはり、恋する人の顔を見るのが好きだった。なんだかこちらがプレゼントをもらった気持ちになりながら、フランスは眩しい光に目を細めた。


「そういえば、ロマーノのお尻って柔らかいねえ」
「は!?なんで知ってるん!?」
いつまでもからかい甲斐のある二人でいてほしいものだと思いながら、フランスは甘んじでスペインの拳を受け入れるのだった。