ミッシング・ユニバース 04
レオナルドを誘うつもりでいたので、ロマーノは男同士の性行為の方法を調べていた。男同士で挿入を伴うセックスをするならば、ボトム側は色々と下準備が必要だった。内容の冒頭を読んだだけでロマーノは気が遠くなりそうだったが、セックスすることにより体調が安定するならと、なんとか気をしっかりと保って準備の説明を全て調べた。そもそもSubの全てがボトム側になるのかロマーノにはわからなかったが、ロマーノがボトム側の準備を調べたのは、単純に男相手に勃つ気がしなかったからだ。スペイン相手ならば違ったかもしれないが、スペインはロマーノを抱く気でいるので、今更ボトム側をどちらにするかと話すのは場が白ける気がした。それにロマーノはスペイン相手ならば、正直なところどちらでもよかった。
ロマーノは一人、バスルームへ向かって準備を進めた。手伝うと言い出したスペインをなんとか寝室に留め、大変時間がかかったがどうにか中を綺麗に出来た。途中で何度もやめたくなり、もうロマーノの気持ちは萎えかけていたが、このチャンスを逃すと二度とスペインに触れられないかもしれないと思い、己を何度も奮い立たせていた。
バスルームを出て、いつもなら素っ裸で寝るというのに、今日はしっかり服を着こんでロマーノの寝室へと向かった。かなり時間がかかってしまったので、もしかしたらスペインは寝ているかもしれない。そんなことを思いながら寝室のドアを開くと、スペインはベッドに腰かけて窓の外を眺めていた。
部屋はベッドのそばにある照明のみ点いてほの暗く、それだけで雰囲気が出ていた。見慣れた部屋の風景だというのに、スペインがいるだけで何かが違うように思え、ロマーノはごくりと生唾を飲み込んだ。そこでやっとドアが開いたことに気が付いたのか、スペインは振り返ってロマーノを見た。
「ロマーノ」
「……起きてたんだな」
「そりゃ寝てへんよ。当たり前やん」
笑って答えたスペインは立ち上がり、ドアの前から動かないロマーノの前まで来ると、そっとロマーノの手に触れた。
「長かったなあ。大丈夫やった?」
「た、たぶん……」
「そうか。でも体冷えてもうたな」
そう言って、スペインはロマーノの冷たい手を摩りながら、髪の毛にキスを落とした。ロマーノの体が冷えたのは慣れない準備をしていたせいもあるだろうが、おそらく緊張しているせいでもある。スペインの手はあたたかくロマーノの手を包み込んでいて、それだけでロマーノの緊張が少しだけ和らいだ。
「……緊張してる?」
顔を覗き込んで、スペインはそう尋ねた。けれどロマーノはそれに答えることが出来ず、目をうろうろさせて、声の代わりに態度で答えている。それに笑ったスペインは、顔を近付けてロマーノにキスをした。
触れて、少し離れてからまた触れる。少しでも体温を分けるように、こわばりが解けるようにスペインは優しくロマーノに触れた。いくつもキスを落としていくスペインにロマーノが身を委ねていると、突然スペインはロマーノの尻と背中に片腕ずつ回し、ロマーノを抱き上げた。
「う、おぉ!? スペイン!?」
「暴れんとって〜落としてまう」
「急に何……って、うわっ!」
ロマーノを抱き上げたスペインは、ドアからベッドまでの短い距離を早足に進んで、ロマーノをベッドに下ろした。さすがに大人になったロマーノを運ぶのは疲れるのか「落としそうやったわ」と、笑いながらロマーノを見下ろした。
「ロマーノも大きなったなあ」
「今更何言ってんだよ、テメーは……」
ベッドに転がされたロマーノの横に、スペインも肘をついて横になる。ロマーノを見つめながら、目は優し気に細められていて、それだけでロマーノは頬に熱が灯るのが分かった。
「大きなって、えらい別嬪さんになった。心配になるぐらい」
別嬪という言葉を、男が言われて喜ぶわけがない。文句を言おうとスペインに顔を向けたロマーノは、しかし何も言えなかった。スペインがあまりにも、困ったような、それでいて寂しそうな表情で笑っていたから。
何を言えばいいか逡巡している間に、スペインは上体を起こして、ロマーノに覆いかぶさった。せめて何か言おうと口を開いたロマーノだったが、まるで言わせないように、スペインはロマーノの口を塞ぐ。それがあまりに優しい触れ方だったから、ロマーノは諦めて、そっと目を閉じた。
舌を絡めあうと、じゅくじゅくと水音が静かな部屋の中に響く。その生々しい音が、ロマーノの羞恥を駆り立てた。しかし逃げることは出来ない。震えるロマーノの手がスペインの腕を掴むと、スペインはキスを続けながらロマーノのパジャマのボタンに指をかけた。
普段ロマーノは、寝る時は基本的に裸が多い。パジャマを着るのは体調を崩している時ぐらいだった。だが風呂から上がり、スペインのいる寝室にパンツだけで向かうのは、どうなのだろうとロマーノはひどく悩んだ。どうせ寝室に行っても裸になるのは間違いないのだが、初めから裸でいるとセックスしたくて仕方ないヤツだと思われてしまうかもしれない。レオナルドにセックスを持ち掛けているところを見られた時点で今更な気はしたが、ロマーノは着慣れないパジャマを引っ張り出してきて、それを身に纏った。
「パジャマ、着てきたんやな」
全てのボタンを外し終えた後、口を離したスペインは、ロマーノを見下ろして目を細めた。前だけはだけた状態で心もとないロマーノは、そっとスペインから目を逸らして、薄暗い部屋の壁を見つめた。
「……文句あっかよ」
「いや? こういうのもええなあって思ってん」
嬉しそうに笑うスペインを横目で見て、またロマーノは壁に視線を戻した。でれでれと眦を下げるスペインの表情は、まるで恋人と体を合わせる時のような甘さを含んでいる気がして、ロマーノはただただ恥ずかしくて顔を見ていられなかった。
「……ひっ!」
壁を睨みつけて少しでも平常心を取り戻そうとしたロマーノだったが、突然胸元にあたたかい手のひら触れたことに、声を抑えられなかった。慌てて口元を手で覆って、上にいるスペインを睨みつける。
「心臓の音すごいなあ。俺もやけど」
左胸に触れたスペインの手にはきっと、速く動く心臓の音がよく伝わっているのだろう。しかしスペイン自身もそうだというので、ロマーノは腕を掴んでいた手を離し、シャツ越しにスペインの左胸に触れた。するとそこはロマーノに負けず劣らず、心臓が早鐘を打っている。
「俺も緊張してんねんで? これでも」
「……そーかよ」
「ロマーノ」
顔を近付けたスペインは、口元を覆っているロマーノの手にキスを落とした。どけてほしいという意味だと気付いたが、ロマーノは眉間の皺を深くするだけで、手はどけない。するとスペインは困ったように眉を下げて笑った。
「お前が嫌なことはするつもりないから、ちょっとでも嫌やと思ったら、すぐに言うんやで? ええな?」
まるで子供に言って聞かせるような口調に不満を持ったが、ロマーノは何も言わず頷いた。何百年と小さなロマーノを世話してきたのだから、そう簡単に親気質が抜けるとは流石に思えない。それにロマーノは、そうやって世話を焼くスペインが好きな一面でもあったから、苛立ってもそれをやめろとは言い辛かった。
ロマーノが頷いたのを見たあと、左胸に添えていただけの手を動かし、ロマーノの乳首に触れた。人に触れさせることのない、敏感な場所。そこをスペインは指先で撫でたり、つまんでみたりと、強弱をつけながら触れていった。ロマーノは気持ちいいと思ってはいなかったが、背中がぞわぞわとして、それから逃げるように腰が動く。
「わ、ぁ……おま、そんなとこ……!」
もぞもぞとする感覚に耐えていたロマーノの乳首に、明らかに指とは違う感覚が触れて、ロマーノは思わず声を上げて瞠目した。スペインがロマーノの乳首を舐めていた。
ロマーノは突然のことにどうすればいいのかわからなくなり、スペインの左胸に置いたままだった手で、スペインのシャツをくしゃりと握りしめる。皺になることも気にせず、スペインは上目遣いでロマーノの反応を窺いながら、乳首を舐め、たまに口に含んで吸い上げた。
見ていられなくなって、ロマーノは口ではなく目元を手で覆って強く目を閉じた。逃げ出したいという気持ちと、ずっとこの瞬間を待っていたという自分の気持ちから、目を背けるように。
「うっ……す、んっ……すぺ……」
小さな乳首を吸い、たまにゆるく歯を立てられると、ついにロマーノは声を抑えられなくなった。その声が気持ちいいと感じて出ているのか、いっぱいいっぱいのロマーノにはわからない。ただその声が恥ずかしくて、ロマーノはひたすらスペインの名前を呼んだ。
「ロマーノ」
ずっと名前を呼び続けていたロマーノの声が涙交じりになったことに気付いたスペインが、乳首から口を離してロマーノの名前を呼んだ。そっとロマーノの頬にスペインの手が触れると、ロマーノは目元を覆っていた腕をどけて目を開く。目尻には薄っすら涙が滲んでいた。それを見て、スペインはまた困ったように目を細めて笑う。
「泣かんといてや。痛ないやろ?」
「……痛くなんかねぇよ!」
「ほんなら怖いん?」
頬に触れていたスペインの手が、ロマーノの涙をぬぐった。優しくてあたたかい指先は、手入れをしていないせいかロマーノのそれよりかさついていて、肌に引っかかる。けれどそれがロマーノの良く知っている、大きくて大好きなスペインの手だった。
間違いなく、今目の前にいるのはスペインだ。そう思うと、拭われたばかりだというのに、ロマーノの目からは涙がどんどん溢れてシーツを濡らした。本格的に泣き始めてしまったロマーノに、スペインは変わらず困った笑顔のままで、あやすようにロマーノの頭を撫でた。
「こわっ……いに、決まってんだろ! コンチクショー! スペインのハゲ野郎!」
「親分ハゲてへんよ〜」
ベッドの中とは思えないほど能天気な返事をしたスペインだったが、怒るどころかロマーノはそんな声にほっとしていた。ある意味スペインは、ロマーノの体質のために仕方なく子分とセックスをすることとなった。なのに当のロマーノは緊張で何も出来ず、スペインに任せてばかりで、ついには泣き出してしまう始末だ。普通なら呆れて、ベッドにロマーノを置いて違うベッドルームへ行って寝てしまってもおかしくないぐらいだろうに。スペインはいつもと変わらない様子で、泣いたロマーノを慰めている。早く泣き止まなければと思うのに、スペインの手が頭を撫でるたび、ロマーノの目からはどんどん涙が溢れた。
「そんなに怖いんやったら今日はやめとく?」
「やめねえ!」
涙声だったが、ロマーノはすぐ首を横に振ってスペインの提案を否定した。それに驚いたのか、スペインは目を見開いてじろじろとロマーノを見下ろしている。そんな視線から逃れるように、ロマーノはスペインの首に腕を回し、ぐっと引き寄せた。スペインは慌ててベッドに両手をついて堪え、ベッドがギシッと鈍い音を上げた。
「ちょ、ロマーノ……!」
ロマーノの耳元でスペインは声を上げたが、それを遮るように、ロマーノはぎゅうっと強くスペインを抱きしめた。
「こえーよ……でもお前だから……」
「俺?」
「お前だから、怖くても嫌じゃないんだよ」
「ロマーノ……」
「だから、やめるな」
もうロマーノは自分を取り繕うことも出来ず、本心を口にしていた。スペインはベッドに手をついたまま、引き寄せられる力に抗うように、上体を起こした。ロマーノは腕の力をゆるめ、スペインを見上げる。スペインもロマーノを見ていた。二人は視線が交じり、しばらく見つめあう。
(そんな目で見んなよ……)
そう思うのに、ロマーノはスペインの熱を持った目から視線を逸らせなかった。ベッドサイドのわずかな明かりに照らされるマスカットのような緑の瞳が、爛々と揺れている。そんな目で見られると、ロマーノは目を逸らすことも、何かを言うことも出来なかった。
そっと目を伏せて、スペインがロマーノに顔を近付けてきた。ロマーノも誘われるようにそっと目を閉じて、触れる唇を受け入れた。癖のあるスペインの髪に指を通し、縋り付く。するとスペインは行為の続きを促すかのように、交わらせていたロマーノの舌を吸って、前を開いていただけロマーノのパジャマの上を完全に脱がせた。その間もキスは止まず、唾液と舌が混じり合う水音が静かな部屋によく響く。
しばらく唇を堪能して満足したスペインが顔を離すと、ロマーノはとろけたように目尻を下げ、脱力していた。それに笑顔を見せた後、スペインはまた先程と同じように、ロマーノの乳首に吸い付いた。
「ん……ぅ、あっ……」
舐めてたまに柔く歯を立てる。空いているもう片方の乳首は、手で刺激することを忘れない。両側の乳首を責められて、ロマーノは荒くなる息遣いに交じり、小さく声を漏らした。わざと出している訳でもないのに、声を抑えられない。先程のキスですっかり脱力してしまったロマーノは、声を抑えるということが既に難しくなっていた。
しばらく乳首を攻めていたスペインは、そこが赤くなりながらもぷっくりと立ち上がっているのを見て、顔を離した。唾液に濡れたそこは、明かりに照らされて胸元の頂だけやらしく光る。顔を真っ赤にし、息を荒げながらスペインを必死な様子で見上げるロマーノを見下ろして、スペインは唇についた唾液を赤い舌で舐めとった。
スペインはまたロマーノの乳首に唇を寄せ、ちゅっと音を立てて吸い付いた。そのまま舌を使って、ロマーノの鳩尾を辿り、腹に唇を寄せる。キスマークがつくほどの強さはなかったが、それでも普段人にあまり触れさせることも、ましてやキスをされるところでもない場所に触れられたことで、ロマーノは途端にひっと息を詰まらせた。肌が敏感に反応する。
普段ならばそんな反応をしたロマーノを放っておかないスペインだったが、今日に限ってはわざと聞こえないふりをした。ここで変に構ってしまうと、先に進めない気がした。
スペインは構わず、ロマーノの下腹部に触れた。少し硬くなっている性器の形を確認するように、ズボン越しにスペインが触れると、ロマーノは大げさに体をびくつかせて顔を起こした。
「スっ、スペイン……!」
今まで脱力してベッドに身を任せていたロマーノは、信じられないものを見たような、それでいて真っ赤な顔でスペインを見た。スペインは一度ロマーノの顔を見てへらりと笑った後、ズボンとパンツを一気に剥ぎ取った。
「ちぎぃぃぃいいいいい!」
「そ、そない叫ばんでも……」
ロマーノのことなので騒ぐだろうとは予測していたが、涙目になって叫ぶとまでいくとは思っていなかった。やりすぎただろうかと思いつつ、スペインはロマーノのパジャマとパンツをベッドの下に放り投げた。
「お前がいきなり脱がすから!」
「そりゃあ、エッチなことするんやもん」
「エ、エッ……と、いうか、テメェはどうなんだよ!」
裸をじろじろと見られることが耐えられなくなったロマーノは、ついに体を起こしてスペインに抱きついた。抱きしめ返したスペインは、そのロマーノの体の熱さに驚く。こんな場で嘘をついたり出来るほど器用な子ではないとわかっていたが、ロマーノが本気で恥ずかしがっていることに気付き、少し驚いてしまった。
ロマーノは物心ついた時から、寝る時はいつも裸だ。一緒に風呂に入ったこともあるし、着替えだって共にして、互いの裸など散々見てきた。確かに状況が違うので、同じ裸でも見え方は変わってくる。恥じらっているロマーノを見ていると、スペインも知っている裸だとわかっていても、気持ちが浮つくのは止められなかった。
「どうって? 逆にどういう意味なん」
抱きついている体を少し離して、スペインはロマーノの顔を覗き込んだ。目が合うと、ロマーノは慌てて視線を逸らす。
「お、俺ばっかり裸にしやがって……テメーは脱がねえのかよ、ちくしょー……」
どんどん尻すぼみになっていくロマーノの言葉を聞いて、そこでやっとスペインは己が何ひとつ脱いでいないことに気が付いた。ロマーノを気持ちよくさせることに必死だったとはいえ、自分もまだまだだと思い、眉を下げて笑った。
「ほんまやなあ。忘れとったわ」
「わす……れるもんか……?」
「というか、好きな時にロマーノが脱がせてくれてええねんで?」
「えっ、俺が?」
驚いたように声を上げたロマーノにスペインは頷き、顔を近付けた。
「脱がしたって?」
そう言いつつ、スペインはロマーノにキスをした。舌を差し込み、少し動きが鈍っているロマーノの舌を、絡ませる。ロマーノは脱がしてほしいと言われたことに戸惑っているようで、そんなロマーノの動揺を感じ取り、スペインは口角が上がらないよう必死に努めた。ここで笑っているのがバレたら、間違いなくロマーノは怒ってもう脱がさないと喚くだろう。
ロマーノは戸惑いつつ、スペインのシャツに手をかけた。普段からよく着ているシャツは少しよれており、特に慎重に扱う必要もないのに、ロマーノはシャツの裾を掴んでゆっくりとそれをたくし上げる。胸元までくるとスペインは顔を離し、手を上げた。首にかかっているロザリオに気を付けながら、ロマーノが慎重にシャツを引き抜くと、シャランと音を立ててロザリオがスペインの胸元に戻る。
「ありがとうなあ、ロマーノ」
ロマーノが持ったままだったシャツを受け取り、スペインはまたもそれをベッドの下へ放り投げた。そしてもう一度キスをして、ロマーノをベッドへ押し倒す。胸元に落ちてくるロザリオの冷たさに目を細めつつ、ロマーノはじいっとスペインの体を見つめた。
日に焼け、鍛えられた体。己のそれよりたくましい体は、見慣れているはずなのに、状況が違うだけで普段と少し変わって見える。引き締まった腰が色っぽく見え、先程まで照れて何も出来なかったのに、自然とロマーノの手が伸びてスペインの腰を撫でた。するとスペインはロマーノの頭上で、嬉しそうに目を細める。
「せや。セックスは二人でするもんやからな。ロマーノも今みたいに、好きな時に触ったらええんやで」
頬、首、胸、腹、いたるところに音を立ててキスを落としてから、スペインはロマーノのゆるく勃ちあがった性器に触れた。キスに身を委ねていたロマーノは、慌てて目を見開く。土の匂いがする太いスペインの指が、己の性器に触れている。そう思うだけで、ロマーノの背は震えた。
「続けてや、ロマーノ」
「うあっ……!」
ゆるく握った性器を、スペインがゆっくりと扱き始める。それだけでロマーノの声が漏れた。自分で触る時とは比べ物にならないほど体が敏感に反応している。それは相手がスペインだからなのか、Sub性が刺激されているからなのか、わからないままロマーノはスペインのズボンのベルトに指をかけた。
「う、うぅ……スペ、んっ!」
はやくスペインのズボンを脱がしてしまいたかったが、スペインが性器を扱きつつ、先端を指でいじれば、快感に手が震えてうまくいなかった。カチャカチャと金属音が鳴る中、ロマーノの性器の先端から溢れ出した液が、扱くスペインの指に絡まる。金属音に濡れた音が混じり始め、スペインは嬉しそうに笑った。今や扱かれているロマーノの性器は、スペインの手の中で完全に勃起し、硬くなっている。
「あはは……ロマーノ、気持ちよさそうやんなあ」
「もっ、スペイ……ぬがせ、られね、んっ……から!」
「めっちゃ手震えてるもんな」
手も体も震えているロマーノは、体中を走り抜ける快感に目を細めた。性器に触れられてるだけで、ロマーノはもうズボンを脱がすことも出来ない。こんな強烈な快感を、ロマーノは今まで知らなかった。
到底脱がせられないだろうと気が付いたのか、スペインは扱いていた性器から手を離し、自らズボンを脱ぎ捨てた。パンツを脱いだ時、完全に勃ち上がっている性器から糸を引くのを見た。触れているだけなのに、ずっと興奮している己の体を思い、スペインは自嘲する。まだまだ若かったのだな、と。
「ロマーノのと一緒にしてもええ?」
熱に浮かされたロマーノは、ぼんやりとした様子でスペインの性器を見る。そうしてまだ震えている手を伸ばして、遠慮がちにスペインのものに触れた。
「お、俺もする……」
「せやな。一緒にしよか」
目を細めて笑ったスペインは、安心させるようにロマーノの額にキスを落とす。そして互いに硬くなった性器を擦り合わせ、ひとまとめにするように手でそれを包んだ。ロマーノは互いの恥部を擦り合わせるという、想像もしなかった今の光景に恥ずかしさから体中が赤くなり、涙が零れた。そんな姿を優しそうに見つめるスペインの視線に、更に羞恥心が煽られる。
恥ずかしい。今すぐ逃げ出したい。早く終わらせたい。そう思うのに、この後の展開を待ちわびている自分がいる。もっと触れたいし、触れられたい。男であるロマーノに嫌悪を感じていない様子のスペインにただ安堵して、歓喜している。そんな己の相反する感情を悟られないように、ロマーノも震える手を伸ばして、互いの性器を包んだ。
「ロマ……」
求めるように名前を呼んで、スペインはロマーノの口を塞いだ。そのまま腰を動かすと、ロマーノは体を震わせながら、手で互いの性器を扱いた。性器が擦れ合う音と、舌を絡める音、ベッドが軋む音が部屋を支配する。ロマーノはスペインの舌に答えながら、悦びを甘受するように目を閉じて身を委ねた。
「んっ……んぅ、ん……ぁ……」
声を抑えられないのか、キスの合間からロマーノの甘い鼻声が漏れた。苦しそうにしていることに気が付き、スペインは名残惜しそうに口を離し、ロマーノの口から溢れた唾液を舐めとった。
「あっ、スペイ……あぁ、あっ!」
「んんっ……ロマーノ……」
感じ入った声を上げながら、ロマーノは必死な様子で性器を扱いている。スペインも漏れる声を我慢せず、どんどん腰の動きが早いものへと変化していく。
「も、むりっ……スペイン! やっ……ああ!」
「俺も、もうっ……!」
スペインの腰の動きが更に速くなり、ロマーノはもう扱くことを止め、ただ性器を包むだけに専念した。ぐっとスペインが歯を噛み締めたのを視界に収めた後、ロマーノは目を閉じて声を上げた。
「ん、やあぁぁ……!」
「うっ、あ……」
二人はほぼ同時に体を震わせ、達した。性器から溢れる二人分の精液が、ロマーノの腹を汚す。荒い息遣いをしながら、健康的なロマーノの肌によく映える白濁を、スペインはぼんやりと見下ろした。スペインと同じように息を荒げているロマーノは、体から力が抜けたのか、くたりとベッドに寝転んだまま起きる気配がない。
スペインはサイドチェストにあるティッシュを数枚手に取り、精液を拭き取った。余程疲れたのか、ロマーノはその間、ぴくりともせずされるがままだ。それをいいことに、スペインはまたサイドチェストに手を伸ばし、ローションのボトルを掴んだ。
これは本来、ロマーノがレオナルドとセックスをする為に用意されたものだった。それを思い出すと、スペインは正直あまり良い気はしなかったが、これがなければロマーノの後ろを解すことは出来ない。心を無にしながら、スペインは掴んだローションを手繰り寄せ、ぼうっとしているロマーノの頬にキスを落とした。
「ロマーノ。いけるか?」
呆然としているロマーノの顔を覗き込んで、スペインがそう尋ねた。途端にはっとした様子でロマーノはスペインを見上げ、瞬きを繰り返していた。まるで目が覚めたような様子で、スペインは安心して頬を緩める。
「あ、ああ……悪い。なんか、ぼうっとして……」
「疲れたんかなあ。もうやめとく?」
「は? やめるって……」
一瞬怪訝そうな顔をした後、ロマーノはスペインの手にあるローションを見て、またしてもはっとした様子で目を見開いた。一度射精して少しスッキリしてしまったロマーノは、この一瞬ですっかり忘れてしまっていたが、まだセックスは終わっていない。むしろロマーノの目標は、出来るならスペインの性器を己の後ろに収めるまでしたいぐらいなのだ。スペインは無理だと言っていたが、もし叶うなら、このチャンスを逃したくはなかった。
しかしスペインは、当人であるロマーノから見ても相当子分思いな性格である。今ここでロマーノが「疲れた」と言えば、笑って行為を終わらせてしまうだろう。実際ロマーノは慣れない準備と、高められた欲望を吐き出すことで、そろそろ体力は限界だった。しかしここでやめられない。
「ダメだ!」
声を上げながら、ロマーノは体を起こしてローションを掴んだ。スペインは驚いた様子で、そんなロマーノを見つめている。
「ロマーノ?」
「や……やめねーぞ、このやろー……ちゃんと、最後までシろよ」
ローションを掴んでいるスペインの手を、ロマーノの手がぎゅうっと握りしめた。声は少しだけ震えている。まるで何かに怯えているかのように。
幼い頃から共に過ごしていたスペインにとって、ロマーノの天邪鬼な言葉の本質は、全てではないがいくつかは理解出来るようになっていた。そこでふと、今のロマーノの言葉に裏があるのかどうか、今にも泣きだしそうなロマーノを見つめて、スペインは考えた。
本当はやめたいのに、強がっているのか……そう考えてみたが、スペインの手を掴んでいるロマーノの手は、まるで縋り付くようなそれだった。おそらく、今しがた言われたロマーノの言葉に裏はない。そもそもロマーノは嫌がるとき、全身で拒絶を表してくる。手も足も頭も使って。拒絶されていないということは、行為を続けることはロマーノの本位であるはずだ。
(何に怯えてんのやろ……)
セックスが怖いのだと言われた。それは間違いなくそうなのだろう。けれど今ロマーノが震えているのは、それとはもっと違う種類のような気がすると、スペインの本能が訴えていた。しかしそれを追求する気は、スペインにはなかった。
「お前がしたいんなら、俺は続けるけどな」
「おっ、俺!? が、したいって訳じゃ……!」
顔を真っ赤にして声を上げようとしたロマーノを抱き寄せて、スペインはロマーノの口を塞いだ。触れるだけのキスをしただけで、ロマーノは静かになった。そっと唇を離して、スペインはロマーノの額に己のものを合わせ、近い距離でロマーノの赤い顔を見つめた。近い距離に照れているのか、ロマーノは困った様子で視線を逸らしている。
「最後までって、俺のん挿れるつもりなん?」
「そりゃ、出来れば……」
「無理やと思うでって、さっきも言うたやん。ロマーノ、痛いの我慢出来るん?」
「それは、たぶん……出来ねぇけど……でも……」
「でも?」
目を逸らしているロマーノの表情から、照れや恥じらいは消えている。残っているのは、先程からスペインが感じていた怯えだけだ。口ごもっているロマーノの手を、スペインが強く握りしめる。するとロマーノは観念したように、そっと口を開いた。
「……もう二度と、出来ないかもしれねえだろ」
絞り出されたロマーノの声は小さかったが、何とか言葉を拾ったスペインは、それに顔を顰めた。
「なんで?」
ロマーノの言う出来ないはセックスのことだ。きっとその認識は間違っていない。しかしスペインにはなぜ、ロマーノが二度と出来ないと怯えているのか、その理由がわからなかった。
「だって、お前……また俺を抱きたいとか思うのかよ」
気まずそうに言うロマーノに、今度こそスペインは抑えることなく「わからんわあ」と漏らしてしまった。理由を聞いたところで、スペインにはロマーノがそう思う理由が全くわからなかった。
ロマーノは昔から、ネガティブなきらいがある。周りが言った言葉を必要以上に悪く捉えて、被害妄想に陥ることが多々あった。それは南イタリアが置かれていた状況や、北イタリアの存在というものが大きく影響して、ロマーノ自身の自己肯定の低さにある。そのたびスペインはロマーノを励まして元気づけたが、そもそもの性格を大きく変えることは、ついぞ出来なかった。
今回のことも、スペインから誘ったようなものだ。しかしロマーノは自分なんかを抱きたいと思うはずがない、と思ってしまう。初めて会った相手ならまだしも、何百年と共に生きていた相手に、軽い気持ちで手を出すはずがない。決断したのはほんの数分のことだったが、スペインは何十年、何百年でもロマーノのパートナーでいる覚悟で今回のことを持ち掛けたのだ。二回目がないはずがなかった。
「俺、お前のパートナーやなかったん?」
「え……?」
「俺はもうとっくにそのつもりやってんけど……ロマーノはそうやなかった?」
首を傾げて尋ねるスペインに、ロマーノは困惑した様子で目を見開いている。その様子に、セックスする前にロマーノのパートナーになると宣言したのは、己の夢だったのだろうかとすらスペインは思った。
「お前、本気で……?」
震えた声でロマーノから放たれた言葉に、スペインは肩を落としてため息をついた。
「当たり前やんか」
言葉に呆れたような色が含まれていたことは、もう隠しようがなかった。確かにスペインはよくリップサービスを使うし、普段から「何を考えているのかわからない」とよく言われるが、流石に互いのこれからの人生に深くかかわるようなことを、軽い気持ちで提案したりしない。本気に見えないというだけで、スペインからすると口にする言葉はいつも、特にロマーノに伝える言葉は、軽い気持ちではなかった。
まだ困惑した様子で固まっているロマーノの頬を、スペインがすうっと優しく撫でた。するとはっとした様子で目を開いたロマーノは、慌てた様子でスペインのその手を掴んだ。
「……まだ出来る」
オリーブ色の瞳が、真っ直ぐにスペインを見上げている。いっそ睨みつけているようなその力強さに、スペインは目尻を下げて笑い、掴まれた手を握り返した。
「ほな、いけるとこまでいこか」
ロマーノの目蓋に口付けを落とし、スペインは持っていたローションのボトルの蓋を、器用に指だけで開けた。きゅぽん、と蓋が開く音が静かな部屋に響き、ロマーノはそれにびくりと肩を震わせる。いよいよだと思うと、どうしてもロマーノの体には力が入ってしまう。
「ロマーノ、後ろ向いて四つん這いになれる?」
「よつ……後ろからやんのか!?」
驚愕に目を見開くロマーノは、首を横に振って拒否を示した。
「嫌だ!」
「ううん……その方がロマーノは楽やと思うねんけど、それでも嫌なん?」
「嫌だ! 絶対嫌だ! 今のまましろよ!」
未だに首を横に振っているロマーノに、スペインは「そうかあ」と笑った。あくまでロマーノが楽になるならと思って提案したが、その当人が嫌がっているのなら、無理強いすることもない。
「じゃあこのままやるけど、体勢変えたなったらすぐ言うてな」
「……わかった」
ロマーノが頷いたのを確認して、スペインはローションを自分の手のひらの上に垂らした。ベッドサイドの明かりに照らされ、てらてらと光るそれを見ていられなくなり、ロマーノは枕をぎゅうっと握りしめて顔を逸らす。
ローションを見ていると、後ろを使うのだという実感が急に迫ってきた。性器に触れることは、ロマーノとて慣れているのでここまでの動揺はなかったが、後ろは完全に違う。洗浄する際にやっと触れた程度で、基本的にその中を触れられることに、慣れていない。触れられるとどんな痛みがあるのか、どんな感覚なのか、自分がどう変わってしまうのか。ロマーノには想像も出来なかった。
「足上げんで」
ロマーノが答える前に、スペインは膝裏に手を置いて、ロマーノの足を上げた。覚悟していたことだったが、恥部を好きな相手に全て晒すという今の体勢に、恥ずかしさでロマーノの顔と体は赤く染まった。これならスペインがさっき言っていたように、四つん這いになって後ろから触られるほうが、まだマシだったのではとすら思う。
しかしその恥ずかしさを耐えるように、ロマーノは強く歯を食いしばった。スペインを相手にするのに、温もりのないベッドしか見えないような体勢は、どうしても嫌だった。いくら恥ずかしくても、何かあったらすぐスペインに手を伸ばせる、今の体勢でいたい。そのために、ロマーノはただただ今の恥ずかしさを耐え凌ぐ。
「ローションかけるな」
そう声をかけて、スペインは先程手に垂らしていたローションを、後孔に垂らした。量が多すぎたのか、少しベッドのシーツに零れたが、多少は仕方がない。少しでも痛みを軽減できるように、ローションは惜しみなく使うつもりでいた。
またローションのボトルに手を伸ばしたスペインは、手のひらに少しローションを垂らし、手に馴染ませる。
「ロマーノ、指いれるで」
そう声をかけられても、ロマーノに声を出す余裕はない。ちらりと一度スペインに目をやった後、こくりと頷いてすぐまた視線を逸らしてしまった。それを見届けたスペインは、またシーツに零れてしまいそうだったローションを指で掬い取り、くるりと後孔の淵をなぞった。ぶるりとロマーノの体が震え、鳥肌が立つ。しかしそれに構うことなく、スペインはゆっくりと指を後孔に挿入した。
意外に一本目はすんなり入ることが出来た。しかし中の締め付けがきつく、動かすことは難しい。スペインがロマーノを見ると、体を震わせながらロマーノは枕を強く握りしめ、ぎゅうっと固く目を閉じていた。性器も先程吐き出して萎えた状態のまま、勃ち上がる気配もない。怯えたその様子はまるで強姦されているように見える。
「ロマーノ」
少しでも安心させるように、スペインが優しく名前を呼ぶと、ロマーノは固く閉じていた目を開いた。薄っすら涙が浮かんだ目でスペインを見ると、くしゃっと顔を歪ませ更に涙を溢れさせた。
「……スペイン」
「ん。もうやめとく?」
本当にただ指を入れただけだったが、これ以上は続けられない気がしていた。しかしロマーノは首を横に振って、枕を掴んでいた手をスペインへと伸ばした。
「スペイン」
ただ名前を呼んでいるだけ。スペインからすると、ロマーノの行動はそう見える。しかしロマーノの言葉や行動には裏があり、実はそこに本音があることだけは、長い付き合いから知っていた。けれどスペインは決して察しは良くない。本人も自覚済みである。なので言葉の裏に本音があることは知っていたが、その本音の内容を察してやることは出来なかった。
こういう時、スペインはひどく困ってしまう。何をすれば、彼の本音を掬い上げてやれるのかわからない。だからスペインはそういう時、決まってロマーノに手を伸ばした。
「どないしたん?」
声をかけながら、足を持ち上げていた手を離し、ロマーノの手を掴む。後ろに入れた指はそのままに顔を近付けると、ロマーノは空いた手をスペインの首に回した。
ロマーノはもう何も言わなかった。けれど涙を浮かべた瞳が、代わりというようにスペインを見つめている。惹き込まれるように、スペインはロマーノの唇に触れた。そのまま舌を絡ませる。
これが正解なのかはわからない。何を求められているのかわからず、誤魔化すようにロマーノを抱きしめるたび、ロマーノは「この鈍感野郎!」とよく怒るが、それでも拒否はされなかった。ロマーノが本当に言いたかったことはこんなことではないかもしれないが、ただスペインが出来ることは、ロマーノが安心するまで抱きしめてやることぐらいだった。
キスを続けていると、体のこわばりが解けたのか、中の締め付けがゆるんだ。震えていた体も落ち着いている。キスをしたまま、スペインは試しに中に入っている指を動かしてみた。
「んっ……!」
途端にロマーノはびくりと体をびくつかせたが、震えている様子はない。唇を離すと、絡めていた舌から名残惜しそうに糸が垂れる。顎に落ちたそれに舐めとり、ちゅっと音を立てて代わりにキスを落とす。
「動かしてもいけるか?」
「……はやくしろ、こんちくしょー」
どんな時でも変わらないその生意気な言葉遣いに、スペインはただ笑った。おかしくて、どうしようもないぐらい愛しくて、笑みが止まらなかった。
窓から差し込む朝日で、ロマーノは目を覚ました。昨夜カーテンを閉め忘れたせいで、睡眠を邪魔されたことに、寝起き一番でロマーノは顔を歪める。二度寝しようと寝返りを打ったところで、ベッドに誰かいることに気付き、ロマーノはぎょっと目を見開いた。
(ス、ペイン……!)
驚いて声を上げそうになった口を、慌てて手で塞いだ。一気に覚醒した頭に浮かんだのは、昨夜の濡れた記憶だ。あどけないスペインの寝顔を見ながら、昨夜のことを思い出して、ロマーノは途端に赤面する。
昨夜は怒涛の勢いだった。レオナルドに「抱いてほしい」と迫っている場所をスペインに目撃され、ついでにSubだとも知られてしまい、何故かパートナーとなって一夜を共にした。
思い返してみても、ロマーノにとっては現実味のないことだった。しかし尻にわずかな違和感が残っているので、おそらく夢ではない。夢でなくてよかったという安堵感と、目が覚めたスペインにどんな顔を向ければいいかわからない不安感が綯交ぜとなり、何も言えないままロマーノはベッドの上で硬直している。
相変わらずスペインは穏やかな寝息を立てながら、夢の中にいる。もしここがスペインの家であったなら、ロマーノは間違いなく荷物を纏めて自国へ逃げ帰っていた。しかしここは逃げ帰るべき我が家である。一時的にどこかへ避難してやり過ごしてもいいが、結局何の解決にもならない気がしてやめた。
しばらく考え込んでいたが、ロマーノはスペインを起こさないよう、殊更ゆっくりとした動きで体を起こした。地面に放られた下着やパジャマを見つけ、ベッドから降りてそれを回収する。昨夜は結局疲れて、互いに裸のまま眠ってしまった。スペインの服をどうするか迷ったが、ひとまず放置しておくことにした。
全てを身に着けて少しホッとしたところで、まだ眠ったままのスペインをもう一度見る。陽気に寝ている姿は、体を重ねる前と何も変わっていない。それを見ているとやはり夢だったのではと思うのだが、ベッドサイドに置かれているローションの中身が減っているのを見ると、やはり現実で違いなかった。またしてもロマーノが顔を赤くしていると、スペインの手が何かを求めるように、シーツをまさぐっている。
「……ロマーノ……」
よくわからない動きにロマーノは首を傾げていたが、ふいにスペインがそんな寝言を零したことにより、目を見開いた。おそらくスペインはロマーノを探している。未だにシーツの上を泳いでいるスペインの手を見て、更にロマーノは顔を赤く染めた。
「……前にもこんなことがあったな、そういや」
以前、ロマーノの看病に来たスペインも、今と同じように寝言でロマーノの名を呼んでいた。
しょうがねえやつ。そう思いつつ、ロマーノはまたベッドの上に座り、ロマーノを探す手に触れた。スペインは朝に弱いので、手を握られた程度では起きない。そう思っていたのに、手を握った瞬間、スペインの目蓋がわずかに震えた。慌てて手を振り払おうとしたが、それよりも早くスペインの目蓋が開き、明るい緑色の瞳が姿を現す。
「……ロマーノ?」
ぼんやりとした様子で名前を呼んだスペインだったが、繋がれた手をぎゅうっと握りしめてきたので、いよいよロマーノは逃げられなくなった。何も答えられないまま、ロマーノはスペインから目を逸らす。
「もう朝かぁ……おはようさん」
「……はよ」
「なんやまだ眠いわ〜」
そう言いながらスペインは体を起こし、片手は離さないまま片腕を上げてぐっと伸びをした。いつもと変わらない態度のスペインは、まだ昨夜のことを思い出していないのかもしれない。そうなると何を口にしたらいいかわからず、ロマーノは黙ったままスペインから顔を逸らしている。
思い出したスペインがどんな反応をするのか、内心びくびくしていたロマーノの頬に、そっとスペインの手が触れた。それに驚いて大げさにびくっと肩が跳ねる。けれどさして気にした様子のないスペインが、ロマーノの顔を覗き込んだ。
「ロマ? どないしたん?」
何も話さないロマーノをおかしく思ったスペインは、眉を下げて心配そうにロマーノを見つめている。まさか昨夜のエッチのことが気恥ずかしくて話せないだけなんて言えず、ロマーノはまたスペインから目を逸らした。
「……別に」
「もしかして、体辛いん?」
「……え?」
一瞬、何を聞かれているのかわからなくて、ロマーノは驚いてスペインを見た。けれどスペインは先程と変わらず、心配そうな表情を浮かべているだけだ。固まっているロマーノをよそに、スペインは頬に触れていた手を動かして、ロマーノの腰を撫でた。
「指二本しか入れてへんから、いけるかなと思っとったけど……もしかしてお尻痛いん?それかお腹?」
不安そうにべたべたロマーノの体に触れていたスペインの手が、ついにロマーノの尻触れた。その瞬間、ロマーノは顔を真っ赤にしてスペインの手を振り払った。ついでに繋いでいた手も振り払おうと腕を振ったが、そちらはびくともしない。
「な、なんともねー! なんともねーから触んなハゲ!」
顔を真っ赤にして怒鳴るロマーノに、スペインは驚いた様子で瞬きしていたが、すぐふにゃりと顔を崩した。
「ほんならよかったわあ」
幸せそうに笑うスペインに、嬉しさやら恥ずかしさやらが溢れて、今にも泣いて部屋を走り回りたい衝動に駆られた。けれどロマーノの自慢の足は震えて使い物になりそうになかった。
顔を赤くしたまま動かないロマーノを、スペインは目を細めて愛おしそうに見つめている。その愛が溢れたのか、スペインは繋いでいた手を離して目の前のロマーノをぎゅうっと抱きしめた。
「かわええなあ、ロマーノ」
何も身に纏っていないスペインのあたたかい体に抱きしめられ、ついに許容量を超えたロマーノの目から涙が零れた。幸せに喘ぐ嗚咽でやっとロマーノが泣いてることに気付いたスペインは、抱きしめていた体を離してまたロマーノの顔を覗き込んだ。号泣はしていないが、目尻からぽろぽろと零れる涙を見て、スペインは困ったように笑う。
「何泣いとんの。ほんま泣き虫さんやね」
「……うるっせ!」
そんな憎まれ口にも笑ったスペインは、ロマーノの目尻にキスを落として涙を掬う。その後、何も言わないままロマーノの唇にもキスが落ちた。触れるだけのものでも、ロマーノの涙の味がして、しょっぱさにロマーノは眉を寄せる。
「朝飯作ろか」
「……お前が作れよ」
「え〜一緒に作ろや」
「俺シャワー浴びるから」
「俺お客さんやのに……」
ぶつぶつと文句を言いながらも、スペインはベッドから降りた。昨夜、ロマーノは事が終えると疲れてすぐ眠ってしまったが、スペインは風呂に入っているはずだ。朧気だが、眠ってしまう前にそんなことをスペインが言っていた記憶がある。ロマーノも昨夜の情事を引きずる体を、一度リセットしたかった。
床に散らばったままだった服をスペインが集めている隙に、慌ててロマーノはバスルームへ向かった。
熱いシャワーを浴びながら、昨夜スペインが触れたところを、ロマーノの指がなぞる。最終的に指がたどり着いた場所は、尻のあわい。ロマーノの指より太く節ばったスペインの指が二本、狭い窄みの中を開いたことを、まだ体も頭も覚えていた。気持ちよかったとは言えなかったが、指で中を広げている間も、スペインは丁寧にロマーノの胸や性器を刺激して、後ろの不快感を紛らわしていた。
昨夜は指を二本入れるだけで終わってしまったが、ロマーノはそれだけで胸がいっぱいだった。それは今朝のスペインの態度のお陰でもあった。ここまで満たされる朝を迎えられるなどと、昨夜のロマーノは思ってもみなかった。
(パートナーになれば理由もなくキスが出来んだな……俺からは絶対出来ねえけど)
セックスをする時以外でも、もしかしたらスペインはパートナーとしての接触をするつもりなのかもしれない。二人は想いを通じ合わせた恋人という訳ではなかったが、スペインはSubであるロマーノのパートナーとなった。ロマーノの体調を崩さないために、恋人のような接触をすることは避けられない。
恋人ではないけれど、パートナーではある。ある意味ちぐはぐな関係ではあったが、ずっと叶うことがないと諦めていた想いを持つロマーノにとっては、今でも十分満たされている。
「ロマーノ?」
ぼんやりとシャワーを浴びていたロマーノは、バスルームの扉の向こうから呼ぶスペインの声に、驚いて肩を跳ねさせた。
「なっ……んだよ」
「まだシャワー浴びてんの? もう朝飯出来るで」
「……もう出る」
ロマーノが考え事をしている間に、結構な時間が経過していた。ロマーノの返事を聞いて、スペインは「はよ上がっといでや」と言いながら、キッチンへと戻っていった。足音が遠くなったのを確認して、ロマーノは適当に体を拭き、ルームウェアを身に纏ってバスルームを後にした。
タオルで髪を乾かしながらロマーノがキッチンへ向かうと、スペインがマグカップにコーヒーを注いでいた。テーブルを見るとバケットにオリーブオイル、それと生ハムが並んでいる。
「ハム持ってきたのか?」
家に生ハムがあった記憶のないロマーノがそう尋ねると、今気づいたらしいスペインは、マグカップを持って振り返った。顔は満面の笑みを浮かべており、窓から差す朝日の光の効果もあって、ロマーノは眩しさに目を細める。
「せやで。一緒に食べようと思って、買ってきてん」
テーブルにマグカップを置いたスペインがイスに手をかけたのを見て、ロマーノもイスに腰かけた。そこでふと、ロマーノは昨夜なぜスペインがイタリアにいたのか、理由を聞いていないことを思い出した。
「そういえばお前、なんでイタリアにいたんだよ。仕事か?」
「ちゃうよ。あれからロマーノ体調崩してへんかなと思って、様子見に来てん」
「……連絡しろって何遍も言ってんだろうが」
スペインはよく、連絡もなく突然イタリアへ訪れる。時にはロマーノたちが家にいないこともあるのだが、そういう時は着いてやっと連絡をする。それを止めろとロマーノは何度も言っているが、スペインは改めるつもりはないようで、何度も同じことを繰り返していた。
「でも今回は連絡せんで正解やったやん。そうやなかったら俺、ロマーノがSubってずっと知らんままやったんやろ?」
バケットにオリーブオイルと塩をかけながら、スペインは首を傾げた。生ハムとオリーブオイルを乗せたバケットに、今にもかぶりつこうとしていたロマーノは、口を開いたまま固まった。
スペインの言っていることは合っている。ロマーノは昨夜のようなことがなければ、スペインにSubであると口にするつもりはなかった。
「別に……知らないままでもよかっただろ」
「そんな訳ないやん。知らんままやったら、お前今頃……」
「あっ」
昨夜の話をしていてふと、ロマーノはレオナルドのことを思い出した。不穏な別れ方をしていたのに、昨夜はごたごたとしていて、連絡をする余裕もなかった。おそらく相手は相当気にしているだろう。
食べようとしていたバケットを置き、ロマーノは慌ててリビングにあるソファへ向かった。そこには昨夜持っていたバッグがある。バッグの中には携帯電話が入ったままになっている。携帯電話を起動すると、ロマーノの予想通りレオナルドからいくつか連絡が来ていた。届いているメッセージを見ながらイスに戻ると、スペインが不思議そうな様子で「どうしたん?」と首を傾げている。
「昨日の……連絡してなかったなと思ってな」
「昨日のって……ああ、プロのDomってやつな。なんか連絡来てるん?」
頷いて、届いていたメッセージを全て読み終えたロマーノは、ため息をついた。携帯電話をテーブルに置き、今度こそ食べ損ねていたバケットを口にする。
「なんて?」
「今後のことで話をするんだと。どうすっかな……」
「え? 俺とパートナーになったのに、まだそのプロのDomとの契約続けるん?」
不快そうに眉を寄せたスペインに対し、ロマーノは頬を赤く染めて口を噤んだ。躊躇いもなくパートナーと呼ばれたことに照れて黙り込んでしまったロマーノの態度を、勘違いをしたスペインは、慌ててテーブルに手をついて立ち上がった。
「ちょお、ロマーノ!」
「ちがっ……! 続けねーよ! 契約は切る! ただ……」
「ただ?」
中途半端に言葉を区切ったロマーノに、スペインは首を傾げる。更に顔を赤くしながらちらっとスペインを見たロマーノは、目が合うと気まずげに視線をテーブルへ落とした。言い辛そうにしているロマーノの言葉を待つために、スペインはひとまずまたイスに座った。
「どうしたん?」
「……その、お前のことなんて説明すっかなと思って」
「俺?」
「そう。プロのDomはこっちが依頼してることだから、切るのもこっちの自由だけど、俺は一応治療行為であいつと契約してたから……医者にいいって言われてねーと切れないかもしれねえんだよな。それにお前、Domじゃないし」
医者の話であれば、パートナーが出来れば契約を切れると言っていた気がする。しかしそれはパートナーがDomに限った話だったかもしれない。ましてや二人は愛し合っている恋人としてのパートナーではない。DomとSubの間では恋人でなくとも、互いの体調を崩さないためにパートナーとなることもあるというのは聞いている。しかしDom/Sub性以外とのパートナーで、恋人ではないという話は聞いたことがなかった。
「やっぱりDomやないとあかんの?」
「わかんね。とりあえず聞いてみねえと……」
また携帯電話を開いて、レオナルドに連絡を入れようとした時。携帯電話を持っている方のロマーノの腕を、スペインが掴んだ。驚いて目を瞠るロマーノに、スペインはにこりと笑う。
「そいつと会う時、俺も着いてくわ」
「……は? なんで」
「あかん?」
「あかんというか……」
何のために?という疑問がロマーノの頭には浮かんでいたが、笑っているスペインからは有無を言わせない圧力を感じていた。昨夜の様子を思うと、スペインが余計なことを言いそうなのでロマーノとしては着いてきてほしくはなかったが、こういう表情をする時のスペインが、なかなか引き下がらないことも知っている。
しばらく迷った後、ロマーノは深いため息をついて項垂れた。
「……一回聞いてみるけど、向こうがダメだって言うなら、無理だからな」
「えー」
「わかったな」
「はいはい」
やっとロマーノの手を離したスペインは、頷きながらコーヒーに口をつけている。そんな彼を横目に、ロマーノはレオナルドへ送るメッセージを考えることにした。
「昨日ぶりやんなあ」
昨夜レオナルドと会っていたカフェで、連絡を取ったその日の昼過ぎに待ち合わせることになった。レオナルドはスペインが共にすることを快く受け入れ、指定していた時間通りにカフェに現れた。
突然スペイン語で声をかけられたレオナルドは、きょとんと目を見開いて、ロマーノとスペインを交互に見やった。仕方なく、ロマーノはスペインの脇を小突く。
「伝わってねえぞ」
「はっ、そうやったな。つい……チャオ! 昨日ぶり!」
「はは、チャオ。イタリア語、お上手ですね」
「ロヴィーノも実はスペイン語ペラペラなんだ。聞いたことある?」
「そうなんですか? 聞いたことないですね」
「おい……何の話をしてんだよ、お前らは」
スペインとレオナルドが、今回呼び出したことと全く関係のない話で盛り上がりそうになる前に、慌ててロマーノが待ったをかけた。だからスペインを連れてくるのは嫌だったのだと内心舌打ちをしつつ、ロマーノは姿勢を正してレオナルドを見た。
「昨日は、その……悪かったな。色々迷惑かけて」
「迷惑ではないですが……心配はしました。あの後、お二人とも大丈夫でしたか?」
「大丈夫! あの後ちゃんと話聞いて、理解したから。なんか誤解したみたいでごめんな。睨んじゃったし……でも安心して! 俺がロヴィーノのパートナーになったから、こういうことはもうないし!」
晴れやかな笑顔でそう捲し立てたスペインに、ロマーノとレオナルドは呆然と固まっていた。大きな声で言うものだから、違うテーブルにも声が届いており、何人かの視線が三人テーブルへ向けられる。それに気づいたロマーノがハッと我に返り、まだにこやかな笑顔を浮かべているスペインの頭を慌てて叩いた。
「痛ぁ! なにすんの、ロマーノ!」
「うるせえんだよ、カッツォ! 話すにも順序ってもんがあんだろが!」
「えー? 仕事でいっつも上司から、先に結論から言えって言われるで?」
「今は仕事じゃねーだろこんちくしょー!」
「でも大事なことやん?」
「だ、だい……」
大事。その言葉を最後まで言えないまま、ロマーノは顔を赤くして伏せた。しかしいくら隠そうと思っても、耳まで赤く染まっていて、照れていることは誰から見ても明白だった。そんなロマーノの姿に、スペインは嬉しそうに目を細める。
二人のやり取りを見ていたレオナルドは、内心驚いていた。たった一晩で何があったのか、二人はまるで恋人同士のような甘い空気を振りまいている。少しでも気持ちを和らげようと、一口コーヒーを飲んだ後、レオナルドは申し訳なく思いつつも、二人の空気に割って入った。
「本当に彼とパートナーになられたのですか? ロヴィーノさん」
呼ばれて気が付いたのか、ハッとして顔を上げたロマーノは、慌てた様子で頷いた。
「あ、ああ……一応、この……アントーニョと昨日、パートナーになった」
「そういえば、自己紹介まだだったな。スペインに住んでる、アントーニョだ。よろしく」
「こちらこそ。プロのDomとしてロヴィーノさんと契約していた、レオナルドです」
笑ってスペインが手を差し出せば、レオナルドも毒気を抜かれたように笑って、その手に応えた。昨夜の剣幕が嘘のように、今のスペインは陽気だ。スペインのことをよく知らない彼ですら、スペインの本質は今のように陽気で、人好きのする笑い方をするのだろうと思った。
「悪かったな、色々……説明する」
ロマーノはざっとスペインとの今までの関係と、昨夜の流れを説明した。もちろんセックスどうこうは省いたが、スペインがDom/Sub性ではないことや、契約を打ち切りたい話も包み隠さず。
「契約を破棄する際の新たなパートナーがDomでなくても、何の問題もありませんよ。医療行為の契約でも」
心配していた内容の答えを聞き、ロマーノはほっと息をついた。これでダメだと言われてしまったら、これからどうすればいいのかわからないし、何より横にいるスペインが黙っているとは思えなかったからだ。
「よかった。俺もロヴィーノも、それが心配だったんだ」
「見た感じ、ロヴィーノさんもすっかり体調が回復しているようですし、何も問題ないと思います。ただ、パートナーのアントーニョさんは、医師から説明は受けなければならないとは思いますが」
「説明?」
「ええ。やはりDom/Sub性は特殊なので、パートナーになるのであれば、ある程度知っておかなければならないことがあります。Dom性でないのならば、余計に」
「まあ、それはそうか」
納得したように頷くスペインに、レオナルドは満足したように笑った。面倒くさがったり、嫌がったりしないスペインの態度に、喜んでいるようだった。
「今から先生にアポを取ってみます。もし可能でしたら、今日にでも契約を破棄しましょう。それでいいですか? ロヴィーノさん」
「えっ、ああ、もちろん……」
あれよあれよという間に話が進んでいく事態に、ロマーノは少し置き去りになりながらも、頷いた。昨夜の険悪な雰囲気に巻き込んだこともあったし、相手がDomでないということでもう少し渋られると思ったが、ロマーノが想像していた以上に全てがスムーズに進んでいく。ロマーノの心だけを残して。
スペインがロマーノのパートナーになったという事実を、本人以外はすんなり受け入れていた。それは嬉しいことでもあり、同時にどうしようもない不安を覚えるものでもあった。
(これは俺の悪い癖だ……)
幸せの最中にいる時、いつも何か嫌なことが起こるのではと、不安を覚えてしまう。何の問題もなくうまくいったことなんて、今まで一度もなかった。だから今のような幸せを感じている時、一歩進めばもう二度と戻れないような深い穴が開いているのではないかと思って、足が竦んでしまう。
そうやって嫌なイメージを常に持っておくことで、ロマーノは心のバランスをとっていた。少しも嫌なことを想像していなかったところで、突然相手に裏切られたら、おそらく自分の心は耐えられない。スペインはそんなことをするやつではないと、長年の付き合いからわかっているはずなのに、それでもロマーノはその癖を止められないでいる。
「Dom/Sub性ではない方がパートナーになるのは、互いに難しいこともあるかとは思いますが、うまくいくケースだって十分にありますよ。がんばって」
ロマーノが不安そうな表情をしていたことに気が付いたのか、レオナルドがそう言ってロマーノに笑いかけた。彼はよくロマーノを観察しており、いつだってロマーノが欲しい言葉をくれた。ロマーノが嫌なことはせず、Sub性について落ち込んでいる時、いつも励ましてくれていた。
契約をしてからの日々を思い出して、携帯を持って立ち上がろうとしていた彼に、ロマーノは声をかけた。
「レオナルド」
名前を呼ばれたことで、驚いたような表情で動きを止めたレオナルドを見て、ロマーノは気がついた。いつも「なあ」や「お前」などと呼んでいて、ちゃんと彼のことを名前で呼んだのは、これが初めてだったかもしれない。
「契約した最初は正直、なんで女の子じゃねえんだよって思ってたけど……今はお前でよかったって、本当にそう思ってる」
「ロヴィーノさん……」
「なんだかんだ、楽しかった。から……その、ありがと、な……」
途中から目を見ていられなくなり、ロマーノはそっと視線をテーブルに落とし、赤く染まった顔を見られないように顔も伏せた。するとレオナルドが「こちらこそ」と嬉しそうに笑って、席を立った音が聞こえた。おそらく医者のアポを取るために電話をしに向かったのだろう。
彼がいなくなったことにほっと息をついていると、強い視線を感じてロマーノは顔を上げた。すると面白くないことを全く隠さない顔つきで、ロマーノをじとりと睨みつけるスペインと目が合う。
「あ? なんだよ」
「……なんや、おもろないなあって」
「はあ? 何が」
「元彼との別れ際を見せつけられたって感じやない?」
言われている意味がわからず、ロマーノはしばらくぼうっとしていたが、すぐに顔を真っ赤に染めた。今度は恥ずかしさに加えて怒りも多分に含まれている。ぐっと握りこぶしを作ったロマーノは、問答無用でスペインの腹を一発殴った。逃げもしなかったスペインは、たいして痛くもないのに「痛い!」と不満そうに訴える。
「何わけわかんねーこと言ってんだハゲ!」
「親分ハゲてないもん!」
「もんとか言うな気色悪い! あと気色悪い想像もすんなハゲ!」
「せやからハゲてない……もん」
「もんって言うな!」
文句を言って暴れるロマーノを、スペインは面白そうに眺めながらぎゅうっと抱きしめた。ただでさえ騒がしくて周りから注目されているというのに、そんなことはお構いなしのスペインに、ロマーノは顔を赤くしたり青くしたりと忙しない。
「な、何しやがんだコノヤロー! 離せ!」
「嫌や〜」
「はーなーせー!」
腕の中で暴れているというのに、スペインの力は強く、ロマーノの力では振りほどけそうもない。二人が騒いでいる間に電話を終えたレオナルドが帰ってきて、その頃にはすっかりロマーノはスペインの腕の中で疲れていた。ぐったりとしてスペインに体を預けているロマーノを抱きしめたまま、帰ってきた彼をスペインは「おかえり」と満面の笑みで迎えた。
その日のうちに医者とアポが取れ、三人で病院に向かった。ロマーノの体調の具合を見て、プロのDomとの契約破棄の契約書を作り、パートナーとなったスペインにDom/Sub性の細かい説明を行った。全ての話を聞き終え病院を後にしたのは、すっかり日が沈んで夜になる頃合いだった。星が浮かぶ夜空を見上げた瞬間にロマーノの腹の虫が鳴り、スペインが声を上げて笑う。
「ほんっまにロマーノの腹時計は正確やなあ。夜どっかで食べて行こか」
「……お前が奢れよ」
「えー……しゃあないなあ」
不満そうな声を上げつつも、スペインは嫌とは言わなかった。それに満足して歩き出そうとしたロマーノの手を、急にスペインがぎゅっと掴んできた。足を止められたロマーノは、スペインへと振り返る。
「な……んだよ」
「んー……」
曖昧な返事をしつつ、スペインはもう片方の手も掴んで、完全にロマーノと向き合った。優しく笑っているスペインの顔は、昼間のカフェで騒いでいた時とは違い、昨夜の情事の際に見せたそれと似ていて、一気にロマーノの心拍数が上昇する。バクバクと心臓が跳ねる音が聞こえたらどうしようと焦るせいか、掴まれている手に汗が滲んでいる気がして、気が気ではない。本当は今すぐにでも手を振り払って逃げ出したいのだが、見つめてくるスペインの空気が、それを許さないと言っている気がした。
「俺ら、これからパートナーやんな」
「……おう」
尋ねているようで、有無を言わせないスペインの言葉に、ロマーノはただ頷くことしか出来なかった。
「ほんまは毎週末会いたいところやけど、流石にそれはお互い無理やろ。けど会える時は出来るだけ会おな。ロマーノの体調が悪いんやったら、休みでなくても会いに行くから、絶対に言うんやで」
「そんなの無茶だろ。お前の仕事だってあんのに……」
「ええねん。仕事なんて俺やなくても出来んねんから。それに……」
不意に言葉を区切ったスペインは、不思議そうに見上げているロマーノに触れるだけのキスを送った。それにロマーノは肩を跳ねさせ、顔を青くする。ここはまだ病院の入り口のすぐ隣で、病院自体は閉まっており見えるあたりに人はいないが、いつ人が通ってもおかしくない場所だ。こんなところで何しやがると文句を言おうとしたが、掴まれていた手をぎゅっと握りしめられたことで、ロマーノはそれを言葉にするタイミングを失ってしまった。
「そのためのパートナーやん」
相変わらず優しい表情で続けたスペインに、ついぞロマーノは文句を言えなくなってしまった。
いくら今こう言っていても、すんなりとはいかないだろう。スペインの上司がそう簡単イタリアに飛ぶことを許してくれるとは思わない。けれどそれでもロマーノに尽くそうとするそのスペインの言葉に、ロマーノは胸があたたかくなるのを知った。完全にSub性が刺激されていて、見つめられるその瞳から充足感を味わっている。
「これからよろしくな、ロマーノ」
「……せいぜい俺に尽くせよ」
「わあ。生意気やんなぁ。誰に似たん」
笑いながら、スペインは手を離してロマーノを抱きしめた。本当なら人目を気にして離せと暴れるところだったが、ロマーノはそっとスペインの背中に手を回して、柔く抱きしめ返す。強く抱きしめてくるスペインの腕には敵わないが、これが今のロマーノの精一杯だった。
あたたかい体に身を預けながら、ロマーノはそっと目を閉じる。このぬくもりを手放す日が来ませんようにと、願いながら。