ミッシング・ユニバース 05

スペインがロマーノのパートナーとなってから、三か月が経った。季節はすっかり冬となり、街中はクリスマスカラー一色に染められていた。世間はクリスマスから年始にかけて休みを取る人が多く、もうそろそろ休みに入った人で街が混雑し始める。イタリア兄弟もクリスマスから年始にかけて休みを取っており、その休みを得るために十二月は仕事にかかりきりとなっていた。
「兄ちゃん、顔色悪いよ……一人で大丈夫?」
荷物をバッグに詰めているロマーノの顔を、ヴェネチアーノが覗き込んだ。
「……うるっせ。大丈夫だよ」
「もう。口だけは元気なんだから」
煩わしそうにヴェネチアーノを睨むロマーノの顔は、少し青白い。仕事詰めで疲れているのもあるが、ロマーノにはヴェネチアーノと違ってもうひとつ、疲れを助長させるものがあった。
「スペイン兄ちゃんと全然会えてなかったもんね」
どの国も、十二月は忙しない。スペインも例外ではなく、仕事に引っ張りだこで十二月は一度もパートナーと会えていなかった。
スペインとロマーノがパートナーとなってから三か月ほどが経ち、その間頻繁に会っていた影響もあり、ロマーノはすっかり体調を崩している。時には電話をしているが、やはり直接会ったときほどの回復はなかった。
「スペイン兄ちゃん、空港まで迎えに来てくれるの?」
準備をしているロマーノの邪魔をしているのかというほど、ヴェネチアーノはロマーノのそばにべったりだった。実はそのヴェネチアーノの心配性なところは、ロマーノからすると、体調を回復するのに役立っていた。
ロマーノがSubと判明してから、ヴェネチアーノはやけにロマーノの心配をするようになった。お前はマンマかというほどで、鬱陶しいと思う時もあるが、拒否出来ないのは構われることを内心喜んでいるSub性のせいだ。ヴェネチアーノに構われると、ロマーノは頭痛が少し楽になった。ヴェネチアーノに告げたことはないが。
「一応な……向こうの空港で待ち合わせてる」
約ひと月会えていない二人だったが、それはクリスマスイヴから年始までの長い休みを合わせて得るため、二人とも十二月は働きづめだった。二人がパートナーになったことは互いの上司にも伝えてあり、休みを合わせることも「パートナーですしね」と簡単に納得された。なのでしばらくロマーノは長くローマの家を離れ、スペインの家へ向かうこととなる。パートナーになってからそれだけ長期で一緒にいるのは初めてのことだった。
「それなら安心だね。俺も空港まで送っていくからね!」
「いらねーよ!」
「いくの!」
準備を終え、ロマーノは隣にいたヴェネチアーノを睨みつけた。けれどヴェネチアーノも負けじとロマーノを見つめ返し、譲る気はないと強く訴えている。実際、ヴェネチアーノは言ってもきかないし、ロマーノも強く強請られると、意外に弱かった。
「……はあ。勝手にしろよ」
「えへへ〜。ドライブデートだね」
「気色悪いこと言うなカッツォ」
ヴェネチアーノは腕を伸ばして、ロマーノを抱きしめた。元気な時だったら抱きしめられる前に逃げていたが、ロマーノはそれも億劫で、大人しく抱きしめられた。すりすりと頬をすり寄せて甘える弟が、かわいくない訳ではないのだ。
「スペイン兄ちゃんに会えるの、楽しみだね」
「お前が会う訳じゃねえだろ」
「素直じゃない兄ちゃんの気持ちを代弁してあげたんだよ」
体を離して笑うヴェネチアーノは、嫌みでこんなことを言ってるわけではない。そうわかっていても、普段のロマーノならムカついて、ヴェネチアーノの鼻でもつまんでいた。けれど怠い体が、そんな気分もこそげ取っていく。
「……文句あんのか」
「ないよ! 二人はパートナーだもんね」
にこやかに笑うヴェネチアーノは、いっそ当事者のロマーノより幸せそうだった。スペインとロマーノがパートナーになったのだと初めて告げた時も、大層驚いて、そして自分のことのように涙を浮かべて喜んでいた。ロマーノはずっと、その時のヴェネチアーノの顔を忘れられないでいる。
「よかったね、兄ちゃん」
ヴェネチアーノは、ロマーノとスペインが恋人になったのだと思っている。パートナーになったと聞かされたら、誰だってそう思うだろう。それに口にはしないが、ロマーノがスペインに好意を寄せていることを、弟は気付いているのではないかと、ロマーノは思っていた。
ロマーノとスペインは恋人ではない。体の関係もあるし、スペインはまるで恋人に接するようにロマーノを甘やかすが、二人は恋愛関係ではない。少なくとも、ロマーノはそう思っている。
だからロマーノは、自分のことのように喜んだヴェネチアーノの顔が忘れられなかった。心から祝いの言葉をくれた弟に、ひどい罪悪感が生まれた。
「……さっさと行くぞ」
「了解であります!」
それからしばしば、ロマーノはヴェネチアーノの願いを、跳ね除けられないでいる。そうするとヴェネチアーノが喜ぶので、ロマーノは更に罪悪感を募らせるのだが、今更どうしようも出来なかった。



待ち合わせをしている空港のカフェにて、ロマーノとスペインは落ち合う予定だった。ほとんどスペインの家に着替えなどは置いてあるので、ロマーノは手荷物だけの身軽さでカフェに入った。何度も来たことがある空港だけに、ロマーノも迷うことはない。
カフェの一番奥のソファ席にスペインはいた。ロマーノが店内に入ると、すぐに気が付いたようで、スペインは立ち上がりそうな勢いで片手を上げた。遅刻することもしょっちゅうなので、もういることにロマーノは少し驚きつつ、軽く手を上げて席へ向かった。
「久しぶりやんなあ、ロマーノ!」
「おう……そうだな」
実際のところ、会えなくなってひと月ぐらいしか経っていない。二人がパートナーになる前は、ひと月会えないことなど当然だった。なのでひと月空いただけなのだが、パートナーになってから頻繁に会っていた影響か、二人は随分と久しぶりに会ったと互いに感じていた。
「やっぱ顔色悪いなあ……」
席に座ったロマーノの頬を、スペインが優しく撫でた。突然の接触にロマーノは敏感に反応し、びくりと肩を揺らす。しかし心配そうに眉を下げているスペインは、そんなロマーノの変化に気付かない。
「ひと月空くとやっぱあかんな」
「……でも前に比べたらまだマシな方だ」
「これで?」
驚愕の表情を浮かべるスペインから目を逸らし、ロマーノはメニュー表に視線を落とした。まだSubだと気付く前のロマーノは、今よりもっとひどかった。立ち上がるのも億劫で、仕事に行けないほどだったのだ。それを思うと、理解のあるヴェネチアーノがそばにいることも、会えない時のスペインとの電話も、軽度な状態で済んでいる証拠なのだろう。
メニューを見始めたことで、スペインはやっとロマーノの頬から手を離した。おかげで、ドキドキと早鐘が鳴っていたロマーノの心臓の動きが、緩やかになる。内心ほっとしつつ、離れたぬくもりが少し残念だった。
「軽くなんか食べて行こな。ほんで家帰ったらすぐシエスタやな」
「シエスタはいいけど……あんま食欲ねえ」
「ええ……でもなんか腹には入れとき? 気持ち悪くならん程度でええから」
子供に言うような口ぶりのスペインに頷きつつ、ロマーノはメニューを眺めた。もちろんメニューも全てスペイン語で書かれているが、読めない文字はロマーノにはなかった。
「アロス・カルドソとかどうや? あ、コシードもあるやん」
「……どっちでもいい」
「ほんなら両方頼も。残った分は俺が食べるわ」
ちょうど近くを歩いていた店員を呼び止め、スペインはロマーノの分も含めて注文した。ドリンクも二人分のミネラルウォーターを頼んでいたが、ロマーノは文句も言わず大人しくしている。
注文を取り終えた後、去っていく店員の背中を見つめていたロマーノは、反対側にあるテーブルに目を止めた。そのテーブルには、男女のカップルが座っていた。女性はイスに座り、男性は地面に膝をついて、一心に女性のことを見つめている。女性はそんな男性に優しく微笑みかけながら、頭を撫でていた。嬉しそうに目を細める男性の首元には、女性の瞳の色と同じ青色の首輪がつけられており、一目で男性が女性のSubなのだと気が付く。
一見すれば異様な光景だが、カフェにいる客も店員も、誰もその二人を気にしていない。それだけ認知度が上がっており、社会に受け入れられつつあるのだ。差別や偏見の全てがなくなる訳ではないが、今ここでロマーノが同じように、スペインに対してKneelの姿勢を取っても、誰も責め立てるものはいないということだ。
「ロマーノもしたいん?」
ロマーノの視線の先を追ったスペインは、声を潜めてそう言った。ロマーノは苛立ったように舌打ちして、スペインを睨みつける。
「俺はしねえって言ってんだろ」
「……外ではな?」
余計なことを言うスペインの足を、ロマーノは躊躇うことなく机の下で蹴った。痛みに悶えているスペインを見つつ、ロマーノは小さくため息をつく。もう視線はDom/Subのカップルには向いていない。
スペインの言う通り、ロマーノは外ではSub性と悟られるような行動をしない。けれどスペインと二人きりになれる空間であれば、ロマーノは周りの目を気にすることなく、好きなだけスペインに甘えられた。本当なら欲が満たされていない今、ロマーノはスペインに会ったその瞬間から、彼に触れたくて堪らなくなっている。
(早くスペインの家に行きてぇ……)
ご飯など食べず、本当なら合流した時点でスペインの家に直行したかった。けれどロマーノは、いつも素直にそれを口に出来ずにいる。何も照れているだけではない。ロマーノは日々、自身が典型的なSubになっていくことに、恐れを抱いていた。どんどん、スペインがいなければ生きていけない体になっているような気がしている。
少しでも自身のSub性と抗いたい。その為に、人前でSubの行動を取らないようにしているし、本心を曝け出さないように努めている。そういった精神と体の不一致が、更に体調を悪化させるのだが、ロマーノは当分その悩みから抜け出せそうにない。
「帰ったら、ちゃんとゆっくりしよな」
ロマーノの冷たい手を握りながら、スペインは目を細めて笑った。ロマーノはそれに頷き、スペインの手から与えられる熱だけを感じていた。
しばらくして届いた食事は、結局ロマーノは少ししか食べることが出来ず、残りはスペインが完食した。



二人が家に着いたのは、もう三時を回った頃だった。ちょうどシエスタの時間なので、家に着いたばかりだが、すぐシエスタになるだろうと思い、ロマーノはバッグをソファに置いた。しかしスペインは、ロマーノが置いたバッグの隣に腰を下ろした。
「おいで、ロマーノ」
てっきりすぐ寝室へ向かうと思っていたが、スペインはにこりと笑ってロマーノを呼んだ。おいでと言われただけで、ロマーノの背中に甘い痺れが走り抜ける。ロマーノがずっとほしかったものだ。
ロマーノはスペインの言葉通り、スペインの元へ近付いた。そしてそのまま、何を言われるまでもなく、スペインの足の間に入り、床に膝をついてスペインを見上げる。
「言わんでもおすわり出来たやん。ええ子やなあ、ロマーノは」
まるで子供を褒めるように、スペインはロマーノの頭を撫でた。それにロマーノははあっと、熱い息を吐いて、撫でられることに恍惚とした表情を浮かべながら、目を細めた。
ここはもうスペインの家で、ロマーノたち以外誰もいない。誰の目を気にする必要もないし、虚栄を張る必要もないのだ。そう思うと、途端に緊張の糸が切れ、ロマーノは撫でられている頭をスペインの太ももに預けた。
「そうそう。ちゃんと甘えられてえらいなあ」
片手はロマーノの頭を撫でつつ、もう片方の手でスペインは、ロマーノの熱を持った頬を撫でた。されるがままになりつつ、その手の気持ちよさにロマーノはそっと目を閉じて感じ入り、頭痛のことなどすっかり忘れつつあった。
「しんどいのちょっとはマシか?」
「……おう」
「そっかあ。そんならよかった」
撫でるのはやめないで、スペインは嬉しそうに笑った。ロマーノは目を閉じてしまっているのでスペインの表情は見えなかったが、それでも彼の笑っている顔は、頭の中で簡単に浮かんでくる。長年見てきたし、ここ数ヶ月はとても近い距離で、たくさんそれを見ることが出来た。
「俺らもちゃんと様になってきたんやな」
「……どういう意味だ」
言われている意味がわからず、ロマーノは薄く目を開いてスペインを見た。スペインは撫でるのを止めて、困ったような笑顔を浮かべて肩を竦める。
「ほら、俺Domちゃうやん? せやからちゃんとパートナーやれるんかなって、最初はちょっと不安やってん」
ロマーノは、スペインの言葉に目を見開いて、固まった。意外だったのだ、スペインがそういうことを考えていたという事実が。
最初から、今のように二人がうまくいっていた訳ではない。パートナーになりたての頃は、ロマーノは意地でもKneelなどしないと思っていたし、あまりスペインに期待もしていなかった。最悪セックスするだけの関係になると、覚悟すらしていたのだ。
だがパートナーとして会う時間を重ねる毎に、スペインが本気でロマーノのパートナーになろうとしていることに気付かされた。スペインは独自で周りのDomに聞くなり、ネットで調べるなりしてDom/Sub性について調べ、大層ロマーノに尽くした。最初はそれこそ見当違いなことを言うこともあったが、今ではすっかりSubに命令することに慣れている。
押さえつけるような、相手を委縮させるような命令でないことが、ロマーノにとって救いだった。たまに勘違いするDomがおり、Subにひどい当たり方をして、事件に発展することもある。実際、ひどくされるほうが好きなSubもいるので、結局のところ相手によるのだが、スペインがロマーノにとった態度はある意味完璧だった。
スペインの命令は、いっそお願いに近いものがある。それにロマーノが文句を言いながらでも従うと、スペインは大層褒めて、これ以上ないというほどロマーノを甘やかした。それは間違いなくヘタレで怖がりなロマーノには、最適解だった。またそれをスペインが嫌々しておらず、心から喜んでロマーノに尽くしているので、ロマーノも安心して身を預けられた。
スペインはDomではなかったが、大変ロマーノと相性が良い。たまにロマーノは、スペインがDomではないということを忘れるほどだ。始めからSubのロマーノを受け入れ、自ら進んでDomの真似事をしているぐらいだから、そんな不安をスペインが抱いているなど、ロマーノに予想すらしていなかった。
「でもロマーノが不満ないならよかったわ」
当然、ロマーノに不満はない。スペインは充分すぎるほどロマーノに尽くしてくれている。けれど欲深いもので、ロマーノは完全に満たされている訳ではなかった。
「そろそろシエスタする?」
少しロマーノの顔色が良くなったことを確認して、スペインは首を傾げた。ロマーノはそれに頷き、立ち上がる。言葉を交わすでもなく二人でスペインの寝室へ向かい、服を脱いで寒さから逃れるようにベッドに潜り込んだ。家に帰ってきた時に暖房の温度を上げたが、まだ部屋はあたたまりきっておらず、二人はベッドで身を寄せ合った。
「夕飯何食べたい? まだ食欲ないか?」
「昼よりは食えると思う……ハム食いたい」
「えーそんだけ? あ、クロケータスしたろか」
ロマーノの背中を優しく叩きながら、スペインはあれこれと提案してくる。まるで寝かせる気がないようなテンションで話すスペインはわりといつものことで、ロマーノは重くなった目蓋をなんとか開きながら、前に二人で行ったバルのことを思い出した。
二人でバルに行くことは、パートナーになる前からよくあることで、その時に食べたクロケータス・デ・ハモンをロマーノが気に入っていたことを、スペインは覚えていたのかもしれない。所謂コロッケなのだが、中にじゃがいもが入っていなかったので、尚のことロマーノは喜んでいた。
「あれな、いいよな」
「他は何がええかな〜最近もう寒いしなあ」
「……うん」
放っておいたらひとりでも永遠に喋ってるかもしれないスペインに、ロマーノはぼんやりと返事をした。もう半分寝そうになっている。それに気が付いたのか、スペインは笑ってロマーノの頬にキスをした。
「おやすみ、ロマーノ」
言われるがまま、ロマーノは目を閉じた。夢も見ないまま熟睡し、次に目を覚ました時はすっかり部屋が暗くなっていて、ベッドにスペインはいなかった。廊下の方からテレビの音がして、それにほっと息をつきつつ、ロマーノはベッドから出て服を着た。
時間を確認すると、もう六時を過ぎている。寝すぎたことに驚きつつ、体はかなり軽くなって、頭もすっきりしていた。スペインと会えなかったあの時の怠さを思い出しつつ、自身の現金さにロマーノは一人で顔を顰める。
服を着て部屋を出ると、廊下の先にあるリビングの明るい光が、暗い廊下に漏れていた。それに妙な安心感を覚えつつ、ロマーノは匂いにつられるようにしてリビングのドアを開いた。
「ロマーノ、おはようさん。体調どない?」
「かなりマシだ」
料理をしていたのか、エプロンをつけたスペインは、火を止めてロマーノの方に歩み寄ってきた。ロマーノが挨拶を返す前に、スペインは腕を広げて突然ロマーノを抱きしめる。一瞬驚いて固まったが、そういえば今日はまだ挨拶のハグをしていなかったことを思い出し、ロマーノもスペインに腕を回して、ハグを返した。
「つーかスゲー匂いすんだけど、何作ったんだ?」
「そや! もう出来るから楽しみにしとってや!」
結局何も言わないまま料理を再開したスペインが食卓に並べたのは、ソパ・デ・アホだった。スペインでは家庭的な料理で、かつてスペインと共に暮らしていたロマーノも、何度も口にしたことがあるスープだ。けれどスペインが作ったのを飲むのは、随分久しぶりだった。
「なるほど。ニンニク臭な……」
廊下の方まで漂っていた匂いの元は、これから食べようとしているスープにあった。ソパ・デ・アホはニンニクをたくさん使ったスープで、とても体を温めてくれるので冬には持ってこいの料理だ。けれどニンニクの匂いは強烈で、ソパ・デ・アホも例外ではない。ロマーノは決してニンニクが嫌いではないし、料理の良いアクセントになるのでよく使うが、今夜のことを思うと何とも言えない気持ちになる。
(ニンニクくさい二人でセックスか……)
かわいい女性を相手にする訳でもないし、気を遣う間柄でもないのだから問題ないが、朝起きた時の寝室の匂いを思うと今からげんなりする。もしかしたらする気がないのだろうかと、スープを飲むスペインを、ロマーノはちらっと確認した。するとスペインはすぐ気づき、まだ料理に手を付けてないロマーノに、首を傾げた。
「食べへんの?」
「いや、食べる……食べるぞ……」
そう言いつつ、ロマーノは先にクロケータス・デ・ハモンに手を伸ばすのだった。



随分とキスに慣れた。目を閉じ、スペインとキスを交わしながら、ロマーノは頭の中でそんなことを考えていた。
パートナーとなってから、二人は会うたび体を重ねていて、キス以外のこともすっかり慣れてきている。セックスの時、ロマーノはいつもボトム側で、最初は痛くて仕方なかったはずの行為が、最近は気持ち良くなってきている事実にもロマーノは驚いていた。
「最近、ここもよお感じるようになったなあ」
感慨深い様子で言いながら、スペインはロマーノの乳首を指で摘まんだ。
「あっ……!」
突然の強い刺激に、当然ロマーノは高い声を上げた。高いといってもそれは間違いなく男の声なのだが、ロマーノが声を上げると、見るからにスペインは喜んだ。男の喘ぎ声なんか聞いてなにが嬉しいんだと常々ロマーノは思っているが、スペインがそういう特殊なヤツであったからこそ、今の関係があると思うと、それを口に出すことは出来ない。
「おま、えが……んっ、しつこく、さわっから……」
ずっと乳首をいじくられているせいで、たどたどしい口調になりながら、ロマーノはスペインに文句を言って睨みつけた。けれどスペインはへらへらと笑うばかりで、相変わらず嬉しそうな表情を崩さない。
「俺が育てましたって感じやんな。ええわ〜」
「意味わか、んねーこ、と……んんっ」
ロマーノが話しているのも構わず、スペインは片方の乳首を指でいじりつつ、もう片方の乳首を舐めた。乳輪をなぞるように舐め、立ち上がった乳首を吸い上げる。途端にロマーノは体をびくつかせ、大きな声を上げないように唇を噛んだ。けれど続くスペインの愛撫に、唇の隙間から小さな声が少しずつ漏れていく。
「ふっ、ん……ぁ、や、やめ……」
やめてほしいのか、もっとしてほしいのか。いつもロマーノはわからなくなる。不安な気持ちのまま、胸にしゃぶりつくスペインの頭に手を伸ばして、柔らかいくせ毛に指を通した。引き剥がしたい気持ちと、抱きしめたい気持ちで揺れて、ただ頭に手を添えるだけしか出来ない。
そうしているうちに、ロマーノの下腹部は簡単に熱を持った。一点に熱が集中しているのを感じ、ロマーノは太ももをすり合わせて足を閉じた。早く触れてほしいのに、足を閉じてしまうのは、こんな時でも天邪鬼な性格がよく表れていると実感する。
「ロマーノ」
名前を呼ばれてロマーノが反応するより先に、スペインがロマーノにキスをした。一度すぐ離し、近い距離で見つめ合った後、また唇を合わせて、舌を絡めあう。しばらくキスに没頭していたが、突然スペインがロマーノの熱を持った性器に、下着の上から触れた。
「んっ……!」
「よかった。しんどくて反応ないとかちゃうくて」
ほっとした様子で、スペインは性器から手を離し、ロマーノから離れた。不思議に思ってロマーノが顔を上げると、スペインは笑いながらロマーノの足に指を滑らせる。
「ロマーノ。パンツ脱いで」
命令だった。途端にぞくりと背が震え、それが手にも伝わる。スペインは笑ったまま、ただじっとロマーノを見つめているだけで、その命令を撤回することはない。ロマーノは震える手を伸ばし、パンツのゴムに指をかけた。色気のないトマト柄のパンツはスペインからの贈り物で、こんなパンツを穿いてる野郎に興奮する変態なんざお前ぐらいだと、いつも心の中でロマーノは一人、スペインを罵っている。
腰を浮かせ、足を曲げて、スペインの前でパンツを脱いだ。途端に軽く勃ち上がった性器が見え、恥ずかしさに顔どころか体ごと真っ赤になって、ロマーノはもうスペインの方を見ていられなかった。唇を噛みながら、パンツをシーツの波に放り出す。
「ええ子やね。でも足閉じてたらあかんで」
曲げた足を閉じて、性器が見えないようにしていたことを、スペインが咎めた。スペインはロマーノの膝を撫で、目を逸らしていたロマーノの顔を覗き込んだ。
「自分で足開いてや。そやないと、何も出来ひんで」
恥ずかしい命令に、頭の中でロマーノはいつも怒っているが、Subのイカれた体はそれを喜んでいる。相反する体と心に更に怒りがわくが、ロマーノは命令の先にあるものが、もうほしくてたまらなかった。
「う、うぅ……くそっ、ハゲスペイン……」
ついに涙声になりながら文句を言いつつ、ロマーノは少しずつ、足を開いていく。スペインはそれをただ、からかうこともなく、じっと見つめている。羞恥で死にたくなる。ロマーノの高いプライドが一本ずつへし折られていく感覚が苦しいのに、間違いなくそれが快感だった。
「……よお出来たな。流石、ロマーノや」
開ける限界まで足を広げて、勃起した性器を見せつけるロマーノを、スペインはいたく褒めた。開いた足の間に体を割り込ませ、涙を滲ませるロマーノの目元にキスを落とし、汗で濡れている髪に指を通して頭を撫でた。
「えらいな。ええ子には、ご褒美やで」
顔を離したスペインは、ロマーノの性器に唾液を落とした。赤い唇から垂れる糸を見つめ、ロマーノは期待からきゅっとシーツを握る。じいっとスペインを眺めていると、スペインはにやりと笑ってロマーノの期待に応えるべく、そのままロマーノの性器を口に含んだ。そのまま唾液で濡らした性器を、スペインが口で愛撫していくと、濡れた音とロマーノの嬌声が部屋に響く。
「やっ、あ、あぁ……あっ」
体をのけぞらせながら、気持ちよさそうに喘ぐロマーノを見て、スペインは目を細めて喜んだ。スペインが裏筋を舐めても、口を窄めて性器の先に刺激を与えても、何をしてもロマーノはそれに反応し、喜ぶ。スペインはそれが嬉しかった。
少しして、ロマーノの性器の先から先走りが溢れてきた。スペインがそれを感じ、性器から口を離すと、ロマーノがぼんやりとした様子でスペインを見た。
「何……?」
突然動きを止めたスペインに、不思議そうにしているロマーノに笑いかけ、スペインはサイドチェストにあったローションとゴムを取り出した。それを見て、またしてもロマーノは期待にシーツを強く掴む。
「後ろ慣らすから、その間自分で気持ちええとこ触っとき?」
「……え」
ローションを手に垂らしながら、スペインは有無を言わさぬ笑顔でロマーノを見つめている。自発的にロマーノが自身の感じる部分に触れることはあっても、今のようにスペインに言われてから触れることはなかった。
命令なのか、ただのお願いで無視してもいいのか、ロマーノが戸惑っているうちに、スペインはローションで濡れた指を、ロマーノの後孔にあてがった。途端にびくりと体を揺らし、手はシーツをぎゅっと掴む。
「指、入れんで」
「……ふ、ぅ」
「息つめたらあかんよ。ちゃんと息吐いて、体の力抜きや」
ロマーノの中を指で探りながら、スペインは空いた片手でロマーノの頭を撫でた。両手では足りない程度、もうスペインと体を重ねていたが、それでも中に入ってくるときは、どうしても力が入ってしまう。力を抜いたほうが楽だとロマーノもわかってはいたが、こればっかりは頭でわかっていても、そう簡単に体が慣れるわけでもない。
「ほら、シーツ握ってやんと。どこが気持ちええんや、ロマーノは」
シーツを強く握っていたロマーノの手に、スペインの手が触れた。どうやら先程言っていたことは避けようのない、命令だったらしい。笑って見下ろしているスペインを睨みつつ、ロマーノはシーツから片手を離して、まだ唾液と先走りで濡れている性器に触れた。その間もスペインの指は、ロマーノの中を探って広げていくように、動かされている。
「好きなように動かしてええんやで」
「……う、るせ……は、あ……」
息を吐きつつ、ロマーノはゆっくり自身の性器を扱いた。先端の方が気持ちいいけれど、まだそこに触れる勇気もなく、ただ上下に動かすだけ。それでもロマーノは息を荒げ、迫って来る快感から逃げるように目を閉じた。
「ん、ん……はっ……ん、や、あっ!」
自身で与える快感は緩やかで、ロマーノはぬるま湯につかるように、その快感に浸っていた。けれど突然、予期せぬ刺激が与えられ、高い声を上げて目を開いた。ロマーノ以外、刺激を与えられる者など、この場には今ひとりしかいない。
「ス、スペイ……まて、まって……」
「手止まってんで、ロマーノ」
「ま、て……あっ! あ、あ、やっ……!」
二本に増やした指で、スペインはロマーノの反応が良くなった部分を探った。途端にロマーノは声を上げ、性器を握る手を震わせている。
最初から、こんなに反応が良い訳ではなかった。初めて指を入れた時、ロマーノはガチガチに固まって顔色を悪くしていたぐらいで、拒否感の方が強かった。それでもスペインは根気よくロマーノの体をほぐし、時間をかけてロマーノとひとつになったが、ロマーノが後ろの快感を拾えるようになったのは、まだ最近のことだ。
なのでロマーノは、後ろの気持ちよさにいつも戸惑っている。体がスペインによって、作り変えられていると感じていた。
「う、うぅ……や、も、もう、いきたいっ、いきた……!」
後ろの刺激だけで、ロマーノは達することは出来ない。いつの間にか性器を扱いていた手が止まっており、後ろのスペインの指だけを感じているロマーノを見て、スペインもそろそろ我慢の限界になっていた。
「もう挿れてもええ?」
指を動かすのを止めて、スペインは顔を赤くして息を荒げているロマーノを伺い見た。ロマーノはそんなスペインを睨みつけるが、涙目になっていて怖さは感じられない。
「……はやくしろよ、バカ野郎」
「はは、厳しいなあ」
後ろから指を抜いて、スペインは濡れた指を使わず、口でゴムの袋を切って素早くゴムをつけた。それをぼんやりとした様子でロマーノは眺めていたが、ゴムをつけ終えたスペインが顔を近付けてきたので、目を細める。二人は何も言わず、そのままキスをした。舌を絡めて、ロマーノがそれに夢中になっている間に、スペインの性器が後孔に触れる。
「んっ、ん、んん〜……!」
キスをしたまま、スペインの性器が押し入ってくる。びくびくとロマーノが体を震わせても、押さえつけるようにスペインは唇を離さない。両手を繋いでベッドに押さえつけ、ゆっくりと性器を中へ沈ませていく。途端にロマーノの舌の動きは緩慢になり、ただスペインにされるがままになっていた。
「ふ、んっ、ん……ん、う……」
中へ進めるたびロマーノは声を漏らし、閉じられた目の淵から涙が零れ落ちる。やっと性器のほとんどが入ったところで、スペインは口を離した。ロマーノはすぐ深く息を吸って、はあっと熱い息を吐きだす。
「大丈夫か?」
「う、っせ……ばか、ハゲ」
優しくスペインが声をかけると、更にロマーノの目から涙が溢れた。それにスペインは苦笑して、零れる涙を舐める。それだけでロマーノはびくびくと体を揺らして、感じ入った声を上げた。
「ちょっとずつ動いてええ?」
「……も、勝手にしろよっ。いちいち、そんなこと……!」
了承を得るのはスペインの優しさだったが、ロマーノにとって、そうやって確認をとられるのは、恥ずかしくてたまらなかった。許可をするということは、ロマーノがそれを望んでいると、ありありと見せつけられてしまう。
怖がりなロマーノが、セックスの時だけ強引にされたいと、こっそり心の中で願っている。それすら恥ずかしくて口に出したことはないが、スペインの思いのまま、自由にしてくれたらいいのに。
「せやね……ありがとう、ロマーノ」
触れるだけのキスを一度落とした後、スペインはゆっくりと動き出した。擦られると、後孔がわずかに痛みを訴える。ローションを使っても、何も感じないわけではなかった。それでもロマーノの口から出るのは、嬌声だ。擦られて生まれる痛みが、どうしてか気持ちよかった。
「あ、あ……や、あっ、あ」
スペインの動きに合わせて上がる声を押さえる手は、スペインによってベッドに縫い付けられている。ロマーノはもう、震えた声を押さえられない。
「あ、あ、あ……あ、んっ、あ」
「ロマ……気持ち、ええ?」
腰を動かしながら、スペインはロマーノにそう尋ねた。けれどロマーノはもう声を上げるのだけで精一杯で、頷くことも出来ない。代わりに手を伸ばして、スペインのうなじに指を這わせた。スペインの汗で指が滑り、離れないように爪を立てる。すると心得たようにスペインは顔を近付け、ロマーノにキスをした。喘ぎ声まで、スペインが支配する。
「う、んっ、ん……んー……んっ」
声も唾液も息も全て、奪うように舌を絡めあう。奪われるのが気持ちよくて、ロマーノは涙を流して体を震わせた。
キスを交わしている間もスペインの動きは止まらず、いっそ激しくなって、ベッドも一緒に揺れる。ギシギシと軋む音と、肌がぶつかる音、唾液が混ざる濡れた音。耳まで犯されたような気持になって、ロマーノはたまらなくなった。
「んん、ん、や、ぁ……あ」
堪能していた唇が突然離れた。ロマーノは追いかけるように舌を出したが、糸はすぐ途切れる。涙で歪んだロマーノの視界の先には、動きを止めて満足そうに笑うスペインがいた。
「ロマーノ、一緒にイこ」
「あ、ぅ……」
スペインの指が、ロマーノの性器に触れた。それだけでロマーノの口からは甘い声が漏れる。甘えるようなその声は、普段なら自分自身で聞いていられないと嫌気が差しただろうが、今はもうスペインの声に頷くことしか頭にない。
押さえつけられていた手が離れたことで、自由になった手でロマーノは自身の性器に触れた。それを見て、スペインは手を離し、今度はロマーノの膝を持って足を更に広げる。膝がシーツに触れそうなほど広げられ、ロマーノが苦しいと文句を言う前に、スペインはまた腰の動きを再開した。
「やぁ! あ、あっ、も……あ、ああ!」
「はー……きもちええなあ……」
先程よりも激しい動きに、ロマーノは必死になって性器を扱いた。スペインの熱くて硬い性器が、ロマーノの中のどこを突いても、もう気持ちが良いとしか感じない。
「い、いく、も……で、あっ、でるぅ……」
「う、んっ……ええよ」
許しが出て、ロマーノはのけぞった。その間も、性器を扱く手は止まらない。前で気持ち良くなっているのか、後ろで気持ち良くなっているのか、ロマーノにはもうわからなかった。
「……ひッ!」
性器を扱く手が止まって、ロマーノの体が一度、固まった。頭が一瞬真っ白になったが、すぐスペインの性器が良いところを突き上げ、押し出されるようにロマーノの性器から精液が溢れる。
「あっ、あ、ああ、あー……」
がくがくと震えて達するロマーノの中が、スペインの性器を包み込むように締め付けた。ついにスペインも限界を感じ、達する。
「……くっ、う」
ぐっと歯を食いしばり、ロマーノの中に開放する。ゴムに阻まれてロマーノの中を濡らすことはないが、それでもスペインは解放感と充足感を味わっていた。頬を流れる汗を拭うことも忘れ、全て出し切るように軽く腰を揺らすと、達してぼんやりとしているロマーノが鼻にかかった甘い声を上げる。
「ロマ、大丈夫か?」
ぼんやりとしてるロマーノの頬を撫でると、ロマーノも同じようにスペインの頬を撫でた。さっきまで性器を扱いていた手だったので、スペインは苦笑したが、ロマーノの望む通りキスをする。セックスの余韻を味わうように、ゆっくり舌を絡ませて、すぐ口を離した。
「お前さあ……」
「ん? なに?」
「……ニンニクくさい」
「いや、お互いさまやん」
ニンニクの匂いもすれば精液の匂いもする。最悪だと息巻いて、ロマーノは眉間に皺を寄せて不機嫌な顔つきになった。さっきまでの色っぽさなど微塵も感じさせないその姿に、おかしくなってスペインが笑うと、ロマーノは顔を赤くしてスペインの腰を蹴る。
「笑うな! 響くんだよ! さっさと抜けコノヤロー!」
「あーはいはい。蹴らんといて……」
「んっ……」
ゆっくりと中から引き抜くと、ロマーノはまたしても色っぽい声を出して、はあっと熱い息を吐いた。先が膨らんだゴムを外しつつ、そういうギャップがたまらないと思っていることを、スペインはずっと言えずにいた。言えば恐らく、間違いなく蹴り飛ばされるので。
「お前は自然体なんが一番ええな〜」
「……は? いきなりなんだよ」
腹についた精液をティッシュで拭っていたロマーノが、怪訝そうな様子でスペインを見た。ころころと表情が変わるその様を、スペインは数百年と近くで見ていたが、何年経っても飽きない。ロマーノの魅力のひとつだ。
「さて、風呂行こか。立てる?」
「え? いや、さっきの話……」
「立たれへんかったら抱っこしたるで!」
「い、いや、だからさっきの……ぎゃあ!」
ロマーノが答えるよりも先に、スペインがロマーノを抱き上げた。所謂お姫様抱っこというものをされ、ロマーノは途端に顔を真っ赤にして、スペインの首に腕を回してしがみついた。大の男二人が、全裸でお姫様抱っこなんて耐えられない。けれどスペインは気にした様子もなく、鼻歌まじりで浴室を目指している。
「入浴剤なに入れる? あ、親分が体洗ったるからな!」
「……もう好きにしてくれ」
「ええ殺し文句やなあ、それ」
スペインの勝手さにすっかり慣れてしまい、ロマーノは怒りすら湧いてこない。スペインとはこういう男なのだ。今更こんなことで怒っていては、数百年そばになんていられない。
素直に抱かれながら、ロマーノはそっとスペインに頭を預けた。抱かれる腕の心地よさと安心感を思えば、多少の身勝手さなど、どうでもよくなってくるものだ。これはロマーノの持論である。



翌日の寝室の匂いがひどく、起きて朝一番でロマーノは消臭剤を空にするんじゃないかというほど、部屋の中に振りまいた。スペインがベッドで寝ていようとお構いなく振りまいたせいで、今年のクリスマスの始まりは、フローラルな匂いがするスペインにロマーノが追いかけられることから始まった。
ひどくありふれた、いつもの二人の日常だった。