恋よ、前進せよ 01

「……フンッ。そうだ、お前らの言う通り、確かに俺はスペインのことが好きだ。いつからとかもう覚えてねえけど……まあそういう意味で好きだぞこんちくしょーが。……でも最近はそれもよくわかんねえんだよな。いくらあいつにそういうこと言っても、別の意味で捉えられるし、伝わんねえ……まあそうだよなあって感じだし、そもそも俺ってあいつと恋人になりたいのか? って思ってきたんだよ。好きは好きだけど、別に今のままでもいいんじゃねえのって……そう思うと楽になったっていうか……だから最近はスペインと会ってねえけど、平気っつーか、結構楽しいぞ。それに今、日本に頼まれてやってるゲームがあって……」


そこまで口にして、フランスは話すのをやめてテーブルにグラスを置いた。その動作を、隣の席に座っていたヴェネチアーノの目が追いかける。
「……だって。その後は日本とやってるゲームのことを、楽しそうに話してたよ」
苦笑を浮かべるフランスの対面に座っているスペインは、酒を飲んでいるとは思えないほど顔を青くして、フランスの顔を見つめていた。絶望が浮かぶスペインはしばらく沈黙した後、ゆっくりと口を開く。
「つまり……俺のこと、嫌いになったってこと……?」
「いや、そうは言ってないよ! 兄ちゃんがスペイン兄ちゃんのこと嫌いになる訳ないよ!」
「……でも、どうでもよおなったんとちゃうん?」
「そ……んなことは、ないと、思うよ……?」
しかし否定するヴェネチアーノの声は小さい。そうなってしまう程度には、現状の想いを口にしたロマーノはあっさりとしていた。今までスペインに想いを告げるたび、袖にされては泣いて騒ぐ兄の姿を見てきただけに、今回のロマーノの気持ちの変化にはヴェネチアーノも戸惑っているのだ。
「ロマーノはお前のこと嫌いになった訳でも、どうでもよくなった訳でもないだろ。ただ現状維持に気持ちをシフトしたんだよ」
「現状維持やって……?」
暗い声を零したスペインは、ドンっと強くテーブルを叩いた。テーブルに乗っていたグラスや皿から耳障りな悲鳴が上げる。
「現状維持なんやったら、なんで俺を避けてんねん!」
悲痛なスペインの叫びは、店中に響いた。今まで騒がしかった店内が、一瞬静寂に包まれる。しかしすぐスペインがわあっと声を上げて泣き始めたので、ただの酔っぱらいかと流され、店内はすぐ騒がしさを取り戻した。
聞き取れない言葉を喚きながら、テーブルに伏せて泣き続けるスペインを見て、フランスとヴェネチアーノは顔を見合わせてため息をつく。
「……更に傷を広げるようで悪いけど」
騒いでいたスペインの肩がぴくりと跳ね、静かになる。しっかり聞き耳を立てていることを確認し、フランスは無慈悲な表情で続きを口にした。
「単純にロマーノの中で、お前の優先順位が下がったんだよ」
「……うわあああああん」
「ス、スペイン兄ちゃん。落ち着いて……」
頭を抱えて喚くスペインを、ヴェネチアーノは狼狽えながらも慰めた。いつも陽気で明るいスペインとは思えない荒れっぷりで、見慣れていないヴェネチアーノは当然戸惑っているが、フランスは慣れているのか動じない。
「それで? お前が言った通り、ロマーノの気持ちを聞いてきてやっただろ。これからどうするんだ、スペイン」
フランスの言葉でやっと顔を上げたスペインの目元と、鼻の頭が赤くなっている。ぐすぐすと赤い鼻を鳴らしながら、スペインは珍しく自信がなさそうな様子で、目の前にいるフランスとヴェネチアーノを見る。
「……どないしたらええと思う?」
震えるスペインの声に、またしてもフランスとヴェネチアーノは顔を見合わせてため息をつく。いつだって明るくあまり人に弱音を吐かない男が、こんな事を相談してしまうぐらいなのだから、今回は随分と重症のようだ。



事の発端は、二週間前まで遡る。
欧州で会議があった。見知った顔触れが並ぶ中に、珍しく落ち込んだ様子のスペインがいた。フランスはいつもの調子でスペインに声を掛けたのだが、スペインは会議が終わった後、フランスとヴェネチアーノをバルへと呼びつけたのだ。どういう理由かわからないまま、二人は指定されバルに向かい、そこでスペインが落ち込んでいる理由を聞いた。
「……ロマーノに避けられてんねん」
そう切り出したスペインに、ようやっとフランスはこの場にいる顔触れに納得した。ただの相談事ならヴェネチアーノは呼ばなかっただろうが、彼の兄であるロマーノに関することであれば、ヴェネチアーノがいた方が何かと都合がいい。避けられているのであれば、一緒に暮らしているヴェネチアーノが一番、今のロマーノをよく知っている。
「別に機嫌は悪くなさそうだったけど……何か心当たりとかないの?」
首を捻るヴェネチアーノに、スペインは首を横に振った。スペイン曰く、ケンカをした覚えもないようだ。
詳しく話を聞くに、連絡は送れば返ってくる。電話だってかければとってくれるが、最後に会ったのがもういつか思い出せないほど前なのだと言う。
基本的に外交的な仕事を弟のヴェネチアーノに任せきりのロマーノは、参加しようとしなければ会議に顔を見せない。なのでロマーノを見かけるたび、フランスは毎回のように「久しぶり」という言葉から始まる。それはフランスにとって特別おかしなことではないが、ロマーノの親分を称しているスペインは、仕事に関係なくロマーノとよく会っていたようだ。
「最後に会ったのはいつ?」
「たぶん……半年以上前……?」
「う〜ん……微妙に長い?」
それぐらいの期間であれば、顔を合わせないのはよくあることだ。それこそ欧州の面々は会おうとしなくとも会議で顔を合わせるが、アジアの方面は会おうとしなければ会えない。それぐらい期間が空く事はざらにある。
「長いわ! 前は月一ぐらいで会いに来てくれとったんやで!?」
「そうだねえ……」
今までのロマーノの様子を思い出し、ヴェネチアーノはうんうんと頷いた。ロマーノはどちらかというと、国同士の交流を苦手としている。過去にあったことを今でもしっかり覚えており、しがらみがある相手より国民と打ち解ける方が気楽な様子であった。
しかしそんなロマーノが親しくしている国の筆頭が、スペインである。ロマーノとて国相手に誰一人として友人がいないという訳ではないのだが、やはり身内を差し引いて特別なのはスペインだ。
ロマーノはよくスペインの家を訪ね、会議に参加した日は決まって二人で飲みに出かけている。季節のイベント事だって弟のヴェネチアーノを置いて、スペインの方に行ってしまうものだから、ヴェネチアーノはよく寂しい思いをしたものだ。
「確かに……最近、スペイン兄ちゃんの名前聞かないなあ……」
「やっぱり〜……なんか怒っとるんかなあ……」
以前は事あるごとにスペインの名前を口にしていたロマーノだが、最近はその名前を聞くことがほとんどない。だからといって、ロマーノがスペインに怒っている様子もなかった。特段機嫌が悪いということもなく、ロマーノはいつも通りに過ごしている。
「そういう感じでもなさそうだけど……」
しかし怒っている訳でないのなら、何故ロマーノがスペインを避けているのか。その理由がわからず、ヴェネチアーノは首を捻った。
「というか、お前から会いに行けばいいじゃん」
つまらなさそうな顔をしながら、フランスはチーズを口に運んだ。フランスはスペインとロマーノの揉め事にたびたび巻き込まれている。毎度相談されては、くだらない揉め事はフランスを蚊帳の外にして、案外すんなり解決してしまうのだ。そのたび振り回されるフランスはいい迷惑だった。
「行ったわ! せやけどローマにおらんかってん!」
「どういうこと?」
「その時、兄ちゃんはナポリにいたんだ。タイミングが悪かったんだよね」
ヴェネチアーノの話によると、ロマーノはナポリにも家を借りており、最近は週の半分ぐらいはナポリにいることが多いのだという。ロマーノは普段、弟のヴェネチアーノと一緒にローマの家に住んでいるので、スペインは迷うことなくローマに押し掛けたのだ。
「アポ取らないお前が悪いんだろ」
「せやって……行くって言うといたら、逃げるかもしれへんやん」
自分で口にしておいて悲しくなったスペインは、わかりやすく肩を落とした。スペインのしょぼくれた姿は珍しく、かわいそうに思えてうっかり手を貸してやりたくなってしまう程度には、フランスはお人よしだった。
「ナポリには行かなかったのか?」
「忙しいから来んなって言われて……」
「その程度で引き下がったの? お前が?」
態度悪くスペインを拒絶していたロマーノを、散々構い倒してロマーノの作った壁を気付かずぶち壊したあのスペインが、来るなというただ一言だけで引き下がったというのか。
驚きに目を丸めるフランスに、スペインは「だってなあ……」と弱弱しく呟く。
「いざ会いに行って、鬱陶しそうにされたらめっちゃ落ち込むもん……」
「いつものことじゃん」
フランスの記憶に残る二人は、スペインが構い倒してロマーノがいつも険しい顔をしている。そんなロマーノの頬は赤く染まっており、いわゆる照れ隠しの態度なのだが、はたから見ているとロマーノがスペインを邪険にしているように映るのだ。
「ちゃうわ! いっつもロマーノは本気で嫌がってないねん!」
「え、鈍いくせにそういうことはわかるんだ」
大体ロマーノの本心を察することが出来ない男だが、ロマーノの本気の拒絶かどうかだけはわかるらしい。実際のところ、最初は本気で拒絶していても最終的にはロマーノが絆されているだけというパターンの方が多そうだと、フランスは心の中で思う。
「でも本当に、兄ちゃんがスペイン兄ちゃんを嫌がることはないと思うよ」
「イタちゃん……!」
感極まったスペインの目に涙が浮かぶ。ただの励ましの言葉であっても、今のスペインには効果絶大だ。ヴェネチアーノの手を握って泣き言を漏らすスペインを見て、フランスは呆れたため息をついた。
「つまりお前はロマーノに避けられている実感があるけど、一緒に暮らしてるイタリアが見てる限り、怒ってる様子はないってことだろ。これで解決?」
「いやいや! 全然解決してへんやん!」
慌ててスペインは首を横に振る。当然そういう回答がくることがわかっていたフランスは、そんなスペインを横目にワインを口にした。
「えーっと……スペイン兄ちゃんは、兄ちゃんに避けられてる理由が知りたいの?」
「まあ、それはそうやねんけど……」
さっきまでの勢いをなくし、スペインはテーブルに視線を落とす。何かを思案するように黙り込んだスペインを促すように、フランスは「けど?」と口にし、手に持っていたグラスをテーブルに置いた。
「その……ちょっと、相談がある、というか……」
「相談?」
「避けられてるのとは別に?」
「それは本題の、前置き? 前振り? ……みたいなもんやねん」
やっと顔を上げたスペインの表情は、珍しく真剣な面持ちであった。スペインがそんな態度だったもので、今まで軽い気持ちで話を聞いていたフランスは、おやっと目を眇める。
「本題って?」
フランスが続きを促すと、スペインはまだ掴んだままだったヴェネチアーノの手を離し、グラスに残っていたワインを一気に飲み干した。その勢いのままグラスをテーブルに叩きつけ、スペインは居住まいを正して二人を見る。
「そもそもこれ、人に言ってええんかわからんねんけど……というか俺の勘違い、とか……自意識過剰って、だけ……かもしらんねんけど……」
「なんだよ。ハッキリしないな」
珍しく明確な言葉を避け、言葉に迷っている様子のスペインに、フランスとヴェネチアーノは首を傾げた。その間もスペインはまだ迷っている様子だったが、しばらくして「いや、まず俺からやな……」とひとりでに納得して口を開いた。
「あんな……俺、ロマーノのことが好きやねん」
意を決した表情で言ったスペインの言葉に、フランスは顔を顰める。あれほど時間をかけて葛藤していたわりに、大した内容ではなかったせいだ。
「知ってるけど?」
「その……たぶん意味がちゃう、というか……」
「意味?」
「つまり……そういう意味で、ロマーノのこと……好きになってもうてん」
「そういうってなんだよ」
顔を赤くしながらしどろもどろになっているスペインに、フランスとヴェネチアーノは困惑を極めるばかりだった。ついさっきまではこの世の絶望を全て背負ったような顔をしていたわりに、今は随分と元気そうである。その落差がわからず、二人はただ首を傾げるばかりだ。
「え、えっと……それは……」
「それは?」
「つまり……」
「つまり?」
「え……」
「え?」
「えっ、えっちなことがしたいってことやっ!」
恥ずかしさを振り切る様に、スペインは店中に響く大きな声でそう言った。フランスとヴェネチアーノはその声の大きさにも驚いたが、内容に絶句して固まっている。
「ああっ! イタちゃんもおるのに……! ちゃ、ちゃうねん。それだけがしたいって訳じゃ……!」
「はあ!?」
大きな声を上げたのはフランスだ。その勢いのまま立ち上がり、赤くなっているスペインに顔を寄せた。ヴェネチアーノは立ち上がりこそしなかったが、テーブルに手をついてフランスと同じように、スペインに詰め寄っている。
「お前、ロマーノのこと好きなの!? 恋愛感情として!?」
「それ本当!? いつから!?」
「えっ……え? な、なんやこの反応……」
二人に詰め寄られ、スペインは思わず背を逸らしてしまう。ロマーノに避けられている話をしていた頃とはあまりに食いつきが違い、その勢いにスペインはただ戸惑っていた。
「えーっと……気ぃついたのはわりと最近やけど、たぶん前からそういう気持ちもあったんちゃうかな? って、今になって思ってる、で……?」
驚愕の面持ちのまま固まっている二人を、スペインは交互に見る。しばらく固まっていた二人は顔を見合わせた後、深いため息をついて腰を落ち着けた。急に脱力した二人に、スペインは相変わらず戸惑っている。
「ええ……? 何なん?」
「ごめんね、スペイン兄ちゃん……ちょっと予想外すぎて……」
「予想外?」
「まさかお前の口から、恋愛対象としてロマーノが好きなんて言葉が飛び出してくると思わなくて……お前の言う『好き』の意味に、お兄さん気付かなかったわ……不覚……」
「ええっ、そんなに!? 逆になんでなん!?」
二人の口振りであると、まるでスペインがロマーノのことを好きになることがありえないと言われているようだ。スペインは自身の気持ちに気付いた時、スッと受け入れることが出来たというのに、周りから全く違うように見られていることが、どうにも納得出来なかった。
「いやあ、だって……」
「お前今まで、ロマーノのこと全くそういう風に見てなかっただろ?」
フランスの問いかけに、スペインはぎくりとする。
確かにフランスの言う通り、スペインは最近までロマーノのことはかわいい子分としか思っておらず、まさか恋愛感情が芽生えるなんて全く想定していなかった。
「それはそうやけど……でも前からそういう感情がなかった、って訳でもない気がすんねん。気付いてなかっただけで……」
「それだよ。そ・れ!」
急に大きな声を出したフランスに、スペインは目を丸めた。
「お前って、こっちが心配になるぐらい鈍いだろ? そんな鈍感を極めたお前がどうして急に、ロマーノのことが好きかもって気が付いたんだ? そこが不思議なんだよ、お兄さんは」
今まで周りから散々鈍いと言われてきただけあり、当然スペインもその自覚があるし、今更そう言われても驚きはない。流石に何度も目の前で連呼されるほどだろうかと、首を捻りたくはあるが。
「さっき、ロマーノに避けられとるって言うたやん? それがきっかけやねん……」
「どういうこと?」
首を傾げて続きを促すヴェネチアーノを見て、スペインは一度頷いた。すぐ視線をテーブルに落とし、ロマーノに避けられ始めた日々のことを思い出しながら、スペインはゆっくりと話し始める。



仕事でカレンダーを見た時、ふと疑問に思ったことで、スペインはやっとロマーノにしばらく会っていないという事実に気が付いた。
ロマーノとスペインは、特に約束をしている訳ではないが、繁忙期を除けば大体、月に一度ぐらいのペースで会っている。しかしここしばらく、ロマーノと会った記憶がない。それにやっとスペインが気付いたのは、最後に会って四か月が経とうとしていた頃だった。
バカンスのシーズンも過ぎ、そろそろ手隙になっていい頃合いだというのに、ロマーノから連絡はない。そもそもロマーノがスペインの家を訪ねに来る時、わざわざきっちり約束を取り付けることもないので、当日の朝に突然「今から行く」と連絡がくる程度だ。しかし思い返してみて、ロマーノからメッセージが最後に届いたのがいつかも、よくわからないほどだった。
スペインが最初に思ったのは、疑問だった。
ひと月に一度はスペインの家を訪れてくれるというのに、一体どうしたのだろう。そう疑問に思ったが、スペインはその時はまだ気楽に構えていた。仕事で忙しいのかもしれない、ぐらいの感覚だったのだ。
しかし一度疑問に思うと、つい行動に起こしてしまうスペインは、家に帰ってすぐロマーノに電話した。あまりに忙しいと電話に出ない可能性があると思っていたスペインを裏切り、意外とロマーノはすぐ電話に出た。
『なんだよ』
電話口から聞こえる声は、スペインの予想を裏切りいつも通りだった。名乗ることもせず、ぶっきらぼうな物言いはいつものことで、特に怒っている訳でもない。
怒っていないのなら、避けられている理由は何なのか。そんな疑問が一瞬スペインの頭に浮かんだが、それより久しぶりに聞いたロマーノの声に嬉しくなり、スペインは矢継ぎ早に元気にしていたか、調子はどうだ、最近家に来ないのは何故なのかと問いかけた。電話口の向こうから、うんざりしたような唸り声がする。
『元気。ぼちぼち。今忙しい』
おざなりな返事だったが、スペインは「元気でよかったわあ」と能天気な返答だ。
『で? 用事はそれだけか?』
「え? まあ、せやな」
『じゃあな』
そう一言残し、ロマーノは即座に電話を切った。そのスピードたるや、最後の「な」の部分が途切れるぐらいの早さであった。
スペインはしばらく、通話の切れた携帯を耳に押し当てたまま固まっていた。画面を確認しても通話終了の無慈悲な文字が並んでいるだけ。通話時間はたったの数分であった。
いつもであれば、お互い電話を切るのを引き延ばし、気付いたら一時間以上話しているなんてよくあることなのに、この短さである。
「……ほんまに仕事が忙しいんやなあ」
寂しさを抱えながら、スペインはそう納得した。しかしそれからしばらく経っても、ロマーノから連絡はなかった。
当然繁忙期などは存在するが、何か月も継続的に忙しくなることなどあるのだろうかと、スペインは疑問を抱く。ましてやロマーノだ。忙しさにロマーノが何か月も耐えられるものだろうか、と。
そんな疑問を抱えつつ、ある会議で一緒になったヴェネチアーノに、ロマーノの仕事はいつ落ち着くのかとスペインは確認した。しかしヴェネチアーノは不思議そうにしながら、首を捻る。
「兄ちゃん、最近たまに仕事サボってるし、そんなに忙しくないと思うよ」
体が雷に打たれたような衝撃をスペインは感じた。忙しくないのであれば、意図してロマーノがスペインに連絡を絶っているか、忘れられているかのどちらかであった。それにスペインは言葉にしようもないほどのショックを受けたのだ。
昔から何かにつけてスペインを頼ってくるロマーノのことを、周りがどう見ていたかはさておき、スペインはひどくかわいがっていた。スペインは自称する程度の親分気質で、不器用で危なっかしいロマーノのことを放っておけず、散々構い倒していた過去がある。
初めからうまくいっていた二人ではなかったが、いつのまにか噛み合うようになったのは、元々の相性の良さもあったのだろう。いつからかロマーノは強がることを止め、素直にスペインを頼る様になっていた。それがスペインは、単純に嬉しかったのだ。
そんな関係を続けていたはずなのに、突然ロマーノがスペインから距離を置いた。そうしてようやく、いつでも頼っていいと腕を広げている自身の方がずっと、頼ってもらいたいと思っていたのだと気が付いた。ロマーノがスペインを必要としていないと気が付くと、胸に大きな空洞が出来ているような気持ちになる。それはロマーノ相手だから感じる、空虚であった。
離れたくないし、離したくない。一番に頼られたいし、一喜一憂する姿を一番近くで見ていたい。ロマーノに対して、そういう意識があることを、スペインは初めて強く自覚した。
「これは……」
恋なのかもしれない、と。



「おおおおお……」
自身の色恋の話など滅多にする機会もなく、ましてやその想い人がかつての子分であり、目の前の二人とも縁深いので、スペインは気恥ずかしくなって頬を掻いた。しかしフランスとヴェネチアーノは声を合わせ、感動で震えている。その反応は少しスペインの予想と違っていた。かつての子分をやらしい目で見るなんてと、非難される心構えだったのだ。
「それはどういう反応なん……?」
「いやだってあのスペインが恋かも、なんて言うから!」
興奮気味に話すフランスに、ヴェネチアーノもうんうんと首を縦に振った。その勢いに、スペインの方が気圧されている。
「相手が俺の兄ちゃんなんでしょ? わはーっ! 次いつ会うの? 早く恋人になっちゃってよ!」
「ちょっ、ちょお待って!」
どんどん話を進めていく二人に、スペインは待ったをかけた。それにやっと口を止めた二人は、きょとんとした様子でスペインに振り返る。
「そのロマーノのことで相談があんねんけど……」
「ああ……避けられてるってやつ?」
思い出したようにフランスが言うと、スペインは言葉なく頷いた。それでようやくヴェネチアーノも、少し前に話していた会話を思い出した。
「避けられとっても、いつもやったら意地でもロマーノのこと、探して捕まえたろって思うねん。けど今回は、その……」
歯切れ悪く黙り込んだわりに、スペインの頬は赤かった。どうにも照れているようなその表情に、引っかかりを感じたのはフランスだった。しかしフランスがそれを熟考するより早く、またスペインが口を開く。
「まず原因がわからんし、前に会った時のこととか、もっと前のこととか思い返してみて、そこで初めて、こう……気付いたことがある、というか……」
「ん? 気付いたこと? お前自身の恋心以外で?」
言い辛そうにしているスペインは、言葉なく頷いた。いまいち要領を得ない内容に、フランスとヴェネチアーノは続きを促すように口を閉ざした。
スペインは少し躊躇った様子で黙っていたが、しばらくして意を決したように顔を上げた。
「……誰にも言わんといてほしいねんけど」
そんなに誰にも聞かせられないような話なのか。二人は真剣な面持ちになって、うんと頷いてみせた。それを確認して、スペインはまた口を開く。
「ロマーノが……」
「兄ちゃんが?」
「もしかしたら、俺のこと……」
「お前のことを?」
「…………好きなんかもしれへんねん」
顔を真っ赤にして言い切ったスペインは、汗すらかいているぐらい緊張した様子だった。しかし話を聞いたフランスとヴェネチアーノは、さっきまでの真剣な表情はどこへやら、困惑した様子でしばらく固まってしまった。
「……え?」
「いやっ、まだわからんねんで? 俺の自意識過剰なだけかもしれへんし、勘違いかも……! でもロマーノの俺を見る目とか、態度とか、思い返してみたらなんかこう……そういえば前に好きって言ってもらったことあるような気もすんねん! でも俺、その時なんて返したかなあ……そういう意味やと思ってへんかったから……それにかなり昔、あ、あい……愛してる、とか、そういうことも……あっこれは流石に言うたらあかんかな? いやでもそういう意味ちゃうかったらあかんし……それにこの前もな!」
相変わらず赤い顔のまま、スペインは一人慌てた様子で話し続けている。しかし顔はひどく嬉しそうで、相談しているというより、惚気話をぶちまけているという方が正しいかもしれない。
フランスとヴェネチアーノはマシンガンのように続くスペインの話を、呆然としながらしばらく聞き続けていた。
「でなでな、その時のロマーノが……」
「……奇跡じゃん」
「え?」
話し続けていたスペインを遮ったのは、フランスだった。その隣で、驚いたように目を丸めているヴェネチアーノもうんうんと頷いている。
「ミラクルだね……」
「え? なにが?」
「いや……お前が」
「奇跡って起きるんだね〜……俺、ちょっと感動しちゃった」
「なんの話?」
ひとり話についていけていないスペインは、困惑した表情で首を傾げた。しかし二人は通じ合っており、顔を合わせて「奇跡だ」「ミラクルだ」を繰り返して頷きあっている。
スペインはついさっきまで自身が何の話をしていたのか、一瞬忘れそうになった。やっと満足したのか、しばらくして二人はスペインへ振り返る。
「ロマーノがお前のこと好きだって、やっと気付いたんだな。お前」
「一生気付かないと思ってたよ〜俺」
聞き間違いかと、スペインは目を見開いて固まった。何よりスペインの中では、ロマーノからの好意はあくまで疑惑でしかなかったが、二人の証言によりたった今ここで、確固たる事実となった。驚愕でしかない。
「えっ!? 二人ともロマーノの気持ち、知っとったん!?」
「お前以外ほぼ知ってるよ」
「ええ!? なんで!? ロマーノが言うたん!?」
「言ってないけど、うちの兄ちゃんわかりやすいから、みんな気付いたんだろうねえ」
「え……ずっと気付いてなかった俺は……?」
「なんだ。わざわざ言葉にされたいのか?」
言われるだろう言葉を想像し、スペインは首を横に振った。言われなくとも自覚している。スペインはつい最近までロマーノの好意なんて全く気付かなかったし、そんな好意があまりにわかりやすく、周りに気付かれていたことすら知らなかった。
それを知って、なんだかスペインは恥ずかしさと申し訳なさに心が支配された。長い間ロマーノと共に暮らし、彼のことをわかったつもりになっていたが、実際は周りの方がよくよくロマーノを理解している。それにロマーノからの好意を遡ると、もしかするとロマーノは、相当長い間スペインを好きでいてくれたのかもしれない。
ロマーノがイタリア統一を機にスペインの家を出たが、その別れ際に「愛してる」と言われた覚えがあった。その頃からと考えると、相当の年月だ。
だというのにスペインは、その「愛してる」になんと答えたのかも思い出せない。ロマーノのスペインを想ってくれた気持ちの重さと、時間の長さを思うと、いたたまれなくなる。
「それにしても、結構なことじゃないか。晴れて両想いってことだろ?」
「俺たち、隠れてずっと兄ちゃんのこと応援してたから、嬉しいなあ」
顔を見合わせて笑いあう二人は、言葉通り本当に嬉しそうだった。ロマーノの想いを知った上で変におだてたりせず、変わらない態度でスペインとロマーノに接してくれていた二人に、スペインは心の中で感謝した。
「って、ちゃうねん! 問題はこっからやねん!」
すっかり和やかな雰囲気が流れていたが、スペインはテーブルを叩いて空気を霧散させる。フランスとヴェネチアーノは驚いたように目を見開いたが、すぐにああっと納得したように頷いた。
「避けられてるんだったな」
「せやねん。もしかしたらロマーノ、俺のこと嫌いになったんかも……」
「えー? 兄ちゃんが? スペイン兄ちゃんを?」
それはないよ〜とヴェネチアーノは苦笑する。確かにスペインとて、今更ロマーノに嫌われるとは思っていない。そういう不安が出てこない程度の関係を、長い時間をかけて築き上げてきたのだ。多少仲が拗れることがあっても、根本的に互いが互いのことを嫌いになることはないという自信があった。
「そういうんとちゃうくて……恋愛としての気持ちが、なくなったんとちゃうんかなあって……」
「ええ……? それもないと思うけど……」
首を捻りながら、ヴェネチアーノはフランスを見た。長く片想いする姿をそばで見てきたヴェネチアーノは、今更ロマーノがスペインへの想いを消し去れるはずがないと思っていた。新しい恋をしたならば、ひとつの恋を思い出にすることだって出来るのかもしれないが、ロマーノに恋人が出来た話も聞いていない。
そこでふと、ヴェネチアーノはあることが頭を掠め、あっと声を漏らした。
「そういえば兄ちゃん、最近よくナポリに行くんだよね」
そちらでほどほどに仕事もこなしているようなので、ヴェネチアーノは寂しく思いつつ、よくナポリへ向かうロマーノの背中を見送っている。以前スペインがローマの家を訪ねた時も、ちょうどナポリにロマーノがいたのですれ違いになってしまい、会えなかったのだ。
「ナポリに恋人でも出来たのか?」
「恋人……!?」
「そんな話は聞いてないけど……まあ確かに、妙にウキウキしてる気もするね」
「ウキウキ……!? あのロマーノが……!?」
顔を青くしながらスペインは頭を抱えてしまう。ロマーノがウキウキすることがあるとすれば、トマトの出来が良い時やおいしい食事にありつけた時など、嬉しいことが起こった時である。思いつく限り食べ物に関することしか出てこないが、仮に恋人が出来たのだとしたら、スペインは恋心に気付いてすぐ失恋してしまうことになる。
「それは嫌や〜!」
テーブルに伏せて泣き言を漏らすスペインを、フランスは呆れた眼差しで見つめている。ずっとロマーノの恋心に気付かなかったお前の自業自得だろ、という冷たい言葉まで浴びせているが、スペインのやかましい声と重なって、その言葉が届いているかは定かではない。その隣でヴェネチアーノだけは、同情した様子でスペインの腕を擦った。
「まだそうと決まった訳じゃないよ、スペイン兄ちゃん。元気出して」
「イタちゃん……」
「兄ちゃんの性格上、恋人が出来たらたぶん黙っていられないか、もっとわかりやすいと思うんだよね。だから恋人の可能性は低いと思うよ」
情けない表情をして顔を上げるスペインに、ヴェネチアーノは笑って見せた。まるで天使のようだと、スペインは胸にあるクロスを持って祈りを捧げる。相変わらず呆れた様子でそれを眺めていたフランスは、ひとりため息をついた。
「でも、それならお前を避けてる理由ってなんだろうな」
本当に避けているのかすら定かではないが、スペインに会いに来ないのには理由があるはずだ。行儀悪くテーブルに肘をついてそんなことを考えていたフランスの手を、がっと勢いよくスペインが掴んだ。
それにフランスがぎょっとしていることも気にせず、スペインは隣にいるヴェネチアーノの手も掴んだ。
「それを代わりに聞いてきてほしいねん!」
懇願するスペインの眼差しに、フランスとヴェネチアーノは困惑した。
「ええ? 自分で聞けよ」
「だって、それで『お前のことどうでもよくなったんだよな』とか言われたら、俺ショックすぎて泣いてまうもん!」
「メンタル弱すぎだろ……」
縋りつくように手を掴んでいるスペインに、どうしたものかとフランスは目を眇める。伺うようにヴェネチアーノに視線を送ると、お願いと繰り返すスペインに苦笑を浮かべていた。天使と崇めていた相手を困らせてどうするのか。
「一生のお願いや! 聞いてきてくれるだけでええから……!」
嘘だろうな。そう思いながら、フランスとヴェネチアーノは仕方なく首を縦に振った。
この二人の面倒事に巻き込まれると、恐らく相当振り回されることになる。この先のことを考えて、二人は同時にため息をつくのだった。



そして話は冒頭へと遡る。
「どうしたらって言われてもなあ……」
不安そうに見上げてくるスペインを見て、フランスはううんと唸りながら首を捻った。
やっとスペインがロマーノを好きになり、長い彼の片想いに決着がつくのかと思いきや、今度は立場が逆転してしまった。スペインに対する好意が完全に消えた訳ではないだろうが、それを語るロマーノの態度は随分とおざなりな物言いだった。
「たぶん原因はさ……ゲームだよね」
「ゲーム?」
首を傾げるスペインに、ヴェネチアーノは神妙な面持ちで頷いた。
「兄ちゃんさ、日本に勧められてゲーム始めたんだけど、それにすっごいハマってるんだよね。今はそれに夢中で、他のことが考えられないんだと思うよ」
そこでふと、ロマーノがゲームのことを嬉しそうに話していたことを、スペインは思い出した。
記憶を辿ってみても、過去にロマーノがゲームに熱中していたことはなかったはずである。ロマーノにゲームはあまり結びつかなかったが、以前スペインが小説を勧めて没頭したことがあるので、きっかけさえあれば案外ハマりやすい性質なのかもしれない。
「ゲームにハマってもうたから、俺のこと忘れてるってことなん?」
愕然と呟くスペインに、ヴェネチアーノはううんと考える素振りを見せた。
「というか、二の次になってるって感じかなあ……」
「二の次……」
「あああ、落ち込まないで! 兄ちゃん、熱中すると周りが見えなくなる方だからさ……!」
優しいヴェネチアーノは、スペインを慰めようと必死である。いくら健気な言葉をかけられても、ゲームに負けたという事実は、スペインを追い詰めていく。
「まあ単純に考えるなら、ロマーノの意識をゲームからお前に戻さなきゃいけないんだろうなあ」
「ど、どうすればええと思う……?」
「ちょっとは自分で考えろよ」
呆れたようなフランスのため息に、スペインは肩を落とした。自分自身で解決出来るなら相談などしていない。そもそもスペインは、恋愛事でここまで頭を悩ませた覚えもなかった。
「だって……なんかやらかしてもうて、本格的に嫌われたないし……」
ただでさえ、スペインに対するロマーノの好意が消えかかっているというのに、余計なことをして一生顔すら合わせてもらえないなんていう、悲惨な状況にはなりたくなかった。
スペインはロマーノに対して恋心を自覚してしまった以上、自身の感情がそう簡単に失くせるほどのものではないことはわかっている。だからこそ失敗はしたくなかった。
「……お前、そんなこと考えるヤツだったっけ」
「へ?」
きょとんとするスペインを、フランスは訝し気な様子で見つめた。
「これを言ったら相手に嫌われるかもとか、そんな繊細なこと考えるタイプじゃないじゃん。お前」
「いや、多少は考えるやろ……」
「だけど、今までロマーノにそんなこと考えて接してたか?」
指摘され、スペインはふと過去を振り返る。スペインとロマーノは長年の付き合いなので、今更『相手に嫌われるかも』なんて思いながら接してはいなかった。
まだ出会ったばかりの頃は、支配国でもあったので、好かれてはいないだろうという考えは、多少なりと持っていた。しかしスペインがそれを気にして、ロマーノに遠慮していた訳でもない。好きになってもらえればいいな、という願望でロマーノを構い倒していた記憶だけはある。
「それは……ないけど……」
「だろ? お前、今みたいに尻込みしてるからロマーノに会えないし、それでどんどんロマーノの興味が薄れていくんだろ」
スペインは怪訝な顔つきになりつつ、真理をつかれた気になった。以前ローマに行ってロマーノに会えなかった時、今までのスペインであればそのままナポリへ向かったはずだ。しかし来るなと言われ、無理強いして嫌われるのを恐れて、スペインはそのまま諦めて帰ってしまったのだ。
もしあそこでナポリに押し掛けていれば、今までのように会えていたのかもしれない。会えないことで、ロマーノはどんどんゲームに夢中になり、スペインへの好意を失いつつあるのだとしたら。
「……会いに行かなあかんってこと?」
「そうだ。今までみたいに、遠慮なくロマーノに会いに行って構いまくれ。そうしたらうまくいくから」
「ほんまに?」
「本当に」
強くフランスが頷いた姿を見て、スペインは本当にそうしなければいけない気になった。しかし普段からロマーノとよく一緒にいる訳でもないフランスが、いくら世界に愛を振りまいている男であれ、どうしてそんなことを断言出来るのだろうか。
疑問に感じて黙り込んだスペインに、フランスは小さくため息をついた。そして軽く身を乗り出して、スペインを探る様に見つめる。
「何に悩んでるのか知らないけど、好きな相手ひとり振り向かせられないなら、情熱の国なんて肩書き返上したら?」
わかりすいその挑発に、スペインはハッと目を見開いた。流石に、良くも悪くも長くスペインの隣に居座っていただけはある。フランスはスペインがどう言われれば火が付くかなんてこと、全て把握済みなのだ。
「……せや! 俺は情熱の国、スペインや!」
ガタっと音を立ててイスから立ち上がり、スペインはぐっと握りこぶしを掲げた。そのスペインの表情は先ほどと違って、自信に満ち溢れている。
「絶対またロマーノのことを振り向かせたるわ!」
途端にヤル気に溢れたスペインに、フランスは満足げに姿勢を戻した。ずっとやり取りを眺めていたヴェネチアーノは、立ち上がったスペインに小さな拍手を送りつつ、フランスを見た。
「フランス兄ちゃんって、なんだかんだスペイン兄ちゃんに優しいよね」
笑いながら、スペインに聞こえないよう耳打ちする。フランスは一度目を見開いたが、すぐいつもの調子を取り戻して、ヴェネチアーノにウインクを贈った。
「そりゃあ俺は、世界のお兄さんだからな」
笑みを深めるヴェネチアーノは「そうだね」と頷いた。少し言葉が鋭くとも、フランスは面倒見が良い。スペインからロマーノの相談をされている時、突き放すようなことを言いつつ、結局今のようにフォローしていた。
「何よりも、二人には早くくっついてほしいんだよ」
「なんで?」
「両片想いの不安を聞くために何回も呼び出されるほど、お兄さんは暇じゃないから」
愛を語るのは、フランスの生きがいである。スペインに呼ばれていなければ、今頃素敵な相手に巡り合えていたかもしれない。友人の恋路を見守るのも好きだが、フランスだって誰かを想う夜を過ごしたいのだ。
フランスの言葉にまばたきをしたヴェネチアーノは、手元にあったグラスを揺らして、フランスの方へ差し出した。
「でもさ、人のお金で飲むお酒だって魅力的じゃない?」
目を細めて笑うヴェネチアーノは、いつもの無邪気さを捨て去った、得意満面な表情だった。それに肩を竦めたフランスも、同じように笑ってグラスを持ち上げた。
「それは確かに」
カツンっと音を立て、グラスをぶつけて乾杯する。今飲んでいる酒も、テーブルに広げられている料理も全て、ヤル気を漲らせたまま何やら考え事をして黙り込んでいるスペインの奢りである。スペインの用事で呼びされたのだから当然だった。
遠慮なく追加でワインを頼んでいるヴェネチアーノの声を聞きながら、フランスは残りの酒を飲み干した。友人と肩を並べて食事をし、うまい酒で酔っぱらい、先の明るい相談事を語り合う。なかなか良い一日の締めくくりだと、フランスは思った。
どうせうまくいく二人を応援しつつ、フランスも遠慮なく高いワインを追加注文したが、考えこんでいるスペインは当然気付かないのであった。