恋よ、前進せよ 04

いつから好きだったかなんて、そんなことはロマーノ自身にもわからない。
当然のように存在していたスペインに対する好意に、いつの間にか恋愛という複雑な感情が混じり始めた。自覚したのは体が成長してからだったようにも思うが、そういう感情はずっと前から存在していたような気もするし、強い親愛だけだったとも思える。
スペインに対するロマーノの感情は複雑で、長く共にいた分だけ積みあがった全てが渦巻ていていて、とても綺麗なものではない。好意もあったし、同時に嫌悪している部分もある。それはスペインにだけという話ではなかったが、ロマーノが頭を悩ませるのはほとんどスペインに対してのみであった。
ロマーノはそういった感情をいくつもいくつも積み上げて、溢れかえったその感情を抑えることが出来なくなり、ついにスペイン本人に告げた。
「スペイン……あ、あい……愛してる、ぞ……」
そう初めて口にしたのは、イタリア統一に向けロマーノがスペインの家を出る日のことだ。ロマーノは今でもその瞬間のことをよく覚えている。
まるでロマーノを見送る様に、よく晴れた空の日。真っ赤に染まった頬を撫でる風が、やけに冷たく感じた。顔の熱さに反し、強く握りしめた拳は冷たく震え、それが振動して声まで随分と不格好に震えていた。
別れる直前に、ロマーノは全てを捨てるつもりで、スペインに愛を伝えた。受け入れられなくても、それでよかった。スペインがロマーノのことを子分としか見ていないことは、よくわかっていた。これから当分スペインと会えることもなくなることを見越して、ロマーノは別れの日に告げたのだ。きっと断られても、会えない間にロマーノの気持ちも風化するだろうと。
「なんや、嬉しいこと言ってくれるなあ。親分ももちろん、ロマーノのこと愛してるで」
いつものように満点の笑顔を浮かべ、スペインはロマーノを抱きしめた。まるで大事なものを包み込むような優しい腕に抱かれ、ロマーノは初めて絶望という気持ちを知ったのだ。
何も伝わらなかった。ロマーノなりに精一杯の愛の言葉を送ったのだが、スペインは恋愛という部分に気付かず、美しい愛情だけを掬い取ってみせた。それは写し鏡のように、スペインの中には混じりけのない純真な愛情だけが存在しているからだ。だから向けられる愛情が同じものであるとしか思えない。
ロマーノにとって、スペインのその返答は予想外のものだった。受け入れられるか、断られるかの二択しか想像していなかったのだ。しかしそもそも気付かれないというのは、しばしばロマーノを呆然とさせた。
そうしてどこにも行く宛がなくなった熱量は、結局またロマーノの中に戻ってきた。長い時間をかけて風化させるはずだった気持ちは、消えることなくロマーノの胸の中でくすぶり続けることになる。
それからしばらくロマーノは、スペインに対する想いを封印した。というより、統一を果たしてからは時代の荒波に揉まれそれどころではなくなってしまった。恋だ愛だと頭を悩ませる暇もなく、ましてやスペインと顔を合わせる機会もない。そうしている間に、ロマーノのスペインに対する気持ちを消し去れた気でいた。親分子分という、スペインが望んだままの関係に戻れたのだと信じていた。
スペインに対して恋愛感情を抱くことに、ロマーノはどこか後ろめたさを感じていた。それはスペインが望んでいないと思っていたからでもあるし、何故かスペインに向かう感情が汚らわしいもののように感じていたからでもある。
スペインに「気持ち悪い」と言われることを恐れて、ロマーノは自身の気持ちをずっと否定していた。スペインに拒絶されれば、いよいよロマーノは自身の居場所がなくなると思っていたからなのかもしれない。
そうやって自身の気持ちを否定して、なくなったと信じていたロマーノであったが、久しぶりにスペインに会うとすぐ彼に対する気持ちは復活した。久しぶりと笑いかけられ、抱きしめられたらもうダメだった。スペインに対する気持ちを忘れられたなどと、どうして思えたのだろう。ロマーノは自分自身が不思議でならなかった。
少しずつ欧州が平和になり、経済が発達するにつれ、ロマーノとスペインはよく顔を合わせるようになった。そうするとロマーノは抑えていたはずのスペインの気持ちがどんどん膨れ上がり、隠すことすら難しくなっていく。周りにスペインへの好意がバレてしまうほど、態度に表れるようになってしまっていた。しかし当のスペインは何年経っても、気付かないのだが。
「……好きなんだ」
ずっと隠していた好意を、ロマーノが言葉にしてしまったのは、最近の事だった。スペインの家を訪ね、二人で酒を飲み、ほどよく酔っぱらっていたその時である。
アルコールで頬を赤く染めながら、グラスを片手に笑うスペインを見ていて、つい口にしてしまった。何でもないその瞬間が愛おしく感じて、改めて好きだと実感してしまい、言わずにはいられなかったのだ。
そんなロマーノの突然の告白に、スペインはきょとんと目を丸めて固まったあと、目を細めてはにかんだ。
「嬉しいわあ……俺もやで」
照れた笑顔で頷かれ、ロマーノは心臓がドッと大きく音を立てた。愛の言葉を口にした時よりずっと、緊張していたし興奮もしていた。
初めてロマーノの好意をそのまま受け止めてくれたことが嬉しくて、ロマーノは今にも泣きだしてしまいそうだった。
「ああ……そういえば」
突然叶った夢にぼうっとしていたロマーノへ、スペインは思い出したように口を開いた。
「ロマーノは好きな子とかいてへんの?」
何を聞かれたのか、それを理解するのにロマーノはしばらく時間を要した。意味がわからず黙り込んでいると、スペインはロマーノの肩に腕を回して、ぐっと顔を近付ける。
「いやな、ロマーノからそういう話聞いたことないなあって」
その後、スペインが何と言ったかロマーノは覚えていないし、自身がなんと答えたのかも覚えていない。けれどロマーノは随分と久しぶりに、スペインの腕の中で絶望を味わった。
散々打ちのめされ、絶望という苦しみを味わい、思い続ける辛さを知ったロマーノは、スペインに対する好意を持て余してしまった。気持ちを捨てることも、好きでいるのを止めることも出来ないロマーノは、とりあえず考えることを止めた。
世界情勢に振り回されていた頃、ロマーノはスペインに対する好意を忘れつつあった。ある意味別のことで苦しんでいたが、その頃はスペインを想うことで辛くなることはなかったのだ。あの頃のように戻れれば、もう絶望を知ることもないのだろうと、ロマーノは気が付いた。
捨てることも、止めることも出来ないのなら、考えることを止めればいいのだ。あいにく、ロマーノは面倒なことから逃げるのは得意だった。



「それがなんだってこんなことに……!」
ベッドの上で頭を抱え、ロマーノは途方に暮れた。ベッドに放り出したバラが視界の端に映り、数時間前の出来事がロマーノの脳裏に浮かぶ。
『ロマーノ、俺のこと好きやったやろ? 恋愛的な意味で』
無神経な言葉が蘇り、羞恥でロマーノの顔は真っ赤に染まった。
「あああああ……!」
ロマーノの好意がスペインにバレていただなんて。
いや、そもそもロマーノは告白していたのでバレていて当然なのだが、スペインはずっとロマーノの好意に気付いていないはずだった。だというのに、空港でのスペインはロマーノの好意を前提に話していたのだ。
「気付いてなかったんじゃないのかよ……つーか、わかった上で俺の告白をスルーしてたのか? いやでも、あいつにそんな真似が出来るのか……?」
わからない事ばかりで、ロマーノは家に帰ってきてからずっと、ブツブツと同じ疑問を呟いている。しかし当のスペインはいないので、答えなんて当然わからない。
ロマーノの好意をわかった上で告白を全てスルーし、なおかつ好きな相手を聞いて突き放していたのなら、なかなかひどい事態である。
スペインがそんなことするはずがないとロマーノは思っているが、しかしあれから数か月後には、スペインの方からロマーノのことを好きだと告げられたのだ。ロマーノはもう意味がわからなくて、頭を抱えることしか出来ない。
『俺、お前のこと好きやねん』
ふと、熱っぽい眼差しを向けて告げたスペインが蘇った。思い出すだけでロマーノの体は熱くなり、放り出したままだったバラを見る。それを手に取り、ケースの中からガラスドームを取り出した。つるりとしたガラスの表面は外気に冷やされており、熱を持った指先で撫でると気持ちがいい。
「……好きって、なんだよ」
情熱を表現しているかのような赤い一本のバラが、ドームの中で誇らしく咲き誇っている。それだけでスペインのことを思い出してしまい、恥ずかしくなって今にもバラを投げ捨てたい気持ちを、ロマーノはぐっと堪えた。投げて割れてしまったら、間違いなく後悔する。
家に帰って数時間、心配するヴェネチアーノの声を無視して、ロマーノは部屋に閉じこもっていた。その中でずっとひとり、空港のことを思い出しては煩悶していたロマーノは、少しだけ冷静になって時計を見た。針はちょうど十二時に差し掛かり、ロマーノは自身が四時間近く部屋に閉じこもっていたことに気付き、ため息をつく。
「スペインのせいで……」
夕飯すら食べ損ねたロマーノは、だんだんと空腹を思い出してきた腹を擦り、舌打ちする。ひとまずガラスドームをベッドサイドにあるチェストの上に置き、リビングへ降りようと思ったその時、どんっと踏む音がした。
その激しい足音が、どんどん部屋に近付いてきている。驚いてロマーノが振り返ったのと同時ぐらいに、ロマーノの部屋のドアが勢いよく開かれた。
「ロマーノ!」
バンッ!と激しく音を立てて中に入ってきたのは、スペインだ。その後ろからヴェネチアーノも心配そうに中を覗いている。
「ス、スペイン!?」
驚いて声がひっくり返ったロマーノに、スペインが走って抱き着いた。その勢いのまま、二人はベッドに倒れこむ。突然のことに何が起こったのかわからないロマーノは、しかしスペインに抱き着かれているという事実にまた顔を赤くし、体を震わせた。
「なっ、なん……なんで、おまっ、お前が……!?」
「ロマーノ! 逃げんとってー!」
必死にスペインを引きはがそうとロマーノは肩を押すが、それに負けない強さでスペインは強くロマーノを抱きしめる。じたばたとベッドの上で暴れていた二人であったが、その場にカシャっとシャッター音がして、ロマーノは動きを止めて音がした方へ顔を向けた。
視線の先には、ドアの前に放置されていたヴェネチアーノが、ロマーノとスペインを背景に自撮りしている。目を疑ったロマーノはひとまずスペインに抗うのを止め、強くヴェネチアーノの名を呼んだ。
「撮ってんじゃねえバカ弟! 出てけ!」
「は〜い。ごゆっくり〜」
「写真消せよこの野郎!」
手を振りながらドアを閉めるヴェネチアーノに、ロマーノはそう怒鳴りつけた。しかし返答はなく、ドアは静かに閉められる。ヴェネチアーノが出て行ってしまうと、部屋の中は途端に静寂に包まれ、肩で息をするロマーノの荒い息遣いだけが響いていた。
スペインに抱き着かれ、ベッドに倒れたまましばらく二人は黙り込んでいたが、少ししてスペインがベッドに手をついて体を離した。見下ろされる形になり、ロマーノはうっと息を詰めて肩を竦ませる。
部屋は暗く、カーテンが開いたままの窓から差し込む月の明かりのみで、スペインの顔はロマーノからはよく見えなかった。スペインは確かめるようにロマーノの頬を手で撫でた後、腕を伸ばしてベッドサイドにあるランプのスイッチを入れる。オレンジ色の柔らかい明かりが二人とガラスドームを包み込んだ。
「ロマーノ……」
明かりをつけた手をまたベッドに戻し、スペインは囲い込むようにロマーノを見下ろした。真剣な面持ちのスペインに、ロマーノは生唾を飲み込む。暗がりの部屋で、ベッドに押し倒されているこの構図は、些か緊張を誘うものだった。
「ちょ、ちょっと待て……この体勢はなんか……その、よくないだろ……」
「え?」
しどろもどろにになりながらロマーノがスペインの肩を押すと、はっと我に返ったスペインが慌ててロマーノの上から飛びのいた。
「ご、ごめん! 大丈夫か?」
ロマーノの手を掴んで起き上がらせ、スペインはわたわたと謝罪する。その顔は赤くなっており、それが伝わる様にロマーノの顔も更に赤くなった。
ロマーノは顔を逸らしてベッドに腰かけると、少し迷った末、スペインも少し距離を開けてロマーノの隣に座る。スペインは様子を伺うようにずっとロマーノを見ており、その視線を感じて意地でも顔を背けているロマーノは、ベッドサイドにあるバラを見て更に恥ずかしくなった。どこを見ても、ロマーノを追い立てるものばかりである。
「……お前、なんでここにいるんだよ」
しばらく沈黙がその場を支配していたが、小さな声でロマーノがそう問いかける。
「えっと……あの後、心配になってロマーノのこと追いかけてきてん」
「追いかけてきたって……お前、明日仕事は?」
驚いて、やっとスペインの方へロマーノが振り返った。しかし今度はスペインが気まずげにロマーノから顔を逸らす。
「それはまあ……一応、飛行機乗る前に上司に連絡はしたから、大丈夫やで」
「……本当かよ」
仕事をサボりがちなロマーノが言える立場ではないが、そんなことで休んで大丈夫なのだろうか。呆れた視線を向けると、スペインは力強く頷いた。
「大丈夫や! 上司に今追いかけなあかんねん! って言うたら、絶対恋人にしてきいやって応援してもらってん! せやから……ハッ」
拳を作って力説していたスペインは、ロマーノが顔を真っ赤にして少し体を離したことに気付き、慌てて口を塞いだ。しかし今更発言を取り消せるはずもなく、恥ずかしそうにしているロマーノはまたスペインから目を背けてしまった。
「あ、あの……ロマーノ。聞いてほしいねんけど……」
びくっと大げさに肩を揺らしつつ、ロマーノは声も出さずに頷いた。逃げない姿を見て少し安心し、スペインは口を開いた。
「ごめんな、ロマーノ。空港で……急にあんなん言われたら、びっくりするやんなあ」
置いてけぼりになったスペインは、ひとりベンチに座りながら考えてみた。どうしてロマーノがスペインを平手打ちして、泣いて逃げたのかを。
告白が嫌だったという可能性はもちろんあったが、顔を真っ赤にして泣いていたことを思うと、単純に驚いて恥ずかしがっていただけなのかもしれない。突然の告白であったし、場所だって人がたくさんいる空港の通路前だった。照れ屋なロマーノなら、気が動転して逃げ出してしまうのも想像がつく。
考えれば考えるほどそう思えてきて、スペインは慌てて上司に電話し、イタリア行きの航空チケットを押さえたのだ。余計に追い詰めるかもしれないという気持ちもあったが、誤解されたままなのは困る。
「でも嘘とか冗談じゃないねん。俺はほんまにお前のことが好きや。恋人になってほしいって思っとる」
息を詰まらせて顔を真っ赤にするロマーノに、スペインはじりじりと近付いた。目を見開いて、かわいそうに思うほどぶるぶると震えているロマーノを、安心させるように手を重ねる。途端にロマーノはびくっと大げさに体を跳ねさせたが、逃げることはしなかった。
「ただ……お前が俺のこと、もうそういう意味で好きじゃないってのもわかってんねん。せやから無理に恋人になってほしいって訳やないし、お前を怖がらせるつもりもない。ただ俺がお前のこと好きやって、知っててほしかっただけやねん」
怖がらせないようにスペインは優しい口調で語りかけ、重ねていた手に力を込めた。ロマーノはほとほと困ったような表情で、握り締められている手を見下ろしている。
しばらく二人とも口を閉ざして、その場に沈黙が落ちる。ロマーノはその間ずっと顔を真っ赤にしたまま、握り締められている手に汗が滲んでいくのを感じていた。
「え、と……お前は……俺がお前のことを、もう好きじゃない、と思ってんだな……?」
「う、うん」
「それで……お前は、その、俺のことが……す、好きなんだな……?」
「うん。せやで」
混乱しつつも状況を再確認したロマーノは、スペインが頷いたのを見て、なんだか泣き出したい気持ちになった。
一体いつの間にロマーノがスペインのことを好きじゃなくなったのか。時間をかけて気持ちを捨てようと思っても出来なくて、好きでいることを止めることすら出来なかったロマーノが、だ。ロマーノ自身初耳であった。
しかしスペインは、ロマーノがもう好きではないと信じて疑っていない。その自信がどこから来るのか、謎である。
「お前、急にどうしたんだよ……頭でも打ったのか?」
「そんな頭おかしなったみたいに言わんでも……」
心外だといわんばかりのスペインに、ロマーノは顔を歪める。ロマーノからすると、それぐらい何か心変わりをするような変化が起こったのだろうかと、疑問に思ってしまうのだ。あれだけロマーノの好意にずっと気付かなかった男なのだから。
「お前さ……俺が好きって言ったこと、覚えてるか?」
「それは勿論」
迷いなく頷くスペインに、ロマーノは少し剣呑な眼差しでスペインを睨みつける。
「……ならわかった上で、わざとはぐらかしてたっていうのかよ」
二度も味わった絶望を思い出す。まだ新鮮な傷口が痛んだ気がして、じわりとロマーノの目に涙が滲んだ。それを見て、スペインは慌てて首を横に振って否定した。
「ちゃう! その時はほんまに気付いてなかってん! 気付いたのめっちゃ最近で……ほんまにちゃうねん!」
縋りつくような勢いで信じてくれと言われ、ロマーノは渋々頷いた。それが本当なのかロマーノにはわからないが、スペインがわざわざそんな酷いことをロマーノにするとは、考え辛い。
「ならなんで急に……」
「急にっていうか……お前に最近会ってへんなあって思って、それで色々考えてみたら、俺ってロマーノのこと好きなんちゃう? って、気ぃついてん」
「軽……」
「えっ、軽ないで! いや、そんでな? ロマーノのこと思い返してみたら、あれ? もしかして俺、好きって言われてないか? って、思い出してん」
「クソ軽……」
「軽ないって!」
ロマーノが想像していたよりはるかにあっさりと、スペインはどちらの好意にも気が付いていた。ましてやロマーノがスペインのことを考えないようにしようと、スペインに会わなくなったことがきっかけだなんて、とんだ皮肉である。
なんだかどっと疲れが押し寄せてきた気がして、ロマーノは深くため息をついた。夕方頃から気が動転しすぎて、これ以上驚きようもない。
「ロマーノ。俺、本気やで」
未だに掴んだままだったロマーノの手を強く握りしめ、スペインは真剣な声色でそう言った。それにロマーノは困ったように眉を下げ、スペインを見返した。
「お前からしたら迷惑かもしれんけど、俺がんばるから……これからもお前をデートに誘いたい」
顔を覗きこむように、スペインがロマーノの様子を伺った。ロマーノは顔を赤くしつつ、それでも困惑してなんと答えようか迷っている。ロマーノは決してスペインへの好意をなくした訳ではなかったが、そう簡単に「まだ好きだ」とは言いたくなかった。
「……お前の言いたいことはわかった」
しばらく黙り込んでいたロマーノは、スペインの目を真っ直ぐ見てしっかりと頷いた。
「ロマーノ……!」
「でもまだ混乱してるから……ちょっと考えさせてくれ」
「えっ……」
ショックを受けたような声を上げるスペインの手を引き、立ち上がらせた。ロマーノはそのままスペインの手を引いて、ドアの前まで連れていく。
「とりあえず、今日はゲストルームで寝ろ。ヴェネチアーノが準備してんだろ」
「えっ、で、でも……」
「なんだよ」
言い募るスペインは、ロマーノの手を離そうとしない。顔を顰めて、ロマーノは首を傾げた。
「その……考えるって、大体いつぐらいまで……?」
「……お前、明日の何時ぐらいに帰んだよ」
「え? たぶん夕方ぐらいかな?」
ちらりと部屋の時計を見たロマーノは、頭の中で計算する。ここしばらくロマーノは、とある国との時差についてやけに詳しくなっていた。
「夕方か……じゃあ送って行ってやるから、その時までには答えを出してやるよ」
「ほんまに!?」
途端に喜色を浮かべたスペインに、ロマーノは頷いた。その反応は、良い結果しか想定していないのではないかと疑ってしまう程度には、嬉しそうである。
「あ、なあなあ。久しぶりに一緒に寝えへん?」
「あばよ」
ふざけたことを提案するスペインの手を振り払い、ロマーノは部屋のドアを閉めた。スペインがドアを開けようとする前に、素早く部屋の鍵を施錠する。
ドアの向こうからロマーノの名を呼び、スペインはガチャガチャとドアノブを揺らした。
「うわっ、鍵まで閉めんでもええやんか」
「さっさとヴェネチアーノに言って寝ろ。じゃあな」
「あ、待って。ロマーノ」
またベッドに戻ろうと思っていたロマーノは、呼び止められて素直に足を止めた。ドアの方を睨みつけ、なんだよと低い声で答える。
「明日、部屋片付けたろか?」
「余計なお世話だ! カッツォ!」
そう怒鳴って、ロマーノは足元に落ちていた本をドアに投げつける。ドンっとドアを揺らす音を聞きながら、ロマーノはもうスペインの声に振り返ることなく、物で溢れかえった部屋を闊歩してベッドまで戻った。足の踏み場もない部屋だが、ドアからベッドまでの道のりはなんとか確保されている。
着ていた服を物の山に放り投げ、裸になってロマーノはベッドの上に転がった。針が進む時計を睨みつけ、何時に起きるか計算をする。
「……昼間だったら、電話出来るか」
ロマーノは携帯を手に取り、ひとまずメッセージだけ送っておくことにした。メッセージを送る相手は、今頃仕事を始めた頃合いだ。生真面目な相手なので、仕事中にメッセージが返ってくることはないだろう。
夜になったら電話したい旨だけを伝え、ロマーノは携帯を放り出した。その頃にはドアの向こう側も静かになっており、スペインが諦めてヴェネチアーノの元へ向かったことを察し、ロマーノはほっと息をつく。
「……どうすりゃいいんだよ、ちくしょーが」
ベッドサイドにあるバラを見つめて、ロマーノはひとりそう呟く。そして数か月前に相談したある日のことを思い出していた。