策士な親分 01

汗をかいていたグラスを慎重にテーブルに置いた後、ロマーノは「今、なんていった?」と首を傾げた。
「ロマーノのことが好きや」
アルコールのせいか、はたまたもっと違う意味合いが含まれているのか、真剣な顔つきをしたスペインの頬がほんのり赤い。数百年と共に暮らした歴史を持っていても見たことのないその表情に、ロマーノはごくりと生唾を飲み込んだ。
「へ、え……」
「せやから、恋人になってほしい」
恋愛以外の好意。その逃げ道を塞ぐように、スペインは「恋人」とダメ押しした。ついにロマーノは二の句が続かなくなる。完全に予想外のことが起こり、動けなくなっているかつての子分を見て、スペインは内心ため息をついた。
固まっているロマーノの顔色は、今まで酒を飲んでいたというのに、青くなっている。こうなることはわかっていたはずだったが、目の前のロマーノの反応を見て、スペインはどんどん気分が沈んでいく。
「こいびと……」
ぼんやりとした口調で繰り返したロマーノは、信じられないといった様子で目を見開いている。考えたこともなかったのだろう。ロマーノはスペインのことを、かつての親分以上の何かで見たことなどなかったのだから。
「あかんかなあ」
わずかな希望を含めながらスペインが尋ねると、ロマーノは困ったように目を細めて、テーブルのグラスに視線を落とした。
「あかんというか……考えたことなかったから……」
「まあ、せやんなあ」
勝算など初めからひとつもなかったので、スペインは抗うことなく頷いた。ロマーノは自他共に認める女好きで、なおかつ男嫌いでもあった。そんなロマーノが他の誰より密に関係を続けているのがスペインで、周りからはひょっとするのではないか、などと応援されたことはあったが、それでもスペインはそう楽観的にはなれなかった。
ロマーノは、間違いなくスペインのことを好いている。本人であるスペインもそれはよくわかっていた。むしろ好きになってもらえるよう、長い年月をかけて愛情を注いできたので、そこを疑ったことはない。けれどロマーノのスペインに対する好意は、間違いなく親愛や友愛の域を越えないものだった。
他の誰より好かれていて、頼りにされているという自覚も、自負もある。それを積み重ねてきた長い年月があるからこそ、ロマーノがスペインを恋愛の対象として見ることが、他よりずっと難しいということも、わかっていた。
「えと、お前……本気?……だよな」
「当たり前やん」
迷うことなく頷くスペインを一度だけ見て、ロマーノはまたグラスに視線を落とした。テーブルに水たまりを作るグラスの汗を指で撫でているロマーノは、どこか落ち着かない様子だ。きっと今、冗談やでというスペインの言葉をロマーノは待っているのだろう。その事実に気付きつつ、スペインは残酷にも、決してその言葉は選ばなかった。もう、隠すつもりがなかったので。
「なんで、今……急に、そんなこと……」
「別に急って訳でもないで。俺は結構前から、お前のことが好きやったから」
「そうなのか……?」
「そうやで。今までずっと我慢しとってん。ロマーノが困るやろうなと思っとったから。でもだんだん我慢出来ひんくなってきて……ごめんな」
案の定困っているロマーノに、スペインも同じように困ったような笑顔で謝った。するとやっとロマーノは顔を上げ、スペインと視線を合わせる。
「謝るなよ。別に……お前は何も、悪いことはしてないだろ」
「……そっか。そうやんな」
ぶっきらぼうな口調ではあったが、ロマーノのスペインを気遣う言葉に、スペインはただ笑って頷くことしか出来ない。ロマーノは、優しい子だ。改めてそれを実感して、スペインは更にロマーノのことが好きになる。
こんな些細なことが積もり積もって、ロマーノに対するスペインの気持ちはどんどん膨れ上がり、ついに抑えることが難しくなってしまった。
「その……いつから?」
スペインの目を見つめたまま、遠慮がちにロマーノがそう尋ねた。
「いつから俺がロマーノのこと好きかって?」
「うっ……ん。まあ……」
何かから逃げるように、ロマーノはまたグラスに視線を落とした。綺麗なオリーブグリーンが見れなくなったことを残念に思いながらも、スペインは真っ暗な窓の外を見て、かつての自分たちを思い出す。
「それなあ、たまに考えんねんけど、自分でもようわからんねん」
「は……そうなのか?」
「自覚したのはわりと最近やねんけど……でも、ずっと前から好きやったとは思うで」
「ずっと前って、まさか……!」
驚愕の表情を浮かべて顔を上げたロマーノの言わんとしていることがわかり、スペインは慌てて「ちゃうよ!」と首を横に振った。
「流石にちびの頃からってことはないで?」
「だよな……」
「でもあの頃からお前はかわいかったし、ずっと特別なんは変わってないから、時間の問題ってやつやったんやろうな」
幼児趣味の素養があるなどと罵られるだろうかと、スペインはロマーノの罵声を待った。しかしロマーノからは一向にそれが届かない。不審に思いロマーノに視線を向けると、ロマーノは顔を赤くしてグラスに視線を落として黙り込んでいた。耳の淵まで赤くなっている様子を見るに、照れているのだろう。
今のどこに照れる要素があったのか、スペインには全くわからなかった。こういうことに気付けないからこそ、スペインが鈍感だと言われる所以でもあるのだが、本人は全く気にしていない。しかしいくら鈍いスペインであっても、今の照れているロマーノをからかうと、しばらく口を利いてもらえなくなるぐらい拗ねるのはわかっているので、大人しく口を閉じる。
スペインが話さなくなってしまうと、その場を長い沈黙が支配した。ロマーノは相変わらず顔を赤くしながらも、考え込むようにグラスから視線を逸らさず黙っている。スペインも今、口を開くとロマーノを怒らせる余計な一言を言ってしまう気がして、黙っていた。何より、スペインは一応、告白の返事を待っている状態なのだ。あとはロマーノの言葉を待つのみである。
「……俺」
永遠に続くのではないかと思われた沈黙は、ロマーノによって破られた。
「お前のことは嫌いじゃねーけど……付き合うとかは、たぶん……いや、無理だ」
相変わらずグラスに視線を落としたまま、苦々しい様子でロマーノは言った。覚悟していたことではあったが、スペインは胸が苦しくて、返事も出来ないままロマーノを見つめている。
「お前が本気なら、なおさら……無理だ」
スペインの気持ちに真剣に向き合った結果のその返事に、スペインはハッと目を瞠る。逃げることが大得意なロマーノが、逃げたいはずの現状から、逃げずに向き合ってくれたのだ。その現実に感動して、スペインは目を細めて笑った。胸は苦しいままだったが、今のロマーノに無碍な態度はとれまい。
「そっかあ……わかっとったよ」
ロマーノが女の子しか好きになれないことも、スペインのことを親愛以上の感情として見れないことも。告白をする前に、スペインなりにロマーノへアピールはしていたのだが、それが全く通じていなかったことを思うと、今の結果も苦しくはあるが、驚きはなかった。
「真剣に考えてくれてありがとうな」
「べ、別に……仕方なくだからな。このやろー」
顔を赤くしつつ目を逸らすロマーノの姿に、スペインの右手が疼いた。照れているのを誤魔化すように下唇を突き出して目を逸らす姿は、幼いころから何も変わっていない。そういう姿を見るたび、スペインはロマーノの頭を撫でまわして、大層可愛がりたくなるのだ。
しかしスペインはその衝動をぐっと堪え、動きそうだった己の手を強く握った。一度深呼吸をした後、スペインは意を決したように顔を上げて、ロマーノを見る。
「ロマーノ」
「……なんだよ」
「これからしばらく、お前と会うの控えるわ」
顔を逸らしていたロマーノが、怪訝な表情をしてスペインに振り返った。何を言っているのかわからない、といった様子で眉を寄せているロマーノに、スペインはただ困ったように笑い返しただけだった。
「どういう意味だ」
「そのまんまの意味や。流石に仕事は無理やけど、それ以外ではお前に会わんようにする」
「なんで」
未だに意味が分からないと言った様子ではあったが、要領を得ないやり取りに苛立っているのか、ロマーノの眉間に皺が寄った。
「俺がお前のこと好きやから」
それが予想外の返答だったのか、ロマーノは驚きに目を瞠った。しばらく固まって、また気まずげにスペインから視線を逸らす。何か言葉を探すように、逸らされたロマーノの目は机の上にまばらに残っているつまみの皿を辿っている。
「そ……れが、なんで会わないことになんだよ」
「ロマーノは気持ち悪くないん?男の俺に好きって言われて」
途端、ぴたりと一瞬固まった後、ロマーノは睨むようにスペインを見つめた。予想外の表情に、スペインはおや、と目をしばたたかせる。
「……本気で言ってんのか、テメェ」
思う訳ないだろう。そう続きそうな雰囲気に、スペインは先程と変わらず驚く。慌てながらそんなことないと否定するのはあるかと思っていたが、まさか怒るとは思っていなかったのだ。
「せやかて、いっつもフランスとかに迫られた時は、めっちゃ嫌がってるやん」
「確かに、今ここにいるのが変態髭野郎だったら、泣きながら部屋に閉じこもってたかもな」
「俺やったらいいん?」
「いいも悪いも、今更お前が何言ったって、そうそう嫌いになるかよ。それにな、お前はお前が思ってるより、昔から変態だからな。今更引かねえよ」
ロマーノはこの程度のことで、スペインのことを嫌いにならないらしい。その事実にスペインは喜びつつ、複雑な気持ちにもなった。嫌いにならないというのはある意味ではよかったが、見方を変えれば、スペインがどんな変化を与えようが、そうそうロマーノの心は動かないということだ。愛の告白をされたって、彼の中にあるスペインの「嫌いではない親分」という位置は、動かない。その事実は、恋人になりたいスペインにとっては、とても残酷はことであった。
「……じゃあ俺が、変態のフランスみたいになったらどうなん?」
「だから、お前は既に変態だって言ってんだろ」
「そうやなくて……」
どうしたものか、と一度思考を巡らせた後、スペインは身を預けていた一人用のソファから立ち上がった。ロマーノが座っている、少し大きめな二人掛けのソファへと近づき、ロマーノの肩に手を置いた。
「スペイン……?」
ロマーノの顔に、影が差す。スペインが部屋の照明を遮ったせいだ。
肩に置いた手に力を加えて押すと、ロマーノは酒が入っているせいもあるのか、抵抗もなくソファに倒れた。スペインはそんなロマーノの顔の横に手をつき、ソファに乗り上げてロマーノの体を跨ぐ。
「いってぇ……何しやがんだ、このや、ろ……」
ソファのアームレストにぶつけた後頭部を摩りつつ、ロマーノがスペインを睨みつけた。しかしすぐ、押し倒されていることに気が付いたのか、びくっと肩を揺らした後、ロマーノは固まった。口と目を開き、唖然としている。
「わかる?」
「……え?」
「俺が何したいか、わかる?」
怯えるようにスペインを見上げるロマーノを見て、罪悪感が芽生える。それと同時に、スペインの心には仄暗い悦びがあった。ようやく、ロマーノがスペインを意識したような気がした。告白している時だって照れてはいたが、あれはおそらく「好き」だと言われて、喜んでいただけだ。恋愛として意識されたわけではなかった。
「な、何って……」
ロマーノの声が震えていた。スペインは手を動かして、ロマーノの浮いた喉仏を指で撫でる。
「お前とおると、触りたくなるねん」
喉を撫でた後、指先を顎へと移した。顎のラインを確かめるように、指の腹で辿る。スペインの指が肌をなぞるたび、ロマーノはびくびくと大げさに体を揺らした。
「普段人に見せへんようなとこに全部触れて、暴きたなる」
顎に触れていた手を離して、今度はズボンのベルトに触れた。爪がバックルに当たり、カチャとベルトが揺れる音がする。途端、下にいるロマーノは泣きそうに目を細めて、体を震わせた。見るからに怯えている様子に、スペインは見ていられなくなって、そっと目を閉じる。
「そんな親分、怖いやろ」
少しでも怯えがマシになるように、スペインは笑いかけた。途端、ロマーノの体の震えが収まったことに、すぐ気が付いた。
「こういうのがな、もう抑えられへんねん。お前とおると、どうしても触りたくなってまうんや。せやから、もう当分会わん方がええ」
ただただ固まっているロマーノに笑いかけて、スペインは彼の頭を撫でた。それは幼い子供にするような手つきであった気もするし、別れを惜しむような名残惜しさがあったような気もした。
組み敷いていた体を開放して、スペインは立ち上がった。呆然としているロマーノを一瞥し、必需品しか入っていない軽いバッグを肩にかけ、玄関へと足を向けた。
「怖がらせてごめんな……帰るわ」
その一言だけ残して、スペインはイタリア兄弟の家を後にした。約束を取り付けた時からスペインは告白するつもりでいたので、泊まらなくなることを想定して、荷物はほとんど持ってきていなかった。
最終の飛行機の時間を考えて告白したことを思うと、スペインは自分が思っていたよりずっと、冷静だった。
長く拗らせた片想いに、真っ直ぐ向き合えるぐらいには。
楽しいはずの飲み会を台無しにしてしまって、申し訳ないと思うほどには。
組み敷いた想い人を、襲わない程度には。
しかしいくら冷静であったとしても、苦しくない訳ではなかった。押し倒せば、やはり怯えられてしまうというその事実が、ただただスペインの足取りを重くしていた。



怖がらせないために会わないと決めた。その間にロマーノへの想いも、落ち着かせることが出来るのではないかと、スペインは考えていた。
実際、仕事をしている最中はロマーノのことを思い出すことはなかったし、仕事終わりにバルへ寄って馴染みの顔ぶれと杯を交わしている時は、楽しく時間を過ごしていた。休みで家にいる時も、掃除をしたりテレビを見て酒を飲んだり、ゆったりと過ごしながら有意義な日々を送っている。
存外、スペインはロマーノがいなくても困らないのだ。会えなくとも、ロマーノが自分と同じようにどこかで穏やかに過ごしているなら、それでよかった。
しかし、スペインとロマーノの歴史は長い。かつてロマーノと暮らした屋敷は既に手放していたが、今スペインが住んでいる家に移り住んだ後も、ロマーノはよくここに足を運んでいた。そして他の誰より、ロマーノの私物がスペインの家にはある。掃除をしている時にうっかりロマーノの私物を見つけてしまうと、スペインの有意義で穏やかな時間は、一気に崩れていく。
会えなくても困ることはないが、だからといって寂しくならない訳ではなかった。ロマーノのことを考えなければ平静でいられるスペインだったが、彼のことを思い出してしまうと、イタリア行のチケットを買って家を飛び出したい衝動に駆られてしまう。すぐ心は揺らいだ。
それでもロマーノと会わず、二か月が経った頃には、胸を締め付ける苦しみにもスペインは少し慣れていた。スペインがロマーノに告白したのは五月の終わり頃で、今は日々真夏の太陽の熱さに喘いでいる。あと少しでバカンスを迎えるからか、国民はどこか浮足立っていた。その空気に中でスペインはひとり、今年のバカンスをどう過ごすか悩んでいる。
バカンスはよくロマーノと過ごしていた。流石に毎年ではなかったが、バカンスの日程が決まると最初に連絡を取っていた。しかし今年から、スペインの隣にロマーノはいない。代わりの誰かと過ごす予定もなかった。家でのんびりしていてもいいが、ロマーノを思い出す家にいるより、どこかのリゾートへ現実逃避するほうが、建設的にも思えた。
そうやって悩んでいる間に、もう八月を迎えようとしていた。今からリゾート地のホテルを確保出来るはずもなく、結局家で過ごすバカンスとなりそうだった。
そんな折、スペインの携帯にロマーノからの着信が入った。
「……え?ロマーノ……?」
スペインが告白して以来、互いに連絡を取り合っていなかった。スペインは会わないと言った張本人なので当然だが、ロマーノが連絡を寄こさなかったのはきっと、気まずかったからに違いない。ロマーノの性格を思うと、火急の報せがない限りは連絡してこないはずだ。ヘタレなので。
そんなロマーノから連絡がきた。ということは、ロマーノに何かあったということだ。下手すると電話の向こう側はロマーノではないかもしれない。ロマーノ自身が電話出来ないような状態になってしまった、可能性。
「ロマーノ!」
画面にロマーノの名前が映し出された一瞬で、そんなことが頭を過った。スペインは慌てて着信に応えて携帯に向かって叫んだ。
『ちぎっ!声デケーんだよバカスペイン!』
「……あれ?ロマーノ?」
携帯から聞こえてくる声は、紛うことなき愛しい子分の声だった。聞き間違えるはずもない。ロマーノは自ら、スペインに電話を寄こしたということになる。
『そうだけど。画面見てなかったのか?』
「あ、いや……うん、まあ……」
歯切れの悪いスペインの返事に、電話の向こう側から不思議がっているロマーノの様子が伝わってくる。その態度がいつもと変わらないようにスペインは感じていた。告白されたことを忘れてしまっているのかもしれない。そう思うと悲しかったが、久しぶりにロマーノの声が聞けて、単純にもスペインは喜んでいた。自分から会わないと言ったはずなのに、離れている間、ずっと苦しかったのはスペインの方だった。
「ロマーノや……」
『……だから、そうだって言ってんだろ』
「電話なんて、どないしたん。ロマーノからかけてくるなんて珍しいやん」
ロマーノがスペインに電話をかけてくるときは、助けを求める時か愚痴を言う時と限られている。なので大概電話の向こう側では泣いてるか怒ってるかのどちらかだが、スペインと話してるとだんだん落ち着きを取り戻して、最後は少し機嫌が良さそうな声になっていく。いつもその変化を楽しんでいたのだが、今日は珍しく最初から機嫌は悪くなさそうだった。
『あと少しでバカンスだろ』
「ああ、そうやなあ。今年はどんだけ休めるん?」
『二週間』
「俺も同じやわあ」
告白のことがあったのに何故電話をかけてきたのか。そんな疑問も忘れ、久しぶりにロマーノと話せる電話を、スペインは楽しんでした。久方ぶりに感じる幸福感に抗うことが出来ない。けれど電話の向こうから、そんなスペインを凍り付かせる一言が届いた。
『お前ん家行くから』
「…………へ?」
思わず素っ頓狂な声を上げたスペインを笑う声はなかった。聞き間違いだろうかと、スペインは「今なんて?」と聞き返してしまった。
『だから、お前ん家行くから。バカンス』
「え……」
聞き間違いかと思ったがそうではなかった。内容が内容なだけに、スペインは頭を捻ってロマーノの言葉の意味を考える。もし言われたのが今でなかったら、その申し出を喜んで休暇が訪れるのを待ちわびていたことだろう。しかし今はスペインがロマーノに告白をした後だ。そんな時に、あのヘタレのロマーノが自ら危険地帯に飛び込んでくるとは思えない。
「えっと……それは、俺ん家のリゾートに来てくれるってことなん?」
お前の家、というのがスペインの住んでいる家のことを指しているのではなく、単純にリゾート地に行くからという報告な可能性を考えた。それなら、いい店やビーチを教えろという相談の電話がかかってくるのも納得出来る。
『はあ?お前、ホテルとか抑えてんのかよ』
「いやあ……今年は全く……」
『なら無理だろ。今年はお前の家でダラダラする』
「俺の家……」
なんとなく話が噛み合っていないような気がして、スペインは額に手を置いた。暑さのせいか、混乱のせいか、わずかに頭痛を訴えている。
「その……俺の家っていうのは……もしかして俺の家?」
『さっきからお前は何言ってんだよ』
それ以外ないだろう。はっきり言い切るロマーノに、今度こそスペインは立ち眩みを覚え、ソファに腰を下ろした。どう返答したらいいかわからず、電話だというのに二人の間に沈黙が落ちる。
もしかしてロマーノは、スペインの告白を忘れてしまっているのだろうか。スペインとしては手を出してしまうかもしれないから、付き合う気がないなら距離を取ってほしいと、伝えたつもりだった。もしかしたら意味が伝わっていなかったのか、アルコールのせいで記憶にないのか。どちらにしても、スペインにとっては絶望的な展開だった。苦しい思いをしてロマーノとの接触を断っていた二か月という時間は、一体何だったのか。
『……オイ。聞いてんのか』
「え、えっと……」
聞こえているが、聞こえていなかったことにしたい。返答に困っていると、ロマーノはこちらに聞こえるぐらい、大きなため息をついた。
『まあいいや。じゃあな、また行く日は連絡する』
「え?ちょお、ロマ……!」
名前を呼びきる前に、電話は切られてしまった。通話終了と映し出す画面を見つめ、スペインはしばらくその場から動けずにいた。
「……どないしよ」
言い出したら聞かないわがままな子分のことを頭に思い浮かべ、スペインはため息をつきながらソファに倒れ込んだ。愛しい子分と繋がっていない携帯など無用だと、それを放り出してスペインは思考を放棄し目を閉じる。夢であればいいのにと願いながら。