策士な親分 02

ロマーノから電話を受けて以来、すっかり呆けて仕事に手が付かなくなったスペインを、上司は不思議そうに見ていたが何も言わなかった。上司は上司で、迎えるバカンスに浮ついていて、スペインもどうせ同様の理由だろうと思っていたのだろう。休みに入る前日、帰り際に上司は「南イタリアと楽しんできいや」という言葉を残して、先に帰っていった。
上司は毎年スペインがロマーノと過ごしていることを知っていて、なおかつ猫かわいがりしていることも知ってる。ロマーノとバカンスを過ごすということは、周りに浸透しているぐらい当然で当たり前のことだったはずなのに、今年は訳が違った。明日にバカンスを控えているスペインは、ただただよくわからない焦りだけを感じていた。
前もってロマーノから届いていた連絡によると、スペインとロマーノの休日は全て被っていた。なので二週間、ロマーノの気が変わらなければ、ずっと一緒に過ごすこととなる。
(……耐えられるんかな。俺)
ベッドに入りながら、スペインは己の欲望を抑えられるのか、不安で仕方がなかった。いくらロマーノが危険地帯に自ら足を踏み入れたからといって、襲っていい理由にはならない。それぐらいの分別は、いくら恋に迷っているスペインでも、わかる。
それでも本能が理性を振り切ってしまった時、自分が何をやらかすのかわからない。だからこそスペインは、不安だった。



そんなスペインの不安をよそに、ロマーノは少ない荷物を持って、昼を過ぎる頃にスペインの家の戸を叩いた。
「よお来たなあ……」
覇気のない声で迎えたスペインを、ロマーノは肩眉を跳ねさせて睨んだ。今までと態度が違いすぎて、何かを疑っている目つきだ。
「本当に歓迎してるか?」
「も、もちろんやで!ただちょっと、昨日な、あんまり……寝れんくて……」
慌てて弁解するも、ロマーノはしばらくじろじろと疑うような目でスペインを見ていた。それを誤魔化すように、スペインは体をズラしてロマーノを家の中に招き入れた。
「ふうん。飯食ったらシエスタするか」
そう言いながら、玄関に鍵をかけているスペインへ、ロマーノは腕を広げた。珍しく、ロマーノから挨拶のハグを求めている。その事実にスペインは一瞬喜びで舞い上がり、それを打ち消すように首を横に振った。
喜んでいる場合ではない。スペインは眠れなかった昨晩、白んでいく空を見ながら、決意したのだ。
「お、親分な!パスタ茹でてんねん!ロマーノが食べたいかなあ思って!」
広げられた腕を見ないふりして、スペインはロマーノに背を向けた。ロマーノがどんな顔をしているのか、見るのが怖くて振り返ることが出来ない。ペラペラと喋りながら、スペインはリビングの方へ逃げていく。
「トマト朝から煮込んでな、パスタのソースにしたらええかなあ思って!」
しばらく間があった後、後ろから足音が続いてきた。しかし床を叩く靴底が、苛立っているように固い音を立てている。
「……そりゃいい心掛けだ」
「せやろ!じゃあサクッとパスタ作るわな!適当にかけて待っとって」
後ろから聞こえてきたロマーノの声があまりに低かったので、スペインはついに振り返ることもせず、逃げるようにキッチンへ飛び込んだ。するとキッチンに聞こえるほど大きな舌打ちと、暴言が聞こえてくる。そんなロマーノに、心の中でスペインは泣きながら謝った。
(ごめん!ごめんやでロマーノ!ほんますんません!)
本当ならロマーノの貴重なデレに喜んで飛びついて、嫌と言われるまでハグをしていたかった。しかしスペインは昨夜、一人のベッドで誓ったのだ。バカンスの間、ロマーノとの接触は極力避けようと。
自制しなければ、スペインはべたべたとロマーノに触れてしまう。そしてその勢いのまま、ロマーノを押し倒してとんでもないことをしでかす気がする。それが怖かったのでロマーノに触れないと決意したが、失敗だったかもしれない。ロマーノを守りたかったから避けようと思ったが、逆に傷つけてしまったという可能性。
「……もう二度と自分からハグしてくれへんかも」
その事実を考えると泣きそうになるので、スペインは目の前の料理に集中することにした。せめておいしいものを作って、機嫌を取らなければならない。
恐る恐る出来上がった料理を運ぶと、ロマーノは想像通り不機嫌そうな顔でテレビを睨みつけていた。しかし食事をしながら話していると、少しずつ眉間の皺の数が減って、いつも通りの表情になった。スペインの料理で機嫌を取る作戦は、無事成功したのだった。



昼食を終えると、特にそうしようと決めたわけではなかったが、二人はシエスタの準備に入った。これは習慣で、二人にとっては特別でも何でもないことだ。休日であっても、それを欠かすことはなかった。
皿洗いを終えたスペインは寝室へと足を向けると、ドアの前では身軽になったロマーノが壁に背を預けて立っていた。
「どうしたん?」
先にゲストルームでシエスタをしていると思っていたスペインは、ロマーノに近づいて首を傾げた。
「……待ってたんだよ」
「何を?」
「お、お前以外に誰がいんだよ、こんちくしょーめ」
顔を赤くして、ロマーノはスペインを睨みつけた。しかしそれは怒りから、というよりも恥ずかしさからだろうと、スペインは長年の付き合いゆえに思いつく。
「なんで?なんかあった?」
しかし、スペインは恥ずかしがっているその理由がわからない。鈍感ゆえに。
首を傾げるスペインに、ロマーノは信じられないものを見た、という様子で大きく目を見開いて固まった。ぽかんと開いている唇が、わずかに震えている。突然呆けたロマーノに、スペインはますます首を傾げるばかりだった。
「え?なに?どうしたん」
ぶるぶると肩を震わせているロマーノの目に、涙が滲んでいることに気付いて、スペインは慌てた。どうやらロマーノは傷ついているようだったが、その理由がわからない。泣かせたくはなかったので顔に手を伸ばそうとしたが、頭に昨夜の決意が過り、寸のところ指を止めた。行き場を失くした手は、誤魔化すように意味もなく自らの服の裾を正すだけに終わる。
その手の動きを追って、ますますロマーノは涙を浮かべ、代わりに眉を吊り上げた。見覚えのあるその表情に、スペインの背中に冷や汗が流れる。
「……なんだよ」
「え?なんて?」
「ヴァッファンクーロ!アホスペイン!」
そう怒鳴り、ロマーノはスペインの寝室のドアを激しい音を立てて開いた。スペインが制止する暇も与えず、遠慮なしにスペインの部屋に入ったロマーノは、一直線でベッドへ向かって腰かけた。偉そうに腕を組んで、ベッドの上からスペインを睨みつけている。
「ロマーノ?」
「俺はここで寝るからな!お前がなんと言おうと、絶対ここで寝てやる!絶対に!」
涙を浮かべて怒鳴るロマーノに、今度はスペインが呆ける番だった。スペインはロマーノが勝手に私室に入るのも、ベッドを使うのにも何の抵抗もない。それは誰にでも許している訳ではなく、ロマーノだから許しているところがあった。
「そうなん?じゃあ、親分がゲストルーム行くわな」
「……え」
「ほんならおやすみ。起きたらチュロス食べような」
そう言い残して、スペインは部屋の扉を閉めた。追ってくる声はないので、そのままスペインは言葉通りロマーノに用意したゲストルームへと向かう。ロマーノの為に部屋を片付け、ベッドメイクを済ませているので、シエスタをするのには何の問題もなかった。
ゲストルームの扉を閉めて、ベッドに座ったところで、スペインは大きく息を吐いて頭を抱えた。スペインの寝室からゲストルームに来るまで、一度も呼吸をしていなかったかもしれない。そうしなければ、スペインは大声を上げて騒ぎながら廊下を走り回っていた。その衝動を抑えるために、無になってゲストルームまで急いできたのだ。
(ロマーノもしかして、俺とシエスタしたかったんか!?そうなん!?)
枕に顔を押し付けながら、心の中で叫んだ。うっかり声を出してしまった時用に、念のため枕に顔を押し付けていたが、息苦しくなってスペインはすぐに顔を上げた。その頬はさっきのロマーノに負けず劣らず、赤い。
最初は本当にロマーノの言っている意味がわからなかったが、自棄を起こしたみたいにスペインのベッドに乗り上げた姿を見て、スペインは気付いてしまった。おそらく、ロマーノがスペインと一緒にシエスタしたいのであろうということに。
元来から素直でないロマーノが、思っていることをそのまま口に出来るはずがない。ああやって憎まれ口を叩いて、部屋に押し入りでもしなければ、一緒に寝ることも儘ならないのだ。
「ああ……かわええ、ロマーノ」
ついに抑えられなくなって、スペインはそう口にした。そんなかわいいロマーノの誘いを不意にしてしまい、罪悪感が胸を覆いつくす。ベッドに横になり、天井をぼんやりと見上げながら、スペインはため息をついた。
「一緒に寝るのはあかんわ……」
耐えられる気がしない。シエスタなんてしていられない。
今までロマーノと一緒に寝たことは、数えきれないほどあった。それこそ恋愛対象として意識しだしてからも、あったはずだ。その頃はまだ明確に子分に恋をしていると認めていなかったし、抗っていた。努めて考えないようにしていた。
しかし一度認めてしまうと、スペインは転がり落ちるようにロマーノとの接触に怯えるようになった。恋心の存在を認めたことによって、それが明確に欲望を形作るようになる。ロマーノに触れて、逃げられないように抱きしめて、キスで口を封じて、犯してしまいたい。自分の腕の中だけで、乱れている姿が見たかった。欲に濡れた目で求められて、自分だけを見てほしいと思ってしまった。それは純粋に親分として慕っていてくれているロマーノを裏切る思いだとわかっていても、スペインにはもう止める術がなかった。
恐ろしい欲をぶら下げた自分自身から遠ざける以外、他には。
「……堪忍な、ロマーノ」
慰めるように、代わりに枕にキスをして、スペインは目を閉じた。



目覚ましの音で目を覚ますと、ちょうど三時を過ぎたあたりだった。普段ならば目覚ましなどなくとも、体内時計で一時間程度経てば自然と起きられる。けれど昨夜あまり眠れなかったこともあり、目覚ましをかけないと起きられないかと思って仕掛けたが、正解だった。
スペインは眠気を引きずる体を起こし、ぐっと伸びをした。寝たおかげで、少し頭がスッキリとしていた。
目を擦った後、スペインはベッドから降りた。そのまま部屋を出て、自身の寝室へと向かう。扉は開いた様子はなく、中から物音はしなかった。
「ロマーノ」
ドアをノックして名前を呼んだが、中から応えはない。スペインは音を立てないよう、慎重に部屋のドアを開く。中を覗いてみると、ベッドの丸い塊から静かな寝息が聞こえた。ゆっくりとベッドに近づくと、ロマーノは体を丸めて眠っていた。まだ深い眠りの中にいるロマーノの寝顔を覗き込むと、目元が赤くなっていることに気が付いた。
「ええ……泣いたん?」
そう問いかけてみても、返答はない。スペインは手を伸ばし、赤くなっている目の淵を指で撫でた。それでもロマーノは起きる気配がない。しかし心なしか、ロマーノの寝顔が寂しそうに見えた。
傷つけただろうとは思っていたが、泣かせてしまっていた。その事実に、スペインは落ち込んだ。ロマーノに手を出さない為に接触を避け、ある意味それはロマーノの為でもあったのだが、逆に傷つけてしまっている。
まだ目を覚まさないロマーノの頭を撫でた後、スペインは静かに部屋を後にした。もう少し寝かせてやりたかった。その間に、寝る前に言った通り、ロマーノに食べてもらう為にスペインはチュロスを作った。自国の代表的な菓子であり、かつてよくロマーノも口にしていたものだ。彼がチュロスを嫌っていないことを、スペインはよく知っている。
チュロスを作り終えて時計を確認すると、四時を過ぎていた。スペインはまた自室へ戻り部屋を覗いたが、ロマーノはまだ夢の中だ。本当は好きなだけ寝かしてやりたかったが、あまり日中眠りすぎると、夜寝れなくなってしまう。スペインは仕方なく、気持ちよさそうに眠っているロマーノの体を揺さぶった。
「ロマーノ。そろそろ起きや」
「……ん、ぅ」
基本的にスペインよりロマーノの方が、寝起きは良い。すぐに目蓋を震わせたロマーノは、ゆっくりと目を覚ました。ぼんやりとしたオリーブ色の瞳が、輪郭を捉えるようにじっとスペインのことを見つめている。
「起きた?チュロス出来てんで」
ロマーノは何も答えないまま瞬きを繰り返した後、丸めていた体をぐっと伸ばした。まるでねこのようなその仕草に、スペインの頬がゆるむ。いつもならここで「かわええなあ」とデレデレしていたところだが、今日はしなかった。泣かしてしまった手前、そんなこと出来るはずもなかった。
「顔洗っといで。準備しとくから」
体を起こしたロマーノは、目を擦りながら頷いた。それを見届けた後、スペインは先にキッチンへ戻り、弱火で鍋にかけていたチョコをマグカップに移した。真夏なので流石にチョコラータを飲むことはしないが、チュロスをディップするためにチョコは用意した。
アイスコーヒーを用意し終えた頃、タイミングよくまだ少し眠そうなロマーノがリビングへと顔を出した。スペインはそんなロマーノを見て笑いながら、マグカップを指にかけ、二つのグラスを器用に持ってリビングへと移動する。
「ほら、食べよ」
リビングのテーブルには作り立てのチュロスが入った皿が既に置かれている。ロマーノがグラスを先に受け取り、それをテーブルへ並べた。スペインは笑って礼を言った後、まだ熱を持ったマグカップをテーブルに置き、ロマーノが座っているソファの隣に腰かけた。
「今日も暑いなあ」
「……そうだな」
答えるロマーノは、喉が渇いていたのかアイスコーヒーを一気に半分ほど飲み干した。グラスの中で氷がぶつかり、カランと音を立てる。もしかしたら泣いたせいで水分不足なのかもしれない。スペインはそう思ったが、何も言わずグラスに口をつけた。ロマーノが何も言わないなら、スペインから言うことはない。
ロマーノがどうしてバカンスをスペインの家で過ごそうと思ったのか、その理由すらスペインは知らない。それに関しても、スペインはロマーノが何も言わなければ理由を聞くつもりはなかった。
エアコンがないスペインの家では、扇風機を設置している。静かな部屋では、扇風機が風を回す音だけが良く響く。首を振った扇風機がロマーノの髪を揺らす姿を、スペインはチュロスを齧りながらしばらく見つめていた。



それからもロマーノは、何かとスペインに接触を計っていた。普段周りから鈍いと言われるスペインでも、流石にそれには気が付いた。ロマーノが何を思って近付いてくるのかはわからないが、もしかすると今回のロマーノのバカンスの目的は、スペインに近づくことなのかもしれない。
その事実に気付いたところで、スペインがなるほどと納得出来る訳もない。ロマーノが何を考えているのか、ますますわからなくなった。しばらく近づかない方がいいと離れたというのに、なぜ近づいてくるのか。スペインに嫌がらせをするつもりなら、随分とリスクの高い方法だ。いざスペインに押し倒されたって、ロマーノには何の利点もないだろうに。
ロマーノの考えていることが分からない。それが分からなければ、スペインもどのようにそれに応えればいいかわからなかった。あからさまに拒絶すると、ロマーノのことなのできっと大層傷つくだろう。そうでなくともスペインは既に、一日目にしてロマーノを泣かせている。これは出来るだけ傷つけず、やんわり距離を取っていくしかない。それがスペインの行きついた結論だった。
しかし今回のロマーノは、意外にも諦めが悪かった。何度か距離を取っていれば、拗ねて近づかなくなるだろう。スペインはそう見積もっていたが、それを嘲笑うかのように、ロマーノは何度も何度もスペインに触れてこようとした。そのたびスペインがそれを避け、ロマーノは少し落ち込んでいたが、また気を取り直してスペインに近付いてくる。
(何がそこまでお前を奮い立たせるんや……!)
短気で臆病でヘタレなロマーノが、こうも踏ん張っていることがスペインからすると、不思議でならなかった。仕事でもサボりがちのロマーノが、ここまで頑張っているのは稀だ。大好きな女の子をナンパする時ぐらいの熱意を感じる。
言葉にしない戦いが二人の間で繰り広げられていたが、夕食後に二人で酒を楽しんでいる時、顔を赤くしたロマーノがスペインの肩に寄りかかってきた。動揺した素振りは見せなかったが、その時スペインは心の中で全力で白旗を振っていた。
負けてしまいたい。負けてロマーノを押し倒して、抱き潰したい。嫌だと泣かれても体を貪り尽くしたい。そんな己の欲求に、スペインは負けてしまいたかった。明け方の決意などもう遥か彼方に蹴とばしている。
寄りかかっているロマーノを横目で確認する。無意味に点けっぱなしにしているテレビをぼんやり見るロマーノの目は、とろんと垂れ下がり、今にも眠ってしまいそうだ。眠そうにしているそのロマーノの顔が、スペインは大好きだった。あまりにかわいい。ましてやアルコールによって頬が赤くなっているせいで、かわいさに磨きがかかっている。
(あかんわ……危険すぎる……俺が……)
このまましばらくロマーノがくっついていると、スペインの歯止めが利かなくなってしまう。速やかにロマーノを引き剝がさなければ、一生ロマーノの親分と言えなくなってしまう事をしでかすだろう。
「ロマーノ」
優しく声をかけると、一拍置いてロマーノはスペインを見上げた。いわゆる上目遣いだ。かわいすぎて、スペインはそれを見ていられず、そっと目を逸らした。
(いやかわええなあ!?計算やったらとんだ小悪魔ちゃんやし、天然やったら逆に心配過ぎて外出したないわ!かわいすぎてほんま心配!)
心の中で悶絶していようとも、スペインはそれをおくびにも出さない。
「眠いんやったら寝ておいで」
上目遣いのロマーノを極力視界に入れないよう、スペインはそっと目を細めてロマーノの頭を撫でた。二人きりの晩酌もそろそろお開きだ。スペインは己の体の熱と欲求を冷ますためにも、一通り片付けをしてから寝るつもりだった。
グラスや皿を片付けようと立ち上がろうとしたスペインの服を、ぐっとロマーノが引っ張る。つんのめって、スペインは驚きに目を瞠りつつ、引っ張ったロマーノを見た。
「……お前は?」
相変わらずの上目遣いで首を傾げるロマーノに、あざとかわええー!と叫んで抱きしめたいのを、スペインはぐっと堪える。
「え?何?」
「お前はまだ寝ないのかよ」
「ああ……親分はここら辺の片付けてから寝るわ。せやからロマーノは先寝とき?」
服の裾を掴んでいるロマーノの手をそっと剥がした。やんわりと距離を取ると、ロマーノはむっと不機嫌そうに顔を歪める。
「そんなの明日やりゃあいいだろ」
「あかんよ。真夏にこんなん放置してたら、虫湧いてまうわ」
傷つけないように、もっともらしい理由をつけてスペインは今度こそ立ち上がった。空になった皿を重ね、さっさとキッチンに退散してしまおうと思った、その瞬間。背中をどんっと蹴られた。スペインはまたしてもつんのめって、慌ててテーブルに手をつく。ガタっとテーブルが揺れ、その反動で地面に落ちそうになったグラスに手を伸ばした。
なんとか掴んだグラスをゆっくりとテーブルに戻し、ドキドキと逸る心臓辺りに手を置いて、ふうっと息をつく。大きく息を吐きだして平静になろうとしているスペインに、背後から盛大な舌打ちが投げかけられた。
蹴った張本人から、何故か苛立ったような舌打ちをされている。理不尽に思いながらも、スペインはゆっくり後ろに振り返った。そこには顔を歪め、鋭くスペインを睨みつけているロマーノが、足蹴にした状態でスペインを見下ろしている。見るからに怒っていた。間違いなく大激怒だ。
「ロ、ロマーノ……」
普段なら危ないだろうと叱るところだが、今回ばかりは足蹴にされる心当たりがありすぎて、スペインは二の句が続かない。何を言っても、ロマーノが怒鳴り散らす未来しか見えないからだ。
上げたままだったロマーノの長い足が、床を踏み抜くような勢いで下ろされる。ドンっと激しい音を立てたが、非力なので床を踏み抜くことは出来なかったようだが、スペインを威嚇するには効果抜群だった。スペインは音が鳴った瞬間、震えながら背筋を伸ばした。
正直なところ、普段のロマーノが怒ってようが拗ねてようが、スペインにはさして問題はない。スペインが構い倒せば、理由はわからないが、鬱陶しそうにしながらもロマーノの機嫌はすぐよくなるからだ。
スペインが何より恐れるのは、ロマーノに嫌われてしまうことだ。今でも散々悪態はつかれているし、昔から家事をしてくれる便利な野郎程度にしか思われてないかもしれないが、それでもロマーノに嫌われていない自信だけはあった。
けれど今回、ロマーノを避け続けたことで、ロマーノに嫌われたかもしれない。それが嫌で今回のバカンスでロマーノが家に来てから、接触は避けていたが、スペインは極力ロマーノに優しくしていたつもりだ。チュロスは作ったし、ご飯もお酒もロマーノの好物ばかりを用意した。どうか嫌わないでくれという意思表示のつもりだったのだ。けれどスペインを見る鋭い目つきは、どう考えても好意を抱いている相手に向けるようなそれではない。
どうしたものかとおろおろしているスペインに、ロマーノはもう一度舌打ちをした。そしてぼそっと、小さく何かを呟く。
「…………しろよ」
「え?なんて……」
聞き取れず、スペインは身を乗り出してロマーノに聞き返した。するとそれが気に食わなかったのか、またしてもロマーノは地面を蹴りつけて、床にへたり込んでいるスペインの胸倉を掴み上げた。
「いい加減にしろよテメェ!よそよそしい態度取りやがって!」
部屋に響き渡るようなロマーノの怒声に、思わずスペインは片耳を手で覆った。小さな耳鳴りが、スペインの耳に痛みを生み出す。
「よ、よそよそしいって……」
「違うっていうか!?」
真意を探るように、ロマーノは目を眇めてスペインを見ている。その視線にぎくりとして、スペインはわざとらしくロマーノから目を逸らした。何かいい言い訳を探して目で部屋を辿ってみても、大した理由は落ちていない。それにここまで確信をもって告げている以上、ロマーノであっても誤魔化しきれない気がしていた。
仕方なく、スペインは抵抗を諦めて深いため息をついた。未だにスペインを睨んでいるロマーノを見つめ返すと、彼は更に眉間の皺を深くする。かわいい顔が台無しだ。
「……せやな。流石に言い訳出来んわ。嫌な気持ちにさせて堪忍な」
笑いながらロマーノの頭を撫でると、胸倉を掴み上げていた手の力がゆるんだ。未だにスペインを睨みつけてはいるが、ロマーノの表情は怒りから拗ね顔に変わったような気がして、スペインは目を細めて笑みを深めた。
「お前、どういうつもりだったんだよ」
「むしろそれはこっちの台詞やわ。どういうつもりなん、ロマーノ」
逆に問い詰められることを想定していなかったのか、ロマーノは不思議そうに首を傾げた。すっかり手の力がゆるんでいるので、それを機に胸倉にあったロマーノの手を解いて、スペインはまたロマーノの隣に座った。
「なんのことだ」
「俺、お前に言うたやんな?しばらく会うのはやめとこって。せやのになんでうちに来たん?」
スペインに責める気持ちはなかった。不可解な部分を解消したくて少し強い口調になったせいか、さっきまで強気だったロマーノは、途端に委縮したように視線を下げた。居心地悪そうにしているロマーノに、どうしたものかとスペインが言葉に迷っていると、ロマーノはぽつりと口を開く。
「……ハッキリさせにきた」
「ハッキリ……?」
よくわからずスペインが首を傾げると、ロマーノは顔を上げてスペインを見た。迷いのないオリーブグリーンの瞳が、真っ直ぐにスペインを見つめている。ふいなことにスペインはドキリと心臓を逸らせ、その目から逃れられなくなった。
「お前、まだ俺のこと好きなのか」
どうやらロマーノは、スペインの告白を忘れてなかったらしい。ならば尚更、ロマーノがスペインの家に来たことが不思議だ。なかったことにされていなかったことにスペインは少なからず喜んだが、謎は更に深まるばかりだった。
「……当たり前やんか」
「付き合いたいのか、この俺と」
「そう言うたやろ」
ロマーノの言いたいことが分からず、スペインは首を傾げた。
臆病でヘタレなロマーノは、何かを伝えようとする時、どこかに危ないところがないかしっかり確認しつつ話していく癖がある。せっかちなきらいがあるスペインは、そういう時、結論を急いで話を遮ってしまうことがよくあるが、きちんと耳を傾ければ根気よく待てば、いつだってロマーノの話に結論はあった。
ロマーノの話を聞くとき、待つ力が試されるのだというのは、スペインの弁である。
「何?付き合うてくれんの?」
「そ、それは流石に無理だけど……」
大概待ちきれず遮ってしまい、しまったと内心後悔するのは、いつものことだった。スペインは否定された事実に悲しくなりながらも、口を閉じてロマーノに続きを促した。
「その……お前は俺と付き合って、何がしたいんだ」
少し顔を赤くしながら、言い辛そうにロマーノはスペインを伺い見る。
「そりゃあ、世のカップルがすることやろ」
他に何があるのかと、聞かれたスペインが逆に首を傾げた。しかしここでロマーノの言いたいことを遮ってはならない。きっとまだロマーノの話は、これで終わりではない。本当にスペインに聞きたいことは、まだこの先にあるはずなのだ。長い付き合いからか、本能的な勘か、スペインはそう確信していた。
「そ、それってつまり……手繋いだり、キスしたり、すんのか?俺と……お前が?」
更に顔を赤くして、詰まりながらもロマーノは続けた。
(それ以上のこともしたいけど)
それは今言うことではない気がする。怖がらせるのはスペインの本意ではない。余計なことを口にすると拗れるということを、スペインはもう嫌というほど知っていた。ロマーノの場合は特に。
「せやで」
簡潔に答えると、ロマーノは唇をわななかせ、更に顔を赤くした。耳の淵まで赤くなっているところを見ると、余程照れているようだ。想像したのかもしれない。そのような態度をとられると、スペインまでむず痒くなってきて、笑いながら頬を掻いた。
「そういうのが我慢出来ないから、俺と会わないって言ったんだよな?」
「そうやけど……」
何の確認をされているのか、スペインには全くわからない。相変わらず顔を赤くしたまま、何かに迷っている様子のロマーノを、スペインはただ不思議そうに見つめる。どう答えようか迷っているのかもしれない。
スペインは根気よく、ロマーノの言葉を待った。
「……い、いいぞ」
「え?なにが?」
やっと絞り出されたロマーノの言葉であったが、やはり意味が分からずスペインは首を傾げた。話が繋がっているような気がしない。スペインはなぜ家に来たのかと尋ね、ロマーノはそれにハッキリさせに来たと答え、今は何かを了承されている。その肝心な何かが、スペインにはわからなかった。
「だ、から、その……手繋ぐとか、キス、ぐらい、なら……別に……」
「え?」
顔を真っ赤にし、声と体を震わせながら言ったロマーノに、スペインはまたしても困惑の声を上げた。
「どういうこと?」
かわいそうに思うほど羞恥で赤くなっているロマーノには悪いと思いつつ、スペインは更にロマーノの言葉を求めた。今までの話と今日のロマーノの行動を振り返ってみると、なんとなく今ロマーノが言おうとしていることには、察しが付く。しかしスペインの早とちりかもしれない。だってあまりにもそれは、スペインにとって都合の良い想像だった。
ぐっと唇を噛み締めて、ロマーノは強くスペインを睨みつけた。赤くなっているせいで威力はかなり半減されており、スペインからするとかわいいとしか思えないが、今それを叫ぶと話が流れてしまうので、ぐっと堪える。
「だから!それぐらいならしてやってもいいぞって、言って……」
「ええの?」
ロマーノの声を遮るように、スペインはロマーノに顔を近付けた。途端、びくりと体を揺らして、ロマーノは固まる。声も出なくなったのか、口は中途半端に開いたままで止まっていた。
「俺がロマーノにくっついたり、キスしたりしてええって意味やんな?」
間違いがないよう念入りに確認すると、ロマーノは困ったように眉を下げた。けれど否定もしない。告白した時のように、怯えた表情は見せなかった。
親分という立場なら、そういうことはちゃんと好きな相手としなさいと叱るところなのだろう。しかし親分であるのと同時に、スペインはそんな彼に恋しているただ一人の男でしかない。差し出されるのなら、触れたい。怯えられていないのなら、自分の手で甘やかしてやりたい。
「ええんなら、してまうよ?」
そっとロマーノの肩に両手を置くと、途端にびくっと肩を跳ねさせ、ロマーノの体が緊張した。目を瞠って、慌ててソファの上を後ずさっている。しかし逃がさないとばかりに、スペインは逃げるロマーノににじり寄った。
「い、いきなり……!?」
「撤回されたら嫌やもん」
ロマーノの背がソファの果てであるアームレストに行きついた。もう逃げ場がなく、不安そうにスペインを見上げるロマーノに、顔を近付ける。鼻先が触れそうなほど近付くと、互いの視界がぼやけた。
「ほんまにええの?」
最後の確認をしつつ、強請るようにスペインは額を擦りつけた。スペインの柔らかいくせ毛と、ロマーノのチョコレートブラウンの髪がくしゃりと絡まる。ロマーノはぶるっと体を震わせ、何かに耐えるように目を細めた。
「う、うるせーんだよ、このやろー」
震えている声に笑いながらも、スペインはロマーノの口の横に唇を落とした。口を閉じるように促すと、ロマーノは観念したように目と口を閉じる。顔を真っ赤にして、わずかに体を震わせているロマーノの姿を愛おし気に見つめた後、スペインは顔を傾けてロマーノに触れるだけのキスをした。触れた柔らかい唇の感触に感極まって、じわりとスペインの目尻に涙が浮かぶ。
すぐ唇を離すと、ロマーノは少し体から力を抜きつつ、ゆっくりと目を開いた。そしてスペインを見て、目に涙が浮かんでいることに気付き、驚いた様子で目を見開いている。
「あかんなあ……めっちゃ嬉しいわ」
涙を拭いつつ、抑えられない笑顔がスペインからこぼれた。ロマーノは居心地悪そうに顔を歪めつつ、スペインから視線を逸らす。
「……大袈裟なんだよ、コンチクショーが」
「だって、もうロマーノに一生触られへんぐらいに思っててんで。なんや夢みたいで……」
以前の告白はスペインからするとそれぐらいの覚悟をしていた。また会えたとしても、相当時間がかかるだろうと。なのに今こうしてロマーノが会いに来て、スペインが触れることを許してくれているということが、スペインからすると未だに信じられないのだ。
「こ、恋人になるつもりはねーからな!仕方なく、お、お前に付き合って、やってるだけで……」
「それでも触ってええなら嬉しいわあ」
思う存分触れたくて、スペインは真っ赤なロマーノの頭を撫でた。口元をむずむずさせつつ、ロマーノはスペインに好きなように触らせている。
「なあ、もっといっぱいキスしてもええ?」
「ま、まて」
撫でるのをやめて顔を近付けると、慌ててロマーノがスペインの顔を押し返した。早速話が違うとスペインは泣きそうになったが、ロマーノはそんなスペインの手をぎゅっと握りしめた。珍しいことで、スペインはおやと目を瞬かせて、少し心配げに眉を下げているロマーノを見る。
「これでもう、会うのを控える必要はないよな?」
「へ?」
「別に触っていいから……あ、キスまでだぞ!」
慌てて念押しするロマーノは、それでもどこか不安そうな目でスペインを見ている。
「でも……それなら、いいんだよな?」
ここまできてようやく、スペインはロマーノが家に来た理由を悟った。ロマーノは恋人にはなれないが、キスまでなら触れることを許し、代わりに距離を置くのを止めるよう伝えるために、スペインの家の戸を叩いたのだろう。
スペインも覚悟してロマーノから離れたが、そんなスペインの元まで来るのには、どれほどの覚悟と勇気が必要だったことだろう。考えただけで、スペインの胸はじんわりとあたたかい熱を持った。
会えないことがそんなに嫌だったのだろうか。たかだか二か月しか経っていないというのに。連絡手段が今ほど発達していない頃は、それ以上会えなかった時なんていくらでもあったが、携帯電話が普及してからは頻繁に連絡を取り合っていた。それに慣れてしまったが為に、何も接触がない二か月が耐えられなかったのだろう。
不安げに、けれど逃げずにスペインを見つめているロマーノが、更に愛しくて堪らなくなった。スペインは溢れる思いのまま目の前のロマーノをぎゅうっと抱きしめる。
「かわええなあ、ロマーノは」
「は、はあ!?俺の話聞いてんのかよこんちくしょー!」
腕の中で暴れるロマーノをあやすように、頬にキスをする。途端にロマーノは大人しくなり、しばらく空中で腕をさまよわせた後、迷い迷った末にロマーノの手はスペインの服を縋るように掴むだけに収まった。
それに笑い、スペインは少し体を離して今度はロマーノの唇にキスをする。ロマーノの体はびくりと初心な反応を見せたが、服を掴んでいる手が暴れだすこともなく、スペインに身を預けるようにロマーノは目を閉じる。
この時間が永遠に続けばいいのにと思いながら、スペインは何度もロマーノの唇に愛を送り続けた。



スペインは片付けを放り出し、妙に大人しいロマーノの手を引いて自身の寝室へ連れてきた。ロマーノは抵抗する様子はなかったが、驚いたようにスペインを見ている。シエスタを断ったせいか、一緒に寝るだなんて想像もしていなかったのかもしれない。
「ロマーノ、一緒に寝てくれへん?」
「お前、昼間は……」
「ごめんなあ。中途半端に近付くと、触れたなって仕方なくなるから、距離取ってたんや」
正直にスペインが応えると、途端にロマーノは顔を赤くして黙り込んだ。照れているロマーノに笑いつつ、スペインが手を引くとロマーノは抵抗なくベッドに座った。二人分の体重が乗り、ベッドが軋んだ音を立てる。
「キスもしてええ?」
顔を近付けてスペインが尋ねるが、ロマーノは視線をベッドに落としたままで、目を合わせようとしない。けれど変わらず頬は赤く、スペインを嫌悪している様子はなかった。
「……したいのか?」
「いっぱいしたい」
「……好きにしろよ」
ぶっきらぼうな言い方だったが、ロマーノはスペインを受け入れるように、スペインの服の裾を掴んだ。スペインはそれに笑い、更に顔を近付けてロマーノの頬にキスをする。それだけでロマーノはびくっと体を揺らした。
落ち着かせるように、スペインがロマーノの頬を撫でる。ロマーノは伺うようにスペインを見た後、耐えきれないように目を細めた。その真っ赤な頬が愛おしく、スペインはたまらなくなって、今度こそロマーノの唇にキスをする。角度を変えて何度も唇を合わせ、たまにロマーノの下唇を柔く食んだ。次第に唇を合わせているだけでは足りなくなって、スペインは先を促すように閉じられたロマーノの唇を舐める。
「なあ……舌入れてええ?」
言ってから、スペインは自分の余裕のない声に内心驚いていた。さっきはキス出来るだけで満足だと思っていたはずなのに、この少しの間にそれだけでは足りなくなっていることに。
ロマーノはそんなスペインの声に驚いたのか、目を見開いて固まっていた。
「あかん?」
「あかんというか……」
「嫌?」
強請るようにスペインは頬に添えた手の親指で、ロマーノの柔い肌を撫でた。ロマーノは答えに迷っているのか、視線を落として黙り込んでしまう。
「嫌ならしやんから」
始めから無理強いをするつもりは、スペインにはなかった。キスしてもいいことですらスペインからすると、喜ばしいことだ。それ以上は、ロマーノが嫌がるならするつもりはなかった。
相変わらず黙り込んでいるロマーノに苦笑し、スペインは頬から手を離そうとした。しかしその瞬間、ロマーノが慌ててその手を掴んでくる。驚いて、スペインは目を見開いた。
「キスまではいいって言ったぞ、俺は」
顔を伏せて、ロマーノは小さく言った。
「……好きにしろとも言った」
続いた言葉も小さなものだったが、スペインしかいない静かな夜の中では、聞き逃す方が難しい。スペインは頬が赤くなるのを自覚しながらも、スペインを受け止めようとしてくれているロマーノをぎゅうっと抱きしめた。ただただ、愛おしい。
耳や頬、触れられる場所にキスを送ってから、スペインはまた一度優しくロマーノの唇にキスをする。口を開けるように唇を舐めると、震えながらロマーノは薄く唇を開いた。それに誘われるように、スペインはその唇にかぶりつく。逃げたそうにしている舌を捉え、絡ませる。テクニックだとか、ロマーノへ配慮だとか、そんなことは気にしていられなかった。
スペインは興奮のままにロマーノをベッドへ押し倒し、びくびくと震えるロマーノの体を撫でる。息継ぎを奪うような深く激しいキスに、ロマーノはただスペインの服に縋り付くことしか出来なかった。
「はあ……ロマーノ、大丈夫か?」
キスの合間にロマーノが苦し気な声を上げるので、スペインはやっと顔を離して、息を上げているロマーノを見下ろした。唾液に濡れた唇を開いて、必死に酸素を求めていたロマーノは、急にはっと我に返ってスペインを睨みつける。
「テメェ……!がっつきやがって!息出来ねえだろうが!」
「息は鼻でするんやで、ロマーノ」
「ちょっとは俺のペースに合わせろって言ってんだコンチクショーめ!」
涙目になってロマーノがスペインを叩くので、ベッドがぎしぎしと音を立てる。ロマーノのパンチなど正直痛くないし、何よりキスの余韻で幸せなので、スペインは甘んじてそれを受ける。
「ごめんなあ。嬉しすぎて止まらんくなってしもたわ。怖かった?」
「フン!テメェなんか怖い訳ねえだろ、この間抜け野郎が」
「相変わらず口悪いなあ」
さっきまでの雰囲気が霧散していく。けれどそれこそロマーノらしい。スペインは笑って、生意気なことを言うロマーノの口にチュッと軽いキスを落とす。すると途端に、ロマーノは大人しくなって黙り込んだ。さっきより少し頬が赤い。
「ほな、寝よか」
「……おう」
ロマーノは着ていた服を脱ぎ捨て、下着一枚で寝る体制に入った。好きだと公言している男と一緒に寝る時でも、そのスタイルは崩さないらしい。
時々スペインは、愛しい子分の貞操観念を不安に思うことがある。今回だって恋人になるつもりはない相手に、キスすることを許している。いくら会えなくなることが嫌だったとしても、だからといって簡単に自分の身を差し出すのは如何なものか。差し出されてあっさり受け取ったスペインが指摘出来る事ではないが。
「スペイン?寝ないのか?」
難しい顔で考え込んでいたスペインは、不思議そうにベッドを叩くロマーノを見て、途端に顔をゆるませた。
「寝るでー!」
ロマーノの隣に寝ころんで、すぐそばにある体温を抱きしめる。色々考えなければならないことはあるが、それでもとりあえず、ロマーノと一緒に寝られる。そんな今が、スペインは幸せだ。
「おやすみ、ロマーノ」
眠そうに閉じられた目蓋に、キスを落とす。考えるのは、ひとまず幸せな夜が明けてからにしようと、スペインも目を閉じた。