傘
ひと月ほど前にあげた傘が戻ってきた
朝、たまたまいつもより早く出たら幼稚園のお迎えを待っていたあの時の子がたまたま私を見つけたのだ
驚くことに私に会うまでずっと傘を持ち歩いていたらしい
お母さんが
お母さんにお礼を言われ、子供も元気よくありがとうと言ってくれて、その後やはり元気にお迎えのバスに乗っていくのを見送り、結局いつもと変わらないような時間になってしまった
晴天の中傘を持って歩くという変な気持ちになりながら駅に向かおうとお母さんにもう一度頭を下げ、駅に向かおうと振り返るとニヤニヤしているミリオがいた
「・・・」
「見ちゃった☆」
「"見ちゃった☆"じゃないわよ!!何なの本当に!!」
ちゃっかり私の隣に立って歩くミリオの脇腹をどつきたくても"個性"で避けられてしまう
ミリオの"個性"は"透過"で、体をあらゆる物質をすり抜けることができる
体全体を透過させると全裸になるのだが、今は私がどつく場所をピンポイントで透過させているので全裸になることはない
昔は直ぐに脱げていたのに
「傘戻ってきたね!」
「そうね」
「俺の言っていた通り!!」
ドヤ顔で腕を組んだミリオに、そういえばそんなこと言っていたなと思い出す
だがこのドヤ顔は気に食わないな
「たまたまでしょ、っ!?」
「人混んできたから危ないよ」
サラリーマンとぶつかりそうになった所をミリオに肩を組まれ、そのままミリオの方に寄せられる
話しているうちに駅近くまで来たのだが、もっと別の方法は無かったのだろうか
暑苦しいと離れ、駅に入ると定期を使って改札をぬける
早く歩いても余裕で付いてくるミリオに若干悔しい思いをしながら結局同じ車両に乗る
降りる駅は私の方が幾らか早い
確かミリオは私が降りたあとも一時間ほど乗っているらしい
「ねぇ」
「んー?」
「なにしてんの?」
「髪を結びたいけど陽向は髪の毛短いから無理だね」
さっきから私の髪で何をしているのかと思えばコイツは
何処から持ってきたのかわからない髪ゴム片手にずっと私の髪と格闘している
心臓がドクドクと心拍数が上がっていくのがわかった
凄く苦しい
揺られて二十分弱、最寄りに着くアナウンスが流れる
そろそろ降りるとミリオの手をはらい、出入口が開いたのを確認して降りる
はずだった
ぐぃ、と腕を捕まれ口元当たりも抑えられながらミリオに引っ張られ、セーラー服の襟の少し中当たりにチクリとした感覚
コイツいったい何をした?
ドアの閉まる音が鳴り、文句も言えずに電車を降ろされる
ドア越しに満足そうに笑うミリオを睨みつけるが、やはり楽しそうに笑ってるだけだった
ミリオの乗った電車がいなくなり、改札口へ向かう
言葉で言えなかった分文章で文句を言ってやろうとトークアプリを起動し、長々と文句を並べる
送ったメッセージにすぐに既読がつき、そしてすぐに返事がきた
その内容は謝罪でも言い訳でもない
"傘忘れていってる"
その文章の後すぐに先程まで私の手の中にあった傘の写真が送られてきた
すっかり忘れていた
"帰ったら届けに行くよ"
返事を考えている間によく分からないが楽しいを表現しているようなスタンプと共に送られてきたメッセージ
当たり前だ
"言い訳はその時聞いてあげる"
絵文字も何も無い文章のみの返事
そしてそのまま携帯を弄るのを止める
絶対に謝るまで許さない
そう心に誓ったのだが、傘と共に私の好きなケーキ屋のプリンを買ってきて、思いのほかあっさり謝られたアイツのせいで腑に落ちない気持ちになるのは今日の夜の事である
結局この男に私は甘いのだ
今の私はそんな事も忘れただただミリオへの怒りを沈める為に深呼吸をしていたのだった
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