ヒーロー

私の通う学校は三年生の受験を考慮して夏休み前に行う

私は現在大道具を作るのに足りなくなったペンキを買いにクラスの男子と買い物に来ていた

本来小道具係である私が何故大道具に使うものの買い出しをしているかというと、大したものではないが理由がある

正直私はクラスに馴染めていない

そのせいもあって私は黙々と雑用やあまり人のやらなそうな事をやっていた

そんな雑用がなくなり始めてきた時のことだ

文化祭もあと一週間という時、追加されて大道具に使う必要なペンキが無くなったのだ

わざわざ暑い中誰も買いには行きたくない為、押し付けあいが始まった

教室にはエアコンが設備されているし、そりゃぁ誰も行きたくないだろう

委員長と実行委員が丁度固まっていたので私が行くことを伝えると驚いたように顔を見合わせていた

私だって普通に買い物ぐらいできるのだが

文化祭での外出許可は実行委員と一緒に先生に許可を貰いに行かないといけないので、実行委員を連れて教室を出る

出たところで静かになったのはきっともう争う必要が無くなったからだろう

実行委員から購入メモを、先生からお金を貰って下駄箱まで歩く

少し歩いた所にあるデパートに文房具店があるはずだからそこで買おう

靴を履き替えていると名前を呼ばれたので声の聞こえた方を振り向く


「猪爪くん」

「坂木一人じゃ大変だろ?俺も行くよ」

「でも猪爪くんまだ仕事残ってたんじゃない?」

「俺じゃなくても大丈夫だから任せてきた!」


前回の買い出しでも荷物持ちをしてくれたらしい

いい人だ

猪爪くんのお言葉に甘えて荷物持ちを手伝って貰うことにした

デパートに着いて目的のペンキを購入し、荷物を猪爪くんに持って貰い(私も半分持とうとしたがめちゃくちゃ断られた)学校へ帰る


「坂木って良い奴だよな、皆言ってる」

「そんなことないよ、良い人ってのは猪爪くんみたいな人の事言うんだよ・・・私友達いないし本当に全然」

「いや、こう、坂木って神聖な感じがあるんだよ、こう、なんだろう」

「無理に褒めなくていいよ、私"無個性"だし皆絡みづらいのは分かってるから」

「・・・坂木」


お金が入ったバックを抱えながら歩いていると急に猪爪くんに呼び止められる

どうかしたのだろうか

私を呼んでからずっと黙ったままの猪爪くんを私も黙って見つめる

具合でも悪いのだろうか

荷物を代わりに持とうと手を伸ばし、声をかけようとした


「!?」


左に世界が勢いよくズレた

走っていないのに動いていく視界に、頭上を見上げると目が血走っている男の姿

あー、何かに巻きこまれたわこれ

変形系の"個性"を持つのであろうマスクをした男は手を触手の様なものに変え、私をぐるぐる巻にして猛ダッシュで走っている

何本もの触手のうち数本にはナイフが握られており、私の首元も開いた触手が巻かれている

"敵"だ

遠くから銀行強盗が女の子を連れて逃げ出したと騒ぎ声が聞こえる

どんどんと締め付けられていく首元のせいで、息が苦しくなっていく

もがいて触手に爪を立てても痛覚がないのか、それとも大して威力がないからか(悲しい事に爪を前日切っていた)まったく反応はない

こんなくだらない事で死ぬのだろうか

視界がぼやけ始めて、泣きそうになっている事に気づく

嫌だ、死にたくない

助けて、ミリ・・・――


「その子はダメだ、何があってもね」


視界がオレンジに覆われる

知っている大好きな香りがした

***

「大丈夫?」


漸くまともに呼吸ができるようになった為、ぜーぜーと息を吐きながら何とか深呼吸をする

温かい手が私の背中を摩ってくれて、呼吸を落ち着かせる

あの"敵"はヒーロー活動中のミリオが偶然居合わせて助けてくれた

"個性"の透過を使い、私を通して"敵"に一撃鳩尾をいれたらしい

触手が緩んだ隙に私を救出

ミリオはそのまま意識の朦朧とする私を抱えて戦ったらしい


「・・・ありがと」

「もう大丈夫?」

「うん」


そう応えたものの、私の右手は情けなくミリオのオレンジのマントを掴んでいた

先程見えたオレンジはきっとこれだろう

目尻から溢れそうになる涙を何とか堪え、深呼吸を一つする

遠くからミリオ(のヒーロー名)を呼ぶ男の人の声が聞こえる

ミリオ越しに猪爪くんの姿も見えた


「ありがとうございます、ルミリオン、助かりました」

「えっ」

「警察にも事情を話さないといけないだろうし、ルミリオンも忙しいですよね?私これで失礼します」


ニコリと笑ってミリオから離れる

猪爪くんが慌てて駆け寄ってくれた

ミリオの方にも、プロのヒーローと思われる人が近寄っている

大丈夫、これなら邪魔にはならない


「陽向」


腕を捕まれ、引っ張られて鼻先がミリオの肩に触れる

驚いて目を見開いてミリオの顔をみる

ゴーグル越しに見える優しい瞳に、発しようとした言葉が消えた


「今日行くから」


いつも何も言わないでも来るのに、こういう時はずるい

気づいたら離されていた腕を擦りながら、離れていくミリオの後ろ姿を見つめる

ずるい、ミリオはずるい


「坂木?」


近づいてきた猪爪くんと話すためミリオに背を向けて笑顔を作る

心配かけてごめん、と謝ると猪爪くんは気にするなと手を上げる


「ひっ」

「?」


私、の後ろを見て小さな悲鳴を上げた

気になって振り向くがこちらに気づいたミリオがニコニコとした表情で手を振っていた

何に悲鳴を上げたのだろうか


「猪爪くん?」

「い、いや!大丈夫!うん!大丈夫!」

「何が?」

「俺、先に学校戻ってるから坂木も事情聴取?終わったら早く来いよ!」


バタバタと慌てて走っていく猪爪くんを見送り、私は呆然と立つ

警察に指示されるままパトカーに乗り、警察署に向かうのだった

***

結局私は学校に戻ることなく帰宅することになった

警察署まで迎えに来てくれたお母さんと、荷物を届けに来てくれた担任

今日が金曜だったのもあり、明日明後日は文化祭の準備には参加しなくていいからゆっくりしていなさいと言われた

タクシーで家に帰えり、仕事を休もうかと聞いてくるお母さんに大丈夫と伝えて送り出す

本来なら既に職場に着いている時刻なのに、本当に申し訳ないことをした

心配そうに何度も振り返るお母さんに笑って手を振ってから玄関を閉める

今日は何も食べる気にもなれず、そのまま眠ってしまいたかった

制服を脱いで洗濯機に入れ、シャワーだけ済ましてベッドに潜り込む

部屋も真っ暗にして、何とか眠ろうと頑張るが眠気は一向にこない

何とか気を紛らわせたいが思っていた以上に怖かったのだろうか、手が震えている

ぎゅっ、と目を瞑ってどれくらい経ったのだろうか

布団越しに何かが乗った感覚がした

相変わらず目は冴えていて、でもこの重さの犯人が誰なのかは予想がついていて

もぞもぞと布団から出ようとするとその重みは和らぐ

顔だけ出すとやっぱりいたのはミリオだった


「おはよう」

「寝てない」

「そうなの?」


はいはい退けてー、とベッドの端に私を追いやってミリオも布団に潜ってくる

抵抗するのもめんどくさくて、私はされるがままにミリオを迎え入れた

ぎゅーぎゅーと抱きしめてきたミリオに擦り寄り、とうとう我慢していた涙がボロボロと出てきた

怖かった、と素直に出てきた言葉にミリオはもう大丈夫だと言わんばかりに背中と頭を撫でてきた

"無個性"である私は今まで体を鍛えたりなどしてこなかったから、抵抗なんて出来ない

あのまま誰も助けてくれなかったら

全て仮定の話だと分かってる、でも、ありえない訳ではない

止まらない涙で胸が濡れることも気にせずミリオは私が落ち着くまで抱きしめてくれた

落ち着いた頃にはミリオの服はびちゃびちゃで、ごめんと謝ると気にしないでとミリオは上を脱いだ


「は!?」

「じゃぁ寝よっか!!」

「寝よっかじゃなっ・・・つか家帰れ!!」

「陽向のとこ泊まるって言っちゃったよね!!」


服をベッド脇に落として、またぎゅー、と抱きしめられる

ミリオの素肌が目の前にあって心臓が悪い

ミリオの"個性"で裸なんて見慣れてるだろと思うだろうが一向に慣れない

真っ赤になりながら胸板を押すが、手が冷たいと苦情を言われるだけだった


「ミリオ」

「陽向、わかってるだろ」


ミリオから聞こえる心臓の音、真剣なミリオの声

たくましい腕が私の体を強く抱きしめる


「陽向」

「ダメ」

「言わせてもくれないのか」


酷い、と耳元で囁かれたらもう私は動けない

酷いなんて私が一番分かってる

今日なんか助けて貰ったのに、これじゃああんまりだとも思う


「ミリオ・・・ごめん」


疲れていた所をわざわざ来てくれたのだろう、既に寝息をたてて眠っているミリオから返事は来ない

止まったと思った涙を誤魔化すように目をつぶって眠る

ミリオの体温は温かくて、心地よくて、だんだんと意識が遠のいていく

気づいたら意識は眠りの中へと入っていった


「・・・謝るくらいなら受け止めろよバカ」


唇に柔らかいそれが重なった事にも気づかずに

前へ次へ
戻る