昔昔のお話です

まだ、ヤシロは5歳にもなっていなかっただろう

刀鍛冶の父と、実家が薬屋の母との三人暮し

母と薬草をつみに行き、父の刀を打つ後ろ姿を見る事が好きだった

当時は長かった髪を結ってもらい簪をさすごくごく普通の女の子

それがヤシロだ

そんな幸せなヤシロに訪れる1つ目の不幸は奇しくもヤシロの誕生日の日だった

今日は誕生日だからといつもより少し早めに父のいる小屋へ迎えに行く

今日は特別に甘味を買ってもらえる約束をしていたのだ


「ととは逃げないわよ」

「早く会いたいのー!!かかも早く!」


ととは父親、かかは母親のことだ

何時もの道すら遠く感じ、駆け足になる


「ととー!!」


小屋の入口で声をだす

打ってさえいなければ直ぐにくる返事は今日はない

刀を打つ音は聞こえないのに何故

中をよく見てみると人の影が二つあった

お客様だろうか

だとしたら大きな声を出したことが恥ずかしい、と戸に隠れる

足元にあった何かにつまづいた


「・・・とと?」


ゴロン、と転がっていた父の首

大好きだった紫の瞳は曇っている


「ヤシロ!?お前様!?」


初めて母が声を荒らげる所を見たと思う

後ろの炉の炎で紅に染まった刀には、別の紅が着いていた

後日、その刀の持ち主が新たな父となることをヤシロはまだ知らない

***

父が亡くなり数年の月日が経った

母は精神的な理由から床に伏せ、新しく父となった男は毎晩手荒く母を犯していた

噂で聞いた話では元々あの男は母に求婚していたらしい

それでも母は武士ではなく刀鍛冶の父との愛を選んだ

それが気に食わなかったらしい

ヤシロが今ここで生きているのは人質だと分かっていた

最愛の夫を亡くし、何時後追いしても可笑しくない状況を留めるための人質

何度もヤシロも死のうとしたが周りの大人に止められる

悔しかった

そんな己に憤怒し、母を守る為、あの男を殺す為、それだけの為にヤシロは刀を握り鍛錬していた

そんな日々を過ごしていた11歳の春も終わり掛けの頃だ

母がとうとうあの男の子供を産んだ

小さな身体を抱きしめ、大きな声で泣く赤子にヤシロは久しぶりに喜びを感じたのだ

小さや手で力いっぱいヤシロの人差し指を握る姿はなんとも言えないぐらい愛らしい

どんなに憎い相手の子供であっても、半分は己と同じ母の血が流れている兄弟だ


「母様!おめでとうございます・・・母様?」


笑顔で母に声を掛けたが、母の顔は涙に濡れるだけだった

母はもう、疲れていた

ごめんなさい、ごめんなさいとうわ言のように紡がれる言葉は何に対しての謝罪なのか

赤子が生まれた翌日、母は父が打った短刀で胸を刺して死んでいた

母の身を守るためにと打った短刀なのに

もう、とっくの昔に母の心は壊れていたのだ

それを、憎むべき相手の子を産み、己の子でもあるのに愛せない己に深く絶望したのだろう

遺書にはヤシロと赤子に対しての謝罪だけが綴られていた


「大丈夫だ、私がお前を一生愛し、一生守る」


一生母の温もりを感じることの出来なくなった赤子を強く抱き締め、母に誓うのだった

***

体の弱い弟の面倒を見ながら職務を全うするのは大変なことだった

だが、それでも頑張れたのは愛しい弟がいたからだろう

女中の噂が入ったのか、小さいながらに母が居ない理由を知ってしまった弟はずっと謝るのが口癖になっていた

ヤシロはそれを優しく宥め、めいいっぱいの愛を伝えていた

その頃からだろうか

義理の父親が毎夜夜伽を強制してきたのは

ヤシロは母にそっくりだった

母に執着していた男は次はヤシロに手を出したのだ

抵抗したら弟を殺す、と

母はこうして無理を強いられていたのかと思うと悔しくて涙が出たのを覚えている

それが何ヶ月か続いた頃ヤシロに遠方での仕事の話が来た

居住を変え、その際腕のいい医者が近くにいると言うので弟も一緒に見てもらおう

あの男の居ない所で二人で暮らそう

そう決心したのに、報告をしようと開けた襖の奥にあったのは首を吊った弟の死体だった

守るものの無くなったヤシロはとうとう、感情を殺した

ただただ怒気の孕む表情と空気で人を斬る姿は周りから"鬼神"と呼ばれるようになる

それから、また別の仕事に就くまでヤシロは心を壊し続けた

前へ次へ
戻る