素直でない心
フエゴレオンがヤシロに魔法の使い方を教え始めてから月日が経ち、魔法騎士団入団試験までひと月を切った頃だ
相変わらず刀は出てこないし攻撃魔法は全く覚えないが着々と魔導書の魔法は増え、サポート・回復は申し分ないものとなっていた
これなら魔法騎士団にも入れるだろう
そう思った時、ふとある事に気づく
そういえば移動手段はあるのだろうか
基本この国、この世界の人間は箒に乗るのが一般的な移動方法で魔法騎士団員もそれは変わらない
たまに絨毯を使う者もいるが、よっぽど空を飛ぶ事に長けている魔法を持つ者か変わった魔道具を持つ者以外は箒である
ヤシロが今まで箒に乗ったのはフエゴレオンが知る限りメレオレオナの後ろに乗っていた時だけである
魔法騎士団入団試験では必ずと言っていいほど箒で飛ぶ項目がある
このままではまずいぞ
フエゴレオンはヤシロとの待ち合わせ場所に箒を2本持っていく
「待たせた」
「いや、忙しいのに何時もすまない」
「・・・そのすまないとは何なんだ?」
「え?」
「俺はヤシロに謝られるようなことをされてはいないから次に謝ったら返事しない」
「す、すま」
「・・・」
「・・・わかった」
また謝ろうとしたヤシロを睨むとヤシロは申し訳なさそうに視線を逸らす
「・・・ありがとう」
「っ!!」
小さな声に反応し、目を見開いたがヤシロは気づかれて欲しくないのか視線を泳がせている
「・・・よし、じゃぁまずは・・・」
だからフエゴレオンはあえて気づかない振りをして箒の説明に入ったのだった
***
何回か空中に居させることを慣れさせた後、今度は一人で浮かばせてみた
が、全く浮かばない
浮くようなイメージをしろと言っても元々飛ぶようなことなど無かったヤシロには難しい事だったのだろう
何もかもが解らない者に教えるという事がこんなに難しい事だとフエゴレオンはヤシロに教え始めるまで全く知らなかった
「この際ヤシロの実力があれば箒で飛べなくとも引く手数多だとは思うが・・・」
「この国の人間でない時点でそれはないでしょ」
「うーむ」
割と最初から好感的ではあったが何処か一線を引いていたヤシロが頼ってくれたのだ
何とかして合格させてやりたい
紅蓮の獅子王団団長である父にはヤシロの事は伝えてある
異邦人だからと言って無下にするつもりはなく、魔法騎士団としての意思が強ければ構わないと言うが結局は実力だろう
異邦人を入れるのだ、並の実力では入れられない
かといって実力があっても基礎が出来ていなければもう論外なのだろう
結局その日は飛べずに終わった
***
「ヤシロ、訓練の方は順調か?」
「メレさん、空が飛べません」
「は?何を言って・・・あぁ、そうか」
夜、廊下で出くわしたメレオレオナとヤシロの会話をキルシュは偶然通りがかって聞いていた
空も飛べないとは情けないと鼻で笑っているととんでもない事を耳にすることになる
「まぁ、私は別にお前が魔法騎士団に合格せずとも構わないのだがな」
「私は必死ですよ」
「魔法騎士団に落ちたら此処で暮らす、合格したら出てく、か・・・普通は逆だろう」
「というか落ちたら落ちたで弱者はいらんって追い出されそう」
「実力も出さず受かろうという意思すら無く落ちたらな、だがヤシロは実力は既に私以上だ」
メレオレオナ以上・・・?
そんなはずある訳ない
キルシュはメレオレオナがどれ程強いのかよく知っている為その言葉は信じられなかった
というかそんな強い者が意図も簡単に半裸を見せるわけ・・・
「な、何を考えているんだキルシュ・ヴァーミリオンっ!!」
小声で叫ぶという器用な事をして思考を止める
そして誰も気づいてない、誰も見ていない事を確認してため息を吐いた
「最悪私の側近として雇ってやる」
「それはそれで大変そうですね」
「1年の大半が森での生活だと思え」
「野宿?」
「野宿」
「遠慮します」
笑顔で断るヤシロにメレオレオナが軽く殴るジェスチャーをするが笑って避ける
そんなことをしながら一言二言交わすとメレオレオナは任務があるからと居なくなる
何時もなら直ぐにレオポルドが駆け寄るかフエゴレオンがタイミング良く来るかで1人にならないヤシロだが今日はその様子もない
ヤシロが宛てがわれた部屋はキルシュの居る方で、ヤシロは必然的にキルシュの方へ来る
身を隠そうにも隠れる場所はない
そもそも何故自分が隠れなくてはいけないのか、と開き直り始めた時にはヤシロは既に目の前にいた
「後1ヶ月も経てば直ぐに出ていくから、そんなに睨まないでよ」
キルシュを捉えたヤシロの瞳は困ったように笑っていた
あからさまな態度だ、直ぐにキルシュがヤシロを嫌っているのはわかることだ
ヤシロはそれを嫌悪する訳ではなくむしろ"正しい反応"と捉えていた
このヤシロの一言も嫌味ではなく本当に、本心で伝えたのだろう
別に、キルシュがヤシロの事を煩わしく思っていたのは本当の事だ
ヤシロがいる事で他の王家の者達の当たりもキツくなったし貴族がコソコソと話していることも多くなった
なのに全く気にせず話しかけに行くミモザやレオポルドを見てモヤモヤとした感情を抱いていた
最近よく見かけるフエゴレオンと2人での特訓姿やメレオレオナと楽しげに話す姿
もし、自分もあの輪の中に入れたなら
キルシュは慌てて自身の部屋へ戻ると今は使わなくなったブレスレット状の魔道具を掴みヤシロの部屋へ掛けて行く
「おい!!」
ノックをせずに扉を開くとフエゴレオンとレオポルドも中に居て、驚いたように目を見開いていた
本当に我が従兄弟達はこの異邦人が好きなようだ
またモヤモヤとした感情が芽生え、キルシュは魔道具をヤシロの方へ投げつける
弧を描いて飛んできた魔道具はヤシロの居る所よりはるか前へ落ちた
「貴様が受かろうが興味ないがフエゴレオン殿がわざわざ教えているのだ!ヴァーミリオンに泥を塗ることだけは絶対にするなよ!!」
それだけ言うとまたバタバタと掛けて行くキルシュに部屋にいた3人は口を開いたまま開けっ放しのドアを眺めてた
「これは?」
「キルシュが使っていた魔力コントロールのブレスレットだ、箒に乗る時の補助の効果がある」
「なるほど」
「まったく・・・キルシュの奴・・・」
もっと言い方や渡し方があるだろうに
出てきそうになった小言はヤシロの嬉しそうな顔を見て鳴りをひそめるのだった
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