獅子と幻聴
魔法騎士団入団試験まで残り1週間
ヤシロは思い悩んでいた
魔法の扱い方も順調に慣れてきたし、箒も乗れるようになった
だが一向に刀が出ないのだ
刀がないとヤシロの出来る攻撃は単純な魔力を放つというものだけである
ヤシロの焦りを感じたのだろう、今のようにフエゴレオンやメレオレオナがヤシロの側にいない時は必ずレオポルドが遊んでとせがんで来るのに今日は1度も姿を見ていない
そこで集中力が乱れていることに気づいて息を吐いた
訓練用に作っていた木刀を握り直し"魔"を纏わせる
振り上げそして・・・
「ほう、斬ったか」
自然の物では無い炎がヤシロに向かって来たのを切り裂く
木刀は若干焦げてしまった
火の元である男に目をやる
フエゴレオンやメレオレオナと同じマントとローブを羽織り、同じ色の髪をもつ男がヤシロを見て笑っていた
愉快そうに笑う男から視線を逸らさず数歩下がり間合いをとる
以前フエゴレオンと共に戦った男とは比べ物にならない威圧感だ
恐らく、ヤシロが今まで対峙した事のある相手で三本の指に入る強さを持っている
木刀では殺される、そう思い魔導書を開くが刀が出てくる気配は無かった
「反撃しないとはとんだ腑抜けだな、話に聞いていたのと違うではないか」
一瞬で男は間合いを詰め、炎の纏った拳でヤシロを殴る
それをギリギリで交わしたが炎はヤシロの頬を掠めた
男の繰り出す技は魔導書を使わない単純に"魔"だけを操っただけのものだ
そんな相手ですら防戦なのは刀が無いからだ
刀さえあれば
「つまらん奴だな」
魔導書を開いた男は炎でてきた巨大な獅子を創り出し、ヤシロを飲み込んだ
一口でヤシロを飲み込んだ獅子の中は熱く苦しく痛かった
死ぬのか、そうか
あまりにも無惨な有様でいながらヤシロはただぼーっとそんな事を考え、安心していた
このまま死ぬ恐怖はさほどなかったのだ
ふと、声が聞こえた
炎の中であっても燃えることのない魔導書を見て関心してしまいそうになるのを堪えながらその声の方を見る
真っ赤な世界の奥にはフエゴレオンがいた
何を叫んでいるのだろうか
今にも男に掴みかかりそうな勢いだ
私の事など放っておけばいいのに面倒みの良い奴だなと、意識が朦朧とする中ゆっくりと瞳を閉じる
『どんなにみっともなくとも、情けなくとも、共に生きませんか』
聞いた事のある声だった
温かく包み込むような声
ここにいるはずのない遠い母国にいる親しい女の声だ
とうとう幻聴も聞こえ始めたかと笑うのを堪えながら体制を整える
何度も出そうとしても出てこなかった刀は何故か手の中にあった
息を吸えば喉も焼けそうだが構わず深呼吸をする
そして男に目掛けて刀を振り下ろした
***
「何をされてるのですか父上!!」
使用人から父が呼んでいると言われた場所に行けば父の技に飲み込まれたヤシロの姿を見て息が止まる
何か気に触る事でもしてしまったのか
だが、ヤシロは基本初対面ならどの相手にも下手に出ている
異邦人という理由以外で気を害させる要素は少ない
そして父は異邦人という理由でこのような行動を取る浅はかな人間ではない
フエゴレオンはこの状況が信じられずただただ止めに入る
今自分は父に対抗する力が有るのかどうかなど関係無かった
ヤシロが殺されるのが一番嫌だから
「父上えぇぇえ!!」
魔導書を開くと同時にヤシロを飲み込んでいた獅子が光る
光の斬撃が獅子を切り刻むと散々に消えていく
フエゴレオンの動きが止まった
刀を片手に宙に浮いたままこちらを見下ろすヤシロ
箒や魔道具無しに浮くという高等技術に目を見開くばかりだ
それだけではない
ヤシロは一度息を吐いたかと思うと一瞬で移動し男の背後につく
それに反応し、"魔"をヤシロにぶつけ、顔面に当てるが臆することなく突っ込む
勢いのまま振り切られた刀は男の身体に傷をつけた
「っ」
「父上っ!!ヤシロ!!止めろ!!」
フエゴレオンの叫びとヤシロの刀が男の首に届くのは同時だった
ヤシロの顔面には男の掌、男の首にはヤシロの刀
深手を負った男と火傷の酷いヤシロ
なんの騒ぎたと出てきた使用人や父を訪ねに来た団員が出てきて今にもヤシロを殺さん勢いだ
潮時か、と男が"魔"を鎮め掌を下ろすがそれをヤシロが掴んだ
こちらが勝手に仕掛けたのだ、最後まで殺し合うのが普通だろう
再び"魔"を纏わせようと力を込めるが両手で手を包まれ力が抜ける
そのままヤシロの"魔"が男を包み一瞬で傷口と切れた服を治していく
いつの間にか刀は無くなっていた
「ヤシロ」
ふらついたヤシロを支え地面に座らせる
意識はとうの昔に無くなっていたのか返事は無かった
「っ、回復魔法の使える者はいないのか!!」
息はあるが最後に"魔"を大量に使っていた
まだコントロールがままならず必要以上の"魔"を使用してしまい、ヤシロの意識が無くなったのだ
ヤシロの方は火傷が酷いままで息も浅い
「ヤシロっ!」
涙を浮かべながら走ってきたレオポルド
後ろには顔を青ざめているミモザとキルシュもいた
「何故このような事を」
「何、メレオレオナが気にかけている異邦人が気になってちょっかいを掛けてみたが・・・なるほど、これは確かに面白い」
「ヤシロは今死にかけているのですよ!!」
「死にかけている?違うな」
よく見ろ、と言われた通りにヤシロを見てみると淡い光がヤシロを包み込んでいる
ゆっくりではあるが確かにヤシロの火傷を治していた
「戦闘能力も高く治癒魔法も使えるとなると異邦人であれ重宝せねばなるまい、紅蓮の獅子王も安泰だな・・・だがその魔法は治すのが遅過ぎる、誰か治してやれ!」
男の声で漸く動いたお抱えの治癒魔法の使える使用人が慌てて近づいていく
恨めしそうにヤシロを見ながらもヤシロを回復させると浅かった息も漸く落ち着いたものになった
「丸焦げになるのは初めての体験だった」
「目覚めて開口一番それか」
「凄いな、火傷が治ってる」
フエゴレオンの支えを断って起き上がる
そして使用人と目が合うとヤシロは姿勢を正し手を膝に置いて頭を下げる
「治療の方、ありがとうございます」
「え」
「私のような者の治療等嫌でしたでしょう、今後はこのような事の無いよう努めますのでご容赦ください」
頭を下げるヤシロに困惑し視線を右往左往させる
止めろとフエゴレオンが頭を上げさせた
「この男はただ仕事をしただけだ」
「それでも、今まで私を手当てしてくれたのは母と嫁以外ではこの人だけだから私は嬉しい」
「は・・・?」
色んな情報がフエゴレオンを襲い言葉を無くす
他人に手当てをされた事がない、という事実よりも嫁というワードに驚きを隠せないでいた
「よ、嫁・・・?」
「あぁ、婚姻はしていないから許嫁?か?でも殆ど夫婦のようなものだった」
「だがヤシロは女だろう?女なのに嫁がいたのか?」
「そういうのは色々事情があるんだ、この前話さなかったか?」
「俺が聞いたのは弟の話までだ!嫁は知らん!」
「何でそんな意地になってんだよ、怖いなぁ」
フエゴレオンをあしらいながら使用人に頭を下げ、修行を始めようと場所を移動するヤシロ
それに着いて行きながら話を聞きだそうとするフエゴレオンを見て男は愉快そうに笑った
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