新しい先生

延々と走らされるランニング

何百何千とやらされる筋肉トレーニング

挙句の果てに見せられたのは放課後から夜までビッシリ"体育"と書かれた時間割

それに抗議した前原は殴られた

そして倉橋陽菜乃は思う

何故今、私はこの人に殴られそうになっているのかと

なんで、こんなことになっているのかと


「今日から俺の代わりに体育の授業を受け持つ同期の鷹岡だ、皆よろしく頼む」


体育の授業の前、烏間が紹介してきた男

鷹岡明は笑顔を見せてよろしくと言ってきた

暗殺対象の殺せんせーにもフレンドリーに振る舞い、生徒全員(+α)にデザートを振舞っている

誰かが「まるで先生と言うより父ちゃんって感じだね」と言っているのが聞こえた

父ちゃん

私の父親はあの人ただ一人で、どんなにお遊びであっても"私の父親"はあの人以外認めたくない

豪快に笑うこともないし、 あんなに周りに子供が集まるような人ではないけど

それでも


「アンタは食べないの?」

「いらない」

「なんで」

「知ってるから」


狭間の手の中にあるスイーツを撫子はそっと手に取り元にあった場所に戻す

撫子の表情は穏やかに笑っているようにも見えた


「何を知ってんのよ」

「あーいう気持ち悪い笑い方する人を」

「気持ち悪い笑い方すんのはアンタでしょ」

「はーい」


それでも、撫子に言われてから数あるスイーツに手を出さなくなった狭間

狭間はそのまま寺坂達の元に戻っていく

スイーツを食べてる皆を遠目から眺めているとにゅっ、と横からスイーツが出てきた


「いいんですか?無くなってしまいますよ?」

「お昼後だよ?お腹いっぱいで食べれないよ」

「そうですか?甘い物お好きでしたよね?」

「えーと」

「先生今回は様子見です、烏間先生がどう出るか待ってみようと思います」


何を考えているのかバレバレじゃないか

撫子はえー、と困った顔で笑う

やはり、スイーツに手をつける事はなかった


「あー!!こんなに美味しいのに!!」

「しつこい!!」

***

グラウンドを、もう既に何周走っただろうか

撫子は息を切らしながら走っている

横目でグラウンドの中心を見ると既にダウンをしている生徒も何人かいた

それもそうだろう

走る前に既に腹筋、腕立て伏せ、スクワット等々を200はしてきているのだ

なんて効率の悪い教え方だろう

こんなの皆の体力の底が尽きるまで虐め抜いているだけだ

むしろこんなに無理をさせたら体を壊しかねない


「城戸すげーな」

「そう?」

「なんでお前が一番動いてんのに一番ピンピンしてんだよ」

「私凄いから」

「うるせー」


いつものメンバーでたむろしてると鷹岡が近づいてきた

ニコニコ笑顔を貼り付けて撫子の前に立つ


「いやぁ、驚いたよ撫子!どうだ!もっと父ちゃんと頑張ってみないか!」

「放課後、烏間先生に教えて頂いています、結構です」

「そんな遠慮するなよ」

「してません」


淡々と答える撫子に苛立ちが募っていく鷹岡

あぁ、嫌だこの人

撫子はいつもの絶えず作っていた笑顔を消し、まるでゴミを見るかのような瞳をし、眉を顰める


「私の父は、父だけなので冗談でもやめてください、虫唾が走ります」


場が凍った

狭間はあーあ、と頭をかかえ、寺坂達は初めて見る撫子の姿に驚きを隠せていない

撫子は視線を鷹岡に戻す

その笑顔から伺える感情は、"無"に見えた


「そうかそうか、撫子は父ちゃんの授業を受けたくねーのか」


引きつった笑顔を浮かべ、撫子に問いかけるように言うが意味合いは既に答えは決まっているかのようだ

鷹岡はまず目に入った神崎に問いかける

お前は父ちゃんの授業がいいよな、と

おしかける威圧

それでも神崎は座っていた腰をあげ、立ち上がり、迷いながらも真っ直ぐ鷹岡を見つめ言う


「烏間先生の授業を所望します」




たが、言い切る前に鈍い音と神崎の小さな悲鳴が聞こえた

鷹岡が神崎を殴ったのだ

これは牽制、威圧だ

女だろうが子供だろうが容赦はしないという

もう一撃食らわさんとする拳に気付き、撫子は咄嗟に神崎を抱えその拳を避ける


「残念だ!!そんなに父ちゃんの授業が嫌か!!」


皆黙り込む

鷹岡は小さく呟く

お仕置きが必要だ、と

すぐに再開された授業は先程に比べて比にもならないほどにハードになった

それでも、少しでも休んだら殴られるという恐怖に皆休むことを許さない

撫子は顔を歪める

自分が馬鹿なことを言ったから

あんなことで反発してしまったから


「もういやだぁ、烏間先生ぇ」


スクワット中、とうとうしゃがみこみ、烏間を呼ぶ倉橋

それを鷹岡が許すわけがない


「おいおい、烏間は家族じゃないだろぉ?なんで父ちゃんの名前を呼ばないん、だっ!!」


鷹岡の拳が、倉橋に向かって振り下ろされた

***

いくらたっても来ない痛みに倉橋は顔を上げる

そこには鷹岡の腕を抑えている烏間と、倉橋を庇うように自身を抱きしめている撫子の姿


「鷹岡、お前っ!!」

「おいおい、今ここでの体育教師は俺だぞ烏間ぁ!!そうだろ殺せんせーよぉ!!」


鷹岡は声を張り上げ殺せんせーに聞く

今現在体育の指揮権があるのは鷹岡で、体育の授業には殺せんせーは手を出さないという政府との契約がある

殺せんせーは悔しそうに頷くだけだ


「でもまぁ、俺もそこまで鬼ではない」


冷静さを取り戻したのか、声のトーンが落ち着き、自分の持ってきたカバンをあさりだす


「烏間、お前が選んだ生徒一人と俺とでタイマンしてナイフを突きつけたらお前らの勝ちだ、だがナイフそのふにゃふにゃ曲がるゴムなんかじゃねぇ」


カバンから覗く銀色に光る鋭利なそれ

クラス全員に緊張が走る

本物の、ナイフだ

そのナイフを突きつければ勝ち

でも、誰が


「私やります、鷹岡さんを怒らせてしまったのは私が原因です」

「待てよ城戸!お前女の子だろ!!」

「性別なんて関係ないでしょ!!私が蒔いた種よ、私がっ!!」

「言い方アレだったけど城戸さんは嫌なこと嫌だって言っただけでしょ!」


周りが止めても聞かない撫子をみて、烏間は落ち着けと声をかける


「冷静さを失ったお前に、このナイフは危険だ、持たせられない」

「っ」


撫子が押し黙り、身を引く

だが、もちろんこんなことは解決にはならない

誰にこんなことをやらせれば

烏間はクラス全員をみる

ふと、ある生徒をみて、数刻前の訓練を思い出した

何組かに分かれ、烏間相手に暗殺訓練をする、そんな内容

なかなかに動きが良くなっていき、めきめきと頭角を伸ばすものも見つけ満足していた時だ

ふと感じた殺意

まるで蛇が自身に絡みついたような感覚

烏間は咄嗟にその生徒を殴ってしまったのだ


「まず最初に、今回のことは俺の不祥事だ、もっと早く鷹岡の事に気づけばよかった・・・本当にすまない」


頭を下げ、謝る烏間

そして告げたのは鷹岡のこと

確かに鷹岡には人を育てる才能があった

だがそれは、暴力を振るうという行為があってのこと

父親のように接し、甘いもので相手をつり、暴力で威圧をかける

えげつない飴と鞭を使用し、今まで軍人を育ててきたのだと


「それを踏まえて、俺が選んだ生徒だが」


ナイフの刃の部分を器用に持ち、持ち手をその生徒に向ける


「渚くん、やってくれないか?」


烏間が選んだのはもしかしたらクラスで一番弱いかもしれない、潮田渚だった

クラスメイトはザワつく

何故、よりによって渚なのかと

潮田自身驚いているようだ

でも、それでも

信頼する教師が決めたこと

アイツが、僕が


「やります」


潮田はナイフを手にとり、真っ直ぐした目をむけ、うなづいたのだった

***

鷹岡を真っ直ぐ見据え、潮田は息を吐く

相手は完全に理性を失っている

ただただ、自分を痛めつけることだけを考えている

あるのは恐怖

潮田は烏間からのアドバイスを小さく呟く

何故か不思議と冷静になれた

そう、そうだ

僕はただ・・・


・・・・・・殺せばいいんだ


潮田はただ、ナイフをおろし、笑みを浮かべ、鷹岡に向かい真っ直ぐ歩いた

まるで登下校でもしてるかのようにただ普通に

そして鷹岡に軽くぶつかったところでナイフを振り上げる

不意をついた攻撃だが、それども紙一重で交わす鷹岡

バランスを崩した鷹岡を見逃さず、そのまま背後に周りナイフの峰を喉に当てる

そして・・・


「暗殺、完了」


潮田は勝ったのだ

その事実を受け入れられられずにいると峰打ちはダメなのかと焦り出す潮田

殺せんせーがすかさず潮田からナイフを取り上げ「それで構いません」と言い、取ったナイフをバキバキと食べていく

殺せんせーも既に堪忍袋の緒が切れていたようだ

怒りを隠さずドスの効いた声で鷹岡を威嚇するが、鷹岡は「今の体育教師は俺だ」と止めることができない

鷹岡が体育教師である限りこの授業は・・・


「鷹岡先生」


潮田が真っ直ぐ鷹岡を視線に捉え、言葉を続ける

鷹岡先生の家族のような接し方よりも、烏間先生のプロとしての接し方の方が好きだと

烏間先生の、真っ直ぐな接し方が好きだと

だから


「僕達のことを思ってここまでしてくれた事に感謝しています、でも、ごめんなさい、僕達の教室に貴方は必要ありません」


腰を折り、頭をさげる

鷹岡はわなわなと怒りを表し、「俺が体育の実権を握っている」とまた暴力に走ろうとした時だ


「それを決めるのは君ではない、私だ」


理事長・浅野學峯、その男がにこやかに笑顔を携え歩いてきた

そして突き出した解雇通知

暴力をふるい、痛めつけることだけを目的とする教師は、我が校に必要はない、と

この学校の実権を握っている理事長が解雇通知を下せば鷹岡はもうこの学校にはいられない

理事長は鷹岡の口に解雇通知書を詰め込み、処分を言い渡すと何事も無かったかのように立ち去る

怒りに顔を真っ赤にさせ、口の中の解雇通知書を噛み、飲み込み、荷物を持ち上げ奇声をあげ走り去る鷹岡

どこからともなく安堵したようなため息が聞こえ・・・


「やったああああああ!!!」


鷹岡がいなくなったことへの喜びに声を上げる生徒達

ふと烏間をみるとどこか吹っ切れたようにみえる


「潮田くん」

「城戸さん・・・」


1人だけ浮かない表情をし、潮田に近づく撫子


「・・・ご」

「ごめん、は無しだよ」


困ったように笑い、頬をかく潮田


「城戸さんの言葉で早く事が大きくなっただけで、何も言わなくてもこうなっていた気がする」

「でも」

「つか、城戸ってファザコンなんだなー」

「え」

「あんなんで普通怒らねーって」

「そ、うかな?」

「家族愛ってやつ?いやー、泣かされるわぁ」


口々と撫子をからかうような言葉に顔を真っ赤にさせていく撫子


「城戸さん」

「神崎さん、倉橋さん・・・」

「ありがとう、守ってくれて」

「神崎さんは私のせいで殴られたようなもんだよ、お礼なんて」

「でも、城戸さんが助けてくれなければもう一回殴られてたわ」

「かっこよかったよ!ありがとう」


烏間先生の財布でケーキたべにいくんだってー!! と、腕に抱きつき一緒に行くよう催促する倉橋

撫子は困ったように狭間をみる


「あー!!また狭間さんに頼ろうとしてるー 」

「残念、逃げ場は無いよ!ほら、狭間さんも一緒にいこー!」


グイグイと引っ張られる撫子と引っ張る倉橋と矢田、呆れたように付いていく狭間


「潮田くん、皆っ・・・ありがとう」


今日は苦しいこと、辛いこと、沢山あった

でも、最後は和んだ空気がE組を包んだのであった

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