悪夢と誤解
父親と腕を組んで歩く綺麗な人を、ただ黙って眺めていた
嫌だダメだと引き剥がし泣き叫んでしまいたいのに、足は鉛のように重くて動かないし、声を出したくても出なかった
嫌だ嫌だ嫌だ
お母さんはどうするの?
何でそんなに嬉しそうなの?
ねぇ、私は・・・
私はどうなるの?
未知の恐怖が襲いかかると同時に振り返る女の顔
その顔は身に覚えがあった
だってその女は・・・
「さいっ、あく」
ベッドから勢いよく飛び上がり、荒い息を整えながら周りを見渡し、自分の家の部屋だと確認してからようやく呟いた言葉は悪態ついたものだった
夢に出てきた人物に嫌でもこれから会わないといけないと思うと気分が憂鬱だ
本日は夏休み特別暗殺講習
かつて1度学校で騒がせたイリーナの師匠、ロヴロが生徒のために暗殺の指導をしてくれるのだ
撫子は時計をみて時間を確認し、ベッドから降りる
リビングに行き、昨日のままと確認して父親が帰ってきてないことを確認しため息を吐く
いつものことだ
いつものことなのだがあんな夢をみたら何となく父親の顔が見たくなった
電話だけでも、していいだろうかと思ってスマホを取るがやめる
お腹が空いたな、と朝食の準備をはじめた
「ねぇ、珈琲はどこにあるの?」
「インスタントしかない」
「珈琲豆にコーヒーメーカーまであるのに?」
「それはお父さんのだから」
撫子は卵焼きを作りながら、はて、私は誰と話をしているのだと首を傾げる
父親が仕事でいない今、この家には撫子1人のはずなのだ
撫子は勢いよく後ろを振り返る
そこには今から珈琲を作ろうとするウェーブがかった金髪の女がいた
「イリーナ・イェラビッチ!!」
「フルネーム!?」
撫子は急いでイリーナから距離をとり、睨みながら包丁を取った
「ちょっと、包丁は料理に使うものよ」
「何でアンタがいんの」
「不用心よねー、庭から入れる窓の鍵開いてたわよ」
「不法侵入で警察に届けますよ」
「まぁ、話聞きなさいよ」
コイツの変に余裕ある感じがムカつく
撫子はイライラするも椅子に腰を下ろしたイリーナを見下ろす
イリーナの話しからしてこうだ
イリーナが現在使っていたホテルの延長をするのを忘れたらしい
それだけならもう1回とればいいではないかという話なのだが運が悪くその後自分が使っていた部屋は既に予約済
他の部屋もイリーナが好む部屋はすべて埋まっていたのだ
他のホテルを探すのも構わないが時間がもう遅い
烏間にそんなことを言ったら怒鳴られるだけでは済まなそうだ
なら、自分の知っている生徒の元に行こう
生徒の中で家が分かる奴など1人のしかいない
で、撫子の家にたどり着いたのだ
「引っ越してなくてよかったわー」
「よくまぁココに来る気になりましたね」
ジト目でイリーナを見ながらも器用に卵焼きを作り食卓に並べる
昨日の残り物と味噌汁、ご飯を2人分並べるあたりお人好しと言えるのだろう
イリーナは少し笑うといただきます、と言って箸を手につけた
「何よ」
「いや」
「言いたいことは言いなさい」
「・・・箸、使えるんですね」
「仕事柄これぐらいはね」
「あと、いただきますって外国人言わないイメージあった」
「日本人は皆食べる前に言うんでしょ?意味は知らないけど」
綺麗な箸さばきで黙々とご飯を食べていくイリーナ
半分ほど料理がなくなったところでイリーナは悪かったと言ったのだ
「何がですか」
「殺し屋のプロとして、こんなことで謝るのは間違っている、でも、教師をやるならまずアンタとケリ付けないと、と思って」
「なら謝る相手間違ってんじゃないんですか」
「間違ってないわよ、だって」
私が殺す予定だったのは、城戸撫子アンタよ
イリーナの言葉に撫子は驚き箸を落とす
イリーナは今、自分を殺そうとしたと言ったのだ
父親ではなく、娘である自分を
「アンタを殺して、情報を寄越さなかったら父親も殺す、そんな感じよ、動揺した所でボーダーの情報を奪うって手もあったけど」
「っ、ふふっ」
「何?怖くなって頭おかしくなったの?」
「まさかっ、なーんだ」
「ちょっと、何がおかしいのよ」
「だって、私ずっとお父さんを殺そうとしていたのだとばかり」
クツクツと面白おかしく腹を抱えて笑い出す撫子に呆気にとられるイリーナ
何がこのガキをこうしたのだろうか
笑いすぎて涙が出てきた撫子は涙を拭いながらこう言った
私が殺されるならアンタを嫌う理由はない、と
何を言ったんだこのガキは
自分が死んでも構わないというのだろうか
何故こうも簡単に言えるのか
これが平和ボケしたからこそ言える子供の戯言なのか
「アンタ、死ぬってどういう事かわかってんの」
「わかってますよ、死ぬってことぐらい」
私は自殺する勇気も、誰かに殺される覚悟もないから、誰か私が太刀打ち出来ないような強いひとに殺されるのを待っているんです
嬉しそうに言う撫子に言葉は出なかった
「何でそんなこと」
「だって、役にたたない娘なんて邪魔でしょ?」
イリーナの脳裏に過ぎったのは1人の男の姿
このガキはあの男にとって邪魔な存在だと信じて疑っていないのだろう
死ぬ勇気はない、きっと自らあの男から離れる勇気もない
だから、誰か殺してくれる奴を待っているのだろうか
「だから嬉しかったんだけどな、殺せんせーきて、でもあの人生徒は殺さないって言っててショックだったんだよねー」
学校帰りにマックでも寄って教師の愚痴を言うかのように話す撫子の姿に少なからず恐怖した
この歪んでしまった愛情はいったいなんなのだ、と
「ねぇ、イェラビッチさん、もし私が私を殺してとアンタに依頼したらどうなんの?」
イリーナは迷った
依頼されたらきっと自分は殺すだろう
でと、この生徒の本当の依頼なのだろうか
イリーナは、この生徒を殺せるのだろうか
「そうね」
自分に銃口を押し付け、怒りに染まった男の顔
その男も自分の事を気にもしないでターゲットになった人間の事で怒っていた
「アンタを殺したら、私も殺されるから遠慮しておくわ」
でもそうねぇ、とイリーナは条件を足す
夏休み中には見つける予定だから次の住まいが見つかるまではいさせて貰おう、とか
しばらくこのガキをパシリにでも使ってみようか、とか
思ったことはたくさんあった
でもまずは
「まずはイリーナ先生と呼びなさい」
イリーナは満足そうに笑った
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