望まぬ再会
沖縄から帰宅して早数日
いまだに父親とは会えていない
はぁ、とため息をつくと下から声がしたので返事をした
「どうしたんですかー」
「どうしたじゃないわよ!ほんっとうにこの家狭い!!」
「我儘言わないでくださいよ」
次の泊まるホテルを見つけるまでという条件で泊まらせているのだが一向に出ていく気配はない
時計を見ると時刻は夕方6時を回っていた
そろそろ夕飯にしなくては、と撫子はキッチンに向かう
「何作るの」
「今日はもう手軽のでいいかな、と塩焼きそばを・・・ってイリーナ先生料理上手いんだこら作ってくださいよ」
「若者は買ってでも苦労をしろ、とかいう諺が日本にあるんでしょ?苦労なさーい」
「イリーナ先生も20でまだ若者じゃん」
ムニ、と撫子の頬を抓りながら文句いいつつ手際良く手伝いを始めるイリーナ
正直イリーナはこの娘が少なからず心を開いてくれたことが嬉しいのだ
心を開いた理由は腑に落ちないのたが
用意された3枚の皿に焼きそばをのせていき、食卓に運ばれる
3人が椅子に座ったことを確認してからいただきますと声を・・・
「殺せんせー何でここにいるの!!?」
「死ねこのタコ!!」
「にゅや!!ば、バレてしまいましたか!?」
「つか、今まで気づかなかったことが凄く悔しい」
仕方なく焼きそばを食べながら話を聞くことにした
どうやら明日椚ヶ丘の広場で行われる花火大会
殺せんせーは皆と行きたいと誘ったのだが集まりが悪く、断ったもの全員に再度直接誘いに来たらしい
集まりが悪いと自分に人気がない気がして気が気じゃないそうだ
まじかー、焼きそば食べちゃったじゃん、と撫子は思う
「城戸さん、どうしてもこれないですか?」
「明日、ですもんね」
カレンダーを見ると赤いペンで丸がついていた
イリーナも気まずそうに視線をそらす
この日は、前々からの先約があるのだ
「殺せんせー、昼間なら大丈夫だったんだけど夜は・・・」
ピコン、と撫子のスマホがメッセージの通知を知らせる
すみません、と一言にスマホを見ると明日約束していた人物の名前
内容は・・・
「撫子?」
「ど、どうかしましたか?」
撫子の雰囲気が急激に不穏なものになり、恐る恐ると声をかける2人
撫子は笑顔を崩さず振り返った
「殺せんせー、大変申し訳ございません、私今日明日は体調がもう宜しくないので部屋で寝込んでいることにします」
「城戸さん!?」
皿は流しに置いといてください、と一言残すとバタン、とリビングから出ていく
声は震えていた
暫くしてから聞こえてきたすすり泣くような声に2人とも冷や汗が止まらなかった
「明日ドタキャンされたのね・・・」
「にゅや?」
「あの子、凄く楽しみにしていたから・・・本当、初めての彼氏と初デートにでも行くのかってぐらい」
可哀想に、とイリーナは撫子の食べかけの焼きそばにラップをかけ、自身と殺せんせーの完食した皿を片付ける
置いといてとは言ったものの自分も今はここに居座らせて貰っている身なので洗うだけ洗っておいた
「何よ」
「いえ、イリーナさんもそういうことされるんですね、と」
「アンタを殺すってことに障害になりそうだと思ってあの子とのわだかまりみたいのをとろうって突撃してみたけど」
普通、自分を殺そうとしていた女を泊めたりできるだろうか
そんな言葉はなんとか飲み込む
「仕方ないから撫子は私が説得しといてあげるからアンタもうどっか行きなさいよ」
「ほ、本当ですか!!?」
「ドタキャンされたんだからどうせ明日だろうし、行かせる努力してやるわ」
さっさと消えろ、としっしっと動作をして殺せんせーを追い出す
あの子のファザコンは重症なのだ
「撫子ー、女は強くならないと生きていけないわよー」
部屋にココアを持って行ってやり、飲ませ落ち着かせ、寝かせる
まさか自分がこんなことをやる日が来るとは思わずイリーナはクスリ、と笑った
眠ったことを確認するとイリーナは部屋から出て行こうとするが、手を握られていて動けない
否、動けはするが手を解く気が起らないのだ
たまにはこういうのもいいだろう、と撫子の布団に潜り込もうとした時だ
「撫子、もう寝たのか?」
この家の世帯主、城戸正宗が帰ってきたのだった
***
4年ほど前だろうか
まだ撫子が小学5年ぐらいの時だ
ボーダーという組織の特殊な武器を手に入れたい
暗殺とは程遠い任務であったが潜入を得意とするイリーナに回ってきた仕事だった
暗殺にはまったく関係ないがその武器には興味があったので引き受けた
その時だ、初めて城戸正宗と出会ったのは
裏で活動している組織とはいえ一般人なのであまり大事にするなとは言われていたが、この男、笑顔を振りまく優男にしては隙がまったくなかった
組織の連中もどことなく近寄り難い
最年少のガキでさえ警戒が強かった
そこで考えたのはこの男の娘を使っての所謂脅迫だ
大事にするなとは言われたが殺すなとは言われていない
この平和な日本でも子供の行方不明は沢山ある
その中の一つにするなどイリーナにとって容易いことなのだ
組織の者にすら黙っている程の娘
吉と出るか凶と出るか
結果は最悪だった
笑顔を見せていた男は怒りに表情を失い、イリーナに剣先を向けていた
二度と近づくな、と
二度と邪魔をしなければ見逃してやる、と
恐ろしいほどの剣幕に殺し屋であるイリーナも震えていた
当時16歳だった
男はぐったりと眠っている娘を強く優しく抱いていた
その表情には似つかわしいほどに
この男は、きっとこの娘を護るためならなんでもするのだろう
私には勝てない
イリーナはそう判断し、男の前から消えたのだ
それから月日がたち現在
その男が今、イリーナの目の前に立っている
剣幕はあの時と一緒だ
今にも己を殺さんばかりの殺意を纏っている
足が竦んだ
「何故、お前がそこにいる」
冷たい視線
この男は連絡もなしに帰ってくることなどないと撫子は言っていた
それなのに何故、どうしてという疑問を浮かばせる余裕はない
喉がひゅっ、と乾いた音を出した
娘が眠っているこの状況を、この男はどう捉えるのだろうか
イリーナが、撫子を眠らせ殺すところだと、思うのだろうか
「二度と近づくなと言ったはずだ」
男の手にあるものには身に覚えがあった
確か、トリガーと言われていたものだ
それを起動することにより衣服が変わり、刀が出てきたのを覚えている
今度こそ、殺され・・・
「いりー、な、さん」
きゅ、と手を強く握られハッ、と視線を外す
いまだ呑気に眠っている目の前の男の娘が幸せそうな間抜け面をしていた
このガキは本当に、とイリーナは男のことを忘れつんつんと娘の頬をつつき始める
嫌そうにんー、と唸りだすが、すぐに気持ちよさそうな寝息が聞こえてきた
「何のつもりだ」
「この子に手を出すつもりはないわ、話をしましょう」
イリーナはまっすぐに正宗を見つめる
正宗も、娘の、撫子のその態度をみてか、話を聞くだけ聞くことにしたようだ
それでも、剣幕は恐ろしいままだった
***
「どういった経緯であの子の英語教師になったのか、そして、何故ここにいるのか、それで説明できていると思っているのか」
一通り説明したが、やはり殺せんせーのことを省いて話すと色々と不自然な点が多すぎる
何より、殺し屋が英語教師をやっている理由なんて説明できないだろう
正宗はため息をつき、カバンの中から書類を取り出した
「お前が日本にいる理由はこれか」
目の前に出された書類は地球破壊生物もとい殺せんせーのこと、椚ヶ丘中学校3年E組のことが書かれた資料だった
イリーナは目を見開く
国はこのよく分からない組織にすら暗殺依頼をしたというのか
でも、これで説明しやくすはなった
「そうね、それが理由よ」
知っているのなら隠す必要もない
任務に支障が出ないよう"仲良しごっこ"をするために来たのだと言った
仲良しごっこのためだけに食べた食器の片付け迄するイリーナではないのだが
「任務に支障、か」
ならもうここにいる必要はないだろ、と正宗は言う
「そうね、もう充分気を許して貰ったようだしそろそろここから出ていくわ」
「そういう意味ではない」
撫子の手は温かだった、と手をさすっていると自分の言葉を否定され、どう意味だと聞き返した
「あの子がE組に行ってしまった理由を知っているか」
「・・・いえ」
そもそも知る理由もないと思っていた
赤羽は素行不良、とは聞いていたがそれも取るに足らない情報だろう
「テスト放棄と不良行為だそうだ」
「不良行為?」
テスト放棄は以前聞いたことがある
正義感の強い撫子が運良くなのか悪くなのか人助けをし、テストに遅れることが度々あったと
だが不良行為というのは撫子には正直ピンとこない
確かに寺坂達とよく一緒につるんで入るが撫子はどちらかというと寺坂達のヤンチャを止めるタイプだ
「勉学へのストレスによる衝動的なもののせいで、人生を踏み外した」
勉学へのストレス?
あんなに笑顔で勉学を楽しんでいる子が?
「学校でも不良と呼ばれる部類のはみ出し者といることが多かったようだ、可哀想に面倒見がいいせいで触発されてしまったんだな」
どちらかというとあの子の方が面倒見てもらっているじゃないか
あの化物を殺す算段が整えば娘のクラスを変更する、という言葉はイリーナには届かない
イリーナは分かってしまった気がした
撫子がE組に落ちてしまった本当の理由を
「私がわざわざここに長くいる理由なんてないのよ」
急に変わった、と言うより戻った話に正宗は眉を潜めた
「あの子、"アンタを殺そうとして悪かったわね"って伝えた時何て言ったと思う?」
「娘の事だ、許したんだろ」
「大ハズレ、許すも何も"私が殺されるなら嫌う理由はない"ですって」
流石にこの言葉を聞いた正宗の潜めた眉がもっと寄っていく
イリーナは続けた
父親さえ無事であれば構わないのだと
流石に役にたたない娘は要らないという行は黙っていたが
「あーあー、愛されてるわねー、アンタさえ良ければ自分の命はどうでもいいらしいわよー」
小馬鹿にするように正宗を挑発するイリーナ
嘘だ、と怒りを露わにする正宗を見てももう怖くはなかった
「嘘だと思うなら自分で確認すればいいんじゃないの?」
出来るはずもないことを言ってみせた
正宗は苦虫を噛んだような顔をし、イリーナを睨みつける
こんな男を愛する撫子の気持ちなどわかりはしない
こんなにも愛されているのに娘の気持ちに気づかない男のことなど
「話ができてよかったわ」
「!、どこに行く」
「撫子の部屋よ、さっきまで私の手を離さなかったからきっと1人で眠るの寂しいんでしょうね」
正宗の静止の言葉も気にもとめずイリーナは階段を上がっていく
正宗は舌打ちを1つ零し、でも結局は何もせず、何も出来ずに家から出ていくのであった
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