記憶は時に残酷で

わかばパークに通い始めてから一週間が経った

小学校にはちゃんと通っているらしい双葉は遅くても3時を過ぎないとパークにはやって来ない

既に双葉専用のようなポジションになった撫子は双葉が来るまでは他の園児達と遊んだり、昼食やオヤツ作りの手伝いをしていた

だが今日は土曜日である

朝からいる双葉は既に撫子にべったりだった

双葉を見ていると、自分よりも身長の高い者と、異性、そしてさくらのような気の強めの者に威嚇しているように見える

あの潮田でさえ警戒されている

やはりそこで疑問なのは何故自分に懐いたか、だ

四捨五入すれば170ある身長は中3女子の平均身長を超えているし、自分で言うのもなんだが我は強いほうだと思う、というのが撫子の見解だ

唯一双葉の威嚇対象に入らないのは異性ではないというところだけ

茅野や倉橋等自分より身長が低く、気が強いというわけではないものはいる

でも、やはり撫子以外のものにはカラーボールを投げつけていた

こら、と注意すると大人しく止めるが、クラスメイトが近づくと撫子の後ろに隠れて睨んでいるようだ


「ねぇ双葉ちゃん」

「ちゃん、いらないです」

「えーと、じゃぁ双葉?」

「はい」

「双葉は何で私にこんなに優しくしてくれるの?」


撫子の横に座っていた双葉は傷ついたような表情をみせ、そのまま涙を隠すように撫子の腕にしがみつく

そんなに酷いことを聞いてしまったのだろうか

撫子は困ったように双葉、と声をかけると双葉は小さくポツリポツリと話し始める

それは、2年ほど前の事だった

まだ、大規模侵攻が起こる前の話である

双葉は見知らぬ男に監禁行為をされていた

期間は短く一週間程度だが、それでも双葉にとっては長く苦しいもの

監禁してきた男は気が強く、自分の思い通りにならないと双葉に怒鳴り散らし、最悪暴力を振るっていた

当時小学3年生になりたてだった双葉は何で自分がこんな目に合わないといけないのか、とただただ恐怖でいっぱいだった

苦しかった、怖かった

だから、逃げた

男がトイレに入ったのを確認し、2階の窓から飛び降りた

幸い春という季節により緑が生い茂る植え込みがクッションになり、痛みは強烈だったとはいえ死にはしなかった

意識もある、まだ、歩ける

逃げなきゃ、逃げなきゃ

裸足のままよろよろとした動きで人通りのある道の方へ歩いていく

部屋の方から男の怒り狂ったような声が聞こえた

怖い、怖い、逃げなきゃ、怖い、助けて

後ろから追いかけてくるような足音が聞こえるが、怖くて振り向けない

まだ、人通りのある道には程遠い

また、捕まる

怖い怖い怖い怖い怖・・・


「ねぇ!?どうしたのその怪我!!」


久々に触れられたあの男以外の手の体温が、冷たかったことを覚えている

真新しい制服に着せられているような女子

双葉はもう、助けてと泣き縋ることしか出来なかった

もう、男が後ろにいるかもしれないのに

この人も、私を置いて逃げるかもしれないのに


「・・・大丈夫」


でも、その人は置いていくことも、男にビビることもなく、ただ双葉を抱えて走り出した

長い髪が男に掴まれ、悲鳴をあげる

もう、私を置いて逃げて

その小さな声はガラスが割るような音でかき消された

ごみ捨て場にあった酒瓶を割るとその破片で髪の毛を切ったのだ

呆気に取られて立ち止まった男など気に求めず一目散に走り、人通りの多いところまで来ると大きな声で「助けてください」と叫んだのだ

後はもう思いのほかトントン拍子で進んでいった

たまたま出た通りには交番があり、そのおかげで男もあっさり捕まった

病院に行ったあと、警察のところでお話を、となったが私は怖くてずっとその人の服を握りしめていた

男の人が、自分より背の高い人が、怖かった

でも、その人は嫌な顔一つせず、学校もあるだろうに私を安心させるようにずっと傍に居てくれたし、大丈夫だと服を握りしめていた手をゆっくりと外すとその冷たい手で握ってくれた

冷たい手は、母親と一緒で、きっと家の手伝いをしている凄く優しい人なんだな、と安心できた

髪の毛を切ったことで長さがバラバラな髪の毛

握られていない方の手は、ガラスの破片で怪我をしたため包帯が巻かれていた

ごめんなさい、ごめんなさい


「双葉!!」


母親の声が聞こえ双葉は手を離して声の方に走る

隣には父親もいて、2人とも泣いていて、でも抱きしめてくれて

ちゃんと帰ってこれた

あの人のお陰なんだよ、振り返ると既にそのバラバラの髪の毛の人は背を向けて歩いていた

まだちゃんとお礼言えていないのに

お姉さん、と叫んだ声に、その人は振り返って、そして笑顔で手を振ってくれた

父親と母親の感謝の声にその人は困ったように笑って、小さく頭を下げて、そのまま外に行ってしまったのだった

助けてくれたのが女の人、ということもあって何とか女性相手にはそこそこな態度をとることができるようになったが、どうしても背の高い者、異性、そしてあの男の印象強い気の強いところに恐怖を感じてしまう

双葉は話し終えてもまだ、撫子の腕にしがみつき顔を隠したままだった

***

撫子は声が出せずにいた

その日の事はよく覚えている

確かに、その子供を迎えに来た女性は「双葉」と言っていたかもしれない

あの日は一学期の中間テストの日で、でも何故か感じる胸騒ぎにより全く学校に行くには関係ない道を行ってしまったのだ

あとは、双葉の言った通りである

でも、その時の女の子は目の前にいる双葉のようなくせっ毛でも、茶と金の中間のような髪色でもない

ストレートで黒髪だった

それも、あの男の趣味のようで監禁された初日にそうされたらしい

まさに絶句である

それになんかかっこよく話されているが撫子が帰った理由は物凄く情けないものである

どんな理由であれ中間テストを放棄してしまったのだ

まだ頑張れば4限目は間に合うかもしれない

そんな淡い期待を胸にさっさと出口に向かう

呼び止められたら止まらない理由にもいかず、軽く会釈だけしてから外に出てタクシーに乗ったのだ

その後狭間には怒られ、教師にも怒られ、テストも結局受けられずテスト期間のため午前授業だった学校はただ説教だけされて終わった

その後狭間に連れられ美容院に放り込まれ、現在の短い髪形になった


「あの子、双葉だったんだ」

「・・・」


小さく頷く双葉をみて、申し訳なく思う

何故気づけなかったのか、何故話させてしまったのか

ごめん、ごめんね、とぎゅう、と抱きしめる

辛いことを思い出させてごめん、泣かせてしまってごめん

双葉もぎゅ、と撫子の服を掴んだ

その仕草がどうしても当時の小さな女の子を思い出してしまい、苦しくなってしまった

だがこれで撫子に懐く理由はわかった

それでも撫子以外の人間に心を開かないのは問題だ

でも、無理強いして他の者に押し付けるのも問題だろう


「ねぇ双葉」

「・・・」

「双葉はさ、怖いから皆に酷いことするの?」

「・・・」

「双葉は、このままでいいの?」


この子がこうなったのは、フォローを警察に押し付けてしまった自分の責任なのだろう

あの時、この子は恐怖で震えていたのに、信じられる者などいなかったのに

なら、出来ることは・・・


「あと一週間、皆と仲良くできるように私と一緒に頑張ってみない?」


撫子は優しく双葉の頭を撫でる

双葉は少しだけ肩を震わせるが、それでもまっすぐと撫子の瞳を捉え、ゆっくりとうなづいたのだった

***

園長の松方が退院する、という話を聞いたのは水曜日の事だった

あっという間だったな、と思いながらその松方を皆と待つ

殺せんせーと来た松方はまず、施設の外見が変わっている事に驚いた

木造平屋だったものが、ログハウス風に造り変わっている

驚くのはそれだけではない

片っ端から集めた児童向けの本のある図書室に、安全性を考えて作られた遊具

遊具を回転させることで松方が乗る電動自転車のバッテリーを充電できるように作られており、園児達が遊ぶことで松方も喜ぶような仕組みになっていた

でも、1番驚いたのは、あの気難しいさくらや双葉が、皆と馴染んでいる事だろうか


「渚ー!!園長先生!!みて!!テストでいい点とったんだよ!!」

「撫子ちゃんの友達がアンタの面倒みたんだから当たり前じゃない」

「なんですって!!」


ちゃんと撫子が自己紹介をしてからは、双葉は撫子を"撫子ちゃん"と呼ぶようになった

さくらは学校のテストでいい点を取った、と報告してくれる

そのさくらをみて双葉は少々憎まれっ口のようにはなっているが楽しそうに会話していた

言葉としては以前と変わらないかもしれないが、でも確実に言葉の端に感じた刺々しいものは感じられない


「おじいちゃん、今度からは私も頑張るから」


あんなにも人嫌いの激しい双葉が、ガタイのいい、寺坂に肩車されていても平然としている

本当に、本当にどういう事なのか


「双葉さん、凄く頑張っていましたよ」

「君は」

「城戸撫子っていいます」


双葉が、あの日からまず取り組んだのは、とにかく中学生達に話しかける事だった

撫子が横にいる、という安心感もあったのか、戸惑いながらも何とかたどたどしく話しかけていた

後半からは撫子がいなくとも話しかけれるようになったし、今では1番の恐怖対象だっただろう寺坂に懐いている

おそらく寺坂に関しては撫子の影響大だろうが


「双葉さんを人嫌いにしてしまったのは私の責任です」

「なに」

「あの日、私がちゃんと最後まであの子のケアを怠ることをしなければ、まだあれほど酷い人嫌いにはならなかったでしょう」


すみませんでした、と深々と松方に頭を下げる撫子をみて、意味が理解出来たのは誰もいない

松方は深く息を吐いた後、小さく「ありがとう」と呟いた


「あの子が、今ここにいれるのは、君のお陰だ」


良かったら今度は家の方にも遊びに来なさい、娘も婿も喜ぶ

松方の顔は穏やかだった


「撫子ちゃん」

「んー?」

「もう、こない?」

「時々遊びにくるよ」


長いふわふわした髪を撫でてやり、でもしばらくは忙しくなるから来れないかな、と内心思う

明日は中間テスト、そして、終わったら・・・


「撫子ちゃん、大丈夫?」

「え」

「テスト嫌いなの?」

「テストは普通かな」


嫌なことは、テストが終わってからだ


「わからない事が沢山あって、大変だよ」

「撫子でもわからないこと沢山あるの?」

「わからない事だらけだよ」


自分がどうしたいのかすらわかっていない

父親に歯向かうのも嫌だが、殺せんせーを誰かに殺されるのも嫌だ

皆と、皆で殺したい

いや、そもそも殺せんせーを本当に殺したいのかすらわからない

考え込むにつれ、だんだんと表情が暗くなる

そんな撫子をみて、双葉は撫子にぎゅぅ、と抱きついた


「私、撫子ちゃんが大好き」

「うん」

「だから、大丈夫」


何が大丈夫なのか、それはわからない

だが、何故か大丈夫な気がしてきた

小さい子供の謎の感の良さは恐ろしい

撫子はありがとう、と双葉の頭を撫でる

どんな状況になろうと、明日テストなのは変わらない

本来の、自分達の戦場である


「頑張ってくるね」

「うん、頑張れ」


今なら何でもできる気がした

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