重なる影は誰のもの

「テストだったんだよね、お疲れ様」

「お兄さん」


テスト最終日である今日

撫子はいつものように歩いていると聞き覚えのある声に立ち止まり、振り返った

移動花屋の車と、黒いエプロン

花屋の男が立っていた


「こんにちは」

「お仕事ですか?」

「うん、今日の売り上げもそこそこだったかな」


男が撫子を呼び、車の横に椅子を置く

座るよう促され、撫子はそうっと座った


「この前もそうだけど、悩んでますって顔だね」

「え、そんなにわかりやすい顔してますか?」

「普段の君のことを知らないけど、何となく」


はい、と差し出された紅茶を受け取る

男の手にもカップが握ってあり、香りからして珈琲のようだった


「珈琲・・・」

「あ、こっちのが良かったかな?」

「あ、いえ、私珈琲飲めなくて、牛乳と砂糖たくさん入れないと」

「それ、もうカフェオレだね」


それはもう、カフェオレだろ

昔父親と話していた言葉と被った気がした


「・・・大丈夫?」

「え?」

「泣いてるよ」


ほとんど他人であるお兄さんの目の前で泣くなんて、と焦って目元を拭うが濡れてはいない

どういう事だろうか、と顔を上げる


「泣いているようにしか、みえないよ」


流れていない涙を拭い、空いている手で撫子の頭を撫でる

こいつ、絶対女慣れしている

男との近い距離に驚くが、男の柔らかい笑顔をみると逃げられないな、と悟った


「話してみなよ、楽になるかも」

「でも」

「・・・僕は雪風泉、君は?」

「え、あ、私は城戸撫子です」

「これで僕らは友達だ、友達に悩みを相談するのは普通のことだろ?」


お菓子もあるよ、と市販のクッキーを取り出す

偶然なのか、そのメーカーは撫子の好きなものだった


「クッキー嫌い?」

「いえ、私それ、好きです」

「なら良かった」


雪風の柔らかな雰囲気に、ゆっくりとだが言葉が溢れ出す

父親のこと、学校のこと、全てを言える訳では無いが、言える範囲で、いっぱいいっぱいに

本当に溢れ出した涙を拭ってやりながら、雪風はただ黙って聞いていた


「僕も分かるよ、その気持ち」

「お兄さん・・・」

「好きな人に、認めてもらいたいもんね」


優しく撫でられる頭に心地よさを感じる


「お父さんは、撫子ちゃんのその気持ち知っているの?」

「1度、話したことがあります、でも・・・」


ボーダーが世間で認識されるようになった日、それは撫子がボーダーを知った日でもある

大規模侵攻からようやく落ち着いて何ヶ月ぶりかに会った父親に、ボーダーに入りたいと志願した

その時の父親の怒りようは今でも覚えている

何を言っても無駄で、同年どころか年下も入隊しているのに何故か、理由を聞いても教えてはくれなかった


「もう1度話してみなよ」

「・・・」

「もう来年は高校生だ、大丈夫、話してみなよ」

「はい・・・」

「じゃぁ、この寂しい話は終わり!」


そろそろ暗くなるから帰りな、と促され車の外から出る

お土産に、とダリアの花束を渡される


「そんな、お金・・・」

「僕が長居させたからそのお詫び、受け取って?」

「でも」

「貰ってくれると凄く嬉しいな、自信作だし」

「・・・なら」


大人しくダリアの花束を受け取り1歩2歩と足を進めて、振り返る


「お兄さんの認めてもらいたい人って、私と同じでお父さんとかですか?」

「え?」

「私だけ言うの、ずるいです」

「・・・そう、だね」


雪風は赤に染まった空をあおぎ、そしてまた撫子の方に視線を戻す


「僕が認めてほしいのは、師匠みたいな人にだよ」

「その人は?」

「・・・」


雪風はゆっくりと首をふる

撫子は申し訳なさそうに顔を曇らせる


「・・・ごめんなさい」

「謝らないで、何も知らなかったわけだし」

「でも、こんな綺麗な花束作れるんですもん、次会ったときちゃんと認めてくれますよ!」

「え?」

「お花屋さんの、師匠、ですよね?」

「え、あ、うん!そう!そうかな?そう言ってくれると嬉しいよ」


本当に遅くなるからもう帰りな、という雪風の言葉にハッとして頭を下げて自宅へと急ぐ

何で、今あの人は・・・

人間誰しも知られたくないことはある

撫子は胸の中にあるモヤモヤを無かったことにすることにした

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