無知は罪だと言うけれど
結局、昨日の夜は何事もなくいつもと同じように1人で過ごした
何処か帰ってくるのかもしれないと期待した自分がバカみたいだな、と思う
ボーダー最寄りの三門駅に集合となっており、撫子はどうやら一番についたようだ
ここにボーダーの方から迎えが来るらしい
「おはよ」
「おはよー、片岡さん」
最初に来たのは片岡だった
2人で黙ってベンチに座り、時間が来るのを待つ
「城戸さん、さ」
「んー?」
「大丈夫?」
大丈夫、とは何のことか
なんとなく察しはついた
「大丈夫だよ」
「・・・なら、いいんだけど」
クラスをまとめ、人望のある片岡
彼女が撫子を気遣ってそう言ってくれたのはわかる
でも
「2人とも早いな」
「磯貝くん」
「なんだ、まだ4人かよ」
「寺坂くんも」
「丁度乗ったのが一緒だった」
「方向的にカルマと狭間も同じ電車かな?」
続々と集まり、赤羽と狭間がついた頃、烏間も駅に到着した
案内するから三門駅に、とボーダーが指示した時間30分前だ
皆早くないか、と思ったが1時間前にいる撫子が言えたことではないので口を閉じた
「どうだったの」
「何が?」
「アイツ」
「帰ってこなかったよ」
「じゃぁ、昨日のどうすんのよ」
「本当は昨日の夜に話してそれとなくボーダーに諦めて貰おうと思ったんだけどね」
「ぶっつけ本番か」
律によろしく、と言うと画面越しに任せてください、と明るい声が聞こえてきた
「迎えって誰が来るのかな」
「撫子!」
慌しい足音お焦ったような声
振り返ると三輪の姿があった
「今日、会議で、椚ヶ丘の奴らが来るって・・・」
「うん」
「撫子、も来るのか?」
「・・・そうだよ、私、今日秀次くんの敵なんだよ」
「っ・・・」
迎えとは三輪の事なのか聞いたら静かに首を横に振られた
なら、誰が
「撫子、あのバケモノは危険なんだろ?撫子は安全な所にいてくれ」
「危険・・・?」
とは程遠い気もする
器は小さいし、エロだし、ヘタレだが頼りになる頼もしい存在
そんな存在を自分達の手で殺したい
そう思い始めたのは何時だっただろうか
「私達に危害は加えたことないよ」
「人間の教師以上に先生やってるし」
「私達のことちゃんと見てくれてるもんね」
女子3人でねー、と話すと三輪は苦虫を噛み締めたような表情になる
納得出来ないのだろう
タダでさえ近界民といバケモノに姉を殺されて、人外のバケモノは確実に敵視している
また、大切な人がいなくなるかもしれない
それが三輪の頭を埋め尽くしていた
「撫子っ」
「どーもー、実力派エリートでーす」
話し込んでいるうちに本来のお迎えが来たようだ
三輪は一気に表情を険しくし、男を睨む
「・・・仲悪いの?」
「アイツは裏切り者だ」
「裏切り者?」
「撫子、アイツには関わるな、狭間も悪いことは言わない、近寄るな」
「三輪が私にまでそう言うってことは相当な奴よ、別な迎え待ちましょ」
「話全部聞こえているからね?」
実力派エリートと名乗った男は、少しおどけてこちらに近づいてくる
「俺は迅悠一、椚ヶ丘中の生徒はお前達でいいのかな?」
「はい、今日はよろしくお願いします」
「じゃぁ、早速行こうか」
迅が先頭をきって歩き出す
全員が顔を見合わせ、そして迅に付いていく
「つか秀次、お前いいの?本部いなくて」
「・・・」
「え?無視?」
「秀次くんもしかして忙しいのに来てくれたの?」
「・・・撫子がいなければさっさと本部に向かうつもりだった」
狭間はあからさまな舌打ちをする
そんな狭間を寺坂が窘め、それに気づいた撫子が2人に近寄る
「え、何?あの子秀次の友達?」
「関係ないだろ」
「でも、あの子気を付けた方がいいよ」
「・・・どういう意味だ」
「確実にボーダーの敵だ」
「何が見えた」
「・・・」
三輪の問いに答えることは無く、黙って歩いていってしまう
撫子が敵とはどういうことか
これから件のバケモノについて話し合うのだ
それはまぁ、敵にもなるだろうが・・・
三輪はジッと撫子を見つめる
気づいた撫子は笑い返した
迅の思い違いだ、三輪はそう思うことにした
***
三輪は先に行くと言って途中から走って行ってしまった
A級1位の隊に所属しているのだから、本当はもっと早く行かないといけなかったのかもしれない
わざわざ申し訳ないな、と思いながら撫子は三輪の後ろ姿を見つめた
「・・・彼氏くん行っちゃったね」
「彼氏じゃないよ」
「我がクラスの女子は彼を凄く応援しているんだよ」
「いや何で?」
今年になって結構会うようになったから、恐らくそれが原因なのだろうが
嫌われてはいないが、好きの形はわからないし、例えそうでも応えることはないだろう
というか、なんだこの上から目線な憶測は
撫子はブンブンと頭を振る
「今はそんなことより殺せんせーだよ」
そう、殺せんせーだ
殺せんせーを殺すのは私達なのだ
ボーダーにも、父親にも、渡したくない
「・・・?」
ボーダー基地へと入る手前
撫子はある人影に気付き足を止める
あの人は・・・
「君、皆待たせちゃってるから行こうか」
知っている影をぼーっと見ていると迅に声をかけられた
既に奥の方まで歩いて行ってしまった狭間達
自分が迅と2人しかいない事に気づいて慌てて謝った
「・・・ところで君にさ、聞きたいことあるんだ」
「え?」
言葉と同時に首元に突きつけられた黒い何か
それがボーダーが近界民と戦う為に使うトリガーというものだと判断するのに時間は掛からなかった
「君、城戸さんの何?」
「え、と」
「単刀直入に聞くけど、君何で城戸さんを殺そうとしてるの?」
「・・・え?」
私が、お父さんを?
この人はいったい何を言っているのか
「今回の件で城戸さん殺そうとするなら、流石にここで食い止めないといけない・・・最初はほぼ有り得ない方向での未来だったし、秀次と仲いいみたいだから見逃そうと思ったんだけど」
未来、殺す、何を言っているのかわからなかった
撫子は思う
何故、お父さんを殺さなくてはいけないのか・・・
「バケモノが教師だから、人も簡単に殺せるのかな」
頭が真っ白になった
撫子が父親を殺すといい加減なことを言われ、挙句殺せんせーの事を悪く言われたのだ
何をどうやって耐えればいいのか、わからなくなった
このトリガーを起動されたら、確実に殺される
父親の部屋にあった資料には、生身の人間に当たったところで死ぬことはないと書いてあったはずなのに、今、確実に死ぬと思った
怖い
何もかもが、怖くなった
でも、ここでビビったら負けだと、思った
「!?」
ふわり、と撫子が笑顔を見せた
どういうつもりで、何の意味で
迅は率直にその笑顔に恐怖を感じた
跳びのけ後ずさり、トリガーを起動させる
「生身相手に、情けないですね」
時間が無いですから行きましょう?と促し撫子の足はそこでようやく動き出した
ある程度歩くと狭間達の姿がみえ、撫子に気づいた寺坂が何処に言ってんだと怒っていた
ごめんと平謝りをして、一つの扉の前で立ち止まる
後から付いてきただろう迅がいつの間にか先頭におり、その扉を開けた
「失礼します」
暗くて広い部屋
既に座っている者の中には三輪、東、以前夏祭りで会った二宮、加古の姿もある
そして真ん中に座っている男
あぁ、やっぱりこうなるのか
撫子は少しだけ顔を悲しそうに歪める
真っ直ぐにコチラを睨んでいるようにも見える男
皆が皆、威圧感が半端ないと思った
狭間ですら、少しだけ身震いをした程なのだ
「掛けたまえ」
その言葉ですら重圧を感じる気がする
殺し屋のそれよりも恐怖を感じてしまう言葉の重みに、全員がたじろぐ
カタン
それを断ち切るようにやや大きめに音をたて座った撫子
「中ボス相手に狼狽えないでよ」
相手には聞こえない小さな声
自らの父を中ボスと例えた撫子
ボスには変わりないのか
でも、撫子の言い方に、対応に肩の力が抜けた気がした
「これから戦うのにビビってたら始まらないよね」
次に座ったのは赤羽
「お前が一番ビビってんだろうが」
「城戸に負けられないか」
「城戸さんは慣れてるから平気なんじゃないの」
「ビビった自分に腹が立つわ」
寺坂、磯貝、片岡、狭間と用意された椅子に座り、最後に烏間が座ったところでボーダー側の1人の男が立ち上がった
「今回、破壊生物に関して指揮を取るように指示されている忍田だ」
コイツが忍田か
撫子が明らかに殺意を持って立ち上がる前に両隣にいる寺坂と狭間が思い切り足を踏みつけて留まらせた
相手は気づいていないがチラチラと撫子と狭間を見ていた三輪と東は驚いたように目を見開いている
いきなりどうした
隣の磯貝や片岡も驚いているし、赤羽に至っては楽しそうである
「落ち着け」
「ごめん」
「人を殺すのは犯罪だからね」
「はい」
まて、殺意すら抱いているのかコイツは
会話が聞こえてくる片岡はえ?と横を盗みみる
忍田という男とどういう因縁があるというのだ
「片岡、片岡?」
「え?」
「大丈夫か?」
大丈夫ではあるが色んな意味で大丈夫ではない
片岡はふぅ、と深呼吸を一つすると立ち上がる
「急に言われこちらもとまっどっています」
「そちらの詳しい作戦と、こちらで協力出来ること、作戦的にも無理だと判断出来るものを把握させてください」
「・・・君たちに何ができる」
「少なくとも、ボーダーよりは殺せんせーを知っています」
真っ直ぐと視線を忍田に向ける片岡と磯貝
その姿勢に忍田は耳を傾けるのだった
***
小一時間経っても、状況は変わらなかった
確実にこちらはボーダーの痛いところを付いているのに、相手も自身の穴に気づいているのかキチンと対策を練っていた
校舎が壊れたら一時的にトリオンで修復し、徐々に修復していく
万が一怪我をしても治療費は全額負担するし、責任もとるという
責任=金、なのだが
撫子自身は対して今何をやりたいか決まっていない
動けなくなる程の怪我をしたとしても、撫子自身が気にしないだろう
だが、他のクラスメイトはどうだろうか
杉野は高校では甲子園を狙うだろうし、何よりプロを目指している
岡野も体を動かす仕事をしたいと言っていた
そんな夢を持っている人達が、ここでこの無茶な作戦で一生物の怪我をしたら・・・
ボーダーに、そんな責任など取れるわけない
「・・・少し休憩をとろう」
始まって1時間半が過ぎようとしたところで、キリがないと判断したのかひとまず休憩をとることになった
撫子は黙って立ち上がると出口とは逆
正宗の座っているところまで歩いていく
突然の撫子の行動に目を見開く
撫子を止めようとした迅を寺坂が止めた
「昨日、といかここ1週間のうち1回ぐらい帰ってくると思ってた」
「・・・何か用があったのか」
「しらばくれるのやめてよ、どう考えても今日の事しかないじゃん」
「場をわきまえ・・・」
「私、E組辞めないから」
正宗の言葉に被せ、キッ、と睨む撫子に狭間は驚きを隠せないでいる
父親に歯向かうどころか意見を言うことすら無くなった撫子が今反抗しているのだ
「どういうつもりだ」
「私はE組が好きだから、どんなになってもE組に残る」
「テストで50位以内に入っているんだろう、あそこに執着する必要などないだろう」
「私がE組にいたらボーダーのやりたいこと出来ないから私をE組から追い出したいだけでしょ!?」
「我儘を言うな!」
「我儘はどっちよ!」
ヒートアップしていく親子喧嘩
なんとなく事情を把握したE組はことの成り行きを見守ることにした
初めてボーダーが殺せんせーに攻撃を仕掛けると知った日、3週間という期間、最初から撫子は気づいていたのだと
テストの結果が分かり、本校者へ編入させるには充分すぎる期間だ
撫子がE組にいる限り殺せんせーへの攻撃はほぼほぼ0だ
親子喧嘩に呆気にとられているボーダー側の様子に、赤羽は違和感を感じた
本当に信じられないものを見ているような、そんな表情である
何で、どうして
その赤羽の疑問はあっさりと解決した
「・・・君、口を慎みなさい」
「貴方には関係ありません!」
「忍田君・・・」
「親子の話に他の人は黙ってて!!」
「親子・・・?」
忍田は撫子の親子という言葉に顔を顰め、正宗は心なしか顔色が悪くなる
「城戸さんに子供どころか・・・結婚もしていないんじゃないか?」
その一言は撫子の心を酷く鋭く貫いた
***
何を言っているのか分からなかった
撫子は顔を青くしながら周りを見る
訝しげそうにこちらを見るボーダーに顔を青くするクラスメイト
私は何か間違いを言ったのだろうか
目の前の男は何も言わない
この男は私の父親だ、父親のはず、だ
先程まで胸を張って言えると思っていた言葉は喉から出てくることはい
何で否定しないのか
何で娘だと言ってくれないのか
撫子の頭はもうめちゃくちゃだった
「わ、たし・・・」
どんなに望んでも、どんなに頼んでもボーダーに入ることは許されなかった
どんなにいい子でいても些細な約束すら守られることはなかった
どんなに努力をしても"私"を見てくれることは・・・
「殺せんせー、殺したらお金貰える、から、ボーダーに貰えた分、全額寄付しようって思ってたの」
だから、努力をした
少しでもボーダーの役にたちたかった
良いことをしても悪いことをしても結果は変わらない
それは中二の終わり頃に学んだ
でもいつか見てくれる日がきたら、褒めてもらいたい
だから努力するという選択をした
それすらも無意味なのか
もう何を考えているのかわからなかった
「・・・もう、どうでもいいや」
顔は濡れている筈なのに、表情は渇いていた
撫子は服のポケットからあるものを取り出して忍田に差し出す
「これは・・・」
「私が作ったトリガーと殺せんせーのデータです」
「!?」
「ダメだよ、人の目に入るところに大切な資料置きっぱなしにしたら」
娘だからと信用して自室に置いていたボーダーの資料を読む
撫子が正宗にした数少ない悪いことだ
「殺せんせーはトリオンを食べちゃうの・・・体に触れたら溶けちゃうし、ボーダーでは殺せんせーは殺せないよ」
どういう原理でそうなったのかはわからない
でも、昨日それを目の当たりにした
それ以前から、ずっと警戒区域を監視して、殺せんせーがトリオン兵を食べている姿を見ていた
殆どは溶かしていたが
話すつもりだった
携帯にも何通もメールをした
来なかったのはそっちなのだ
「無力だね、ボーダーって」
足元が不安定になっていくような気がする
思ってもいない言葉がボロボロと出てくる
「撫子っ」
正宗が漸く口を開く
こんなに震えた声を出すところは見たことがない気がする
その手が優しく撫子の手に触れる
嬉しい筈なのに
酷いことを言ってごめんなさいと謝りたいのに
撫子はその手を冷たく払い除ける
「ボーダーへの寄付はすみません、やめます」
「撫子!」
「今日から1人で生きないといけないので」
さよなら、嫌いです
もしかしたらこれが初めて父親に向かって言った"嫌い"かもしれない
そう思ったのは既にボーダーから立ち去った後の事だ
「撫子ちゃん?」
優しい声色に、振り返ると雪風の姿があった
「どうしたの?」
「・・・」
「僕の前では泣いてばかりだね」
花屋の配達の途中なのか、雪風は路上駐車している車に乗るところだった
「私・・・1人になりました」
「・・・え?」
「なんかもう、どうでも良くなっちゃって」
雪風はうーん、と悩んだ後車に乗り込む
あからさまに逃げすぎでないか、と思ったのも束の間、車の助手席のドアが開いた
「とりあえず乗りなよ」
「・・・でも」
「子供の家出ぐらい、付き合ってあげるよ」
親と喧嘩でもしたと思われたのだろうか
少々納得出来ないが、それでも今は雪風の優しさに甘えたい気持ちの方が大きかった
すみませんと謝り、車に乗り込む撫子
ダメ、と誰かが叫んだ気がしたが、撫子にはもう何も聞こえなかった
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