話をしよう

ここは何処だろう

撫子は辺り一面真っ白の世界に立っていた

1歩、1歩と踏み出すと白は霧が晴れるようにどんどん色づいていく

完全に白が無くなった時、知っている状況が見えた

母親の葬式の時だ

撫子は呆然と眺める

母親の棺の前で泣かずに唇を噛み締める小さい撫子がいる

周りの知らない大人達が何かを言っているのがわかるが、撫子には分からなかった

何で泣かなかったんだっけ

思い出せない

幼い自分に近づき、手を触れようとした時だ

バタバタと廊下から慌ただしい足音が聞こえ襖が開く

息を切らしこちらを見るのはまだ若い父親の姿だった

ふらふらと近づき、小さい撫子の隣に膝をつく

ぽたぽたと大粒の涙が父親の瞳から流れた

すまない、すまないと呻くような声で既に冷たくなった母の亡骸を抱きしめ泣く父の姿に、あの時の私はどう思ったのだろうか

泣かないで

抱きしめたいのに、触れたいのに足も手も動かない

どうしよう、と歯がゆい気持ちでいっぱいになっていると、幼い撫子が動いた


「お母さんね、ありがとうって言ってたよ」


ぎゅ、と父の服の裾を掴んで、ハッキリと言う幼い撫子

父は情けないほどに顔を涙で濡らしている


「お父さんと、一緒にいれて、幸せって言ってたよ」


泣くのを堪える為か、声が段々と強ばっていく


「お母さん、ね、泣かないで、て、言ってたよ」


あぁ、そうだ

泣かないでと言われたんだ

だから、泣かないようにしていたんだ

「死ぬ」という事がわからなかったけど、「もう会えない」って事はわかったから

でも、泣かないでって言われたから、泣かないでいたんだ


「・・・撫子」


母を寝かせ、父は膝に私を乗せ、抱きしめる


「でもな、悲しいなら、泣いていいんだ」

「でも」

「お母さんには、内緒だ」


ボロボロと出てくる涙を一生懸命抑えようとしても無意味だった

気づいたら二人でたくさん泣いていた

その時だ

そう、思い出した


「私ね、ずっとお父さんの傍にいるからね」


ずっと、その幼子供の言葉であの人を苦しめていたのかもしれない

だから、邪魔だと言えなかったのかもしれない

不安になって後ずさり、手と手を握り合わせる

手が、透けていた

このまま消えてしまえば、もう邪魔にはならない

あぁ、これでいいんだ

私は、これで・・・


『お父さんをよろしくね』


母の声が、聞こえた気がした

***

見慣れない天井に、不思議そうに瞬きを繰り返した

ここは何処だろうか

あの冷たいコンクリートの床の部屋でないことは確かだ

寝すぎなのか、それとも毒のせいなのか、頭がグワングワンする

水が飲みたいと思いながら体を起こし、ベッドから降りようと横を向いて、そこでようやく父・正宗がフローリングに座ったまま、ベッドに手を乗っけてそれを枕替わりに眠っている事に気づいた

何でここに

そっと肩に手を伸ばそうとする


「ご飯よ!!」


ばん!と勢いよく扉が開いて撫子はパチクリとそちらの方に目を向ける

開けた本人・小南桐絵も同じように目を見開いていた


「・・・」

「・・・」


レイジさーん!!とバタバタと慌ただしく掛けていく小南

撫子は何なんだろう、といまだ動けずにいた


「・・・騒々しい奴だ」

「・・・お父さん」

「目が、覚めたか」


小南の声で起きたのだろう正宗が、ゆっくりと体を起こし、ベッドに腰掛ける

あぁ、きっと怒られるのだろう

ぎゅ、と撫子は目を瞑る


「生きてて、よかった」


以前も何処かで聞いたことのあるような、震えた声だった

撫子は正宗に抱きしめられていて、肩が濡れていく感覚がした

何で、泣いているのか、分からなかった


「お父さん」

「政府とかいう人間からあんな資料を突きつけられて、早くどうにかしないといけないと思った」


抱きしめられている腕に力が入った


「お前だけは長く幸せに生きてほしいと思って、気が焦っていたんだ」

「・・・」

「お前の話が怖くて仕方なかった」

「お父さん」

「お前にそう呼ばれる事がどれだけ幸せに感じているか知らないだろう」


今日のお父さんは泣いたり笑ったり忙しいなぁ、と何処か客観的に感じていた

そうさせているのが自分だと思うとどことなく嬉しい


「お父さん、私が傍に居たいって我儘言ったから、突き放せなかったんだと思ってた」

「お父さんが突き放せなかっただけだ、お父さんがお前の傍に居たかったんだよ」

「じゃぁ、お互い様だ」

「そうだな」


自然と撫子の瞳からも涙が零れてきて、声を我慢しようとすると優しく頭と背中を撫でられ、結局我慢出来ずに声を漏らして泣く

暫く泣いて、落ち着いて、ペットボトルに入った水を飲んで、そしてそれから、E組に入るように仕向けた理由やE組に入ってからの事を話した

殺せんせーの事も知っているから、全部、自分が話したいと思ったことを全て

E組に入った経緯としては、撫子がテストの日に限って色々巻き込まれて遅刻を繰り返していたということだが、正宗は自分の娘がそんなことになっている事など露ほども思っていなかった為、項垂れ少しばかり説教が始まった

全く反省の色が見えない撫子に誰に似たんだろうか、と零すと撫子は「正義感が強いのはお父さん譲りでしょ」と笑う

あまり自分がそういう人柄だとは思ったことが無かったからか、正宗は首を傾げたのでまた撫子は笑った

それから、E組でのこと

殺せんせーと出会った日の経緯

京都の修学旅行や、烏間との訓練、鷹岡の横暴な授業の内容

二人の転校生やテストで対決し手に入れた特別夏期講習の事

巨大プリンを作った事、下着泥棒を捕まえた話

体育祭、わかばパーク、たくさん話した

年相応よりも少し幼く感じる話し方たが、正宗は一つ一つ相槌をうち、時には自らも話したりと久々に長く会話したと思う

E組の事や殺せんせーの事、そして最後に死神の話になった


「死神は、昔お父さんと私に会った事があるの?」


正宗は手を顎に当て、考える素振りをする

そして、死神には会った事があり、殺されかけた事もあると白状する


「っ、」

「だが、髪の色や質は違かったな」


撫子が捕えられた日、正宗が死神と対面したのは全てが終わり、拘束され政府の機関に連れていかれる所だった

ずっと昔に会った男を、あの死の恐怖を忘れたことはない

正宗が死ぬと直感したのは人生で2回

死神と対面した日と、多くの仲間を失った日だ


「顔の皮が剥がれていたから顔はわからないが、目の色も違う気がする」

「カラコンと髪を染めたとか?」

「それを言ったら元も子もないが、だが根本的に何かが違う気がする」


まるで死神が二人いるような言い方だが、撫子は妙に納得した

多分、あの死神がいう認めてもらいたい人が、恐らく・・・


「何でお父さん生きてるの?」

「その言い方なんか酷くないか」

「だって、相手が相手だし」

「・・・お前のお陰だよ」


正宗の手が撫子の頭に触れる

意味がわからないが、嬉しいのでそのままでいる

正宗は言葉を続けた


「お前が小学校の・・・1年の頃だったな、暫く撫子と長く一緒にいれた時期があっただろう」

「うん」

「丁度その頃だ、死神に会ったのは」


目的はトリガーだろう

未知の兵器、実際戦争に使えたら莫大な力になりうる存在

何処から情報を知り得たのか、暗殺対象に気づいたらなっていた


「お前が泣きじゃくるから道を変えたり、出かける場所を変えたりしていたのが奴の予想外な行動を起こしたんだろう」

「覚えてる・・・何となく、行っちゃダメな気がしたの」

「その事についても話さないといけないな」


だが今は死神だ、と話を戻す

撫子が傍にいると仕事ができない

かといって、撫子がいないと姿すら表さない

死神も相当焦っていたのだろう

それに、今から7、8年は前の事

プロであり、何人もの人間を殺してきたとしても死神の精神面は未熟だった

苛立った死神は撫子と離れた隙をついて正宗の前に現れ、直接手を下そうとしたのだ

死神はゆっくりと正宗に近づく

すぐ隣は人通りの多い道だったが、二人のいた場所は人目に付きにくい所だった

ゆっくりゆっくり、死神は正宗に近づく

殺す寸前だった


「お父さああああん!!」


子供の泣き声

正宗を探す撫子の姿

死神は驚き正宗から離れ、それに気づかないまま正宗も泣きわめく撫子に近づく

まだ死神という存在に気づいていない

このまま、このまま

死神が再び正宗に近づいた時だ


「お父さんを殺さないで!!」


撫子は確かにそう言ったのだ

その言葉に焦った死神は手元を狂わす

正宗は驚き、撫子を抱えている状況では少しだけ体をずらすので精一杯だった

致命傷には至らなかったが、背中に大きな傷を負った

それはまだ今も傷跡として残っている

大きな声での殺すという不穏な単語は人通りの多い道まで届き、何事だと人が集まってくる

近くにあった交番から、警察官も向かってきていたのだ

泣きわめく子供を抱きしめ、背中を切りつけられた男とナイフを持った男

結局捕まらなかったその男を、後に死神だと知る


「後々家の防犯カメラにも映っていた事がわかった」

「あー、そういやあったね、防犯カメラ」

「その防犯カメラにお前が家に男を連れ込んでいる所が映っていたが」

「言い方・・・寺坂くんとか村松くん達でしょ」


話が逸れたが、割と正宗にとっては一大事だ

あの中に娘の彼氏がいたらと思うと殺すしかない

白状しろ

えー、じゃぁ誰にしようかなー

選べるのか!?どういうことだ!?

騒がしくなってきた部屋に近づく足音に二人は気づかない

ばん!と扉が再び開く


「煩いわね!ご飯って言って何時間経ったと思ってんのよ!撫子は風呂入ってきて!」

「・・・はい」


鬼を背負った小南がいた

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