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 道中であれだけ騎士団をやっつけたというのに山頂の兵装魔導器(ホブローブラスティア)の周りには大勢の騎士が集められていた。一体、この人たちはエゴソーの森で何をするつもりだったのだろう。余所者を排除しようとしている辺り、あまり褒められたことをしていないのだとは容易に想像できるが。張りつめた緊張を解きほぐす為に一度ゆっくりと深呼吸をする。わたしたちの情報はしっかりと相手方に伝わっているようで目が合った途端、一斉に武器を向けられた。

「騎士団の任務を邪魔すると、罪に問われるぞ!」
「そりゃありがたいね!」

 再度、棍を握りしめて体勢を整える。戦闘はすぐに始まった。先ほどの騎士団との戦いで体力はかなり削られているはずなのにユーリさんやジュディスさんがどんどん敵を薙ぎ倒していく。カロルくんが振り回した大きなハンマーで怯んだところにパティちゃんがすかさず懐に入って銃を放つ。エゴソーの森に着いてからというものずっと元気がなかったパティちゃん。さっきの戦いまでぼんやりしていた部分もあったけれど、今はいつもの彼女らしく戦場を駆け回っている。何か吹っ切れたものがあったのだろう。

(わたしも頑張らないと)

 バリアーを張った瞬間、前方から火の弾が飛んできてひゅっと息を呑む。壁を作ってなかったら今頃わたしは丸焦げだ。相手は女だろうが子どもだろうがとにかく容赦するつもりはないらしい。隣に立つリタちゃんが小さく舌打ちしたのが聞こえた。

「アズサ。おっさんの奥にいる魔導士。あんたの得意なやつでいいわ」
「わ、分かった」
「返り討ちにしてやる……!」

 未だにドキドキする胸を軽く押さえつつ、魔術を発動させるためわたしは棍の先で地面を叩く。リタちゃんの指示は簡潔で分かりやすい。わたしの実力を考えながらわたしのできる範囲で攻撃のタイミングを作ってくれる。逆を言えば余計なことはするなと言われているのかもしれないけれど。
 詠唱している間はどうしてもバリアーの壁が薄くなってしまう為、リタちゃんにカバーをお願いするしかない(本当は棍で戦うこともできるはずなのだが)。だからできるだけ素早く、正確に、相手に魔術をぶつけなければならなかった。狙うのはレイヴンさんの奥に隠れた杖を構える魔導士。既に詠唱を始めているようで地面には魔法陣が浮かび上がっている。リタちゃんはわたしの得意な魔術で良いと言っていた。それなら選択する魔術はひとつしかない。目標は相手の詠唱を中断させること。わたしは意識を集中させる。

「あどけなき水の戯れ――シャンパーニュ!」

 魔導士の足元に幾つも浮かぶ透明な泡玉。それが一気に弾けて火花のように激しく散った。少し勢いがありすぎたかもしれないが、結果的に魔導士の詠唱が止まったから良しとしよう。驚いて動きの止まった魔導士の一瞬の隙をついたところをリタちゃんが上級魔術で畳みかける。属性によって威力が全然違うわたしに比べてリタちゃんの魔術はどれも威力が強く精度が高い。彼女の高等な魔術が直撃した魔導士はその場に倒れ込み動かなくなってしまった。

「まだ敵は残ってるわよ。すぐバリアー張って」
「う、うんっ」

 人数で圧倒的に不利な状況でも乗り越えてしまうのがユーリさんたちの強さだ。あんなにたくさんいたはずの騎士団は指で数えられるくらいまで減っていた。しかも、誰一人として大きな怪我をしていないのだから流石としか言えない。
 最後の一人をユーリさんが倒すとリタちゃんは真っ先に兵装魔導器へと駆け寄った。そして空中に浮かんでいた操作パネルに手を伸ばすとカタカタと打ち込みを始める。おそらく最初の魔導器と同じように動力を切れないか試しているのだろう。難しい表情でモニターを睨むリタちゃんをわたしは黙って見守った。

「……どうだ、リタ」
「案の定、こっちにも術式暗号がかかってるわ」
「解けそうか?」
「死ぬ気でやるって言ったでしょ。こうなったらミョルゾ行くための条件とかもう関係ないわ」

 騎士団のやつらの手に、この子そのまま残すなんて絶対できないんだから。
 力強く言い放ったリタちゃんはそれから無言で操作パネルを弄りだす。魔導器(ブラスティア)を大切に思う彼女にとって騎士団の魔導器の使い方は本当に許せないのだろう。最初の兵装魔導器は簡単に動かせないように細工を施しただけだったけれど、こちらの魔導器は完全に動きを止めるつもりのようだ。暗号が分からない以上、時間のかかる作業になりそうなのは素人のわたしでも容易に想像できる。ただ見守ることしかできないのがなんとも心苦しい。

(頑張って、リタちゃん)
「じゃ、そっちは任せたよ!」
「え?」
「あら、どこに行くの? カロル」
「さっきみたいにまた親衛隊が来るといけないから、下で見張ってる!」

 武器を手に持ち駆け出していこうとするカロルくんの後ろからジュディスさんとパティちゃんが手を挙げる。見張るだけなら問題ないだろう、とわたしも手を上げようとしたがラピードにぐいぐいと服の袖を引っ張られてしまってそれは叶わなかった。大人しくしてろと言いたいのだろう。ラピードに止められてしまうとわたしも強く出ることができない。仕方なく上げかけた手を元の位置に戻す。

「……分かったよ、ここに残るから。だから服引っ張るの止めてくれる?」
「ワフ」

 結局見張りはカロルくんとジュディスさん、パティちゃんの三人に頼むことにした。リタちゃんが魔導器につきっきりになってしまうのを考えると妥当な人選になるのだろう。残ったユーリさんとレイヴンさん、エステルちゃんの三人でリタちゃんを囲むように見守る。

「とりあえずオレたちはこっちで待機だな」

 エゴソーの森に入ってからというもの、何度も騎士団と対峙しては追い払ってきた。さっきの戦闘でもかなりの数を倒したはずだ。そう簡単に戻ってくることはないと思っていたのだが、予想以上の早さで騎士団は勢力を集めて再び戻ってきた。せめて魔導器の解除ができていればまた状況は変わったのかもしれないけれど――彼女の指先が止まる様子はない。
 わたしの立つ場所からカロルくんたちの姿は見えないが、どんどん戦闘が激しくなっていくのが音だけでも感じられる。流石に加勢した方がいいんじゃないかと動き出そうとしたわたしの肩をぐっと誰かが掴んだ。指先から視線を滑らせていくと紫黒の瞳がわたしを捉える。

「ユーリさん……」
「ラピードに止められただろ? アズサはここで待ってろ。エステルとリタのこと頼んだぜ」

 返事をする間もなく山を飛び降りたユーリさん。後を追うようにラピードとレイヴンさんも続いていった。
 二人と一匹が加勢して更に勢いを増す戦闘。怒号が飛び、爆発音が轟く。時々、大きな魔術が発動しては足元が小さく揺れた。誰かの呻き声が聞こえるたびにユーリさんたちに何かあったのではないと気が気ではなかった。たとえ彼らが強い人たちだったとしても。けれど、今わたしがやるべきなのは残ったリタちゃんとエステルちゃんの安全を確保することだ。走り出してしまいそうになる足をぐっと堪えてわたしは自分がいるべき場所に戻った。

「……止まったわっ!」

 ユーリさんたちが騎士団と戦闘を始めてどれくらいの時間が経っただろうか。はっと兵装魔導器を見上げると、ゆっくりと降下していく発射口。ずっと耳元で鳴っていた低いモーター音も聞こえなくなっている。本当に魔導器の制御に成功したんだ。パスワードを自分で解読しちゃうなんて……並大抵の努力でできるものではない。わたしはいてもたってもいられずリタちゃんの元に駆け寄った。

「すごいよリタちゃん……!」
「……死ぬ気でやるって言ったでしょ。当然よ」

 大きく息を吐いて強気の笑みを見せたリタちゃんだったが、その額にはじんわりと汗が滲んでいる。きっとものすごいプレッシャーを与えてしまっていたのだろう。わたしには計り知れない。下手をすれば全滅だってありえる状況だった。一度は重圧に押されて兵装魔導器を破壊してしまいそうになったけれど、ユーリさんたちに励まされながら見事に成功させたのだ。誰が何と言おうと一番の功労者はリタちゃんだ。わたしは小さく微笑んで彼女の手をふんわりと包み込む。あまりに酷使しすぎたのか、それとも緊張が取れたからなのか、指先が微かに震えていた。

「そうだったね。うん、本当に……ありがとう」

 兵装魔導器が止まったと分かると騎士団は意外にもあっさりと引き上げていったらしい。騎士団に関しては結局、目的もよく分からないままだった。彼らは何の為に魔導器を持ち出していたのだろうか。

「まあいいさ、とにかくこれでトートとの約束は果たした。ジュディ、頼む」
「ええ」

 騎士団との戦いを終えて戻ってきたジュディスさんはユーリさんの問いかけに頷くとひとつの鐘を取り出した。ヒピオニア大陸の洞窟で見つけてきたミョルゾへと繋がる鐘。透明でガラス細工のように繊細な装飾が施されたそれを彼女は幾度も鳴らした。リィン、リィン。鈴のようにころころとした音色が山に響き渡る。
 エゴソーの森で鐘を鳴らせばミョルゾへの扉が開く、とトートさんが言っていた。山のどこかにミョルゾへの入り口があるのかと思ってぐるりと山を見渡してみたけれど変化が訪れる様子はない。果たしてどこから現れるのだろうかと不思議に思っていると不意に頭上が黒い影に覆われた。さっきまで雲一つない快晴だったのに……。違和感を感じて目線と上に持ち上げればその正体がすぐに分かった。

「う、そ……」
「なんだ、ありゃ……!」
「扉が開いた……あれがミョルゾ。クリティア族の故郷よ」

 自分の見ているものがすぐには信じられなかった。だってーーまるで巨大なクラゲだ。空一帯を覆いつくす位の大きなクラゲがわたしたちの頭上を覆っている。あそこに街があるなんて信じられないが、ジュディスさんが言うのなら間違いないのだろう。まさか目的の場所が空を漂っていたなんてそれこそ架空の物語でしか聞いたことがない。
 ミョルゾへの入り口は空にある。誰もがあんぐりと口を開け呆然と頭上を見上げる中、唯一ジュディスさんはいつも通りの調子でバウルを呼び出していた。


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