017


 どれだけ取り繕ったとしてもわたしは所詮、余所者の人間。そんな当たり前のことにどうして今まで気が付かなかったのだろう。

「他に盗んだやつがいるなんて嘘じゃないのか? 本当はお前が盗んだんだろ」

 怒りと憎しみが混じりあった鋭い視線が突き刺さる。その視線は以前も経験した覚えがあった。彼は下町で居候することになったわたしを快く思っていなかった人物のひとりだった。
 
(わたしが盗んだ? 何を……?)

 最初は彼の言葉の意味が理解できなくてぽかんと口を開くことしかできなかった。
 自分に魔核(コア)泥棒の疑いがかけられている。そのことに気が付いたのは自分の視界いっぱいにハンクスさんの背中が広がってからのことだった。

「アズサがそんなことをするわけがないだろう。少し落ち着かんか」
「でも、こいつが来てからでしょう。魔導器(ブラスティア)の調子が急におかしくなり始めたのは」
「それは……」

 確かに"箒星"に来るお客さんたちからも魔導器がよく壊れるようになったと話は聞いたことがある。そのたびに下町のみんなで修理代を工面していたことも。お金のことで頭を悩ませるハンクスさんも何度も見てきた。だけど魔導器が壊れた件に関してわたしは何も関わっていない。それは本当のことだ。
 けれど、彼が言ったことは事実だったようでハンクスさんの言葉が濁る。「偶然だ」と言い切るには説得力が足りない程には偶然が重なってしまったらしい。口ごもるハンクスさんを押しのけて男が再びわたしを睨みつける。びくりと肩が震えた。

「オレはこいつが怪しいと思う」

 どうして魔核も魔導器も価値を分かってないわたしが盗みをしなければいけないのだろう。水道魔導器(アクエブラスティア)が壊れて困るのはわたしだって同じなのに。

「わたし……何もしてないです。魔核だって一度も触ったことありません」
「それならお前の言う魔核泥棒もお前の差し金なんだろ。そうだ、お前がその魔核泥棒を雇って盗ませたんだ」
「違いますっ……」

 何度違うと言っても彼はわたしのことを信じてくれなかった。心なしかだんだん周囲の人たちの視線もわたしを疑うものに変わってきているのが肌で分かる。
 ――このままだと堂々巡りだ。いっそのことわたしに魔核を盗む理由がないことを証明すればいいんだろうか。そうすれば今の疑いも消える可能性も出てくるけど、もしかしたらその時はわたしの素性を明かさないといけなくなる状況も出てくるかもしれない。できればそれだけは避けたかった。そうなると結局、わたしはひたすら相手の言うことを否定するしかできなかった。

「……わたし、本当に何もしてません」
「はっ、口先だけではなんとでも言えるよな」

 嘲笑が胸に重くのしかかる。流石の雰囲気に周りの視線も集まってきてしまった。目の前の人と同じように憎しみの視線を送る人、野次馬感覚でこちらを興味深そうにのぞき込む人、訳が分からず困惑の視線を向ける人、色んな人の視線がわたしに突き刺さる。その事実がどうしようもなく辛かった。
 どうして信じてもらえないんだろう。わたしは本当の魔核泥棒を見たのに……。ずっと見上げていた視界にじわりと涙が滲み始めるのが自分でも分かった。流石にわたしも心が折れかかっていた。

「お前さんいい加減に、」
「じゃあ誰かこいつの無実を証明できるっていうのかよ!」
「っ……」

 怒りのこもった叫び声に思わず身体が委縮する。彼の問いに誰も答えることが出来ないのは自分が一番分かっていた。だって、わたししか本当の魔核泥棒を見ていなかったのだから。最後まで根気強く庇ってくれていたハンクスさんもとうとう口を閉ざしてしまい、辺りは静寂に包み込まれる。

(違うって言わなきゃ)

 犯人は別にいるのだと言い続けなければこのままじゃわたしが犯人にされてしまう。否定しなければと頭の中では理解しているのに口がなかなか開かない。これ以上、否定されるのは正直言って怖かった。ぐっと唇を閉ざしてわたしは地面に視線を落とす。もう、ハンクスさんの苦い表情を見ているのも個人的には耐えられなかった。目尻から零れ落ちた涙が水に沈んだブーツの先にぽたりと落ちる。
 気が付けば自然と足が後退していた。戸惑ったようにハンクスさんがわたしの名前を呼ぶ。

「アズサ?」
「――――ごめんなさい」
「待つんだ、アズサっ!」

 集まっていた人混みをかき分けてひたすらに下町を走った。でも、帰る場所もないわたしには他に行くあてもなくて結局ハンクスさんの家に逃げ込んだ。自分のベッドに潜り込んでシーツを頭からすっぽり被ると我慢していた涙腺がすぐに崩壊した。ぽろぽろととめどなく涙が溢れる。

「……っ、」

 自分は犯人ではないと理解してもらえない悔しい気持ちと誰にも庇ってもらえないという悲しい気持ち。他にも色々な感情がぐちゃぐちゃに混ざり合って感情の容量を超えてしまっていた。
 今はもうなにも考えたくない。わたしは声を殺してひたすらベッドの中で泣き続けた。


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