033


「うわ、なにこれ!? これも魔導器(ブラスティア)?」

 遺跡の奥へ奥へと進んでいくと、やがて暗がりの中から人の形をした巨大な石像が現れてカロルくんが大きな声を上げる。魔導器、ということはこれも動いたりするのだろうか。今のところ動き出しそうな気配は感じられないただの石像だけど、もしこれが魔物のように襲ってきたらと思うとぞっとする。

「こんな人形じゃなくて、オレは水道魔導器(アクエブラスティア)がほしいな」
(に、人形……)

 わたしの知っている人形はこんなゴツゴツとした屈強なものではなくて両手で抱えられるような可愛らしいものだ。こんな巨大な石像を冗談でも"人形"と呼べるとはユーリさんも相当な強者だ。わたしは苦笑いを浮かべるしかない。
 いつの間にかモルディオさんは石像の足の後ろに回り込んで熱心に調べ物をしている。それを見ていたカロルくんがおもむろに石像に近づいて手を伸ばそうとするとモルディオさんが「ちょっと!」と声を荒げる。

「不用意に触んないで! この子を調べれば、念願の自立術式を……あれ? うそ! この子も、魔核がないなんて!」

 どうやら何か問題が発生したらしい。慌てたように石像を見回すモルディオさんを黙って見つめていると不意に服の裾が引っ張られる。視線を下に向けるとラピードがいた。

「どうしたの?」

 視線がぶつかるとラピードはしきりに首を上に動かしてアピールしてくる。何か、伝えたいことがあるらしい。
 疑問に思いながらもラピードの視線の先を見上げる。石像の奥にうっすらと見える階段。その奥で微かに見える人影。「あ、」と思わず声が漏れる。相手に気づかれないようにそっとユーリさんの肩を叩くと肩越しに紫黒の瞳がこちらに向いた。わたしは静かに人影がいる方向を指す。

「あそこ、誰かいます」

 わたしの指先を見上げて薄く口元を緩めるユーリさん。ユーリさんもそこにいる"誰か"の存在に気が付いたらしい。
 
「リタ、おまえのお友達がいるぜ」

 この遺跡の地下の存在を知っている人は少ないとモルディオさんは言っていた。それなら、あそこにいる人はモルディオさんと同じ魔導士でないとおかしい。万が一にも違うとしたら騎士団の可能性もあるけれど、たったひとりで、しかもアスピオの人たちと同じローブを纏うのは状況的にありえないだろう。消去法で考えるとしたら――。
 集中力を欠かれたのがモルディオさんの癪に障ったようだ。明らかに不機嫌な声色でモルディオさんはローブを纏った人間を呼び止める。

「わ、私はアスピオの魔導器研究員だ!」
「……だとさ」

 研究員なら隠れる必要なんてないじゃないか、モルディオさんのように堂々と魔導器を探していればいい。明らかに挙動不審な行動を見せる男に誰しもが疑いの目を向けた。ユーリさんもエステルさんもカロルくんもモルディオさんも――もちろん、わたしも。
 わたしは研究員だと主張する男をじいっと見つめる。下町で見た"モルディオさん"と同じローブ。彼が水道魔導器の魔核を盗んだ犯人なのだろうか。その割にはわたしを見てもあまり反応はなさそうだけど……。

「おまえたちこそ何者だ! ここは立ち入り禁止だぞ!」
「はあ? あんた救いようのないバカね」

 あたしはあんたを知らないけど、あんたがアスピオの人間ならあたしを知らないわけないでしょ。
 アスピオでモルディオさんの名前を出すと必ずと言っていいほど動揺していた。ある人は彼女を変人だと言っていた。その理由は分からないけれど、街に住む誰もが"リタ・モルディオ"の名前を知っていた。モルディオさんの無茶苦茶とも言える持論はあながち間違っていないのかもしれない。それ以上に、わたしたちに動揺している時点で怪しいことこの上ない。

「くっ! 邪魔の多い仕事だ。騎士といい、こいつらといい!」

 ユーリさんが剣を抜いた時点で騙しきれないと判断した男の行動は早かった。突然、石像の頭に飛び移ったかと思うと光る球を取り出しはめ込む。するとさっきまでただの石の塊だったはずの石像が青い光を帯びて動き出したのだ。まさか、本当に動くなんて思ってもみなくてわたしは確実にこちらに向かってくる石像を唖然と見上げる。

「うっわーっ、動いた!」
「遠くに離れてろアズサっ!」
「は、はい!」

 ユーリさんの声に弾かれたように返事をしたわたしは胸に垂れ下がったペンダントを握りしめて急いで後方に下がる。石像が一歩足を動かすだけで地面が小刻みに揺れた。その時、何かがぶつかったような鈍い音と同時に「リタ!」というエステルさんの叫び声が聞こえて反射的に振り返る。見ると壁の近くで倒れ込んだモルディオさんにエステルさんが駆け寄っていた。何が起きたかなんて簡単に想像がついてひゅっと冷たい空気が喉を鳴らす。握りしめた手のひらが小刻みに震えていた。 

(お願い)

 早く終わって。誰かが傷つくのなんて見たくない。
 わたしはただユーリさんたちの勝利を祈ることしかできない。無事に勝てますように。石像が大きく腕を振りかざす。間一髪で避けるユーリさんとラピード。懸命に自分より巨大なハンマーを振り回すカロルくんに、倒れたモルディオさんに治癒術を発動させるエステルさん。

「あ〜、もうしょうがないわね! あたし、あのバカ追うから! ここはあんたらに任せた!」
「任せたって、行けねぇぞ!?」
「……ああ! あのバカのせいで!」
「仲良く人形遊びするしかねえな」
「速攻ぶっ倒して、あのバカを追うわよ!」

 視界の隅に映る逃げる男の姿。それが記憶の中の魔核泥棒と重なる。ユーリさんたちはとてもじゃないけど追いかけられる状況じゃない。このままみすみす逃がしてしまっていいのだろうか。次はどこで見つけられるかも分からないのに。わたしは唇を噛みしめる。せっかく魔核泥棒を見つける為に下町を飛び出したのに、これじゃあ何のためにユーリさんについてきたのか分からないじゃないか。
 
「ちょっとアズサっ! どこいくの!?」
「わたし、先にあの人追いかけてるね」
「待ってくださいアズサ! 危険です!」

 カロルくんとエステルちゃんの制止を聞かず、ぐっと足に力を入れて地面を蹴る。
 遠くでユーリさんがわたしを呼ぶ声が聞こえたけれど、気付かないふりをして男を追いかけた。


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