044
あれから大人しく宿屋に戻って執政官の屋敷を見守っていたのだけれど、気が付いたら窓辺に頭を預けて眠ってしまっていたらしい。次に目を開けた時には出かけたはずのフレンさんたちが戻ってきていた。肩からずり落ちた毛布はソディアさんがかけたのだとフレンさんが教えてくれて、真っ赤になりながらソディアさんにひたすら頭を下げているとユーリさんたちも戻ってきた。毛布を抱きかかえながらソディアさんに詰め寄るわたしはなんとも奇妙な光景に見えただろう。
「お、おかえりなさい。リブガロは見つかりましたか?」
作り笑いを浮かべてユーリさんたちに尋ねるとリタちゃんがあからさまに表情を歪める。理由を尋ねるとリブガロを捕まえてツノを採取したまでは良かったのだが、そのツノをユーリさんが先程の夫婦に渡してしまったのだとか。屋敷に潜り込む口実を作るためにリブガロを探しに行ったのにそれを他人にあげてしまったということは執政官と接触する手段を失ってしまったということで、リタちゃんは完全に機嫌を損ねていた。エステルちゃんが経緯を説明してくれる間もリタちゃんは何度かユーリさんを睨んでいたけれど、当の本人は全く気にすることなくけろりとした表情を浮かべている。その飄々とした態度が気に食わないとばかりにリタちゃんの眉間にはますます皺が寄っていた。
「フレンさんたちは収穫ありましたか……?」
執政官の屋敷に入り込むためのヒントになればと思ってフレンさんに尋ねてみたけれど表情は芳しくない。宿屋での別れ際、どこに向かうのか尋ねたら必要な書類を取ってから屋敷に向かうと言っていたけれどわたしたちのように追い返されてしまったようだ。フレンさんの報告を聞いてカロルくんが驚きの声を上げる。相手は騎士団の命令を無視できるほどの強い力の持ち主、ということらしい。
「魔導器(ブラスティア)が本当にあると思うなら正面から乗り込んでみたまえ、と安い挑発までくれましたよ」
「私たちにその権限がないから、馬鹿にしているんだ!」
「でも、そりゃそいつの言う通りじゃねえの?」
「何だと!?」
ユーリさんに掴みかかろうとするソディアさんをウィチルさんが止める。張りつめた空気の中でもユーリさんは冷静だった。「自信があんなら乗り込めよ」とはっきり主張するユーリさんにフレンさんは静かに首を横に振る。
「いや、これは罠だ。ラゴウは騎士団の失態を演出して評議会の権力強化を狙っている。今、下手に踏み込んでも証拠は隠蔽され、しらを切られるだろう」
「ラゴウ執政官も評議会の人間なんです?」
「ええ。騎士団も評議会も帝国を支える重要な組織です。なのに、ラゴウはそれを忘れている」
何処にいても私利私欲のために動く人間はいる。特にこの世界では身分や階級にも厳しいところがあるから余計なのだろう。おそらく、ラゴウ執政官もその一人。己の欲望の為に住民を利用する。ゲームの中とはいえ――胸が痛くなる話だ。
正攻法で入れないとなるとお手上げのようでフレンさんの表情が曇る。権力のある騎士団ですら入り込めないのなら地位も身分もないわたしたちではどうすることもできない。エステルちゃんも瞳を伏せる。屋敷の前には四六時中見張り番がいるようだし、やはり正面突破しかないのだろうか。そんな時、ウィチルさんがぽつりと呟く。
「……中で騒ぎでも起これば、騎士団の有事特権が優先され、突入できるんですけどね」
「騎士団は有事に対してのみ、有事特権により、あらゆる状況への介入を許される、ですね」
「なるほど、屋敷に泥棒でも入って、ボヤ騒ぎでも起こればいいんだな」
今までのわたしだったらユーリさんの考えに賛成できなかったと思う。どうしたってわたしは非力な人間でそんな大それたことできないと怖気づいていただろうから。だけど、この惨状から目を背けるわけにはいかない。わたしたちの目的達成の為に現状を変えるのは必要不可欠だから。
――その為なら悪者になるのもたまには悪くないのかもしれない。
「それは……確かに有事になり得るかもしれませんね」
***
細く長い雨がカプワノールに降り注ぐ。これが自然現象ではなく魔導器で人工的に作られたものかもしれないというのだからこの世界は不思議だ。もちろんそんなことをして良いとは決して思わないけれど。リタちゃんが機嫌の悪い表情をしているのがなによりの証拠だ。天候を操るなんてそんな人の領域を超えた行為が許されるはずがない。ましてやそれを自分の欲望を満たす為に行っているのだとしたら尚更。
わたしたちは物陰に隠れながら執政官の屋敷を観察する。執政官の企みを暴くにも、天候を操る魔導器を探し出すにも、下町の魔核(コア)を見つけるにも、まずは侵入を阻む二人の見張り番をなんとかしないといけない。
「どうやって入るの?」
「正面突破は避けた方がいいんじゃないですか?」
「裏口はどうです?」
「残念。外壁に囲まれてて、あそこを通らにゃ入れんのよね」
小さな声で行う作戦会議の最中、突然知らない男性の声が背後から聞こえて身体が強張る。勢いよく振り返るエステルちゃんを追いかけるように恐々と肩越しに覗き込むと翻る紫色の羽織が目を引いた。
ユーリさんよりも年上であろうその男の人はうっすら髭の生えた口元に人差し指を当てて、楽しげに瞳を細める。
「こんな所で叫んだら見つかっちゃうよ、お嬢さん」
なんとか叫びそうになる声を呑み込んだエステルちゃんが「失礼ですが、どなたです?」と問いかける。エステルちゃんの問いかけに男の人は視線をユーリさんに移すとにんまりと唇を弧に描いた。
「な〜に、そっちのかっこいい兄ちゃんとちょっとした仲なのよ。な?」
「いや、違うから、ほっとけ」
「おいおい、ひどいじゃないの。お城の牢屋で仲良くしたじゃない、ユーリ・ローウェル君よぉ」
「ん? 名乗った覚えはねぇぞ」
もしユーリさんがフレンさんのように帝都の騎士団に所属していたら名前も知れ渡っていたかもしれないけれど、彼は腕の立つあくまでも一般人だ。帝都の外まで名前が伝わっているとは考えにくい。それなら別の情報源があるはず。そこでふと気が付いた。あるじゃないか、ユーりさんの名前が帝都の外に知れ渡っている原因が。容姿を見てユーリさんだと判断できるかどうかはともかく。
「……指名手配書?」
ぽつりと小さく呟いた言葉に全員の視線が集中する。指名手配書を見ていたなら、ユーリ・ローウェルという名前を知っていてもおかしくはない。
わたしは視線を男の人に向ける。彼はにぃっと口元を緩めた。
「正解。聡いわね、お嬢さん」
「あ、ありがとうございます」
「で、おじさんの名前は?」
「ん? そうだな……とりあえずレイヴンで」
名前を名乗るにはなんとも不釣り合いな言葉が飛び出し、ぱちくりと瞳を瞬かせる。悪い人ではないのかもしれないけれど……正直言ってあんまり関わりたくないタイプの人だ。
早々に立ち去ろうとするわたしたちの前にレイヴンさんはにこにこと笑みを浮かべながら立ちふさがる。その笑みは人当たりこそいいものの怪しさ満点で、隣に立つリタちゃんの目つきがより厳しいものに変わったのが分かった。
「つれないこと言わないの。屋敷に入りたいんでしょ? ま、おっさんに任せときなって」