047


 執政官の屋敷は思っていた以上に広い土地を所有しているようで、なかなか目的の天候を操る魔導器(ブラスティア)を見つけ出すことはできなかった。人目に触れて困るものなら入り口付近ではなく屋敷の奥の方に隠すだろうし、ましてや天候を操る魔導器ともなれば決して小さくはないはずだとリタちゃんは言う。地下室は魔物がほとんどだったが、地上に出れば湧き出てくる敵は雇われ傭兵がほとんどだ。執政官に存在がばれてしまった以上、彼は屋敷内にいる全傭兵をわたしたちに送り込んでくるだろう。そこで捕まってしまったらすべてが水の泡と化してしまう。限られた時間は決して多くはない。一分一秒でも早く魔導器を見つけだろうとひたすら屋敷内を駆け回った。

「この術式なら大気に干渉して天候操れるけど、こんな無茶な使い方して……! エフミドの丘のといい、あたしよりこも進んでるくせに、魔導器に愛情のカケラもない!」

 シャイコス遺跡やハルルの樹の時と同じように魔導器を弄りながらリタちゃんは叫んでいた。魔導器に人一倍の執念を注ぐ彼女にとって目の前で怪しい光を放つ巨大な魔導器の造りは耐えがたいものだったらしい。熱心に魔導器を覗き込む肩は震えていた。

「のうアズサ姐、あの魔導器はなんなのじゃ?」

 くんと服の袖を引っ張られる感覚に隣に立つ少女を見下ろす。自分のことを冒険家だと名乗ったパティちゃんは顔より大きな海賊帽子から覗く金色のおさげを揺らしながら首を傾げた。自分たちと同じように屋敷に入り込んだ彼女はその侵入の目的をアイフリードという大海賊の宝を探すためと言っていた。単純にお宝を探す為ならカプワノールの情勢や執政官の企みは知らなくても仕方がない。布団でぐるぐる巻きにされて天井から吊るされていた彼女を見つけた時には流石に驚いたけれど。

「あれは、天気を操る魔導器だよ」
「天気……?」
「あーっ! もう!」
「うわあっ! いきなり何すんだよっ!」

 それぞれが有事の為に好きなように部屋を破壊する音と共に混じってカロルくんの叫び声が聞こえる。どうやらリタちゃんの放った魔術が彼のすぐ傍にまで迫ったらしい。言い合いを続ける二人を見つめていると無遠慮に飛び交う火の玉のひとつがはわたしたちの横を通り壁にぶつかって爆ぜた。確かにあれがすぐ傍を通ったら肝を冷やしたことだろう。胸の内で小さくカロルくんに合掌した。
 激しい爆音と地響きが轟く。これだけ大きな音をが響いていれば外にいるフレンさんもきっと気が付いてくれる。そしてここに目的の人物が現れればわたしたちの仕事は遂行したと言えるだろう。しばらくすると慌てた表情の執政官が傍らに図体の大きな男を二人連れて姿を現した。わたしは反射的にポリーくんとパティちゃんを背中に回して相手を静かに見据える。彼は部屋の惨状を見渡して血行の悪そうな頬を真っ赤に染めた。

「人の屋敷でなんたる暴挙です! おまえたち、報酬に見合った働きをしてもらいますよ。あの者たちを捕えなさい」

 武器を構え前に出た男たちにユーリさんたちも姿勢を低くして対立する。わたしは戦闘の邪魔にならないように二人を連れて柱の影に隠れた。パティちゃんはそうでもないのだけど、ポリーくんの方は彼らを見た途端すっかり怯えきってしまっていて。その様子から彼を地下室に閉じ込めたのはあの二人なのだと想像できた。おじさんたちだ、と震える唇が紡ぐ。今回の出来事で彼は大きな傷を心に受けたはず。そこまでの恐怖をあの男は、ラゴウはまだ幼い子どもに植えつけたのだ。必死にしがみついてくる彼の背中をそっとさすりながら唇を噛み締めた。

「パティちゃんは大丈夫? 怖くない?」
「冒険家たる者、これしきのことで怖がっていては大海賊の宝を見つけることは出来ないのじゃ」
「……心強いね」

 ユーリさんたちが戦いを始めてしばらくすればフレンさんがソディアさんやウィチルさんたちを連れてやってきた。遠目からでも執政官が苦い顔をしたのが分かる。ここまでは想定内の展開と言えるだろう。騎士団が屋敷に入り込んで天候を操る魔導器を見つけれ言い逃れが出来なくなる。今までの悪巧みも公のものになり、カプワノールの情勢もこれ以上悪い方向には転がることはないだろう。ポリーくんや彼の夫婦も怯える必要はなくなるのだ。柱の影からほっと安堵の息を吐きだしていると、カロルくんの大きな声が聞こえてきた。

「あ、あれって、竜使い!?」

 天井を指さし大口を開けるカロルくんの視線を追いかけると頭上に大きな生き物が漂っていた。びっくりして思わず瞑目する。ただ、わたしの知っている竜よりかは鯨に近い姿をしていた。獰猛な印象もなくむしろ穏やかな顔立ちをしているようにも見える。驚いたのは自分よりも何倍も大きな生き物の背中に騎士団とはまた違う重そうな鎧を纏った騎士が跨っていたことで。何度か部屋の中を大きく旋回したその生き物は真っ直ぐ魔導器の上を通った。そして。

「ちょっと何してくれてんのよ! 魔導器を壊すなんて!」

 深々と魔導器に刺さった槍を引き抜くと竜は口を大きく上げると床に向かって火を吐き出した。むわっと伝わってくる熱気に柱に隠れてなんとか凌ぐ。アズサ姐! とパティちゃんに呼ばれてはっと目を見開くとラゴウが傭兵たちの背中。まだ下町の魔導器が彼の手にあるかも分かっていないのだ。逃がす訳にはいかない。

「ポリーくん、パティちゃん、まだ走れる?」
「うんっ」
「問題ないのじゃ」


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