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 ソディアさんとウィチルさんはそれから二言三言フレンさんと言葉を交わすとあっという間に部屋を出て行ってしまった。荷物がなんだとか編隊がなんだとか言っていたような気がする。わたしが聞いていても大丈夫な話なのかと思いながらも聞いていたけれど、二人の足音が聞こえなくなった頃を見計らってフレンさんの名前を呼ぶ。フレンさんは先程二人と話していた時の真面目な表情とは打って変わって柔らかな表情を浮かべていた。

「どうかしたのかい?」
「ユーリさんたち、今この街にいないんですか?」
「ああ。カルボクラムに魔核(コア)ドロボウの手掛かりを見つけたようで、少し前にカプワトリムを出るって」
「そう……なんですね」

 この部屋にベッドがひとつしかなくて、ユーリさんたちもいなかったからどうしてだろうと不思議に思っていたけれど……そっか、もうこの街にいなかったんだ。
 詳しく話を聞くと結局、騎士団に救出してもらってからわたしだけ意識を失ってしまったらしい。その間に下町の魔核の手がかりを見つけたユーリさんたちは北西にあるカルボクラムという廃墟に向かったのだという。それで騎士団のキュモール隊とシュバーン隊という部隊がユーリさんの逮捕の為に動き出したのだとか。そういえばユーリさん、エステルちゃんの誘拐容疑で指名手配されているんだっけ。
 フレンさんの話聞きながら頭の隅でひっそりと考える。ユーリさんたちがここにいない意味を、どうしても良くない方向に。

(流石に、置いていかれたかな)

 この旅の目的は魔核泥棒を捕まえること。目撃情報が手に入ったのならユーリさんたちが向かうのは当然だ。もしかしたら最近の情報で一刻も早く追いつきたかったのかもしれない。頭の中では分かっている。それでも、ユーリさんたちが今までわたしに何も告げずに置いていったことは一度もなかったから――少し驚いていた。自然と視線が下に落ちる。

「ねえアズサ。僕たちと一緒にヘリオードに行かないかい?」
「え?」

 きょとんとしながらわたしはフレンさんを見る。ヘリオードとはおそらく街の名前のことだろう。けれど、ユーリさんが向かったのはカルボクラムだ。全然違う名前にわたしは首を傾げる。

「流石にシュヴァーン隊が動いているとなるとユーリたちは逮捕される可能性が高い。そうなると、ヘリオードに連行されるだろう。あの街には騎士団の本部があるんだ」
「そんな! ユーリさん、本当は誘拐なんてしてないのに……」
「ああ、エステリーゼ様から事情を聞いたから分かっているよ。けれどキュモール隊やシュヴァーン隊はそうじゃない」
「ですので私が説明しにいこうと思っています。彼もまた私の命の恩人ですから」

 きっと騎士団も私のことは無視できないと思うのです。
 そう言って胸に手を当て微笑むヨーデル様。この人は一体、何者なんだろう。微かな不安が胸を過ぎったけれど、フレンさんが仕えている人なのだから多分悪い人ではないのだと思う。なにより、今のわたしにはユーリさんたちに追いつく手段がない。結論は目に見えていた。
 フレンさんとヨーデル様を交互に見比べ、わたしは「よろしくお願いします」と頭を下げた。
 
***

 ガタゴトと絶え間なく馬車が揺れる。途中で石でも踏んだのか大きく馬車が揺れて、乗り慣れていないわたしは慌てて背もたれにしがみついた。ふと視線を持ち上げれば反対側に座るヨーデル様がこちらを見て薄い笑みを浮かべているのに気が付いてわたしは曖昧な笑みを返す。ほとんど初対面の男性と狭い空間で二人きり。緊張しないわけがない。
 やっぱり無理を言ってでもフレンさんと同じ馬に乗せてもらうべきだっただろうか。それかフレンさんにも同乗してもらいたかった。

「すみません、落ち着きがなくて……」
「構いませんよ。私も時々やりますから」

 馬車の揺れが少ない内に姿勢を直して、わたしは細やかな装飾が施された小窓に目をやる。曇りガラスの向こうに僅かに見える光景は壮大な平原だった。海を越えて異なる大陸にやってきたけれど、結界魔導器(シルトブラスティア)の外の景色はそこまで変わらないらしい。どこか見たことのある世界が馬車の外には広がっていた。 
 わたしは再びヨーデル様に視線を戻す。どうしても確認しておきたいことがあった。

「……あの、わたし本当にこの馬車に乗って大丈夫でしたか?」
「問題ありませんよ」

 そう言われてもなあ。
 ニコニコと笑みを絶やさないこの人が帝都を治める次期皇帝候補だと知ったのは馬車が動き出してすぐのことだった。ヨーデル・アルギロス・ヒュラッセイン。どうやら彼がラゴウの船に捕らえられていたのは拉致監禁されていたからだったらしい。その事実にもぞっとしたけれど、正直言ってもっと驚いたのはエステルちゃんもヨーデル様と同じ皇帝候補の一人だということ。貴族のお嬢様だとユーリさんから聞いていたし立ち振る舞いも品があったからそこに疑いはなかったけれど、まさかそこまで高い地位の人だったなんて思ってもみなかった。
 考えれば思い当たる節はいくつかあった。外装こそ普通の馬車だけど随所に高級感溢れる内装も、一緒に移動している時に騎士たちに妙な反応をされたのも、馬車に乗り込む時にヨーデル様が手を差し出して警備がざわついたのも、今なら全部納得がいく。
 かといって、このまま無言でカルボクラムの到着を待つのも耐えられる気がしなくてわたしは必死に話題を捻りだす。

「えっと、じゃあヨーデルでん、か、は」
「私の事は好きに呼んでくれて構いません。むしろ街で気づかれてしまうと大変ですから、どうか気軽に」
「すみません、じゃあお言葉に甘えて……つまりヨーデルさんは今エステルちゃんと次期皇帝を争っているってことですか?」
「そうなりますね。評議会はエステリーゼを、騎士団は私を推してくれています」

 ラゴウは評議会側の人間だって前にフレンさんが言っていた。おそらくエステルちゃんを皇帝にするためにヨーデル様を誘拐した計画的な犯行だったのだろう。なんともラゴウがやりそうな手口だ。あのままラゴウの船が沈んでしまったことを考えればヨーデル様を助け出せたのは本当に奇跡に近い。

「――本当にあなたが無事で良かったです」
「アズサさんが私を見つけてくれたお陰です。感謝しかありません」

 ヨーデル様に穏やかに微笑まれてしまうと何も言えなくなってしまう。そのまま会話も終了してしまって再び無言の時間が続いた。
 あとどれくらい馬車に揺られていればヘリオードに着けるのだろう。ガタン、と馬車が大きく揺れた。

「皆さん、貴方を連れて行かないことろ随分と抵抗があったようですよ」
「ユーリさんたちが、ですか?」
「ええ。エステリーゼも随分と渋っていました」

 ユーリさんたちがカルボクラムに向かうと決めた時、もちろんわたしは眠っていて取り残された状況が理解できないだろう。そう思ったユーリさんたちはフレンさんに事情を伝えに来たらしい。そして、言っていたという。必ず戻ってくるから待っていて欲しい、と。ところがユーリさんの捕獲に騎士団が動いていることが分かり状況は大きく変わってしまった。その結果、わたしはフレンさんたちと一緒にヘリオードに向かっている。
 フレンさんのことは信用している。でも、どうしても不安が過ぎってしまう。本当についてきて良かったのだろうか? ユーリさんたちとの実力差は当然のこと、体力すらわたしは追いつけていない。これ以上、彼らについていっても足手まといにしかならないのではないだろうか、と。
 わたしはなんとも情けない笑みを浮かべることしかできなかった。 


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