051


 軽く息を吸い込むと乾いた空気と一緒に砂塵が混じったような息苦しい空気が肺に入り込んでくる。地面は綺麗にレンガで舗装されているし、建物だって丈夫そうな石造りのものばかりなのにこのざらざらとした空気は一体どこからやってきているのだろう。建設途中の建物の隙間から零れる青空を見上げながらわたしは内心首を捻った。
 目的地のヘリオードに着くと、まっすぐに騎士団の本部に連れていかれた。騎士とすれ違うたびにちくちくと刺さる視線が痛い。部隊の小隊長らしいフレンさんと一緒に並んでいるだけでも視線の的になってしまうのに、今は次期皇帝候補のヨーデル様が隣にいるのだから余計だった。もしかして逮捕された人だと思われているのかもしれない。できるだけ騎士たちと目を合わせないように視線を下に落としながらフレンさんたちの背中を追いかけた。

「アズサ、悪いんだけど少しの間ここでまっていてもらってもいいかな」
「分かりました」

 途中でヨーデル様と別れて、ひとりフレンさんの後についていくとひとつの部屋に案内された。小さなチェストとテーブルとソファーの置かれた簡易的な部屋。どうやら客室のようだった。「好きに過ごしていて構わないから」と言葉を残して、フレンさんは部屋を出ていく。足音が聞こえなくなったのを確認して、そのままソファーに深く座り込んだ。決してふかふかとは言えなかったけれど、座り心地の悪かった馬車に比べればずっといい。ソファーに身を預けて深く息を吐く。天井にぶら下がる明かりをぼんやりと見上げて思考を巡らせる。

(ユーリさんたち、やっぱり捕まっちゃったんだ)

 どこか忙しなく動き回る騎士たちを見てなんとなくそんな気はしていた。この部屋に案内される途中にヨーデル様がこっそり耳打ちをして教えてくれたけれどエステルちゃんを除く三人は現在、別の部屋でルブランさんたちから取り締まりを受けているらしい。まさかルブランさんの名前をこの街でまで聞くとは正直思っていなかったけれど。執念深く海を越えて追いかけてきたようだ。エステルちゃんの誘拐、牢屋からの脱獄、立ち入り禁止区域の不法侵入。どの罪もユーリさんが下町の魔核(コア)を取り戻すために仕方なく犯したものだ。しかもエステルちゃんの誘拐に関しては完全なる濡れ衣だというのに。きゅっと眉間に皺が寄る。

(ヨーデル様が弁解してくれるとは言ってたけれど……)

 どうしても頭の中を過ぎってしまう。もし、わたしがあの時下町で魔核泥棒を捕まえられていたら。捕まえることはできなくても何かしらの手がかりを掴めていたら、例えば顔や体格をもっと正確に覚えていたら、ユーリさんはいらない罪を重ねる必要はなかったはずだ。こうしてルブランさんたちから取り締まりを受ける必要もなかった。リタちゃんやカロルくんだって巻き込まれることはきっとなかったはずだ。
 下町でも生活が一気にひっくり返ってしまったあの日、ユーリさんは優しく手を伸ばしてくれた。魔核泥棒を探すのを手伝ってほしい、と。

「無理にとは言わない。決めるのはお前だ」

 わたしは縋りつくようにユーリさんの手を掴んだ。憎悪や疑いの目を気にしながら下町でユーリさんの帰りを待っているくらいなら証明してしまおうと思った。そう思ってユーリさんについてきたというのにいざ蓋を開けてみればやっぱりわたしはお荷物でしかない。フレンさんに言われるがままついてきてしまったけれど、本当にわたしはここにいて良かったのだろうか。
 いっそのこと――。

「お待ちくださいエステリーゼ様っ!」
(エステリーゼ……?)
「アズサ!」

 けたたましく開かれた扉の音にびっくりして顔を向けると、肩で大きく呼吸をしたエステルちゃんがわたしを見て固まっていた。「エステルちゃん……?」とおそるおそる問いかけると、彼女はみるみるうちに顔を綻ばせてわたしに飛び込んで来た。とてもお嬢様とは思えない力でぎゅうぎゅうに身体を抱きしめられて蛙が潰れたような情けない声が思わず漏れる。

「エステルちゃん、ちょっと苦しい」
「すみません。嬉しくてつい……」
「どうしてここにわたしがいるって分かったの?」
「さっき私の部屋にフレンがやってきて教えてくれたんです。アズサがいるって聞いていてもたってもいられなくなってしまって」

 ようやく腕を離してくれたエステルちゃんは隣に座るとここまでの経緯を簡単に説明してくれた。下町の魔核の情報を手に入れ、カルボクラムに向かったこと。でも結局、ニセの情報でシュヴァーン隊に捕まってしまったこと。それからカルボクラムの地下ですごく大きな魔物に出会ったことも教えてくれた。わたしが眠っている間に色々と大変な目に合っていたようだ。かえってわたしがいない方が良かったのかもしれない。

「でもアズサも無事で本当に良かったです。私、ずっと気がかりで」

 これは、きっとエステルちゃんの本心の言葉。きっと、そう。
 どうしても胸の不安が取り除けないのは"ひとり残された"事実が尾を引いているからなのだろうか。彼女はそんなことを考える子じゃないと頭の中でははっきり分かっているはずなのに。考えていることを見透かされるのが怖くてわたしは視線をそっと落とす。

「……心配してくれてありがとう」

 返事をするのがわたしの精いっぱいだった。


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