060


 無事に黒装束を蹴散らして、リタちゃんが結界魔導器(シルトブラスティア)を直し終わると街に結界が復活する。これで魔物が街の外から入り込むことはなくなった。後は街の中に残った魔物を倒してしまえば落ち着くことができるだろう。再び出会ったフレンさんも騎士団を連れて街の外の魔物の討伐に向かっていった。緊張の切れた身体がずっしりと鉛のように重くのしかかってくる。そういえば、あの親子は無事に逃げきることができただろうか。
 本来、ユーリさんたちがダングレストを訪れたのはバルボスの情報を探るためだった。その情報を持っているかもしれないというドン・ホワイトホースという人物に会うためにユニオンに向かったまでは良かったのだけれど、肝心のドンは魔物の群れを追って街の外に行ってしまったらしい。完全に手詰まりになってしまい、先にリタちゃんが騎士団長から頼まれていたケーブ・モック大森林の調査に向かうことになった。

「よっ、偶然!」

 また雨が振り始めたのか雨粒が葉っぱを叩く音が聞こえる。それでも身体に当たる雫が音に対して少ないのは頭上に伸びる樹木が傘の役割を果たしているからなのだろう。上を見上げれば異常ともいえる程に広がった新緑。お世辞にも神秘的とは言い難い。頬を撫でるひんやりとした風がまるで誘い込むように背中から流れ込んでくる。
 そんなケーブ・モック大森林で出会ったのがラゴウの屋敷で出会ったレイヴンさんだった。前回、前々回と良いように利用された経験もあるからか、ユーリさんたちの反応は冷たい。二度も同じような目に遭わされているのだから疑ってしまうのも仕方のない事なのかもしれない。ユーリさん、特にリタちゃんの表情は明らかに怪訝なものに変わっていた。

「こんなとこで何してんだよ?」
「自然観察と森林浴って感じだな」
「うさん臭い……」

 からからと笑うレイヴンさんはわたしたちの反応をあまり気にしていないようだ。それどころわたしたちと一緒に行きたいと言い出した。まさか本気なのだろうか。困惑するわたしたちを余所にリタちゃんが冷やかに言い放つ。

「背後には気をつけてね。変なことしたら殺すから」
「リタちゃん流石にそれは……」
「いいのよ別に、こっちはあいつの所為で散々な目に合ってるんだから」

 そう言ってリタちゃんはすたすたと歩き始めてしまった。ラゴウの屋敷で騙された件を根に持っているのか、それともカプワトリムで偽の情報を掴まされた件なのか。あるいはその両方か。リタちゃんの態度を見る限り信用していないのは間違いないだろう。流石に機嫌を損ねてしまったのではないかとちらりとレイヴンさんを横目で追ったけれど特に表情に変化はない。それどころか「俺ってば、そんなにうさん臭い?」ときょとんとユーリさんに尋ねる始末。飄々とした性格のようだ。

「ああ、うさん臭さが、全身からにじみ出てるな」
「どれどれ……」
「余計な真似したら、オレ何するかわかんないからそこんところはよろしくな」

 唇の両端を綺麗に持ち上げながらも冷徹な言葉を放つユーリさんにリタちゃんとはまた違う焦りを感じたのは言うまでもない。
 再びレイヴンさんに視線を送れば今度こそ彼は頬を引きつらせていた。

***

 途中でレイヴンさんの華麗な弓捌きが披露され、一応同行が決まり6人と1匹で奥地へと進んでいく。雨足は弱まることを知らず、しとしとと樹木を濡らしてゆく。若干ぬかるんだ地面に足を取られないように慎重に歩いていると不意に後ろを歩いていたレイヴンさんがわたしの顔を覗き込む。

「ありゃ? お嬢さん、カプワトリムじゃ見かけなかったわね」
「……わたしですか?」

 カプワトリムと言えばちょうどユーリさんたちと別行動を取っていた時だ。レイヴンさんはにんまりと口角を持ち上げる。

「そそ、お嬢さんのことよ」
「あの時は……別行動をしていたので」
「ふうん。体調が悪かったとか?」
「まあ、そんな感じですね」

 正直に言えば、沈没しそうな船から脱出して救助された安心感から気を失ったのだけれど、そこまで伝える必要はないだろう。レイヴンさんの問いかけに曖昧に頷いているといつの間にか隣に並んでいた。話術の達者な人は距離の詰め方も上手だなとぼんやり見上げる。自分には到底できそうにない。
 うっすら頬に張り付いた雨粒を手で払いながらわたしはレイヴンさんと会話を続ける。

「ここには本当に自然観察と森林浴で来たんですか?」
「そうよー。お嬢さんも疑ってる感じ?」
「いえ、そういうことをするならもう少し適した場所があるんじゃないかと思いまして。ここは少し気味が悪い感じがするから」

 常識では考えられないような蔓の長さも樹木の太さも、幻想的な雰囲気を通り越してもはや気味が悪い。こんなに自然が豊かなこの世界だったらもっと最適な場所があると思った。
 それに――、

(魔物の気配に怯える必要がない場所だってきっとあるはず)

 ふとレイヴンさんの奥に見えた大きなカブトムシのような魔物を見つけ、眉間に皺を寄せる。レイヴンさんの実力ならそんなこと気にする必要もないのかもしれないけれど。

「ああ、世の中にアズサちゃんみたいな優しい子がいるなんておっさんかんげ……ぎゃあ!」

 突然レイヴンさんがその場を飛びのいたかと思うと目の前を火の弾が勢いよく通り過ぎる。この至近距離でわたしにはかすりもせずレイヴンさんだけ狙うなんて流石のコントロール力としか言いようがない。ちらりと横目でリタちゃんの様子を窺うと次の攻撃も万全のようで武醒魔導器(ボーディブラスティア)の本を開いてこちらを睨みつけていた。よく見たらユーリさんも剣を抜いて静かに微笑んでいる。その目は全く笑っていなかったけれど。 

「変なことしたら殺すって言ったわよね?」
「オレも何するかわかんないって言ったよなおっさん?」
「い、いや、俺様まだ何も、」
「ぶっとべ!」

 どうやらわたしが魔物に気を取られている内にレイヴンさんがを両手を広げてハグをしようとしたらしい。
 レイヴンさんにはちょっぴり悪いなと思いつつも阻止してくれたリタちゃんにわたしはこっそり感謝した。


top