061
その異変に最初に気が付いたのはカロルくんだった。
「……何か……声が聞こえなかった?」
「声?」
ふとその場に立ち止まりきょろきょろと辺りを見渡し始めたカロルくんに気づいてわたしも足を止める。この不気味な森林もだいぶ奥まで進んで来た。結界魔導器(シルトブラスティア)の加護もない辺境地に訪れる物好きがレイヴンさんの他にもいるというのだろうか。半信半疑で耳を澄ましてみたけれど、カロルくんが言うような声はわたしの耳には届かない。「気の所為じゃないかな」と口を開きかけたその時、雨音と一緒にこの場に不釣り合いな女の子の声が聞こえた。
「うちをどこへ連れてってくれるのかのー」
「この声、どこかで……」
わたしにも聞き覚えがある。見た目に似合わない特徴的な話し方はとても印象的だった。確か初めて会った時はラゴウの屋敷でぐるぐる巻きにされて吊るされていたんだっけ。あの衝撃的な出会いもなかなか忘れることができない。間違いない、パティちゃんの声だった。
ぐるりと辺りを観察してみたけれど、肝心の姿が見当たらない。エステルちゃんたちも同じことを思ったようでしきりに周囲を確認している。
「……見たらないね」
「そうですね。でもさっきの声はおそらく、」
「パ、パティ……!?」
上空を見上げあんぐりと口を開けるカロルくんの視線を追いかけてわたしも唖然とした。そこには確かにパティちゃんの姿があった。
――昆虫のような魔物に掴まれて宙を舞うパティちゃんが。一体、なんでそんなことに。
「なに? お馴染みさん?」
「助けなきゃ……!」
「あーほいほい、俺様にお任せよっと……」
唯一、のんびりと構えていたレイヴンさんが即座に弓を構えて魔物に焦点を定める。放たれた弓は飛び回る魔物を一度で仕留め、驚いた魔物はパッとパティちゃんを解放した。重力に従って真っ直ぐ落下してくるパティちゃん。「危ない!」と叫びそうになったけれどなんとか呑み込むことができたのはユーリさんが動き出していたから。魔物の下まで駆け寄ったユーリさんはそのままパティちゃんを軽々と受け止める。
「ナイスキャッチなのじゃ」
平然とした顔で言い放つパティちゃんと無表情で見下ろすユーリさん。そのままポイっとユーリさんはパティちゃんを乱雑に捨てた。
どうしてかは分からないけれど、ユーリさんは少しパティちゃんの扱いが雑過ぎるような気がする。
「パティちゃん大丈夫?」
「おお、アズサ姐。久しぶりなのじゃ」
「……元気そうだね。良かった」
「で? やっぱりアイフリードのお宝って奴を探しているのか?」
落ちた衝撃でずれてしまった大きな海賊帽を直しながらパティちゃんは大きく頷く。
「嘘くさ。本当にこんなところに宝が? 誰に聞いてきたのよ」
「測量ギルド、天地の窖(あなぐら)が色々と教えてくれるのじゃ。連中は世界を回っとるからの」
「それでラゴウの屋敷にも入ったって訳? 結局、なにもなかったんでしょ」
「100パーセント信用できる話の方が逆にうさんくさいのじゃ」
パティちゃんの意見は一理ある。特にお宝なんてものを探している彼女にとっては可能性が低い情報ほど魅力に感じてしまうのだろう。じゃなければ、宝探しなんて無謀な冒険続けられない。
それにしてもパティちゃんはカプワノールとカプワトリムを繋ぐ海をどうやって渡ってきたのだろう。カプワノールの定期船はラゴウの策略によってほとんど使い物になっていなかった。おそらくこの世界には海を渡る手段は船しかない。まさか一人で航海をしたとでもいのだろうか。
「とりあえず、うちは宝探しを続行するのじゃ」
「一人でウロウロしたら、さっきみたいにまた魔物に襲われて危険なことに……」
「あれは襲われてたんではないのじゃ、戯れてたのじゃ」
「た、戯れてたの……?」
「たぶん、魔物の方はそんなこと思ってないと思うけどな」
多分、パティちゃんはカロルくんよりも幼い。エステルちゃんが心配するのも当たり前だろう。流石にわたしも不安になる。本人はあくまで戯れていたと主張しているけれど、さっきのは確実に魔物に連れ去られそうになっていたのだからこれ以上一人で森を進むのは危険だろう。エステルちゃんが食い下がろうとした時、不意にパティちゃんの背後に魔物が現れた。
「パティ、後ろ……」
驚くのもつかの間、パティちゃんが勢いよく振り向いたかと思うと辺りに銃声が響き渡る。銃口から伸びる煙からはほんのりと火薬のにおいがした。ぽかんとするわたしたちを他所に魔物は慌ててその場から逃げ出す。
やがてユーリさんが諦めたようにため息を吐いた。
「つまり、ひとりでも大丈夫ってことか」
「一緒にいくかの?」
「せっかくだけど、お宝探しはまたの機会にしとくわ」
「それは残念至極なのじゃ。でもうちはそれでも行くのじゃ。サラバなのじゃ」
金髪のおさげを揺らしながらパティちゃんは森の中を走っていく。「気を付けてね」と声をかける時間もなかった。
やがてパティちゃんは巨大化した植物に紛れてあっという間に見えなくなってしまった。
「行っちゃった……」
「……早かったね」
「本当に大丈夫なんでしょうか」
「本人が大丈夫だって言ってるんだから、大丈夫なんでしょ」
「だといいんだがな。ま、気にしてもしかたねえ。オレたちも行こうぜ」
多少の不安は残るけれどたった一人でラゴウの屋敷に忍び込んだパティちゃんのことだ、なんとかなってしまうのだろう。わたしはパティちゃんの消えた方角を横目に見ながらもユーリさんたちの後を追いかけた。
――けれど、あの幼さで目的を果たす為に魔物にも臆せずひとりで旅を続ける。その辛さと過酷さを当時のわたしはまだ知る由もなかった。