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 これ以上ケーブ・モックにいても収穫は得られないというリタちゃんの判断により、本来の目的であるバルボスの情報を探しにダングレストに戻ることになった。その途中で偶然にも遭遇したのがユニオンの元首でありユーリさんたちが会いたかったドン・ホワイトホース。どうやら退治に向かったという魔物の巣窟がケーブ・モックにあったらしい。一足先にダングレストに戻るという彼に話を聞いてもらうという約束をし、再びユニオンに向かうとすぐに通してもらうことが出来た。

「よぉ、てめぇら、帰ってきたか」

 お腹の底に響くようなしゃがれた声はそれだけで身の竦むような威圧感を感じる。骨太ながっしりとした体躯も一因となっているのかもしれない。ダングレストに存在するすべてのギルドの長、ドン・ホワイトホース。ユニオンがどれだけの規模を持つものなのかは知らないけれどその重責は到底計り知れないものだ。何と言ってもダングレストというひとつの街をまとめているのだから。
 一番最後に部屋に入ったわたしはゆっくりと扉を閉めてユーリさんたちの背中を追いかける。ドンと目を合わせるのが怖かったわたしはエステルちゃんの後ろに身を隠した。人を見た目で判断してはいけないとは分かっているが外見に迫力があるとそれだけで声をかける気力がなくなってしまう。エステルちゃんとリタちゃんの間から様子を窺うと、彼の傍に見知った姿を見つけた。

(フレンさん、だ)
「ドンもユーリと面識があったのですね」
「魔物の襲撃騒ぎの件でな。で? 用件はなんだ?」

 言葉を濁らせるフレンさんを見てかユーリさんが遮るように口を開いた。魔核(コア)泥棒の主犯がバルボスである可能性があるということ、バルボスについて知っていることはないかと。反応したのはドンではなくフレンさんだった。長い睫毛を伏せて淡々と呟く。

「なるほど、やはりそっちもバルボス絡みか」
「……ってことは、おまえも?」

 フレンさんがドン・ホワイトホースに会いに来たのもバルボスが理由だという。騎士団の方でも魔核泥棒にバルボスが関わっていることを把握していたらしい。紅の絆傭兵団(ブラッドアライアンス)をユニオンから外してほしいとフレンさんはドンに言う。もし協力してもらえるのなら帝国もギルドを倒すのに協力すると。ドン自身もバルボスの行動は勘付いていたようだ。怪訝そうに眉を顰めたのが遠くからでも分かった。

「あなたの抑止力のおかげで、昨今、帝国とギルドの武力闘争はおさまっています。ですが、バルボスを野放しにすれば、両者の関係に亀裂が生じるかもしれません」
「そいつは面白くねえな」
「バルボスは、今止めるべきです」

 帝国とギルドが協力する、本来ならギルドだけで解決させるような問題に帝国が関わってくるのはおそらくラゴウが絡んでいるからなのだろう。社会的地位が高いからこそ帝国も黙って見過ごすわけにはいかない。魔導器(ブラスティア)の悪用が帝国の人間の仕業だとしれば市民の信用を下げることになる。それくらいはこの世界の情勢に疎いわたしでも理解できた。特に下町は大切な資源である水道魔導器(アクエブラスティア)を壊され重篤な被害を被っている。このことが公になればますます帝国への不信感が増すだろう。
 眉根に力がこもる。気付かない内に険しい表情をしていたらしく、カロルくんがくんと服の袖を引っ張りアズサ大丈夫? と問いかける。度々体調を崩しているのもあって彼は体調を気遣ってくれる機会が格段に増えた。その度に大丈夫、と苦い笑みを浮かべて答えるのだけど。今回は体調不良からではないので自然に返事が出来た。

「なんか大事になってきたね……」
「――そうだね」

 最初は身の潔白を晴らす為だった。自分が魔核泥棒と疑われることでゲーム上のストーリーに支障が出ると思ったから。だけどエステルちゃんやカロルくん、リタちゃんが旅の仲間として増えて、ただ取り戻せばいいだけだと思っていた水道魔導器の魔核も帝国やギルドの重鎮が関わっていて。そして今、目の前で帝国とギルドという二大勢力の協定が組まれようとしている。話が肥大しすぎているような気がするのはわたしの思い違いではないだろう。最早、下町云々の問題ではなくなってきている。きゅっと唇を噛み締めた。
 やっぱり、あの時ユーリさんの手を取ったのは間違いだったのかもしれない――。

「こちらにヨーデル殿下より書状を預かって参りました」
「っほぉ、次期皇帝候補の密書か」

 フレンさんから手紙を受け取ったドンは一瞬だけ手紙に目をやると隣に立つレイヴンさんに書状を渡した。ドンが首領を務める天を射る矢(アルトスク)にレイヴンさんも所属していると聞いたのはケーブ・モックでドンと会った時の事。どうやらギルドの仕事として行動していたわけではないらしくドンから制裁を受けていた。一緒に行動していた時とは打って変わって低い声色で密書を蘇る。それは驚くような内容だった。

「『ドン・ホワイトホースの首を差し出せば、バスボスの件に関しユニオンの責任は不問とす』」
「え……?」
「どうやら、騎士殿と殿下のお考えは天と地ほど違うようだな」

 レイヴンさんから密書を受け取ったフレンさんは身体を震わせていた。それが怒りからなのか驚きからなのかは分からない。何かの罠だと叫ぶフレンさんにドンは聞く耳を持たなかった。後ろに構えていた部下に彼を捕えさせる。目まぐるしい展開にわたしは黙って事を見守ることしかできない。

「帝国との全面戦争だ! 総力を挙げて、帝国に攻めのぼる! 客人は見せしめに、奴らの目の前で八つ裂きだ! 二度となめた口きかせるな!」

 そのままドンはレイヴンさんたちを引き連れて部屋を去って行った。ぽつんと取り残されたわたしたちは状況を飲み込むので精一杯だったが、このままだとフレンさんが危険な目に遭ってしまうということは理解できた。どうしようと焦るカロルくん。エステルちゃんに至っては本当のことを確かめます! と言って帝国まで戻ると言い出す始末。わたしも具体的に何をしたらいいのか分からずあわあわとしていると視界の端にユーリさんが映って顔を上げる。友達のピンチだというのにユーリさんは至って冷静だった。

「早まるなって言ったろ。ちょっと様子を見ようぜ」


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