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 お互いの利害が一致し、結ばれると思っていたギルドと帝国の協定はヨーデルさんの過激な書状によって白紙になってしまったどころか状況は更に悪化した。ドンは帝国と戦争を始めると言い出し、再びダングレストは混乱に包まれる。街のあちこちから武装したギルドがドンの周りに集まり、その異常な雰囲気に住民も戸惑っているようだった。わたしたちはその様子を中心部の外れから様子を見守っていた。
 隣に立つエステルちゃんはユーリさんが落とした財布を拾いにユニオン本部に戻ってからというもの薄い唇を引き結びずっと黙り込んでいた。わたしたちの中で一番ヨーデルさんのことを良く知っているのはエステルちゃんで、書状の内容を聞いた時も誰より驚いていた。「エステルちゃん?」と名前を呼ぶとハッとしたように顔を上げる。翡翠の瞳がわたしを見つけると目尻が悲しげに落ちた。

「アズサ。わたし、ヨーデルがあんな密書を送るなんて考えられません……」
「うん。わたしも、そう思うよ」

 わたしがヨーデルさんと関わった時間はエステルちゃんと比べたらほんの些細なものだろう。けれど、その短い時間からでもヨーデルさんがあんな物騒な密書を送る人物だとは考えづらかった。常に相手側のことを考えてくれるような優しい人だと思う。争いごとは好みそうにない柔和な笑みを浮かべる人だった。
 それならあの密書はなんだったというのだろう。

「あっ!」

 どうにかしてフレンさんを助けられないかとは思うけれど、まずはユーリさんが戻ってきてくれないと動くに動けない。ユーリさんに言われた通りにエステルちゃんたちと待っているとカロルくんが突然声を上げた。カロルくんが小さく指を差す方向に視線を滑らせれば武装した人相の悪い集団がドンがいる場所とは違う方向に歩いている。

「間違いない。あれ、紅の絆傭兵団(ブラッドアライアンス)だよ」
「えっ、そうなの」
「どうしましょう、このままだと見失ってしまいます。でもユーリがまだ……」

 紅の絆傭兵団を追いかければバスボスに辿り着けるかもしれない。だけどユーリさんはまだ戻ってきていない。すれ違いになったらと心配するエステルちゃんにリタちゃんが口を開く。

「あたしとアズサであいつらを追うわ。いいわね?」

 ダングレストに住むカロルくんは相手に顔が知られているかもしれないし、エステルちゃんは現在ギルドと対立してしまっている帝国側の人間。この街に縁もゆかりもないわたしたちが追いかけるのは適任だろう。リタちゃんの言葉にわたしは黙って首を縦に振った。

「でもアズサは……」
「リタちゃんもいるし大丈夫だよ。何かあったらすぐ逃げるから。ユーリさんが戻ってきたら後で合流しよう」
「……分かりました」

 不安そうにこちらを見るエステルちゃんにそっと口元の両端を持ち上げて笑みを浮かべる。そうこうしている間にも紅の絆傭兵団の姿は小さくなっていてこのままだと見失ってしまいそうだった。先に走り出したリタちゃんの背中を追いかけるように地面を蹴るとわたしの隣にラピードがぴったりと並走する。どうやらわたしたちについてきてくれるらしい。正直、尾行なんてわたしに務まるのかって不安に思っていたけれどラピードがいてくれるならこんなに頼もしいことはない。

「ありがとうラピード」

 ラピードは一瞬だけわたしを見上げると「ワンッ」と一吠えした。

***

「アズサ、隠れて」

 骨組みがボロボロになった看板の後ろに隠れたリタちゃんが強くわたしの腕を引く。走って乱れた呼吸を整えつつ、紅の絆傭兵団の様子を窺うととあるお店の前で立ち止まっていた。扉の上には木製の看板があり、名前を読むことは出来なかったけれどワイングラスのような絵が描いてあったからおそらく酒場なのだろう。何か話し合いをしているようだったけれど、今いる場所からは声も聞こえない。かといってこれ以上近づくのは危険だろう。きっと不振に思われる。

「もしかしてあれが紅の絆傭兵団のアジトなのかな……?」
「そうみたいね」

 そのままお店の前から動かない彼らを監視し続けているとユーリさんを引き連れたカロルくんたちと合流した。男たちは相変わらずその場から動く様子はなく立ち往生している。もしかしたらあそこにバルボスがいるかもしれないのに何もできないのが惜しい。こうしている間にも帝国とユニオンの戦争準備は着々と進んでいて、フレンさんの命の危機が迫っているのに。

「……ありゃ、ちょっと無理矢理押し入るってわけにゃいかなそうだな」
「でも、あの中にバルボスがいるとしたら……」
「指くわえて見てるってわけにもいかねぇよな」
「どうしましょうか……」
「いーこと教えてあげよう」

 うんうんと頭を悩ませていると妙に間延びした声が降りかかってきて咄嗟に背後を向く。視線を上に持ち上げると特徴的な紫色の羽織が目に入った。唐突なレイヴンさんの登場にリタちゃんはげんなりとした表情を浮かべる。嫌悪感を隠さないリタちゃんの態度にもレイヴンさんはどこ吹く風で、その精神力は流石に見習うものがあるかもしれないなとぼんやり考えながら様子を見守る。

「おいおい、いいのか、あっち行かなくて」
「よかないけど、青年たちが下手打たないように、ちゃんとみとけってドンがさ。ゆっくり酒場にでも行って俺様のお話聞かない?」

 過去の経験から簡単に信用はできないようでユーリさんたちの反応は決して良くない。特にレイヴンさんを毛嫌いしているリタちゃんに関しては眉間に皺をいっぱい寄せて睨みつけていた。時間がないから、と断ろうとするエステルちゃんにレイヴンさんはひらりと手を振る。

「いいから、いいから、騙されたと思って」
「そんなこと言われて騙された奴がいると思って……!」
「二度騙されるのも三度騙されるのも一緒だ。でも、仏の顔も三度までって言葉、おっさん知ってるよな」

 あ、この世界でもことわざは通用するんだ。
 わたしはそんな場違いなことを思いながらユーリさんの言葉に同意するように小さく頷く。こっちは一刻も早くバルボスを見つけてフレンさんを助け出したいのだ。のんびりしている時間はない。怪訝そうな視線を浴びても相変わらずレイヴンさんは飄々としていた。

「そんな怖い顔しなくても、わかってますって。ほら青年、笑って笑って。こっちよ」


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