067


 ユーリさんとフレンさんは幼い頃からずっと一緒に下町で暮らしていたらしい。だからなのか二人の間に流れる空気が他人とのそれとは違う事を出会って間もないわたしでも感じ取ることができた。当の本人たちは腐れ縁だと苦笑交じりに言うが、それでも特徴的なことに変わりはない。幼馴染とはそういうものなのだろうか。
 馬の蹄のような音の正体はフレンさんが乗っていた生き物だった。本来ならユニオンに捕まっているはずの彼がどうしてあの戦場にいるのかは疑問だったが、特に驚いていないユーリさんを見る限り事の裏側を彼は把握していたようで。軽く持ち上げられた口角が視界に映り思わずわたしもほっと胸を撫で下ろす。フレンさんが人質として捕えられていないのならまずは大きく時間に縛られる必要はなくなったということなのだから。

「私は騎士団のフレン・シーフォだ。ヨーデル殿下の記した書状をここに預かり参上した! 帝国に伝えられた書状も逆臣の手によるものである! 即刻、軍を退け!」

 実際にフレンさんの姿は見えないけれど凛々しい声がここからでも良く響く。ヨーデルさんからの密書の内容から始まった一連の事件。彼の発言との不一致から疑問には感じていたが、やはりラゴウ達の手が加わっていたようだ。バルボスが悪態をつきながら憎らしげにラゴウを睨みつける。引きつった声を上げて身を縮こませるラゴウ。二人の様子を見れば確信犯なのは明らかだった。

(それにしてもいつから……?)

 密書を届けに来た時、確かにフレンさんはユニオンに捕えられていた。見せしめにして八つ裂きにする、そんな物騒な発言と一緒に。ヨーデルさんとはヘリオードで別れたきりでそれ以降どこにいるのかは知らない。だけどこの街にいるのならわざわざユニオンにフレンさんを派遣したりしないだろう。どこか別の街に滞在していると考えた方が説明しやすい。フレンさんが自由に動けるようになったとしたらわたしたちがバルボスを探していた時だろう。その時にフレンさんはヨーデルさんの所に本当の密書を取りに行っていた。

「アズサ?」

 不思議そうにわたしの名前を紡いだユーリさんが、どうした? と小首を傾げながらこちらを軽く覗き込む。紫黒の瞳と視線がかち合い、やがてひとつの記憶が蘇ってきた。フレンさんがユニオンに捕まったすぐ後、ひとりだけ別行動をとった人物がいる。落とした財布を取りに行く、そんなことを言いながら。
 もし、あの時からこのことを知っていたのだとしたら――幼馴染のピンチだというのに妙に焦りのない言動にも納得がついた。

「……知ってたんですね、フレンさんのこと」
「さあな」

 そうやってはぐらかしたユーリさんだったけれど僅かに持ち上がった口角をわたしは見逃さなかった。じいっと彼を見つめ続けていれば細かいことは気にすんな、と視線を戻す。気にならないと言えば嘘になるが、まずは目の前のことに集中しなければ。再びバルボスを見れば、彼は苦々しく顔を歪めラゴウを睨みつけていた。最早、隠すつもりもないらしい。
 ユーリ! とエステルちゃんが慌てたような声を上げる。神経を尖らせつつ彼女が指さす方向を見れば一人の男が銃を構えていた。背筋を冷たいものが通る。銃口が誰に向いているのか、考えたくもない。

「あの人、フレンを狙ってます!」

 男との距離は決して短くはない。走ったところで間に合うかどうか。堪らず目をきゅっと瞑ったが銃声の代わりに響いたのはカロルくんの当たった! という嬉しそうな声と彼を誉めユーリさんの声。何が起きたのかさっぱり分からなかったがまずはフレンさんの命が奪われていないことにほっと胸を撫で下ろした。
 けれど、安心したのもつかの間。

「ガキども! 邪魔はゆるさんぞ!」

 バルボスの怒りの矛先がとうとうわたしたちに向けられる。銃のような形をした(おそらくあれも魔導器の一種なのだろう)武器を取り出したバルボスは銃口をこちらに定める。引き金が引かれるその瞬間、不意にカメラのシャッターを切るように彼の隻眼がわたしを捉えた。

(まずい)

 戦いにおいて自分より力の弱い者を狙うのは当然の話だ。それにわたしが選ばれたというだけ。戦闘の邪魔にならないようにとみんなから距離を取っていたのも原因かもしれない。即座に銃口が自分に向けられ引き金が躊躇いなく引かれる。誰かがわたしの名前を叫ぶ声が聞こえたが、目を動かす余裕はない。
 一瞬にして視界は眩い光に包まれた。


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