067
ユーリさんの視線を追いかけるようにしてわたしも視線を滑らせると、街の外では帝国軍とギルドが対峙している。その真ん中に向かって走る一頭の馬が見えた。陶器のように真っ白な体躯に鮮やかな青い鬣。その馬には人が乗っていた。わたしはじいっと目を凝らしてその人物を見つめる。見覚えのある甲冑にダングレストの陽に照らされて煌めく黄金色の髪。
あんぐりと開いた口が塞がらなかった。
「――フレンさん?」
「フレン!?」
「止まれーっ! 双方刃を引け! 引かないか!!」
本来ならユニオンに捕らえられているはずのフレンさんがどうしてあの場所にいるんだろう。詳しい事情は分からなかったけれど、さっきのユーリさんの反応を見る限り、あそこにいるのはフレンさんで間違いなさそうだ。とりあえずフレンさんが無事で良かったとホッと胸を撫で下ろす。
フレンさんはギルドと騎士の間に立つと、手に持ってい何かを掲げた。
「私は騎士団のフレン・シーフォだ。ヨーデル殿下の記した書状をここに預かり参上した! 帝国に伝えられた書状も逆臣の手によるものである! 即刻、軍を退け!」
ここからははっきりとフレンさんの姿を捉えることはできないけれど、耳に届く凛々しい声は間違いなくフレンさんの声だ。やっぱりドンに渡した密書はヨーデルさんが書いたものではなかったらしい。わたしの知っているヨーデルさんからはとてもじゃないけど考えられない内容だったから間違いで良かったと心から思う。
――ただ、目の前の二人にとっては都合の悪いものだったみたいだけども。
「ラゴウ、帝国側の根回しをしくじりやがったな!!」
「ひっ……」
怒り狂うバルボスと顔を青ざめて身を縮こませるラゴウの様子を見れば明らかだった。密書を別のものにすり替えたのも彼らの計画のひとつだったらしい。
それにしてもフレンさんはいつの間に脱出していたのだろう。ユニオンで密書を渡した時、確かにフレンさんは捕らえられた。見せしめにして八つ裂きにする、そんな物騒な発言と共に。ヨーデルさんとはヘリオードで別れたきりでそれ以降どこにいるのかは知らなかった。だけど、もし仮にこの街にいたのならわざわざユニオンにフレンさんだけを派遣したりしないだろう。きっとヨーデルさん自身も一緒に行くはず。どこか別の街に滞在していたと考えた方が納得がいく。フレンさんが動けるとしたらわたしたちがバルボスを探しに地下水道を進んでいた時ぐらいしか考えられない。その間にフレンさんはヨーデルさんのところに向かい本当の密書を取りに向かっていたのだとしたら、フレンさんは捕らえられてからすぐに脱出していたことになる。
「アズサ?」
考え込んだわたしを不思議そうに覗き込むユーリさん。紫黒の瞳と視線がかち合って、不意にひとつの記憶が脳裏に蘇ってくる。フレンさんがユニオンに捕まってすぐ後、ユーリさんは一瞬だけわたしたちと別行動をとった。「落とした財布を取りに行く」と言ってユニオンに戻っていったじゃないか。
あの時にフレンさんに会いに行っていたんだとしたら、脱出したのを知っていたもしくは手伝っていたんだとしたら――妙に落ち着いていた言動にも納得がいく。
「どうした?」
「……知ってたんですね、フレンさんのこと」
「さあな」
はぐらかすユーリさんだったけれど僅かに持ち上がった口角をわたしは見逃さなかった。聞きたいことは色々あったけれど、まずは目の前のことに集中しなければ。
ユーリさんに向けていた視線をバルボスに戻して――わたしは血の気が引いた。バルボスの近くにいた手下の一人がライフルの照準を合わせている。その銃口が誰に向けられているのかなんて、考えたくもなかった。
「ユーリ! あの人、フレンを狙ってます!」
手下との距離は決して短くはない。走ったところで間に合うかどうか。わたしは堪らず目をきゅっと瞑った。けれど、聞こえてきたのはライフルが打たれる音ではなくガチン! と何かがぶつかる音と呻く男の声だった。目を開けると床に転がる金槌と意識を失って倒れている手下。そして隣で拳を振り上げるカロルくん。
「当たった!」
「ナイスだ、カロル!!」
「ガキども! 邪魔はゆるさんぞ!」
作戦をことごとく潰され、とうとうバルボスの怒りの矛先がわたしたちに向けられる。勢いよく立ち上がったバルボスの手にはフレンさんを狙っていたライフルよりも何倍も大きな銃が握られていた。ひゅっと喉の奥に乾いた空気が入り込む。息を吸い込む間もなく銃口がこちらに向けられた。
ぐっと強く服の裾が引っ張られる。ラピードだとすぐに分かった。
「アズサっ!」
そう叫んだのは誰だったのか。
銃口がまっすぐ自分に向けられる。カメラのシャッターを切るようにバルボスの隻眼がわたしを捉えているのが本能的に分かった。今から逃げても間に合わない、と身体が理解していた。
戦いにおいて自分より力の弱いものを願うのは当然の話だ。それにわたしが選ばれたというだけ。
引き金が引かれる瞬間はやけにスローモーションに見えた。