069


「はい、これで最後!」

 リタちゃんの渾身の一撃が相手に決まる。心なしか彼女の動きが荒っぽいような気がするのは勘違いではないのだろう。四肢を地面に投げ出し動かなくなったのを確認し安堵の息を吐きながらわたしも自身に張っていたバリアーを解いた。
 あの後ユーリさんに置いてけぼりにされたエステルちゃんたちが納得するはずもなく、すぐに追いかけようという話になった。まさか彼が単独行動を起こすとは誰もが想像していなかったのだろう。かくなるわたしも突然のことに内心焦っていた。いきなり「頼む」なんて言われたって咄嗟に反応できるほど順応な人間ではない。おそらくは引き留めておいてほしいという意味だったのだろうけれど、結局彼女たちと共にガスファロストまでやってきてしまっていた。

「おっ……やってるな」
「ユーリ!」

 数時間前にダングレストで別れた声。見慣れた紫黒の長い髪が視界に入り、どうしようもない安心感が胸に広がる。駆け寄るエステルちゃんに続くようにリタちゃん、カロルくん、レイヴンさんもユーリさんのところに向かっていった。ぺたぺたと身体に触り怪我がないか確認するエステルちゃんの姿が可愛らしくてつい口許が緩む。

「おまえらも……おとなしくしてろって言ったのに」
「だって、みんなユーリのことが心配で!」
「ちょっと。別にあたしは心配なんてしてないわよ」

 そう言ってカロルくんに拳を振りかざすリタちゃんにくすくすと笑っていればふと横から視線を感じて目を動かせばユーリさんがこちらを向いていて。目を細めて苦笑する理由は何となく分かっていたけれど、あえて気付かないふりをして軽く首を傾げた。肩より長い髪を揺らしながらまったく、と彼が口を開く。

「あいつらのこと頼むって言っただろ」
「引き留めてくれ、とは言われませんでしたので」

 あの時ユーリさんには「みんなを頼む」としか言われていない。その言葉の奥底に潜んだ意味を拾い上げるのは簡単だったけど、素直に従う気にならなかったのはわたしもエステルちゃんたちと同じ気持ちだったから。みんなでバルボスを捕まえようとに団結していた矢先にあんな風に置いてけぼりにされて納得できるはずがなかった。だからユーリさんを追いかけることも反対していない。彼なりの考えがあったとしても、だ。
 若干の皮肉を込めながらそっと口角を持ち上げる。ユーリさんは僅かに瞳を丸くさせると再び目を細めて苦い笑みを浮かべた。そして分かりやすく肩を竦める。その仕草に呆れや怒りは感じられない。仕方ないなあ、と諦めてくれたようだ。ユーリさんの頼みごとを真正面から無視してしまったことになるからもしかしたら怒られるかもと思っていたのだがその様子も感じられない。内心少し、ほっとしていた。

「はは、言うようになったなアズサも」
「……だ、誰だ、そのクリティアッ娘は? どこの姫様だ?」

 クリティア……? また聞き慣れない単語がレイヴンさんの口から零れる。何の事だろうと声を荒げる彼の視線を追いかければユーリさんの後ろから現れた一人の女性。その姿に思わずぎょっとした。水着のような露出の多い服装にレイヴンさんの様子が変わったのも頷ける。すらりと伸びた四肢が惜しげもなく晒されたスタイルのあまりの良さについ見入ってしまった。
 耳の後ろから伸びる長い髪はアクセサリーか何かの一種なのだろうか。まじまじと観察しているとぱちりと視線がかち合いうっすら微笑まれる。自分にはひとつも持ち合わせていない女性特有の上品さがその仕草から溢れていた。

「クリティア族は初めて?」
「え? あ、はい……」
「オレと一緒に捕まってたジュディス」
「こんにちは」

 カロルくんを皮切りにそれぞれが名乗りを上げていく。「神崎アズサ」とうっかり苗字まで口にしないようにするのにも随分と慣れた。幸いなことにレイヴンさんのように名前だけでもこの世界では通用するようで不審に思われることはほとんどない。今回もアズサとだけ言えばジュディスさんも特に疑う様子は見られなかった。
 ジュディスさんは魔導器(ブラスティア)を見るためにわざわざここ――ガスファロストまで来たらしい。ダングレストからもそれなりの距離があるこの場所に魔導器を見る為だけにたった一人で来たというのだろうか。それはそれで珍しいと思ったが、研究熱心なクリティア族には珍しいことではないらしい。みんなの会話を聞きながらそもそもクリティア族とはどんな部族なのかひとつも知らず尋ねようとしたところ、急に腕を掴まれたかと思ったら強い力で引っ張られた。ぐるりと回転する世界。

「うわあっ!」

 カロルくんの悲鳴と同時に視界の端で大きな斧が空を切る。それはついさっきまで自分が立っていた場所。あの場所にいたら、今頃私の体は真っ二つになっていただろう。考えただけでもぞっとする。微かに震えたのが伝わってしまったのか、肩に回されていた手がするりと後頭部に移動し頭ごと引き寄せられた。視界いっぱいに広がる紫の羽織。その後、金属音がぶつかる音と一緒に男の呻き声が耳に届く。肩越しに様子を伺うと鎧を着た男は地面に伏せっていた。そのまま視線を上に持ち上げてわたしを引っ張ってくれた張本人を見上げる。真剣みを帯びた表情は私を見下ろすと途端にいつものそれに戻っていた。

「あの、助けてくれてありがとうございました――レイヴンさん」
「アズサちゃんの為ならどうってことないわよ」

 そう言ってにんまりと笑ったレイヴンさん。脅威は過ぎ去ったのだからもう離れてもいいはずなのになかなか背中に回された手は解かれない。密着した体になんとなく羞恥心が湧いてきて彼の腕の中でおろおろしていると背後からリタちゃんの声。

「さっさとアズサから離れろおっさん!」

 このあとコントロール抜群のファイアーボールがレイヴンさんに飛んだのは言うまでもない。


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