070


 その男はガスファロストの頂上で待っていた。

「性懲りもなく、また来たか」
「待たせて悪ぃな」

 建物のあちこちに点在する複雑な仕掛けをやっとの思いで上りきれば、屋上でバルボスが歪んだ笑みを浮かべながら立っていた。男の手にはダングレストから飛び去った時に使っていた機械仕掛けの剣が握られている。その中に見覚えのある蒼い光を見つけ、思わずユーリさんの名前を呼んだ。考えたことは同じだったようで、ユーリさんもわたしを見て小さく頷く。

「あの光……!」
「もしかして、あの剣にはまってる魔核(コア)、水道魔導器(アクエブラスティア)の……!」
「ああ、間違いない……」

 やっと見つけた。やっと。
 まるでわたしの感情に呼応するように胸の真ん中で赤く熱を帯びる武装魔導器(ボーディブラスティア)をきゅっと握りしめる。絶対に取り戻さないといけない。生活に困っている下町の人たちの為にも、そこに戻る自分の為にも。あれは、あの男が勝手に私欲の為に使って良いものではないのだ。自然と張り上げる声にも力がこもる。

「お願いです、下町の魔核を返してくださいっ」

 鋭いバルボスの視線が刺さり肩が震える。逃げ出したくなる衝動をなんとか堪えることができたのはわたしとバルボスの間にフレンさんが立ってくれたからだ。フレンさんもまたバルボスを捕えるために単身でガスファロストに忍び込んでいたらしい。その手はいつでも抜けるようにと剣に添えられていた。
 耳元で強い風音が聞こえる。まるでこのガスファロスト自体が怒っているようだ。侵入者を許すな、と。それと同時にバルボスの感情もどんどん剥き出しなものに変わってゆく。魔核を返す様子は全く見られなかった。多分、戦いは免れない。

「十年の歳月を費やしたこの大楼閣ガスファロストがあれば、ワシの野望は潰えぬ! あの男と帝国を利用して作り上げたこの魔導器があればな!」
(ああ、そうか)

 きっとバスボスの執念そのものがこのガスファロストなのだ。長い時をかけているからこそ強い力が余計に働いてしまっているのだろう。声を荒げるバルボスに反応するかのように建物を覆う竜巻も勢いを増す。

「十年の歳月を費やしたこの大楼閣ガスファロストがあれば、ワシの野望は潰えぬ! あの男と帝国を利用して作り上げたこの魔導器があればな!」
「アズサ!」

 バルボスが剣をこちらに向けたのが先か、それともフレンさんに名前を呼ばれたのが先か。一瞬、腕を強く引っ張られたかと思ったらそのまま抱きかかえられ宙を舞っていた。独特の浮遊感が襲う。フレンさんの腕の中から背後を振り返れば、ついさっきまで自分たちが立っていた場所では大きな爆発が起きていた。おそらくバルボスの剣から放たれたものだろう。光線を放つ剣なんて聞いたこともない。あれが魔核の力なのだろう。

「怪我はないかいアズサ?」
「だ、大丈夫です。ありがとうございます……」

 わたしを降ろしながら顔を覗き込んでくるフレンさんに意識的に口角を持ち上げて応える。本当は心臓が爆発してしまいそうな位にどきどきしていた。とても、嫌な方で。握りしめた拳を胸の上に置くことで必死に感情を押し殺す。少しでも不安を見せたらダングレストの二の舞だ。もしかしたらバルボスには既に気づかれているかも知れないが。
 ユーリさんたちを追いかけるようにバルボスも移動先に降り立つ。再び武器を構えた彼らだったが、その表情はいつものような余裕は感じられなかった。やはり、あの武器は相当面倒なものらしい。

「グハハッ! 魔導器と馬鹿にしておったが使えるではないか」

 バルボスの笑みが薄気味悪く歪む。剣を空に掲げれば辺りに爆発音が響いた。一体、あの剣には他にどんな力が秘められているのだろうか。分からないだけに下手に動けないのが正直なところだった。

「どうした小僧ども。口先だけか?」
「ふん、まだまだだ」
「お遊びはここまでだ! ダングレストごと、消し飛ぶがいいわ!」
「伏せろ」

 頭上から低い声が聞こえた。辺りを見渡せばすぐにその人物を見つけることができた。腰まで流れる白い髪は遠くからでもよく分かる。彼の手にはケーブ・モックで会った時と同じ、赤い光を放つ剣。それが一瞬、強く光ったかと思ったら突然バルボスの剣が大きな音を立てて壊れた。いきなり大破したことに驚くバルボス。わたしたちも何が起きたのかさっぱり分からなかった。
 慌ててあの人が立っていた場所に目を向けたけれどそこにさっきまでの姿はない。一体、彼は何をしたのだろうか。それよりもどうやって屋上まで上ってきたのだろうか。途中で出会ってもおかしくなかっただろうに。

「あいつ……!」
「リタ、今はよそ見はすんな」

 今すぐにでもあの人のところへ駆けだしてしまいそうなリタちゃんを押さえるユーリさん。これが彼女なしでもなんとかなる相手だったらユーリさんも快く送り出していたことだろう。けれどそれをしなかったということはバルボスがそれほどの実力を持っているということ。

「……くっ、貧弱な!」

 壊された剣は動きを止め、チェーンソーのように動いていた歯も飾り同然となってしまっている。静かに蒼く輝いていた魔核も光ることを止めてしまった。バルボスは憎らしげに舌打ちをするとそれを地面に投げ捨てた。鈍い音を立てて転がる。

「形勢逆転だな」
「賢しい知恵と魔導器で得る力などまがい物にすぎん……か。所詮、最後に頼れるのは、己の力のみだったな」

 小さく何かを呟いたバルボスは静かに武器を引き抜いた。今度は銃でも機械仕掛けの剣でもない。大振りではあるがシンプルな剣。遠くかでも分かる刃こぼれはそれだけ使い慣れたという証拠だろう。
 それぞれが武器を構える。わたしも武装魔導器を握りしめ、何が起きてもいいように身構える。ろくに戦えない自分ができることは少しでもユーリさんたちの戦いの邪魔にならないように身の安全の確保をとることだ。

「さあ、おまえら剣を取れ!」
「あちゃ〜、力に酔ってた分、さっきまでの方が扱いやすかったのに」
「開き直ったバカほど扱いにくいものはないわね」
「ホワイトホースに並ぶ兵、剛嵐のバルボスと呼ばれたワシの力と……。ワシが作り上げた『紅の絆傭兵団(ブラッドアライアンス)』の力。とくと味わうがよい!」


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