072


 再びオレンジ色に染まった町に戻れば、一目でその様子の違いに気がつく。甲冑を身に纏った集団が一人の男を捕らえていた――ラゴウだ。捕まる時に抵抗したのか服のあちこちに汚れや皺が見える。ラゴウの隣には先にダングレストに戻っていたフレンさんの姿があった。

「これでカプワ・ノールの人々も圧政から解放されますね」
「次はまともな執政官が来りゃいいんだがな」
「いい人が選ばれるように、お城に戻ったら掛け合ってみます」

 エステルちゃんの最初の旅の目的はフレンさんに危険を知らせることだった。それはカプワ・ノールで達成されていたが、そのままずるずると引きずっていた。ラゴウが捕まったことで今度こそ彼女が旅をする理由がなくなったということだろう。
 静かにエステルちゃんの横顔を伺う。なんとなく陰りが見えるのはわたしの気のせいではない。

(楽しかったんだろうな……)

 ずっとお城の中で生きていたのだという。綺麗なドレスを着て、おいしいものを食べて、魔物に襲われる心配のない部屋で眠る。安定した生活よりもこの短期間の旅の方がずっと有意義だったのだろう。そんな彼女にかける言葉がうまく見つからなかった。

「……きっと、見つかると思うよ」
「ありがとうございますアズサ」

 力無く微笑むエステルちゃんにわたしも薄く口角を持ち上げる。旅を続けるのも止めるのも彼女自身の問題だ。わたしが簡単に口出しするようなことではない。カロルくんやユーリさんも何か言いたげな表情こそしていたけれど露骨に止めることはしなかった。本当は止めてほしかったのかもしれないけれど。

「そういうあんたも帰るんでしょ? 下町」

 投げやりに尋ねてきたのはリタちゃんだった。騎士団を遠目に見ていた翡翠の瞳をこちらに向け、猫のようにすっと細める。
 わたしの旅の目的は下町の盗まれた魔核(コア)を取り返すことだった。そして自分にかけられた泥棒の疑いを晴らし、本来のユーリさんの物語の始まりを静かに見届けること。シナリオ通りに進めるためにも、部外者は早急に立ち去らなければならない。

("帰る"、か……)

 リタちゃんにとっては何気ない一言だったのだろう。下町から来たのだから、下町に"帰る"という言葉は間違ってはいない。ふっと自嘲気味に唇が歪む。皮肉な発言だと感じとる人物はきっといない。
 それでも、わたしが本当に帰りたいのはあそこじゃないのだ。

「――うん、"戻る"よ」

***

 エステルちゃんは翌日帝都に戻ることになり、そこにわたしも同乗させてもらえることになった。方向が一緒とは言え、相手は一国の皇帝になるかもしれないお姫様。最初こそ本当にいいのだろうかと迷ったけれど、考えてみればもう一人の皇帝候補とも一緒の馬車に乗っていたんだった。あの時の緊張に比べたらエステルちゃんの方が気心が知れてる分、ずっといい。
 宿屋で部屋を取り、少し早い夕飯を食べたら後は自由行動になった。わたしも最後になるであろうダングレストの街が見たくてふらふらと散歩をしている。まだ街のあちこちに魔物に襲われ修復が必要な箇所はあったが、落ち着きは取り戻しつつあった。少し前までは全体がパニックに陥っていたというのに。

「お嬢ちゃん興味があるのかい?」

 ふと、武器屋の前で足が止まる。刀や弓、槍といった見覚えのある武器。魔術だけでは不安だと。懐に突っ込まれたら自分の身を守る術がないのだとバルボスとの戦いで感じた。もしもの時に使える武器が。それがあれば少しは彼らの負担が減るのではないだろうか。
 声をかけられて意識を戻す。店の前には店主なのだろうおじさんが笑みを浮かべながら立っていた。ちらりと周囲を見渡して声をかけられたのが自分だと確認してから苦い笑みを作る。

「あ、えっと……」

 曖昧な返事をおじさんはわたしが悩んでいると思ったらしい。とりあえず触ってみてごらん、と店の中に入ってしまった。今さら引き返すわけにもいかず後に続く。店の中には壁のあちこちに色々な武器が飾られていた。その種類の多さに思わず目移りする。見たこともない武器もたくさんあった。
 店の奥からいすを持ってきてくれたおじさんにお礼を言いながら静かに座る。しばらくすれば目の前に剣が何本も広げられた。顔を上げれば、顎に手を添えながら剣とわたしを交互に見やるおじさん。真剣な表情なだけにますます見てただけだとは言いづらかった。

「うーん、やっぱり軽い方がいいかな。細身のものをいくつか持ってこようか?」

 その武器を使って戦う人はごく身近にいる。まるで大道芸のようにくるくると気軽に扱う人が。自分が彼のように武器を扱えるかと言われれば答えはすぐに出てきた。最も、あの戦い方が珍しい方だとは分かっているとしても。

「いえ、剣はちょっと……元々、魔術主体なので」
「あーそっち方面かあ。確かにお嬢ちゃんは前衛! って感じじゃなさそうだな」

 納得したように頷いたおじさんは並べた剣をまとめて仕舞に向かう。その背中をぼんやりと見つめていた。これから下町に戻るのだから武器を持つ理由などないはずだ。どうして自分は武器の必要性を感じてしまったのだろう?

「んじゃ、こんなのはどうだ?」
「……これは?」
「普段はこんな風にしまっておける。持ち運びやすいように軽く作ってあるから打撃力はそんなにないけどな。刃もないから初心者にも扱いやすい。まあ、丸腰よりマシな護身程度の代物だ」

 ダングレストは天を射る矢(アルトスク)や紅の絆傭兵団(ブラッドアライアンス)のようなギルドが多く存在しており、戦う為の武器を必要とするお客がほとんどなのだという。だから、わたしがおすすめされたものはほとんど手にとってもらえないのだという。おじさんから受け取ったそれは確かにさっき見せてもらった剣よりずっと軽かった。

「滅多に売れるやつじゃないからゆっくり考えるといいよ。またおいで」


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