078


 ユーリさんたちを見つけるのはそれほど難しくなかった。ヘリオードについて早々に何か騒ぎを起こしたらしいのだ。大方、エステルちゃん辺りが気になって首を突っ込んでしまったのだろう。それもあってなかなか合流するタイミングが掴めずにヘリオードを抜けてどこかの森の中に入り込んでいた。

「ちょっとフェローってなに? 凛々の明星(ブレイブヴェスペリア)? 説明して」
「そうそう、説明してほしいわ」

 えっ、と思わず喉まで出そうになった声を慌てて飲み込む。ついさっきまで自分の隣にいてユーリさんたちの様子を窺っていた人物がさも当たり前のように彼らの輪の中に入っていたら誰だって驚くだろう。とっさに木の陰に身を隠して息を潜めていたが、幸いにもレイヴンさんで彼らの意識がこちらに向けられることはなかったようだ。ほっと胸をなで下ろす。

(……それにしても、いつの間に)

 レイヴンさんの登場により完全にわたしが出ていくタイミングを逃してしまった。木に寄りかかりながらひっそりと息をつく。レイヴンさんも今出ていくなら教えてくれてもいいのに。
 ユーリさんたちについていきたい、と威勢良くダングレストを飛び出したまでは良かった。その甲斐もあってわたしのすぐ後ろには会いたかった人たちがいる。それでもやはり実際に対面するとなると緊張してしまうのが本音だった。一体、どんな反応をするだろう。喜んでくれるだろうか、困らせてしまうだろうか。一度は彼らの誘いを断っている。今更……、なんて言われてしまうかもしれない。そう思ったらなかなか踏ん切りがつかなかった。

「……ん?」

 力なく垂れ下がった手の甲に何か突っつかれるような感覚。視線を下に落とすと鋭い隻眼と視線がかち合った。尻尾がゆらりと揺れる。全く存在に気づかなかったのもあって思わず声を上げて木の陰から飛び出してしまった。しまった、と思ったときにはもう遅い。ゆっくりと顔を横に向ければその場にいた全員の視線がわたしに集まっていた。思わず頬がひきつる。

「あの……えっと」
「アズサっ!」

 名前を呼ばれたかと思ったら目の前が桃色でいっぱいになる。息が苦しくなるくらいぎゅうぎゅうに抱きしめられた。でも、本当のことを言うとその力強さが少し嬉しい。少なくとも彼女にはここにいることを否定されていないと思えるから。

「エステルちゃん、苦しい……」
「あっ、ごめんなさい! またアズサに会えたのが嬉しくて、つい」

 するりと腕を解いたエステルちゃんはそのままわたしの手を引いてユーリさんたちの輪の中に連れていってくれた。まさかこういう再会の仕方になるとは予想していなくてわたしも若干パニック状態になっていた。ああ言おう、こう言おうと頭の中で考えていたことが全部真っ白になってしまい、上手く言葉が出てこない。俯き加減だったわたしに降ってきたのはいつもと変わらないユーリさんの声。

「フレンとは一緒じゃなかったのか?」
「え……あ、ここまではフレンさんじゃなくてレイヴンさんと一緒に来たんです」
「あ、だからフレンもあの時アズサがいないこと聞いてきたんだね」

 突然の進路変更に困らせてしまうのはないかとどきどきしたが、フレンさんはいっておいで、と意外にも快く送り出してくれたのだ。けれど、騎士団もヘリオードに向かっていたのは少し驚いた。どうやら先にフレンさんの方が合流していたらしい。ここまでユーリさんたちを追いかける途中に見かけた騎士はフレンさんの部隊の人だったのか。
 確かにわたしたちの方が早く出発したのに合流していなかったら不思議に思うだろう。実際は面倒ごとに関わりたくないとレイヴンさんが落ち着くまで様子を窺っていただけなんだけれども。

「……おっさんと?」

 低い声で呟いたリタちゃんが冷ややかにレイヴンさんに視線を送る。そして訴えかけてくるような彼女の瞳にわたしは苦い笑みを浮かべることしかできない。きっと本当のことを伝えても彼女の性格上、完璧に信用はしてくれないだろうから。
 ダングレストからヘリオードまで一本道とは言え、それなりに距離はあった。そして魔物にも幾度となく遭遇した。腰のベルトに差した棍をそっと撫でる。魔術こそ何回か唱えたけれど、これを使ったことはまだ一度もない。レイヴンさんがすべて倒してくれたのだ。

「ちょっとなに、その冷ややかな目? ごらんの通り、アズサちゃんは無事に送り届けたわよ」
「アズサ、おっさんに変なことされなかった?」
「ねえ聞いてる?」

 本当に見惚れてしまう弓捌きだった。どんなに俊敏な魔物でも当たり前のように的中させてしまうのだから。相当な実力を持っているのだろう。それは目の前の彼らも同じなのだろうけれど。だから、この棍はまだ一度も日の目を見ていない。
 一向に信用する気のないリタちゃん。レイヴンさんも説得を諦めてしまったようで(本当に説得する気があるのかも分からなかったけど)あからさまに肩を竦める。

「ま、トリム港の宿にでもいって、とりあえず落ち着こうや。そこでちゃんと話すからさ。おっさん腹減って……」
「いつまでもここに居てもしゃあねぇしな。とりあえずトリム港へってのはオレも賛成だ」

 風が運んでくる香りに潮のそれは感じられない。港まではまだそれなりに距離がありそうだ。
 歩みを再開させたユーリさんたちの一番後ろにつく。なんとなく癖になってしまっているこの立ち位置。今までは前を歩く彼らの背中を見つめながらいつになったらわたしは元の世界に帰れるだろうかと切望していた。今もその気持ちは変わらない。早く家に帰りたい、と。

(だけど……)

 心の奥底。真っ暗だと思っていたそこで微かに光が灯っている。本当に小さなものだけれど、それを見つけることが出来ただけ良かったのかもしれない。


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