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 闘技場に姿を現したチャンピオンの姿には見覚えがあった。黄金色の髪に空色が目に眩しい甲冑。腰に携えた剣に、わたしは何度も助けられた。

(フレンさんがチャンピオン……?)

 これは一体、どういうことのだのだろうか。もともとユーリさんが今回の試合に参加したのは現チャンピオンが戦士の殿堂(パレストラーレ)の統領(ドゥーチェ)であるベリウスに急接近しているから大会で優勝して阻止して欲しいと遺構の門(ルーインズゲート)のラーギィさんに頼まれたからだ。仮にラーギィさんの主張が正しいのならフレンさんは何らかの理由でベリウスの地位を乗っ取ろうとしているということになる。
 エステルちゃんたちも予想していなかった人物の登場に戸惑っているようだった。このままではユーリさんとフレンさんは生か死かの決闘をしなければならない。幼い頃から一緒に下町で育ってきた二人が。けれど、一人の観客でしかないわたしは事の結末を見守ることしかできないのだ。

「騙されたのかもね」
「誰が、何の為に……?」

 無情にも開始のゴングが鳴り、試合が開始される。キンッ、と刃物同士がぶつかる音。その度に観客は盛り上がり湧き上がるほどの歓声が飛ぶ。わたしははらはらと息をのむことしかできない。二人がアクションをする度に息が詰まりそうになる。
 慌てるわたしを他所にジュディスさんだけは冷静に試合を見下ろす。

「そこまでは分からないわ。でもあの二人は少なくとも本気で戦っていない」

 おそらく戦うことが好きなジュディスさんだからこそ判断できることなのだろう。わたしには今にもどちらかが怪我をしてしまいそうに見えるのに。ユーリさんが剣を振るうのもフレンさんが盾を構えるのも演技だというのだろうか。勝ち負けを気にしていないのなら二人の中で何かしらの意志の疎通があったのはずだ。とにかくどちらかが激しく傷つくという心配はなさそうでほっと安堵の息を吐く。
 だが安心したのもつかの間、今度は思いも寄らなかった人物の登場に目を見張った。

「あの人……!」

 狂気に満ちた赤い瞳。当時のわたしは船上で彼と戦うユーリさんたちを見守ることしかできなかった。炎に包まれて大火傷を負いながらも笑っている光景にぞっとした覚えがある。もう生きていないと、思っていたのに。
 ザギは上空から闘技場の真ん中に飛び込んでくると、勢いよく左腕を掲げた。

「うわっ、あれ何!?」
「魔導器(ブラスティア)よ! あんな使い方するなんて……!」
「なんか気持ちが悪くて、動悸がするわ」

 義手とはまた違う。そこだけ男の意志とはまるでちがう何かが蠢いているようで。むき出しのままに動く魔導器が余計に不気味さを強調していた。
 客席にはどよめきが広がる。普段と違う決闘の雰囲気に少なからず戸惑っているようだった。

「あの魔導器……!」
「ジュディスさんっ」

 掲げられた魔導器を見た瞬間、いきなり客席を飛び越えてザギの元へ駆け出すジュディスさん。ザギが乱入してしまった時点で最早試合どころではないのは明白。人数が増えたところで大差はない。エステルちゃんたちも次々と彼女の後を追いかける中、わたしは一歩を踏み出せずにいた。みんなが軽々と飛び越えた客席からユーリさんが立つ所までは決して低い高さではないのだ。いくら武醒魔導器(ボーディブラスティア)があるからと頭の中では理解していても。

「アズサちゃんアズサちゃん」
「はい?」
「アズサちゃんはおっさんと一緒に、ね」

 背後からレイヴンさんの声が聞こえたかと思ったら急に膝の裏と背中に手が差し込まれる。そのまま身体を持ち上げられて浮遊感に襲われる。びっくりして思わずレイヴンさんの服をぎゅっと握りしめてしまった。次に地面に足を着けた時にはユーリさんたちと同じ場所に立っていた。すかさず棍を取り出す。

「さあ、この腕をぶちこんでやるぜ! ユーリ!」
「しつこいと嫌われるぜ!」

 ザギの攻撃は以前に戦った時よりもずっと素早く強力なものになっていたが、それはわたしたちだって同じ事。わたしも自分の身をバリアーで守りつつ後衛からサポートに回る。足下を狙って魔術を放てば体勢を乱したザギにすかさずユーリさんやジュディスさんが攻撃に向かってくれた。
 最後はリタちゃんの魔術が華麗に決まり、地面に膝をつけたザギ。これで終わりかと思ったが、突然左腕が怪しい光を放ち出した。反対の手で腕を押さえ苦しげに呻き出す。

「制御しきれてない! あんな無茶な使い方するから!」
「魔導器風情がオレに逆らう気か!」

 ザギが叫ぶのと同時に光り続けた左腕から光の弾が飛び出した。無数の弾は闘技場のあちこちを破壊する。爆風が襲い砂塵が舞い上がる中、ふと無数に現れた黒い影。大小様々な姿をしたそれはあっという間にわたしたちの周りを覆い始める。そして耳に届いた低く呻くような声。この世界に来て何回も経験した人ならざる者の。口元の端に付いた砂を手で拭い去り棍を強く握りしめる。

「……魔物です」


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