097


 途中でルブランさんたちの足止めを食いながらもなんとかノードポリカに辿り着くことができた。心配していた騎士団の警備も思っていたよりも厳しい雰囲気ではなく、目立ちさえしなければ街を歩いていても問題はなさそうでぴりぴりと張りつめていた緊張も少しは和らいだ。本当のことを言えば、例のギルドや夢のあの子についてもう一度情報集めができたらと思っていたのだが、今ここで騒ぎを起こしてしまえばせっかくの苦労が水の泡になってしまう。新月の夜は今晩だ。夜になるまで宿屋で休むというユーリさんたちに今回は大人しくついていくことにした。
 薄く開いた唇からほうっと息を吐きだし満点の星が散りばめられた夜空を見上げる。そこに月の姿はどこにも見当たらない。ひんやりと冷たい夜風を浴びながらわたしたちは宿屋の前に集まっていた。目的はドン・ホワイトホースからの手紙をべリウスに届けること。人々で賑わっていた昼間とはうって変わり、辺りは静寂に包まれていた。

「みんな覚悟はいいか」

 ユーリさんの問いかけに不安を隠せないままカロルくんが返事をする。きっとここにいる誰よりもギルドのことに詳しいから、べリウスと対面する事実に緊張しているのだろう。かくいうわたしも全く緊張していないかと聞かれれば首を縦に振ることはできないが――カロルくんのそれに比べれば大したものではない。

「なに、相手は同じ人間だ。怖がることはねえって」
「だ、だって……」

 今にも泣きそうな顔でユーリさんを見上げるカロルくん。そんな彼を見てパティちゃんが呆れたように肩を竦めた。

「カロルは往生際が悪いのじゃ」
「パティは肝が据わってるのね」

 最初の頃は一時的に共に行動することが多かったパティちゃんだったけれど、しばらくの間一緒に旅をすると決めたのはノードポリカに着いてすぐのこと。本人曰く、ユーリさんたちといることが自分の探し求めている宝物の近道になる気がするらしい。ジュディスさんの褒め言葉に彼女は自慢げに胸を張った。確かに、彼女の度胸は同世代の少女とは比べ物にならない程に据わっている。

「見ろよ、嬢ちゃんも大したもんだぜ」
「わたしもけっこうもう、いっぱいいっぱいです……」

 一方、にんまりと楽しそうに口元を綻ばせるレイヴンさんとは対照的にエステルちゃんの表情は固い。無理する必要はない、というリタちゃんの言葉に彼女は静かに首を横に振った。

「もう後には退けません、退きたくありません。わたし、ちゃんと知りたいんです。自分のことを」
(ちゃんと、知りたい)

 おそらく、『テイルズオブヴェスペリア』の中でエステルちゃんはユーリさん同様にゲームの中心人物。本人も知らない秘密のひとつやふたつ持っていたっておかしくない。それこそが物語の定番というものだろう。実は皇族のお姫様、と教えられたのも旅を始めてからしばらくしてからのことだった。きっと、今後もまた新しい真実が明かされるのだろう。

(……わたしは、どうなんだろう)

 翡翠の瞳に宿る強い意志。彼女のように真実を知る勇気がわたしにはあるのだろうか。自分とそっくりな人物が所属していたというギルド、武器を手に取れば操り人形のように勝手に動き出す身体。そして、夢の中に現れたあの子。旅をしていく中で様々な出来事が自分の身に降りかかってきた。この物語においてわたしはイレギュラーな存在なのだからとユーリさんたちに隠れるようにしてきたけれど――もしかしたら、いつまでも無関係だと思っているのは難しいのかもしれない。

「それじゃあ、べリウスに会いに行くぞ」

***

 べリウスの部屋へ辿り着くには長い石の階段を上っていく必要があった。同じ間隔で壁にはめ込まれた蝋燭だけが頼りなく辺りを照らしていた。足元を確かめるように一歩ずつ石段を踏みしめる。カツンカツンと靴音が薄暗い廊下に響き渡っていた。
 最初は門番のナッツさんに通っていいのはドン・ホワイトホースからの手紙を預かっているというレイヴンさんだけだと止められたのだが、部屋の奥から聞こえたべリウスの一声で全員が通っていいことになった。最後までナッツさんがとても複雑な表情をしていたのが気にはなったが歩みを進めていく。階段を上り切ればいかにも重厚そうな扉がわたしたちを待っていた。誰もが緊張で息を呑む中、ユーリさんが一歩を踏み出して扉に触れる。

「え、ええっ……! こ、これ何?」

 そこは漆黒の闇だった。ユーリさんたちの姿はおろか自分の姿も確認することはできない。慌てるわたしたちにユーリさんが声をかけた。全員の返事が確認できた瞬間、まるでタイミングでも計っていたかのように明かりが灯される。天井がぽっかりと抜けた広い部屋。おそらく今日が新月でなければ月明かりが照明替わりになってくれたのかもしれない。

「えっ……?」
「ったく、豪華なお食事つきかと期待してたのに、罠とわね」

 部屋の奥には台座があり、そこに鎮座していたのは人間ではなく一匹の魔物だった。カドスの喉笛で出会った魔物と同じか、またはそれ以上の大きさか。とにかくのんびりと構えている余裕はない。腰のベルトに差し込んだ棍に手を伸ばした時、細く白い指がわたしの手首を掴んだ。

「ジュディスさん……?」
「大丈夫よ、アズサ。武器をおろして」

 そう言ってジュディスさんはするりとわたしの腕を解いた。鼻筋の通った横顔はどこか魔物を懐かしそうに見つめている。

「罠ではないわ。彼女が……」
「ベリウス?」

 ドン・ホワイトホース率いるユニオンと勢力を二分する街の統領(ドゥーチェ)が人間ではない……?
 状況が掴めず混乱するわたしたちを見てベリウスと呼ばれたその魔物は面白そうに瞳を細めたのだった。

「いかにも。わらわがノードポリカの統領、戦士の殿堂(パレストラーレ)を束ねるべリウスじゃ」


top