「俺はユーリ・ローウェル。エステルがよくあんたの話してるからさ。どんなやつか気になってな」
「はあ」

 生徒で賑わう昼休みの廊下。売店でお昼ご飯を買おうと財布片手に歩いていた時のことだった、知らない声に呼ばれたのは。(雑音の中、自分でもよく気付けたと感心した)紫黒の髪が目立つ男子生徒。顔立ちもそれなりに整っている方なのではないのだろうか。薄い唇がにんまりと弧を描く。その人が何故、私を呼び止めたのか分からず心の内で疑問符を浮かべた。
 とりあえず今の時点で分かっていることは緩んだネクタイがひとつ上の学年を指しているという事だけだ。

(ユーリ・ローウェル?)

 名前だけはどこかで聞いたことがあるような気がしたが、それもあくまで記憶の片隅にぽつんとあるような微かなもの。けれどエステルの名前が出てきた途端にふっと浮かび上がった"ユーリ"。彼女の幼なじみ、いや、友達だったかなーーそんな名前だったような気がする。それだって結局曖昧なものでしかない。

「……エステルに伝言でもありましたか?」

 用事があるならさっさと済ませて欲しいところ。早く売店に行かないとお昼ご飯がなくなってしまう。ここの売店は利用者が多いのに対して仕入れる数が少ないのだ。昼休みも半分を過ぎればほとんど商品棚が空っぽになる。空腹のまま午後の授業を受けるのは体力的にも精神的にも辛い。
 頭ひとつ分高い顔を見上げ尋ねたものの、ローウェルさんは肯定も否定もせずただこちらを見下ろすばかり。紫黒色の瞳に若干しかめ面の私が映っているのが見えた。空腹になるとイライラする癖が出てしまっている。いくら待っても返事が帰ってこないのもあって自然と口調も強めになっていた。

「すみません、用事がないならお昼ご飯買いに行きたいんですけど」
「……ああ、引き留めて悪かったな」

 この時間に財布持って歩いてたら行き先ぐらい分かるじゃないですか。 
 皮肉を言いたくなるのをぐっと堪え、失礼しますと軽く会釈をする。ひらりとローウェルさんが手のひらを振ったような気がしたが、気づかないふりをしてそのまま踵を返した。突き当たりの階段を急ぎ足で降りて一階の目的地へと向かう。

(変な人)

 訳の分からない対話の所為で売店にはほとんど商品は残っておらず、私がローウェルさんに対する印象を下げたのは言うまでもない。

救世主ごっこ

 睫毛の長いぱっちりとした瞳と白い肌に桜色の薄い唇が映える、リタと似たような尖った印象を与える少女。下手したらリタよりもつんけん度が増しているかもしれない。それが名前に対するユーリの第一印象だった。おそらく人見知りの気があるのだろう。エステルから聞いた彼女のイメージとは少し外れていた。

(苗字、名前……)

 エステルとリタの友達、それだけの関係ならユーリはわざわざ他学年の廊下まで赴いてまで名前に会おうとしなかった。それでなくても彼は目立つ。今も周りには顔を寄せ合いながら小声で囁き合う女子が集まってきていた。彼が彼女に興味を抱いたのは他に理由があったからだ。足早に階段を降りてゆく名前の背中を見つめながらひとり思案する。この数分の会話中で分かったことは、昼食前に話しかけてはいけないということだけだ。

「――あいつがねぇ」

 ぽつり。小さく呟いたユーリの言葉は他の生徒たちの声に紛れて消えてゆく。彼女に迷惑をかけるなと言われてはいるものの、やはり気になるものは気になってしまう。それが身近にいる人間なら尚更のこと。とうとう自分にもエステルのお節介癖がついてしまったかとユーリは嘲笑を浮かべ、名前とは反対の方向へと歩き出した。

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